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婚約と大学院
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とうとう この日を迎えた。
俺は、T大医学部を真面目に過ごして最終学年に進級した。
悪性新生物への細胞変化の原因と各臓器別形態の統計に基づく紐付けを研究しているゼミに潜り込んでいた。
そして、手当たり次第にアメリカの大学の医学部、医学部ラボに現在ゼミで研究している個別の具体的研究課題を手紙で送り付けそっちで研究を続けたいと訴えていた。
医師国家試験を2月に控えていたが、海外留学も視野に入れながら、T大の大学院進学の為の論文が認められた。
国試の合格が最前提だが、ララと正式に婚約する為には、俺が働ける環境をまずは彼女に示さなければならないと、男のプライドをみせたかった。
とうのララには、そんなプライドはナンセンスだと一笑されてはいたが…
ララが米軍に、除隊申請した後、2人で新しく生活の拠点をアメリカに移すならば、向こうで俺も職を探さないといけない。
とりあえず 今のところ 医者しか道がない。
ララは 例の刑事告訴の件で アメリカで医師として働く権利に制限をかけられていたが、この数年国家に忠誠を示し、米軍に貢献したことで、中尉から大尉に昇格し除隊後は退役軍人としてさまざまな恩恵を受けられる事になる。
その一つに 医師として民間現役復帰が叶えられる。
既に、医化学研究所の空席をナオミが確保している。
『なぁ 俺もラボで働けないかな? ナオミに頼んでよ』
俺達は 鎌倉の母に婚約の報告に向かっていた。
『あら、貴方まだ 医師にもなっていないのよ!
先に日本の医師免許を取って、暫くは大学院で研修医として学んだ方がいいんじゃない?』
『そうだけど… ララが除隊したら、アメリカに帰って俺を捨てるだろ?』
『そうね~、可能性としては ゼロではないわね~』
『だよな… この何年 ほとんど ヒモみたいな生活だったからな…』
『まぁっ ジゴロ気取り? バッカじゃないの 貴方はちゃんと大学に通って しっかりアルバイトもして きちんと進級してるじゃない?』
『それだけ…か? それだけだろ?』
ララとの格差は埋めようとしても埋まるはずがない。
常に 俺と言う いい加減に生きてきた男が 医学に真剣に取り組み人間の命の尊厳と向かい合ってきた助手席に座る女性と婚約し、その先の結婚するに相応しい男であるはずがない…と
この後に及んで 自己肯定感が全く湧かない。
…池田チハル…君にも先起こされ今じゃ到底及ばない。
damn!(クソっ)
池田チハルは T大の大学院を主席で卒業した後期臨床研修をそつなくこなして臨床医としてゼミの教授の推薦でUCLAに留学した。
それでも、彼女を誰にも渡したくない。ずっと彼女の側で共に人生を全うしたい。
たかだか26やそこらのいい加減な男が考える事ではないが、今から俺の全身全霊で彼女に相応しい男になってみせる。
鎌倉の実家には 何度も彼女を連れて帰っていた。
今回は 母に婚約したことを告げに来た。
日本なら そう容易く婚約などできないだろが、
親と子の関わり、親類縁者との関わりは日本以上に重視するが形式にこだわらないリベラル世代の欧米では、あくまでも本人達次第なのだ。
果たして 形式重視の母は すんなりと認めるのか?
ララにややこしい日本のしきたりを押し付ける訳には行かない。
「まぁ! ヒカルさん…婚約って! ミラーさんのご両親は?」
ほら、おいでなすつた…
母は最初は驚きの表情は見せたものの、ララに悟られないよう違和感なく笑顔で、俺に質問を浴びせてくる。
ララは 出された懐石料理を 器用な箸使いで機嫌よく食べている。
「お母さん、日本の習慣どおりにはいかない事をわかってください。ご存知かと思いますが、欧米ではそれぞれが自己判断で決めそれについては、親も、子もお互いの決定を尊重するのがその人への愛や思い遣りとら考えられているんです。結果の責任も決定した者が背負うんです。だから、2人で決めた事の責任も俺達が背負っていきます。解ってください」
「お祝いとか、お友達を呼んだお席も用意しないの?」
母は残念そうな、控え目な提案をしてきた。
…ごめん、お母さん… 俺、遠からず 日本を出ます…
「ええ、毎年 ミッちゃんと一緒にスキーに、行ったり温泉に行ったりしたじゃ無いでか? もう ララも我が家の一員だと、思ってください。しかもまだ半人前にもなっていない僕の婚約申し込みを受けてくれた彼女に 同僚の軍人達を呼べますか?」
「そう… そうね…」
母を説得するのに 息子自身が不甲斐ない現状を理由にするなど 俺以上に母を惨めな思いにさせたかもしれない。
とにかく、婚約式については 行わず、いずれ時がきて 俺がきちんと家族を養えるような職に就いた時 改めて実行する事で母を、納得させた。
あー面倒だ…
翌年3月、医師国家試験については、通過儀礼程度で当然合格し、4月からT大院生として研究室で論文作成しつつ 臨床研修医として附属病院の希望複数科を3か月単位で研修する事になった。
初めて病院の医局に足を踏み入れた。
朝7時には 医局に出勤し先輩医局員の机周りの掃除 前日までのゴミ捨てに始まり 出勤してくる医局員にコーヒーやお茶を用意する。
当直を含め36時間勤務し続けた先輩医局員が交代医局員と申し送りを始めている頃 病棟のナースステーションで 朝のカンファレンスの準備に前日迄の入院患者のカルテや検査結果を用意し、看護師サマリーに目を通して 教授や指導医に質問されても澱みなく答えていかなければ、研修の評価にかかわる。
アメリカ留学を目論む俺にとっては 指導医や教授から高評価を得なければ 姉妹校への留学推薦に繋がらない。
慣れるまで 毎日が 緊張の連続だった。
こんな毎日を続け 俺は何の為に医者になる?
ララに追いつくためか? それなら同じ仕事でなくてもいいじゃないか! 俺は本当は医者なんて興味ない。
ララ.ミラーと結婚する事以外 俺が今したい事なんて何も無い。
大学だって たまたま医者の父を持ち 婚外子の俺が母のDNAが本妻に劣らぬ事を証明するために医学部に入ったってだけ…
ララは 医者のたまごの俺だから魅かれた筈じゃない。
今 俺が 大学を辞めて 直ぐにだって別の職業にかわっても いい筈だ…
研修で あちこちの科を周りながらそんな事ばかりが思考を独占していた。
「早瀬くんっ」
白のケーシーがこの頃 研修医のユニフォームみたいなものだった。女子が着ると なんだか 厨房ユニフォームみたいだった。
「笠原リノっ⁈」
「はぁ やっと追いついたわっ 歩幅広すぎ」
「久しぶりじゃね? 」
「早瀬君たら 卒業式も来なかったじゃない、講義だって私と全く被らないから…」
「そうだったか… 今日は何?」
「やっと、同じ研修診療科じゃない!」
「…なんだ! 笠原は何科の教室?」
「私? 実家はさ内科なんだけど、血液内科か、麻酔科行こうかなぁって…」
「へぇ~ 凄いなぁ 」
「早瀬君は?」
「俺? ん…ゼミは細胞学の悪性新生物だったんだな、だから臨床だと直結は消化器…ん、内科は慢性化して暗いじゃん…じゃ外科か?といったら、キモいしなぁ…」
「あらっ 意外ぃっ もっと肉食系かぁ なんて想像してた」
「いやぁ 解剖学の実習思い出すと…今でもゲロマズ…」
「へぇ~ そう? 」
「笠原は 平気か?」
「そうねぇ… でもさ、あの開いていくときのパーツひとつひとつが、脳の指令で信じられないくらいのスピードで動いたりするのって凄くない?」
「なるほどなぁ…やっぱ お前凄いわ!」
もとから 医者を目指している奴らに敵うわけないか…
「来週さ、側湾症のオペあるよ ライブらしいし…」
「へー整形か?」
「そう! 何か チタンのボルトの治験もかねてるんだって」
「チタン…ステンレスだと重くて患者の負担が相当だからな…まだ厚生省は認可してないんだっけ?」
「そう…まだ疑念の域だけど遺伝子の問題かも…10歳迄の女の子の発症が多くて その兄弟姉妹にも、軽度な症状が見られる場合が多いんだって…40度とかの変形の側湾症とか少しずつ認可の方向みたいね」
笠原リノに誘われるがまま オペのライブを見学した。
「凄いわね、あのドクター!」
「……」
トータル10時間の手術だった。途中フォローに入った若手の医師達も交代で軽食を摂りながらの長丁場だった。
患者の生命維持を引き受けている麻酔科医 人工心肺装置をコントロールする臨床工学技師…器械出しナース…全てが流れるような動きで
執刀医をフォローしている。
執刀医は整形外科学教室の教授…だが 実際にメインで手術していたのは 整形外科のナンバー2か、3番手の若いドクター達
教授は側湾症や変形骨格矯正の名医。
その弟子達が優秀と言う事か…
「早瀬君 …大丈夫?」
笠原リノは俺が血生臭いのが苦手な事を心配している。
「 えっ あぁ 大丈夫だ…面白いモノを見させてもらったよ 笠原が美しいと言うのも一理あるよな!」
「あっら 美しいって言ったかしら? 凄いって言ったような…」
その夜は
横で寝ようとしているララにライブの話しを夢中でしていた。
整形外科はアメリカやソビエト(ロシア)が最先端の手術を行なっている。
『ねぇ~いっその事 整形外科医になれば?』
眠りを邪魔され、投げやりに応えているララに構う事なく、
『うーん…整形外科って何だかなぁ…』
『じゃ 医者なんて辞めちゃえばっ ヒカルには向いてないのよ!』
ララは とにかく寝かせてとばかりに 適当な事を言う。
『だよな… そうなんだよ 向いてないんだ…でもさ、俺って元々 他人と連んだ事なかったんだ 1人で何とでもなって来たから…
今日の手術は 流れるように 綺麗だった。あんな仕事の現場に立ってみたら どんな気分なんだろう?』
ララは 本格的に目が冴えてきた。
ベッドから半身を起こし、ヘッドボードを背もたれにしながら、迷惑気に歳下の婚約者を眺めた。
『今日のオペはカッコよかった?』
腕組みしながらララは可愛い坊やにたずねる。
『そうだな… カリフォルニアの事故で君とナオミに手荒い洗礼を受けた時も 酷い苦痛だったが 君やナオミ 、ナースマン達が指示待ちしなくても次の動きを把握して先回りしているのが カッコよかった。今日のオペ風景に似てる。』
『じゃ 救命救急医は?』
救命か…救命なぁ…面白いかも…
こんな訳で 俺は研修先の診療科に高度救命救急センターを加えた。
「早瀬ぇ! CT準備ぃー!
笠原ぁ手の空いてるナース呼んでこいっ」
早瀬ぇーお前ぇやってみろーっ!
「せっ先生ぇ 俺まだ無理っす!」
バッカ野郎っ 何ビビってんだぁ さっさとやっちまえっ!
早くしろよー 患者がひあがっちまうぞぉ、
おーいそこの研修医っ! 病棟のベッド準備させろぉ!
「早瀬っ I C Uへ連絡しろっ」
おーい D rヘリつくぞー!
手すきの奴っ ヘリポートへ行けぇーッ
高度救命救急センター… 毎日が戦場だ
何もできねー…
俺は毎日毎晩 時間があると高度救命のテキストを読み込んだ。
時には ララに指導を仰いだ。
『ヒカル、ビビらずに ケースを熟さなきゃっ そのうちに先の予測がつくようになるから…その予測した先の結果が最善になるように現状のアプローチを考えなきゃ 救命は時間との勝負よ!救命の初期治療が患者の余後を左右するって言っても過言じゃないわ とにかく やるっ! 』
2年間の初期研修が終わる頃 俺は将来は救命に戻ろうと決めて、消化器外科教室のレジデントとして第二外科に所属した。
胸部外科学か消化器かで迷ったが、消化器官を犯す癌についてこれから先の需要を優先した。つまり金儲け…
笠原リノも実家のクリニックに戻る為か同じ教室に所属している。
俺は一晩三万から五万の一般病院の夜勤のアルバイトを精力的にこなしていた。
大学病院では、まだ正職員にもなれない非公務員で とても妻を養っていける収入は得られない。
ララは除隊申請から三年、やっと後任の医官が決まり 最後の1ヶ月
グアムの基地勤務だった。
彼女に関して言えば、俺のように迷走していない。
除隊後は母校のラボに戻り再び研究職に就くと言う。
除隊後から軍人恩給と医学博士としてラボから給料が出る。
それに引き換え、俺はまだまだ半人前… 夜勤のアルバイトで何とか人並みの収入は得られるようにはなったが、仕事を乞う立場は変わらない。
2年間の臨床研修中に 前からアメリカ留学の希望をあっちこっちの大学にオファーし続け、いくつかの大学から受け入れの回答が来ていた。
このことは 同期や所属医局の同僚、上司には知らせていない。
全ては ララの予定に合わせて動くためだった。
いつか 必ず 選ぶ側になってやる。
俺は、T大医学部を真面目に過ごして最終学年に進級した。
悪性新生物への細胞変化の原因と各臓器別形態の統計に基づく紐付けを研究しているゼミに潜り込んでいた。
そして、手当たり次第にアメリカの大学の医学部、医学部ラボに現在ゼミで研究している個別の具体的研究課題を手紙で送り付けそっちで研究を続けたいと訴えていた。
医師国家試験を2月に控えていたが、海外留学も視野に入れながら、T大の大学院進学の為の論文が認められた。
国試の合格が最前提だが、ララと正式に婚約する為には、俺が働ける環境をまずは彼女に示さなければならないと、男のプライドをみせたかった。
とうのララには、そんなプライドはナンセンスだと一笑されてはいたが…
ララが米軍に、除隊申請した後、2人で新しく生活の拠点をアメリカに移すならば、向こうで俺も職を探さないといけない。
とりあえず 今のところ 医者しか道がない。
ララは 例の刑事告訴の件で アメリカで医師として働く権利に制限をかけられていたが、この数年国家に忠誠を示し、米軍に貢献したことで、中尉から大尉に昇格し除隊後は退役軍人としてさまざまな恩恵を受けられる事になる。
その一つに 医師として民間現役復帰が叶えられる。
既に、医化学研究所の空席をナオミが確保している。
『なぁ 俺もラボで働けないかな? ナオミに頼んでよ』
俺達は 鎌倉の母に婚約の報告に向かっていた。
『あら、貴方まだ 医師にもなっていないのよ!
先に日本の医師免許を取って、暫くは大学院で研修医として学んだ方がいいんじゃない?』
『そうだけど… ララが除隊したら、アメリカに帰って俺を捨てるだろ?』
『そうね~、可能性としては ゼロではないわね~』
『だよな… この何年 ほとんど ヒモみたいな生活だったからな…』
『まぁっ ジゴロ気取り? バッカじゃないの 貴方はちゃんと大学に通って しっかりアルバイトもして きちんと進級してるじゃない?』
『それだけ…か? それだけだろ?』
ララとの格差は埋めようとしても埋まるはずがない。
常に 俺と言う いい加減に生きてきた男が 医学に真剣に取り組み人間の命の尊厳と向かい合ってきた助手席に座る女性と婚約し、その先の結婚するに相応しい男であるはずがない…と
この後に及んで 自己肯定感が全く湧かない。
…池田チハル…君にも先起こされ今じゃ到底及ばない。
damn!(クソっ)
池田チハルは T大の大学院を主席で卒業した後期臨床研修をそつなくこなして臨床医としてゼミの教授の推薦でUCLAに留学した。
それでも、彼女を誰にも渡したくない。ずっと彼女の側で共に人生を全うしたい。
たかだか26やそこらのいい加減な男が考える事ではないが、今から俺の全身全霊で彼女に相応しい男になってみせる。
鎌倉の実家には 何度も彼女を連れて帰っていた。
今回は 母に婚約したことを告げに来た。
日本なら そう容易く婚約などできないだろが、
親と子の関わり、親類縁者との関わりは日本以上に重視するが形式にこだわらないリベラル世代の欧米では、あくまでも本人達次第なのだ。
果たして 形式重視の母は すんなりと認めるのか?
ララにややこしい日本のしきたりを押し付ける訳には行かない。
「まぁ! ヒカルさん…婚約って! ミラーさんのご両親は?」
ほら、おいでなすつた…
母は最初は驚きの表情は見せたものの、ララに悟られないよう違和感なく笑顔で、俺に質問を浴びせてくる。
ララは 出された懐石料理を 器用な箸使いで機嫌よく食べている。
「お母さん、日本の習慣どおりにはいかない事をわかってください。ご存知かと思いますが、欧米ではそれぞれが自己判断で決めそれについては、親も、子もお互いの決定を尊重するのがその人への愛や思い遣りとら考えられているんです。結果の責任も決定した者が背負うんです。だから、2人で決めた事の責任も俺達が背負っていきます。解ってください」
「お祝いとか、お友達を呼んだお席も用意しないの?」
母は残念そうな、控え目な提案をしてきた。
…ごめん、お母さん… 俺、遠からず 日本を出ます…
「ええ、毎年 ミッちゃんと一緒にスキーに、行ったり温泉に行ったりしたじゃ無いでか? もう ララも我が家の一員だと、思ってください。しかもまだ半人前にもなっていない僕の婚約申し込みを受けてくれた彼女に 同僚の軍人達を呼べますか?」
「そう… そうね…」
母を説得するのに 息子自身が不甲斐ない現状を理由にするなど 俺以上に母を惨めな思いにさせたかもしれない。
とにかく、婚約式については 行わず、いずれ時がきて 俺がきちんと家族を養えるような職に就いた時 改めて実行する事で母を、納得させた。
あー面倒だ…
翌年3月、医師国家試験については、通過儀礼程度で当然合格し、4月からT大院生として研究室で論文作成しつつ 臨床研修医として附属病院の希望複数科を3か月単位で研修する事になった。
初めて病院の医局に足を踏み入れた。
朝7時には 医局に出勤し先輩医局員の机周りの掃除 前日までのゴミ捨てに始まり 出勤してくる医局員にコーヒーやお茶を用意する。
当直を含め36時間勤務し続けた先輩医局員が交代医局員と申し送りを始めている頃 病棟のナースステーションで 朝のカンファレンスの準備に前日迄の入院患者のカルテや検査結果を用意し、看護師サマリーに目を通して 教授や指導医に質問されても澱みなく答えていかなければ、研修の評価にかかわる。
アメリカ留学を目論む俺にとっては 指導医や教授から高評価を得なければ 姉妹校への留学推薦に繋がらない。
慣れるまで 毎日が 緊張の連続だった。
こんな毎日を続け 俺は何の為に医者になる?
ララに追いつくためか? それなら同じ仕事でなくてもいいじゃないか! 俺は本当は医者なんて興味ない。
ララ.ミラーと結婚する事以外 俺が今したい事なんて何も無い。
大学だって たまたま医者の父を持ち 婚外子の俺が母のDNAが本妻に劣らぬ事を証明するために医学部に入ったってだけ…
ララは 医者のたまごの俺だから魅かれた筈じゃない。
今 俺が 大学を辞めて 直ぐにだって別の職業にかわっても いい筈だ…
研修で あちこちの科を周りながらそんな事ばかりが思考を独占していた。
「早瀬くんっ」
白のケーシーがこの頃 研修医のユニフォームみたいなものだった。女子が着ると なんだか 厨房ユニフォームみたいだった。
「笠原リノっ⁈」
「はぁ やっと追いついたわっ 歩幅広すぎ」
「久しぶりじゃね? 」
「早瀬君たら 卒業式も来なかったじゃない、講義だって私と全く被らないから…」
「そうだったか… 今日は何?」
「やっと、同じ研修診療科じゃない!」
「…なんだ! 笠原は何科の教室?」
「私? 実家はさ内科なんだけど、血液内科か、麻酔科行こうかなぁって…」
「へぇ~ 凄いなぁ 」
「早瀬君は?」
「俺? ん…ゼミは細胞学の悪性新生物だったんだな、だから臨床だと直結は消化器…ん、内科は慢性化して暗いじゃん…じゃ外科か?といったら、キモいしなぁ…」
「あらっ 意外ぃっ もっと肉食系かぁ なんて想像してた」
「いやぁ 解剖学の実習思い出すと…今でもゲロマズ…」
「へぇ~ そう? 」
「笠原は 平気か?」
「そうねぇ… でもさ、あの開いていくときのパーツひとつひとつが、脳の指令で信じられないくらいのスピードで動いたりするのって凄くない?」
「なるほどなぁ…やっぱ お前凄いわ!」
もとから 医者を目指している奴らに敵うわけないか…
「来週さ、側湾症のオペあるよ ライブらしいし…」
「へー整形か?」
「そう! 何か チタンのボルトの治験もかねてるんだって」
「チタン…ステンレスだと重くて患者の負担が相当だからな…まだ厚生省は認可してないんだっけ?」
「そう…まだ疑念の域だけど遺伝子の問題かも…10歳迄の女の子の発症が多くて その兄弟姉妹にも、軽度な症状が見られる場合が多いんだって…40度とかの変形の側湾症とか少しずつ認可の方向みたいね」
笠原リノに誘われるがまま オペのライブを見学した。
「凄いわね、あのドクター!」
「……」
トータル10時間の手術だった。途中フォローに入った若手の医師達も交代で軽食を摂りながらの長丁場だった。
患者の生命維持を引き受けている麻酔科医 人工心肺装置をコントロールする臨床工学技師…器械出しナース…全てが流れるような動きで
執刀医をフォローしている。
執刀医は整形外科学教室の教授…だが 実際にメインで手術していたのは 整形外科のナンバー2か、3番手の若いドクター達
教授は側湾症や変形骨格矯正の名医。
その弟子達が優秀と言う事か…
「早瀬君 …大丈夫?」
笠原リノは俺が血生臭いのが苦手な事を心配している。
「 えっ あぁ 大丈夫だ…面白いモノを見させてもらったよ 笠原が美しいと言うのも一理あるよな!」
「あっら 美しいって言ったかしら? 凄いって言ったような…」
その夜は
横で寝ようとしているララにライブの話しを夢中でしていた。
整形外科はアメリカやソビエト(ロシア)が最先端の手術を行なっている。
『ねぇ~いっその事 整形外科医になれば?』
眠りを邪魔され、投げやりに応えているララに構う事なく、
『うーん…整形外科って何だかなぁ…』
『じゃ 医者なんて辞めちゃえばっ ヒカルには向いてないのよ!』
ララは とにかく寝かせてとばかりに 適当な事を言う。
『だよな… そうなんだよ 向いてないんだ…でもさ、俺って元々 他人と連んだ事なかったんだ 1人で何とでもなって来たから…
今日の手術は 流れるように 綺麗だった。あんな仕事の現場に立ってみたら どんな気分なんだろう?』
ララは 本格的に目が冴えてきた。
ベッドから半身を起こし、ヘッドボードを背もたれにしながら、迷惑気に歳下の婚約者を眺めた。
『今日のオペはカッコよかった?』
腕組みしながらララは可愛い坊やにたずねる。
『そうだな… カリフォルニアの事故で君とナオミに手荒い洗礼を受けた時も 酷い苦痛だったが 君やナオミ 、ナースマン達が指示待ちしなくても次の動きを把握して先回りしているのが カッコよかった。今日のオペ風景に似てる。』
『じゃ 救命救急医は?』
救命か…救命なぁ…面白いかも…
こんな訳で 俺は研修先の診療科に高度救命救急センターを加えた。
「早瀬ぇ! CT準備ぃー!
笠原ぁ手の空いてるナース呼んでこいっ」
早瀬ぇーお前ぇやってみろーっ!
「せっ先生ぇ 俺まだ無理っす!」
バッカ野郎っ 何ビビってんだぁ さっさとやっちまえっ!
早くしろよー 患者がひあがっちまうぞぉ、
おーいそこの研修医っ! 病棟のベッド準備させろぉ!
「早瀬っ I C Uへ連絡しろっ」
おーい D rヘリつくぞー!
手すきの奴っ ヘリポートへ行けぇーッ
高度救命救急センター… 毎日が戦場だ
何もできねー…
俺は毎日毎晩 時間があると高度救命のテキストを読み込んだ。
時には ララに指導を仰いだ。
『ヒカル、ビビらずに ケースを熟さなきゃっ そのうちに先の予測がつくようになるから…その予測した先の結果が最善になるように現状のアプローチを考えなきゃ 救命は時間との勝負よ!救命の初期治療が患者の余後を左右するって言っても過言じゃないわ とにかく やるっ! 』
2年間の初期研修が終わる頃 俺は将来は救命に戻ろうと決めて、消化器外科教室のレジデントとして第二外科に所属した。
胸部外科学か消化器かで迷ったが、消化器官を犯す癌についてこれから先の需要を優先した。つまり金儲け…
笠原リノも実家のクリニックに戻る為か同じ教室に所属している。
俺は一晩三万から五万の一般病院の夜勤のアルバイトを精力的にこなしていた。
大学病院では、まだ正職員にもなれない非公務員で とても妻を養っていける収入は得られない。
ララは除隊申請から三年、やっと後任の医官が決まり 最後の1ヶ月
グアムの基地勤務だった。
彼女に関して言えば、俺のように迷走していない。
除隊後は母校のラボに戻り再び研究職に就くと言う。
除隊後から軍人恩給と医学博士としてラボから給料が出る。
それに引き換え、俺はまだまだ半人前… 夜勤のアルバイトで何とか人並みの収入は得られるようにはなったが、仕事を乞う立場は変わらない。
2年間の臨床研修中に 前からアメリカ留学の希望をあっちこっちの大学にオファーし続け、いくつかの大学から受け入れの回答が来ていた。
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