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早瀬ヒカルの独り言
しおりを挟む…ヒカルさん、早く起きてっ
ヒカルっ…早く起きなさいっ!
………坊っちゃま、坊っちゃま
俺の1日の始まり…まぁこんな感じだ。
多分 物心ついた頃から 1人で起きたためしがない。
しかし、いわゆる良家のおぼっちゃま…とは、いかない。
「お母さん、おはよう御座います。」
「ヒカルさん 早くお顔洗ってらっしゃい」
俺を〝ヒカルさん〟と呼ぶのは 16で俺を産み、1人で育ててくれた母だ。…いや正しくは、15で腹の中に俺の原型が創造された。
15の母…学園ドラマか!
まあ…母がどんな経緯で わざわざ俺を産み育てているのか…今更どうでもいい。
「ヒカルさん 早くなさいっ 温子様がお迎えにいらしてるわよ!」
ちぇっ、朝飯ぐらいゆっくり食わせろよ…
「ヒー君、髪の毛寝癖で跳ねてるよっ」
馴れ馴れしく俺の寝癖を直そうと背伸びしている痩せっぽっちなこの子は、有栖川温子 という それこそ 正真正銘の良家の令嬢だ。
この春、物好きにも、一般高校受験で 俺の通う公立高校に入学してきた。
「 庶民の通う学校生活は…慣れましたか?」
俺の通う高校は 公立校ながら制服や堅苦しい校則の無い 単位履修制で 興味の無い科目は履修しなくても良い
〝楽〟な学校だ。
そう思っているのは オマエくらいだ と大学受験間近な奴らからは 呆れられている。
「ヒーくんがいるから平気。それに 自由だし、好きな科目の授業に出席して、学年で必要な単位を取れば進級できるんだもの、私、この学校に合ってるかも…」
仔犬がまとわりつくように毎朝迎えにくる 有栖川温子。
可愛いと思う反面、懐かれても手も足も出ない 高嶺の花。
(せめて、ミチコくらいには自立してくれ…)
黒崎ミチコ…腹違いの妹。
腹違いの妹がいる 俺の生い立ち。 普通に考えれば、なんて事は無い。母親が夫と離婚し子供を引き取って育てている。相手は再婚して新しい家族を作った…話しは簡単。
俺に限って、ん な単純に事は済まない。
有栖川温子と2人で登校していると、何かと目立つらしい。
俺はお世辞にも上品と言えず、初めから誰も仲良くしようなんて物好きな高校生はほぼいない。
隣りで歩くのは、正真正銘上級国民のお嬢様。
違和感でしかないよな…
一応 この学校は、偏差値70台の頭のいい庶民が通う高校だ。
皆 総じて 国公立医学部か理工学部狙いの変わり者の学生が多い。
かたや、温子は首都圏では超名門氏族の御子息が通う幼稚園から大学迄の一貫校から 一般入試で入学したお嬢様。
見かけも 清楚で美人の類いだろう。
真逆カップルのお出ましってわけだ。
「は・や・せ・くぅぅぅーん!」
おい、不細工なんだからちょっとは遠慮しろよ 双葉。
おっと…例外のポンコツおんなが 校門で毎朝 俺を待っている。
苗字は覚えていない。選択科目も真似ているのか、毎回同じ授業を受けている。 どーでもいい同級生。
唯一 入学当初から 馴れ馴れしい。
とりあえず、世話係としてパーソナルスペースギリギリ近づく事を許可している。
「双葉 今日の昼メシは何だ?」
「早瀬くんの好物よ! 〇〇のローストビーフサンド」
「相変わらず 気が効くよな…お前、人の世話するの天職じゃね?」
毎日飽きもせずに 俺の昼メシまで用意してくれる。
俺は有栖川温子が 1学年の校舎に向かう後ろ姿を見送りながら 双葉と教室に向かう。
「早瀬くんさ、志望校決めたの?」
双葉を 別に嫌いというわけではなかったが、
…おまえに答える義理は無い
数学の授業は意外と愉快だ。俺だけが感じるのか…一種文学にもつうじる物語性がたまらない。
今日はこの授業を受けた後 早退と決めていた。
同級生は夏休みの最中から共通一次試験に向けた予備校の夏期講習で休む間もなく、二学期早々に全国模試の洗礼が待っている。
この模試次第で志望校はある程度絞り込む。
俺? 俺は卒業したら2、3年 バックパッカーで外国巡りをする。
せせこましい島国とはおさらばして、一度は外から 自分が産まれた国を眺めてみたい。
漠然とそんな事を考えているから
当然大学受験などこれっぽっちも考えていなかった。
俺の行き先には 必ず双葉がいた。
「お前さぁ…いいのか? 俺を追っかけてる間に 卒業やべぇんじゃね?」
早退届けを職員室の名ばかり担任の机に置いて 校門を出たところで双葉に捕まった。
「早瀬くん…これからバイトでしょ? 私も早瀬くんと同じカフェでアルバイト決めた」
相変わらず真っ赤な頬の猿顔でニコニコご機嫌な双葉ちゃん。
「そっかぁ、 まぁ頑張れよっ 」
俺はカフェと反対方向に向かった。
「え~っ うっそぉっ」
双葉は 馬鹿正直で真面目が取り柄の奴だから、さすがにバイト先のシフトをドタキャンする事はなかった。
そこは 認めてやらないと…と思うが 悪いがおまえとは死ぬまであり得ない…
「ただ今ぁ …」
母に代わって 仲居頭が出迎えてくれた。
「坊っちゃま、旦那様が離れでお待ち兼ねですよ」
へぇ~父さん 久しぶりじゃん… お許しがでたのかな
実は 俺には父親が存在する。
父親の名は 黒崎穣二 母とは親子程歳が離れていて、地元でも有名な医者だった。
黒崎家は代々政治家を多数排出していたが、彼は医者になった。
経緯は 俺にはわからない。
母は父とは結婚していない。つまり 俺は婚外子なわけ。
わかりやすく言えば 私生児。
本宅には 正妻と2人の子供がいる。 上は俺より15歳離れた息子で同じく医者。下は俺より3歳下の娘。この腹違いの妹は、小さい頃からよく父に付いて我が家に遊びに来ていたので まるで本当の兄と妹のように錯覚する事さえある。
「お父さん、お帰りなさい」
俺はいつも父が来た時は こう挨拶する。
父が我が家に来た時は 好んで過ごす離れ座敷。
「ヒカルか、上がってきなさい。」
離れの玄関土間から 父の入室の許可を得て 御目通りを乞う。
このしきたりだけは 上級国民ぽいが まぁ 癖 だと思っている。
「お父さん、お久しぶりです…」
「何 ニヤついてるんだ?突っ立てないで まぁ座りなさいよ」
父はまだ午前中だと言うのに ゆっくりと盃を傾けている。
「今日は 診察は無しですか?」
俺は父の前に出されていた きびなごの天ぷらをつまみ食いした。
「ハハハハ…相変わらずだな、そうか もう昼か、」
父はインターフォンで俺の昼メシを運んでくるよう板前に指図した。
我が家と言うと…温泉街で芸者置き屋を営んでいた俺のおばあちゃんが死んだ後 母は割烹料理屋に職業替えして 俺を育ててくれた。
「ところで ヒカル、おまえ 大学はどうするんだ?」
日本酒を手酌でちびちびと嗜みながら 父が俺の表情を伺ってくる。
「許されるなら、高校を卒業したら2、3年海外を回ってこようかなと思っています。」
「ほう…留学か?」
「いえいえっそんな大層な事ではないです。簡単に言えば 放浪です。バックパッカーと言って リュックサックだけで 世界中を旅してまわる…アレです。」
父の盃を運ぶ手が、一瞬止まった。
「ほう…つまり、大学は行かず…世界旅行って事か…」
「まぁ、いつか必要になったら、大学は行きたいとは思っていますが…その前に、世界から 日本って国を見てみたいって言うか…まぁ…可能なら…の…話しです。」
この人に誤魔化しは効かない。ずっと俺を可愛がってくれた…父と言うより たまにひょこっと顔を出す…お爺さん…か…クスッ
「カヲル…お母さんには 相談したのか?」
めっそうもない…あの人にひとことでも話そうもんなら、大騒ぎして挙げ句泣かれるに決まってる…
それならいっその事…黙って家を出るほうが…
父は俺の考えている事はお見通しとばかりに、
「お母さんは、許さないだろうな…」
…ですよね、アハ…
つい ため息が出た。
「ハハハ…まだまだだな…まぁ お母さんを説得できたら、軍資金は出してやるから、好きなだけ世界を回って来い」
父は 愉快気に 盃を口に運ぶ。
俺はいつの間にか 運ばれてきた夕餉を父と共にしていた。
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