上 下
4 / 24
神界転生

天界見聞

しおりを挟む
 まっ眩しい! 眩しくて目が開けられない。

『イトさま イトさま よく参られました』

‥‥あ、あなたは? ごめん、逆光が眩しくて何も見えない‥


『さようでございましたか、では‥』

音もなく辺りはうっすら靄がかかったように柔らかな明るさに変わった。

薄い皮膚の瞼を透してさえ眩しかった光源が和らいだ。

瞼をうっすら開けてみたが つきささるような光はもう無かった。



『イトさま どうですか?ワタクシの姿が見えますでしょうか?』


イトさまと呼ぶその ヒトは 灰色の長い髪を背中の中ほどまで垂らし、頬から額にかけての髪の毛を梳くように後頭部で輪っかを作って結えている。真正面には何かの骨を細工したようなシンプルな簪を結えている毛束に串刺していた。背はそう高くなさそうなのに、薄い衣を幾重にも着重ねて、首元を見ただけで、まるで平安時代の十二単衣のようだった。
が、あのように 重々しくなく スッキリとして足元が見えず地面に僅かに触れるロングスカートの様でもあった。

純白の上衣の方襟に萌黄色の下衣が覗く上品な出立ちに‥


なんとまあ 風流な姿‥ イトはその髪型や美しい立ち姿に見惚れやや緊張がほぐれ、じっくりと そのヒトを 観察した。


「あなたは‥男性ですか?その扮装は‥舞台俳優さん?‥それとも‥コスプレイヤー?」




『蒼霊様からお聴きでは?』

二人の会話が噛み合わない。

『イトさま、貴女様は人間でありながら 蒼霊様に選ばれまして 天界にお昇りになられているのです』


イトは 灰色髪の古装コスプレイヤーを キョトンと見た。


「そっそのぉ‥ソウレイさまって ‥ 誰ですか?」


今度は逆に灰色髪が キョトンとした目でイトを見た。
その目ときたら、はじめは黒い大きな瞳が魅力的だったが 急に瞳は縦長く収縮し眼球の見えている部分が金色に変化した。


 ぎゃっ‥ 何かを踏み潰したような 小さな悲鳴がイトの口から飛び出した。

それは まるで 猫か蛇の目そのものだった。


『あー、これは申しわけございません。ワタクシの目をみて 驚かれたようで‥ワタクシ、天界に棲む猫族なのです。伽羅(キャラ)と申します。 人間界の猫はご存知でしょう? まぁ いわゆる猫が神格化したとでも申しますか‥』


何を言っているのか イトには全く理解できない。


「こっ、ここはどこですか? 私 全く理解できない、」


『さもありなん、さもありなんっ‥先ずは、この世界をご案内いたします。』


「あー キャラ さん 案内はご遠慮して、もといた私の家に帰りたいのですが‥」


『そっそれがぁ‥ですね、蒼霊様のお調べが済むまで イトさまはこちらで ごゆるりとなさって頂きたいのです』

「えっ えー 何のこと? ソウレイって 誰なの?」

ここでやっと自分の姿が透けている事に気がついたイト‥


「なっ何なのよ! 手がぁ 足もぉ  すっすっす‥透けちゃってぇ
 え~ ワタシ 透明人間みたいじゃない! 嫌ぁぁ  怖い~っ」

急にイトが 走り出したので 伽羅は 眉間に人差し指をあてて 何やらぶつぶつとつぶやくと 


キャーッ!

その場を逃げ出した筈のイトの半透明な、躰が伽羅の前に戻っていた。


「なっな、何したのよっ 、怖いことしないでよっ」

イトは地べたにへなへなと座り込み 腰が抜けてしまった。

『イトさま、申し分けございません。決して貴女様に危害を加えようとしているわけではございません。貴女様の御身体が透けているのは、貴女様のヒトガタが人間界にあるからで御座います。今、ここにおいでの貴女様は 人形から出た 魂にございますよ‥』

   
   たっ魂っ!

「たっ魂って  私ぃ 死んじゃったの?」




伽羅は もう虹彩も瞳孔も縮めることなく 黒くそれでいて澄んだ瞳で優しくイトを見つめながら 話しを続けた。

『その昔 天地がまだ形を成さず 混沌としている闇であったころ 何かのきっかけで 宙に蒼霊墟という岩の塊のようなものがぽっかりと浮かび その岩から転がり落ちた石から 尊い神がお生まれになりました。その神は混沌から悪を遠ざけ善なる神がお暮らしになられる天界を創造し、さまざまなモノから神々がお生まれになりました。尊き神は その後神々の主たる父神にその御立場を譲られ姿を消されたのです‥』

急に 前説なく神話を話し出す伽羅に対して
その場の空気に慣れてくると 徐々に怒りが込み上がってきた。


「そ、その へんてこな昔話しと、わ、わ私っ 何の関係もないですけどっ!」
怖さに震えつつ気の強いイトは伽羅に文句を言った。



『それが 大有りなのです。
イトさまが野良猫のお世話をされた事が全ての始まり‥』


腕組みをしながら 納得したように、瞼を閉じた伽羅は 美しいと形容するだけでは表現しきれない神々しい姿だった。
艶やかな灰色の長い髪 バランスの取れた目鼻立ち、閉じた瞼のまつ毛の長いこと! ‥ 
  

その姿を目の当たりにして、我が身の不細工さに、相当な引け目を感じながら 

「それは、タマの事?」


『はて‥タマ⁈…なんたる珍妙な 名前‥ タマだか否かは知りませぬが、貴女様が情けをかけた野良猫が 我が主 蒼霊様の仮の姿』


ポッカーン‥‥
あんぐり口をあけて しばらくその話しを頭の中で整理するまでに時間が必要な、イトだった。


あの ボロ猫? 痩せて死にそうだったチビ猫


しかも ドブネズミ色で 酷く醜くかった。


‥イトちゃん、そっそんな痩せこけた猫拾ってきてっ!病気かもしれないから、素手で触っちゃだめよ!病気がうつったらどうるの!

学校帰りの同級生から触るな と忠告されたっけ?


「そのぉ つまり タマが 世界を作った神様ぁ⁉︎」


『はい 尊き神‥東王父様の愛玩物が 蒼霊様のご先祖様』

『‥⁈ イトさまっ 今 ワタクシが話した事 お聴きになってなかったのですか? 尊き神に愛でられた猫が 蒼霊様のご先祖様であらせられます。ご先祖様が 尊き神とご縁を結ばれたからこそ、この天界で我ら猫族は、あまた神々から愛でられ 他の神獣と一線を画す位高き存在で居られるのです。』

いささか不愉快だと言わんばかりに 猫神がいかに尊いかと言う事を人間の娘ごときに説かねばならぬのか‥ふつふつと込み上げる怒りは、伽羅の虹彩と瞳孔をキューと絞り黄金の目ん玉の真ん中で、一本線になった。


「ぎゃっ!わっ! やめて! その目つきっ わかった もうしません やめてったらぁ!気持ち悪いっ!」


   全く、瞳を丸くしたり細くしたり、キモいのよっ


『イトさま 貴女様は 知らず知らず 神々を幾度も冒涜されているのですよ、この事が大っぴらになったら‥』


「えっ あなたの他にも 変なひとが出てくるわけ?」



『シッ! イトさま 口を謹んでっ ゆっくり 周りをみてごらんなさいませ』


靄がかかっていて乳白色にしか見えないだだっ広い所にしか感じなかったが、目を凝らしてみると‥

    うわっ!


『伽羅、 コレが 例の人間か?』


『‥、‥‥ せっ青牙様!』


    えっ?

キョロキョロと辺りを見渡すイトの真後ろに音も立てずにヌーッと表れたのは 伽羅に負けず劣らずの衣装を纏ったスラリとした美男だった。


『 青牙さま、ご機嫌麗しゅう』

伽羅は 青牙に向かって深々とお辞儀した。




靄は僅かな風で移動し、まるで水を張った水槽に白い絵の具を落としたような背景から 巨大な白い建物群が靄に擬態していた姿を現した。

「‥うわー まるで新興宗教の巨大な本堂だらけ‥」


この期に及んでも 鈍い娘よ‥

イトには 青牙と呼ばれた猫神の姿が見えなかった。


『何故に 蒼霊様は この様な木偶の棒に執着なさるのやら‥』

『御意にございます。ワタクシも蒼霊様の御命令が無くば、一瞬でこの木偶の棒、無にしてしまうところでございました。』

青牙は ニヤっと笑うと、
『まぁ 頑張れ‥』そう言うか、スーッと姿を煙のごとく眩ました。



『あっ せっ青牙様ぁ!』

「伽羅さん もう充分堪能したから(建物だけでお腹いっぱい)そろそろ 家に帰りたいんだけど‥」


 イトさま‥随分な申されようで‥若い娘のように上目遣いにあざとく頼んだところで、図々しい卑し女と蔑まれるがオチでございますよ‥ 面と向かっては、言えないが‥

    いい加減にしろっ‥


伽羅は やれやれ 手に負えないと 人間界で房術(SEX)にはげむ蒼霊に思考を飛ばした。


  ‥ええいっ よい塩梅のところをっ




『そうか、 よかろう 連れて戻って来い。イトにおのれの人形が いかに身悶え 私を求めて 火門を濡れそぼらせているか見せるが良い。ちょうど 私の 鉾で かき混ぜようかと思っていたところよ』


『そうで 御座いましたか‥ しかしながら、蒼霊様の見事な鉾を 天界の女神たちでさえ お情けにも頂戴できないものを、たかだかこの様ながさつな モノに‥‥蒼霊様のお気持ちが 伽羅には理解し難い‥』


『そうであろう‥ 私も其方と同じ気持ちだが、確かにあの時は、私は‥この劫を乗り越えられぬかもしれぬ と、それほどの苦悩の中に捨て置かれ、 我が身の劫罪の深き事と諦めかけていたのだよ‥
そこに現れたヒトの子が 手を差し伸べ 私をかくまった。無垢な魂は時として最強の刃にも変わる。そのヒトの子は 毎日毎日私に食物を与え 暖かい場所を提供し、やがて 己らが粗末なモノで凌いでいるにも関わらず、私には 〝高級キャットフード〟なる食べ物を用意したのだ‥ この恩には それに見合う恩をもって返さねばなるまい』


『蒼霊様の仙力が並の星君や地神が足元にも及ばないのは、その劫罪を軽々と乗り越えられた事によるものなのですね‥』


『おそらく 天は この地虫にも劣るであろヒトの子を私に見合わせたのは、何か天の意図があるはずだが‥此奴が30年の生の中で唯一善行と思われる行ないが 私を助けた事なのだろう‥
であるなら、私の修為を以って このヒトの娘の魂を浄化する事ではないか?』


『さようでございましたか  青牙様が、天界でこの娘を見るや‥酔狂なと言わんばかりに 〝まぁ頑張れ〟とおっしゃられそのお言葉の意図するところが痛いほどわかり、返答出来ませんでした。』


『青牙‥か、まぁ あの者の事は気にするな それより 私は 最後にぶち込んで、天界に戻る。』


   かしこまりました

瞬きする間もなく イトは見慣れた実家の自分の部屋の壁をすり抜けていた。
  
「なっ 何っ 何っ やだ~!何? このオバケ仕立てみたいな、ファンタジーは!、キモイ!」

半透明の躰に怪我などは無いし、裸なのに白くモヤっとした輪郭以外 躰は透明で 恥ずかしいところは全て消えている。

ところが視界に入ってきたのは‥‥
ベッドの上で 裸でもつれ合う男女の姿だった。

「きゃっ伽羅さんっ あ、あ、あれっ 私のベッドで何にやってるのぉ!」

天界から人間界に道案内してきた伽羅と言うネコ男は影も形もなく消えていた。



「えっ!え~っいやぁ あぁ だめぇ 感じちゃうぅ… あっ、アソコが、な、 な、 なっなんなのよぉ」



ベッドに横たわる人形(ひとがた)に イトの魂が収まり始めたのを感じた蒼霊は、鉾立てのクライマックスにまさに入ろうとして 左右に割ったイトの両足の付け根にある 火門の濡れ具合を 立派な鉾棒の先っぽでかき混ぜ、ぬちゃぬちゃと 嫌らしい音を立てながら確かめていた。




「やぁ!あん 感じるぅ ‥‥‥」

このジェットコースターを彷彿とさせる場面変化にイトの精神は崩壊寸前だった。


 鉾先の動きが激しくなるにつれて イトは声すら発することが出来ないほどに 鋭い角度で下降したかとおもうと重力に押し潰されそうな上昇、その繰り返す波に 脳内は快感で満ち溢れ ワナワナと全身をいつまでも震わす。終わりがない 神の房事。

‥イト‥ お前の魂は納まるべき場所に納まったようだな‥‥
お前の入れ物も 魂と似たか拠ったかの ちゃっちい代物。私の鉾立てに耐えられるのか? 甚だ怪しいが‥絶えられず崩壊してしまうものならば、いっそ混沌から出直すことだな‥ 万が一耐えられたならば、お前の精神と肉体が受けた穢れを全て祓い退けてやろう。
もしも そうなったなら、イト お前が望めば、永遠に近い年月を共にすごしてやる‥‥‥

蒼霊は一気加勢に 己の怒張した宝刀とも言うべき〝鉾〟を イトの中に突き立てた。



「タッタマァ! やっやめてぇ~ぁぁ タマッ!あぁ~ん タマちゃぁん」

 
 『タッタマだとぉぉぉ! おのれぇ~っ この恩知らずめがぁ!』


房事の最終段階で イトが叫んだ人間界の飼い猫の名前。


あれよという間にイトの躰にのしかかり好き放題にもて遊びM字に開脚した恥ずかしすぎる格好にイトの躰を固定して 鉾を突き立てた瞬時…蒼霊は白い煙にかき消され ベッドの脇で


ウッギャァァ~オ~ フギャアァ~ウゥゥ~ と毛を逆立てながら、瞳孔を縦一文字にした猫のタマに戻って唸り声を上げた。


「タマッ あんた よくも 化たわねっ! この恩知らずっ
ジジイ猫が化けたって怖く無いんだからっ 覚悟しなさいよ!」


裸のままベッドから飛び起き 仁王立ちで 足元の飼い猫に凄んでいる イトの姿が 馬鹿を曝け出しているようで

蒼霊は このまま この家を見捨てる事に決めた。


 

























  
しおりを挟む

処理中です...