【R18】 その娼婦、王宮スパイです

ぴぃ

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第二章

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 心臓がうるさい。
ありえないくらいドキドキしている。
知らない。こんなの知らない。

リリーに手を引かれバルコニーへ出たエレンは顔に熱が集中しているのを感じながらリリーの後ろ姿を見つめていた。

自分ですら知らない癖を彼女が知っていて、外面だけじゃない自分を見てくれていた。大勢の前で赤裸々に自分をさらけ出され凄く恥ずかしいのに・・・嬉しい。この気持ちはなに?

ボーッとリリーを見つめていたエレンだったが、彼女が振り返り目が合ってしまうと咄嗟に腕の中へ引き寄せ抱き締めた。

今の自分の顔を見られたくない。
きっと情けない顔をしている。

「酔った?」

「・・・酔ってないよ」

「顔が赤い」

「・・・リリーがキスしたから」

「嫌だった?」

「嫌じゃないよ・・・」

嫌じゃない、けど・・・。
エレンは先程のリリーとのキスを思い出した。

ゆっくりと触れられた唇の感覚が柔らかくて凄く甘い。唇から甘い痺れが脳に伝わり何も考えられなくなった。

先程よりも顔が赤くなったエレンは抱き締める腕に力を込めた。

不意打ちだった。
いつも訓練の時は無表情だから他の顔が見たくて仲間達と訓練前に会いに行く事にした。最近は色んな表情を見れて面白いと思っていたけど、あんなに愛おしそうに優しく笑った笑顔を自分だけに向けられると思っていなかった。

さっきの笑顔がまた見たい。
また・・・キスがしたい。

マカドニー侯爵令嬢をどうやって諦めさせるか。その事ばかりずっと考えていたのに、今はリリーで頭がいっぱいだ。

(どうしよう・・・僕はどうすればいい・・・)

会場に戻って恋人のフリをしなくちゃ。
でも・・・大勢の男が鼻の下を伸ばしてリリーを見る事が癪に障る。

離れたくないけど離れなきゃ。このままずっと腕の中に閉じ込めておくわけにはいかない。でもリリーに今のこの顔を見られたくない。

「飲み物持ってくるからここにいて?絶対に一人で会場に戻らないでね」

エレンはリリーと視線を合わせる事なく、スッと離れて会場へ戻ってしまった。素っ気ない態度に顎に手を当て考えるリリー。

キスがダメだったのだろうか・・・。
訓練時の懸垂の時にキスをして来たのはエレンの方だ。だから気にしないと思っていたのに。相手からされるのが嫌だとか?んー。

夜空の下バルコニーから美しい庭を見ながら考え込んだリリーの背後に現れたのはウィルフレッド。彼はリリーとの距離をどんどん縮めリリーを挟むように手すりに両手をつけた。

振り返り高欄に寄りかかったリリーは彼を見上げた。

どうかしたのだろうか、ウィルフレッドの表情が暗い。

「・・・あそこまでする必要があったのか?」

あそこまで?どれの事だ?
首を傾げたリリー。

「キスはしなければならなかったのか?仕事なら誰にでもするのか・・・相手が俺でも・・・」

眉間に皺を寄せ問うてくるウィルフレッド。
誰にでもしたい訳では無いが仕事ならやれる。
相手がウィルフレッドなら迷う事なく出来る。
彼のことは嫌いじゃないから。

リリーはウィルフレッドの頬に手を添えキスをした。先程のエレンの時よりもあっさりとした口付けを。触れただけの軽いキスだ。彼の頬に手を添えたまま、リリーはウィルフレッドの目を見た。

「ウィルフレッドも嫌だった?」

私とのキスは彼らにとって態度が変わる程嫌なものなのだろうか。

だったら少し距離感を改めなくてはいけない。

ウィルフレッドの顔から手を離し、離れる為に彼の体を押そうとしたら顎を持ち上げられウィルフレッドから突然キスをされた。

「っーーま・・・ん・・・ぁ・・・・・・」

ぬるりと柔らかい舌が口内へ侵入し逃げようとするリリーの舌を絡め取り交合わせる。突然の行動に驚いたリリーは抵抗が出来ず、薄くなった酸素を取ろうと必死に身悶えをした。

どうしてウィルフレッドがこんな事を・・・?

暫く深いキスを続けやっと顔を離したウィルフレッド。十分な酸素を取り込もうと肩で呼吸をし、顔を赤らめ見上げてくるリリーの様子を満足気な表情で見つめると、お互いの唾液で照らしてしまった彼女の唇を親指で拭った。

「浮気はダメだよリリー」

エレンの声が聞こえハッと姿勢を正したリリー。
戻って来たエレンの姿を見たいのに自分よりも体の大きなウィルフレッドが壁となり、しかも両腕で囲われているかのように挟まれている為顔を出す事も出来ない。

「いつからそこに?」

顔だけ振り返りエレンを見たウィルフレッド。
対するエレンはバルコニーに備え付けられているテーブルに二つのグラスを置き、ウィルフレッドからリリーを奪うように引き寄せた。

「たった今だよ。何を話してたかは知らないけど、僕の恋人と距離が近過ぎるんじゃないかな」

「フリだろう。今は休憩時間だ」

(勝手に決めないでよ)

だがウィルフレッドの言う通り高いヒールを履いているリリーの足が疲れたかもしれないと思ったエレンは備え付けの椅子に座り自身の膝の上にリリーを座らせた。

背中が開いている・・・。
目の前に広がるリリーの華奢な背中。
そうだった。このドレス後ろががら空きだった。
一体何人の男がこの背中に釘付けになっていただろうか。考えただけで虫唾が走る。

(・・・て、僕は何考えてるんだろ。本当の恋人じゃないのに)

バルコニーに戻ったエレンはリリーと何の話をしようか緊張していたのに、ウィルフレッドと二人きりで密着している姿を見て一気に血の気が引くのを感じた。

なんで?さっきまでリリーの隣にいたのは僕だったのに・・・どうして他の男とそんなに距離が近いの?

胸にナイフが刺さったかのような痛みが走った。
こんな気持ちいけない。リリーはお金で雇った恋人だから誰といようが関係ない。・・・でも今は契約中なのだから独占したって構わないはずだ。

リリーを背後から抱き締め、額を肩に当てグリグリと擦るエレン。



・・・どうしよう。エレンの考えが読めない。

黙って大人しく受け入れていたリリーだったがエレンの様子が先程からおかしくて戸惑っていた。

そんな二人の隣の椅子へ腰掛けたウィルフレッド。

「・・・近いんじゃないかな?テーブルの向かいに座りなよ」

ウィルフレッドの膝がリリーの膝に当たっている。普段ならスルー出来るが今日はどうしても見過ごせない。

「かまわない」

(ちょっとは遠慮してよ・・・)

ムスッと唇を尖らせたエレン。
普段は笑顔の仮面を付けているのに珍しく拗ねているエレンを見たウィルフレッドは面白くなり口角を上げた。

「ここにいたのか」

ぞろぞろとルーク、ノエル、リヒャルトの三人が会場からバルコニーへ現れた。いつもの顔揃いに肩の力を落としたリリー。

貴族服を着こなすルークとノエルは流石の美男子。リヒャルトも騎士服なのに劣らない魅力をしている。

ふとリヒャルトの口元が汚れている事に気がついた。

「盗み食いした?」

ビクッと肩で驚いたリヒャルトはてへッと頭に手を当てた。

「バレた?貴族の飯まじで美味しそうでつい食べちゃった」

だったらちゃんと証拠隠滅しないと。
リリーがリヒャルトの口元についている食べカスを取ろうと腕を伸ばしたが、その腕をエレンに掴まれ元の位置へ戻されてしまった。振り返りエレンを見るが再び肩に額をつけており表情が読めない。

「ええと、どういう状況?」

状況が読めないリヒャルトが首を傾げてリリーに問うたが、リリーも理解出来ず同じ角度で首を傾げた。

「あの様にさらけ出されたから気恥しいのだろう。まさか私の趣味にハマっていたとはエレンも、可愛いところがあるな」

ニヤッとエレンを揶揄うルーク。
マカドニー侯爵令嬢とのやり取りを遠くから見ていた彼は自分が勧めた冒険小説をエレンも好きになった事を知り嬉しくなったのだ。

「でもあれはやり過ぎだと思います!」

「そうだったの?俺食べ物に夢中で見てなかった」

ノエルがリリーに抗議をした。
リヒャルトは見ればよかったと後悔している。
ウィルフレッドにも同じことを言われてしまった。

だったら単純に・・・

「外見を褒めればよかった?」

内面を言い過ぎてしまったのかと思ったリリー。
ノエルとウィルフレッドはキスの事を言っているのに伝わっていないと二人はため息を吐いた。

「・・・外見だったらどこを褒めてくれるの?」

ボソッと大人しくなったエレンが呟いた。

エレンの外見・・・。
顔を褒められるのは言われ慣れているだろうと思ったリリーは思い出したかのようにポンッと手を叩いた。

「エレンはおっきくて色も形も綺麗」

ブハッと飲んでいた酒を噴き出したルーク。
まだナニかを言っていないのに一瞬でたどり着いた思考の持ち主であるルークをリリーが指さした。

「むっつり」

「貴様が変なことを言ったのだろう!」

怒ったルークに怯む事無くリリーは次いでノエルを見た。

「ノエルは凄く太くて大きいからソレが挿入ったらお腹がいっぱいになりそう」

「わー!わー!こんなとこでやめてください!」

ノエルの下半身を指さして言ったリリーの口を慌てて手で塞いだノエル。

リリーはルークとノエルの反応が面白くてクスクスと笑った。

背後から抱き締められている体からエレンが震えているの伝わったリリーはゆっくりと振り向いた。

瞳に涙をため良い笑顔で笑っているエレン。

「褒めるってそこなの?やっぱりリリーは変わってるね」

心からの笑顔を見たリリーは内心ホッとしエレンの頭を撫でた。


 その後会場へ戻ったリリーとエレンは貴族達の嫌がらせを悉く躱し仲のいい完璧な恋人を演じきった。

この日以来マカドニー侯爵令嬢からのパーティーの招待や頻繁に送られて来た手紙もなくなり、平穏な生活を送る事が出来たエレンであった。




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