21 / 89
21 閑話2
しおりを挟む借金を返し終えたリリーは二人で生活する家を探す間、サミュエルに金を渡しナターシャの世話をしてもらっていた。
借金が終えたのを期に娼館で働く回数を減らしたリリーは頻繁にナターシャに会える回数が増えた。心が穏やかになったのか良い笑顔で会話をする姉妹。
「ナターシャはどんな家がいい?」
「お姉ちゃんと一緒なら何でもいい!あ、でも出来ればお姉ちゃんの家族と私が一緒に暮らせるくらい大きい家だったら嬉しいな」
「ナターシャがいれば他に家族はいらない」
「そんな事言っちゃダメよ!お姉ちゃんは家族を持って幸せになるの!お姉ちゃんの赤ちゃんは私がたっぷりと愛情注いで育てるんだから。それが私の夢・・・というか、お姉ちゃんが幸せになることが私の夢なんだけど」
「私の幸せはナターシャと一緒にいること」
「大好きだよ。お姉ちゃん愛してる」
「うん。愛してる」
照れくさそうに笑う愛しいナターシャを抱き締めた。
王都から離れた街にナターシャが気に入りそうな家を見つけた。街から少し離れ近くに花畑や小川が流れている。心穏やかに暮らせそうな家だ。リリーはその家を購入し、ウキウキとした足取りでナターシャに会いに行った。
「ナターシャ!家見つかーー」
ベッドに寝ているナターシャの顔に白い布が置かれていた。サミュエルがナターシャのそばで泣き崩れている。
「妹と話があるからどいて?」
サミュエルに声をかけるが、彼の泣き腫らした顔を見て全身の血が抜ける感覚がリリーを襲う。
「彼女は、死んだ・・・死んだんだっ」
嘘だ、そんなの、信じないっ!
リリーは駆け寄りナターシャの顔に置かれた白い布を取った。彼女は綺麗な顔で穏やかに眠っている。頬に手を添えて話しかけた。
「ナターシャ起きて?家見つかったよ・・・どうしてっ どうしてこんなに冷たいの?ナターシャ・・・ねぇ、ナターシャ・・・起きてよ」
涙が瞳から溢れた。
リリーはこの冷たさを知っている。
人が死んだ時の冷たさを。
「医者から余命僅かだと宣告されていた。黙っていろとナターシャに言われたんだ。お前に言ったら心配するどころじゃ済まないと思ってって・・・・・・苦しかったろうに、お前には笑顔しか見せなかっただろう」
リリーはナターシャの冷たく動かない手を握りしめた。
病弱なのは知っていた。でも大丈夫だって、医者も問題ないって言っていたのにっ!
涙が溢れて止まらない。
「・・・最期に彼女から手紙を預かった。お前の努力は認めてやる。葬式はこちらで用意しよう。俺に出来ることはこれしかないから」
手紙をテーブルへ置きサミュエルが部屋から出て行った。
その日リリーは手紙を見る事が出来なかった。
ナターシャの葬儀が終わりリリーはお墓の前で屍の様に生気を無くし立ち尽くす。葬儀を執り行ったくれたサミュエルが豪華な花束をナターシャの墓石へ置きリリーへ小さな紙を渡した。
その紙にはナターシャの姿絵が描かれていた。
笑顔のナターシャ。美しいナターシャ。
私の・・・ナターシャ。
「お前はもう、自由だ」
サミュエルが去った後も動けないリリー。
ナターシャのそばに居たい。
ずっと一緒にいるって約束したんだもの
これから、会いに行くからね。
自害しようと持参した小刀を取るべくポケットへ手を伸ばした。
カサッ
小刀よりも先にナターシャからの手紙に触れた。
そうだ、最期に読まなくちゃ。
ナターシャからの最期の手紙。
“
親愛なるお姉ちゃんへ
病気のこと今まで黙っていてごめんなさい。
初めてお姉ちゃんに嘘ついちゃった。
悪い私を許してください。
これだけはお願いします。
私の分も生きて、幸せになって下さい。
絶対!絶対!ぜったいに幸せになって下さい。
私は笑顔のお姉ちゃんが大好きです。
危険な仕事をしている事は知っています。
辛い事もいっぱいあるでしょう。
それでも、無理せずに笑える時は笑顔でいて下さい。
私みたいにお姉ちゃんの笑顔が大好きな人はそれだけで救われるから。
友達を作って下さい。恋もして下さい。
デートをして、恋人を作って、家族を作って、ひとりにならないで下さい。
私にはお姉ちゃんがいてくれた。
お姉ちゃんが見捨てずにそばにいてくれた。
だから、私は幸せだった。
本当は外に出ていっぱい働いてお姉ちゃんを楽にしてあげたかった。恋もしてみたかった。
ずっと寝たきりだったけど、お姉ちゃんが来てくれるだけで嫌な気持ちが無くなって嬉しい気持ちでいっぱいになるの。
結局は私のわがままになっちゃいますね。
ごめんなさい。
でもお姉ちゃんが不幸せな事を自らするなら嫌いになります。だから絶対に私のあとを追おうとしないで下さい。お姉ちゃんのことはよく知ってるんだからね。
お姉ちゃんがいてくれたから私の人生は幸せだった。今度はお姉ちゃんが幸せになる番だよ。
ずっとお姉ちゃんが好き。世界で一番好き。
ずっと、ずっと大好きだよ。
ナターシャ ”
手紙を読み終えたリリーはナターシャの墓石を抱き締めた。
「ナターシャっナターシャ!ああああああああっ」
リリーの悲痛な泣き叫び声が墓場中に響き渡った。
それから数日後、リリーは我武者羅に働いた。娼婦の仕事は予約が入っている日のみ出勤をした。影では休むことなく主に戦闘の仕事をした。体がボロボロになってもナターシャとの気持ちの整理がつくまで無我夢中で生き続けた。
やがて、リリーは倒れた。
寝る間もなく働いて体が悲鳴を上げたのだ。
暗い視界の中ナターシャの声が聞こえた。
“自分を大事にしなさーーい!”
頬を膨らませてぷんぷんと怒る可愛い妹の姿が浮かび思わず笑ってしまったリリー。
目覚めると見慣れた自分の家だった。
ここは子供の頃からジャックとジョンと暮らしていた家。今は独りで暮らしている、王都にある通勤用の家だ。
体を起こしたリリーはここに居ないはずの二人の姿を見て驚いた。
ジャックとジョンがテーブルを囲って座っていたのだ。リリーが起きたことに気がついた二人は黙って視線を寄こす。
「来い」
ジャックの発言にリリーは大人しく従い彼に近付いた。ふらふらの足取りで近付くリリーを見たジャックは眉間に皺を寄せている。
ジャックは黙ったままリリーを抱き寄せた。座ったままリリーを膝の上に座らせ抱き締める。次いでジョンがリリーの頭を撫でた。
「もっと自分を大事にしなよ」
ナターシャと同じことを言ったジョン。
リリーはクスっと笑った。
「もう大丈夫。ナターシャが見てるから」
ナターシャに怒られないよう頑張って生きよう。
それからリリーは悲観にくれること無く元に戻った。ナターシャが生存していた時同様に生活をしている彼女を見て、周りの者達は安堵の溜息を吐いた。
やがて彼女は娼婦を辞めた。
借金も終わり影だけで食べていけるから。
恋をするには、邪魔な仕事だから。
これからはナターシャが願う生活が出来るように生きていこう。
これが、リリーの過去のお話。
59
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
転生先は男女比50:1の世界!?
4036(シクミロ)
恋愛
男女比50:1の世界に転生した少女。
「まさか、男女比がおかしな世界とは・・・」
デブで自己中心的な女性が多い世界で、ひとり異質な少女は・・
どうなる!?学園生活!!
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる