【完結】君の手を取り、紡ぐ言葉は

綾瀬

文字の大きさ
7 / 32
2.濡れたグラスの向こう側

2

しおりを挟む
 今日の図書委員当番は、やけに面倒に感じる。理由は簡単だ。美貌の彼がもうやってこないからである。むしろ、数日前まで彼が来ることなんて考えたこともなかったのに、人間の欲とは底知れず恐ろしいものだ。
 パタパタとスリッパを鳴らしながら歩く。気だるさが足音になって後ろをついてきているようだ。図書室に続く扉を開くと、司書を兼ねている現代文の教師である野村が驚いたように遥希を見た。

「今日は足音大きいのね。誰かと思っちゃった」

 朗らかに笑う様子は馬鹿にする意図はないのだろうが、遥希は恥ずかしくなった。ふてくされていたものの、いざそのことを指摘されると照れるなんてまるで小さな子供だ。
 野村はじゃあよろしくね、と図書室を出ていった。基本、教師は一名常駐しているのだが、彼女は図書委員二年目である遥希を信用しているのか、たびたび席を外す。遥希としても隣にずっと教師がいるのは緊張するので構わないのだが、見回りにやってくる生徒指導の竹本を誤魔化すのが大変だった。きっと彼の中で野村はえらくトイレの近い女性になっていることだろう。

 いつもなら落ち着く、遠くから響くグラウンドの喧騒も、風に揺らめくカーテンの音もつまらないという気持ちを助長させていく。返却待ちをしていた人気のラノベも読む気になれなかった。
 それでも手持無沙汰でパラパラと捲るが、瞬きをするたびに今朝の葉山たちの姿が浮かんでしまう。それを振り払おうと文字を目で追うものの、頭には入ってこない。そうしているうちに、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
 カラカラという聞きなじみのある、図書室の扉が開く音が遠くに聞こえる。いつものように利用者を確認しなくては、と顔を上げようとしたが上手く動かせない。足元がふわふわしていてまだ夢の中にいるらしかった。

「あれ、佐倉寝てる?」

 起きてる、と言いたかったが声も出せない。聞き覚えのある声だ。誰だっけ、と思い出そうとするが脳みそもふわふわになっていて上手くいかない。頬がなにかあたたかいものに触れる。冷房の効いた部屋で被るブランケットのような心地よい温度に、意識はさらに落ちていった。

 カクンと頭が落ちる衝撃で目が覚めた。ぼんやりとあたりを見回すと、見覚えのある図書室で、自分は居眠りしていたらしい。読みかけの本がカウンターの上に置かれたままだ。

「起きた? おはよ」
「うん、おはよう……」
「朝も思ったけど、寝起き悪いよね」

 そうだろうか、そんな自覚はなかったが母にも同じことを言われたことがあるからそうなのだろう。意識がはっきりするまでに時間がかかるだけで、目覚まし通りに起きられるし、朝の用意までに時間がかかるわけでもないのだが。
 だんだんと頭がはっきりしてきて、自分は誰と話しているのだ、と気が付いた。隣を見て、思わず上げそうになった悲鳴を口に手を当てて堪える。

「は、葉山」
「幽霊見たときの反応やめろよ」
「ごめん……」

 反射的に謝りながら、頭が急速回転していく。まだ夢なのか、どうしてここに、本当に葉山なのか、もしかして葉山の肩に寄りかかっていたのか。言いたいことが山ほど出てきてまとまらない。

「気持ちよさそうに寝てたから、代わりに番台してた」
「図書室に番台はいないよ……」

 そっか、と笑う葉山は寝起きにはまぶしい。思わず目を逸らしてしまった。
 何しに来たのか尋ねると、本を読みに来たのだという。図書室なのだから当然だ。失礼な質問をしてしまったと反省する。

「本読んだら佐倉のことわかるかなって」
「俺のことわかってどうするの?」
「うーん、近づきたい、みたいな?」

 テストの話だろうか。自分みたいなつまらない人間を知ってどうするのか、と思ったが勉強ができるようになりたいという意味だったならば納得できる。理由はなんであれ、図書委員として本に興味を持ってもらえるのは嬉しいことだ。しかも自分がきっかけだなんて。遥希は肺いっぱいに息を吸った。

「どういうのが好き? ラノベとか読みやすいかも。最近映画になったやつの原作もあるよ」
「佐倉はどれが好きなの?」
「え、俺?」
「佐倉が一番好きな本が知りたい」

 まっすぐに見つめられて、またドキリと心臓が音を立てる。その動悸に首をかしげながら、鞄に入れていた一冊の本を取り出してカウンターに置く。何度も読み返したそれはくたびれて、表紙も随分と柔らかくなってしまった。それでも表紙のデザインも、装丁もすべてがお気に入りで、ブックカバーをかけずに持ち歩いている。
 葉山が、その本を手に取った。慌てて、遥希は話し出す。

「でもそれ、読みにくいし、つまんないよ。話も特に動かないし。ネットのレビューも酷評の嵐で、」
「でも、佐倉が好きな本なんでしょ?」
「う、ん。そう。好き、」

 やけに好きの二文字を口にするのに勇気が必要だった。遥希は人に本当に好きなものを明かすのは怖いことなのだと初めて知った。この本は千田にも読ませたことはない。つまらないと言われるのが目に見えているし、そもそも千田は本に興味などなかった。
 葉山に面白くないと言われると自分はすごく傷つくんじゃないかと今更後悔した。きっと、自分を否定された気になってしまうだろう。相手が本に興味がある人だからなのか、葉山だからなのか、遥希には判断できなかった。

「これも図書室で借りられる?」
「うちには置いてないかな」
「そっか。ネットとかで売ってるかな」
「こ、これ貸すよ!」

 スマホをいじりだすものだから、慌ててその本を差し出した。小さなプライドのために読書家候補の未来をつぶすわけにはいかない。その本は、ただ思い入れがあるというだけで、本当になんの面白みもない本だった。往々にして純文学とはそういう部分があるのだが、それでも普段本を読んでいない人がお金を出して読むには難しい。

「いいの? これ佐倉のでしょ?」
「最近はあんまり読み返してないから。返すのはいつでもいいよ。面白くなかったら、読まずに返してくれてもいいし」
「絶対全部読んで返す。ありがとう」

 握られた手が、やけに熱くて葉山が図書室を出ていったあともその感触は離れなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

きらきらしてる君が好き

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
冴えない一般人である齋藤達也«さいとうたつや»は、夢を見た。それは幼い頃、友人であった柊湊«ひいらぎみなと»と交わした約束の夢。 「一緒にアイドルになろう」 早々に夢を諦めていた達也は感傷的な思いを抱きながら、友人の樋口凪«ひぐちなぎ»にアイドルのライブへと誘われ、奏«そう»というアイドルの握手会に参加する。 「ったつやくん……!?」 アイドルである奏の口から飛び出したのは、彼が知るはずもない自分の名前で── 青春BLカップ参加作品です。

【完結】Ωになりたくない僕には運命なんて必要ない!

なつか
BL
≪登場人物≫ 七海 千歳(ななみ ちとせ):高校三年生。二次性、未確定。新聞部所属。 佐久間 累(さくま るい):高校一年生。二次性、α。バスケットボール部所属。 田辺 湊(たなべ みなと):千歳の同級生。二次性、α。新聞部所属。 ≪あらすじ≫ α、β、Ωという二次性が存在する世界。通常10歳で確定する二次性が、千歳は高校三年生になった今でも未確定のまま。 そのことを隠してβとして高校生活を送っていた千歳の前に現れたαの累。彼は千歳の運命の番だった。 運命の番である累がそばにいると、千歳はΩになってしまうかもしれない。だから、近づかないようにしようと思ってるのに、そんな千歳にかまうことなく累はぐいぐいと迫ってくる。しかも、βだと思っていた友人の湊も実はαだったことが判明。 二人にのαに挟まれ、果たして千歳はβとして生きていくことができるのか。

【完結】いいなりなのはキスのせい

北川晶
BL
優等生×地味メンの学生BL。キスからはじまるすれ違いラブ。アオハル! 穂高千雪は勉強だけが取り柄の高校一年生。優等生の同クラ、藤代永輝が嫌いだ。自分にないものを持つ彼に嫉妬し、そんな器の小さい自分のことも嫌になる。彼のそばにいると自己嫌悪に襲われるのだ。 なのに、ひょんなことから脅されるようにして彼の恋人になることになってしまって…。 藤代には特異な能力があり、キスをした相手がいいなりになるのだという。 自分はそんなふうにはならないが、いいなりのふりをすることにした。自分が他者と同じ反応をすれば、藤代は自分に早く飽きるのではないかと思って。でも藤代はどんどん自分に執着してきて??

【短編】初対面の推しになぜか好意を向けられています

大河
BL
夜間学校に通いながらコンビニバイトをしている黒澤悠人には、楽しみにしていることがある。それは、たまにバイト先のコンビニに買い物に来る人気アイドル俳優・天野玲央を密かに眺めることだった。 冴えない夜間学生と人気アイドル俳優。住む世界の違う二人の恋愛模様を描いた全8話の短編小説です。箸休めにどうぞ。 ※「BLove」さんの第1回BLove小説・漫画コンテストに応募中の作品です

オレにだけ「ステイタス画面」っていうのが見える。

黒茶
BL
人気者だけど実は人間嫌いの嘘つき先輩×素直すぎる後輩の (本人たちは気づいていないが実は乙女ゲームの世界である) 異世界ファンタジーラブコメ。 魔法騎士学院の2年生のクラウスの長所であり短所であるところは、 「なんでも思ったことを口に出してしまうところ。」 そして彼の秘密は、この学院内の特定の人物の個人情報が『ステータス画面』というもので見えてしまうこと。 魔法が存在するこの世界でもそんな魔法は聞いたことがないのでなんとなく秘密にしていた。 ある日、ステータス画面がみえている人物の一人、5年生のヴァルダー先輩をみかける。 彼はいつも人に囲まれていて人気者だが、 そのステータス画面には、『人間嫌い』『息を吐くようにウソをつく』 と書かれていたので、うっかり 「この先輩、人間嫌いとは思えないな」 と口に出してしまったら、それを先輩に気付かれてしまい・・・!? この作品はこの1作品だけでも読むことができますが、 同じくアルファポリスさんで公開させていただいております、 「乙女ゲームの難関攻略対象をたぶらかしてみた結果。」 「俺が王太子殿下の専属護衛騎士になるまでの話。」 とあわせて「乙女ゲー3部作」となっております。(だせぇ名前だ・・・笑) キャラクターや舞台がクロスオーバーなどしておりますので、 そちらの作品と合わせて読んでいただけたら10倍くらい美味しい設定となっております。 全年齢対象です。 BLに慣れてない方でも読みやすいかと・・・ ぜひよろしくお願いします!

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?

perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。 その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。 彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。 ……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。 口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。 ――「光希、俺はお前が好きだ。」 次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。

処理中です...