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第二章
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しおりを挟む人はいずれ死ぬ。
その時がいつになるかは誰にもわからない。
影の訓練前に室内訓練場へやって来た騎士五人は元気の無いシルヴィを見て首を傾げた。普段の彼なら無遠慮にずけずけと悪口を言ってきたり揶揄うなどして時間を潰してくるのに今日に限って遠くを見ながら物思いにふけている。心配になったリヒャルトが彼に声をかけた。
「シルヴィどうしたの?何かあった?」
チラッと尻目にリヒャルトを見たシルヴィはケロッとした笑顔を彼に向けた。
「一昨日からリリーさんが帰って来てないだけ」
リリーはヴォルフガングと共に魔獣討伐の任務を受けていた。本来なら一昨日あたりに帰ってくる筈なのに未だに帰って来ない。コアの回収に手間取っているのかそれとも・・・。
嫌な予感がするとシルヴィは眉間に皺を寄せ不安から貧乏揺すりが止められない。
そんな彼を見た騎士五人は仕事に真面目なリリーの事だから訓練開始時には現れるだろうと準備運動をしながら待つ事にした。
バンッ!!
「医療班!急げっ!リリーが死にかけてる!」
突然扉を蹴り開けたヴォルフガングが気を失っているリリーを抱えて現れた。二人の姿はボロボロで沢山の血を浴びているのだが、時間が経っているのかその血は既に乾いている。
一斉に影の医療班が数名担架を持って二人に集まり室内訓練場の奥にある治療室へリリーを運んだ。シルヴィと騎士達の前を通り過ぎた際、彼らの目に映ったのは血色が無くなり生気が感じられず死人のように力を無くしたリリーの姿。駆け足で連れて行かれた筈なのにまるでスローモーションのようにゆっくりと通り過ぎたその姿が目に焼き付いて離れない。
信じられない・・・あのリリーが・・・信じられない。
状況が理解出来ず立ち尽くす騎士達。騒がしく声を出している医療班とヴォルフガングの声が全く頭に入って来ない。
「新種の毒にやられた!」
「駄目だ脈が弱いッこのままじゃもたないぞ」
「急いで採血を!」
「心肺停止!蘇生術だ!」
治療室の扉がゆっくりと閉じるのを見る事しか出来なかった。
・・・リリーが・・・死ぬ・・・?・・・
パンッ!とシルヴィが手を強く叩いた音が響きハッとなった騎士達は徐に視線を彼に向けた。
「それじゃあ今回の訓練は僕だけで指導するね!ここだと集中出来ないと思うから外行こっか」
笑顔のシルヴィに対し信じられないと疑いの眼差しを向けたノエルが彼に叫んだ。
「こんな状況で訓練なんかやってられませんよ!リリーが死にかけてるんだよ!?」
「だから?」
急速に笑顔の仮面を取ったシルヴィは冷めた表情でノエルを睨んだ。
「いつも言ってるじゃん。影はいつ死ぬかわからないって。今僕達に出来ることなんて何もないの。ただ突っ立ってるよりは仕事した方がいいに決まってるでしょ」
シルヴィが言った通り医療知識が無い彼らに出来る事はリリーが無事なことを祈るのみ。ここに居たって何も出来ない。
騎士達は治療室の扉を見続けた。その表情は親に捨てられた子供のように絶望的で悲観的で見ていて苦しくなった。そんな彼らを見たシルヴィは力強く拳を握り締めた。爪が手のひらの肉に食い込み、血が滲む程強く。
(リリーさん・・・)
***
リリーが治療室に運び込まれてから約二週間が経過した。なんとか一命を取り留めた彼女は意識を失ったまま目を覚まさない。
ヴォルフガングと共に魔獣討伐の任務を受けたリリーは手際よく任務をこなしていた。魔獣狩りはひたすらに倒していくだけで影の任務の中では一番ストレス発散になる好きな仕事だ。ヴォルフガングも楽しそうに魔獣を次から次へと倒していた。しかし、突然現れた新種の大型魔獣。その大型魔獣は気持ちの悪い数多の触手を自在に操り、俊敏に、そして強い破壊力で二人を猛攻した。
スピード特化型のリリーは全ての攻撃を両刀で防ぎ触手を切り落とした。重攻撃特化型のヴォルフガングは攻撃を受けながらも巨大な岩を投げつけたり等をし応戦していた。怯んだ大型魔獣にあと少しだと思っていたら、その魔獣が得体の知れない毒をヴォルフガングに浴びせようと液体を吐き出そうとしたのを見たリリーが咄嗟にヴォルフガングの体を押し、代わりに毒を浴びた。毒を吐いた魔獣の口が開きその中に核を見つけ攻撃を仕掛けた二人は魔獣を倒す事が出来たのだが毒を浴びたリリーが倒れてしまった。
これが、リリーが倒れた経緯だ。
ヴォルフガングから説明を受けた影と騎士達。
ヴォルフガングの傷は既に治っておりあとはリリーの回復を待つのみだが状況はあまり良くはない。
騎士達は最初の一週間、毎日治療室に居座り続けていた。彼らは訓練前後やプライベートの時間に様子を見に来てはリリーが眠るベッド周囲に居座った。邪魔だと医療班のリーダーに叱責され追い出されてしまう迄は。
その時に聞こえてきた医療班の会話が耳に残っている。
“このまま目を覚まさない可能性が高い”
騎士達は怖かった。今となってはそばに居て当たり前となった彼女の存在。会話がしたい。目が合うだけでいい。彼女が起きて動いている姿を見る事が出来ればそれでいい。それだけなのにそれすらも出来ない。最後に彼女と交わした言葉が何だったのか思い出せない。
それから一週間が経った。
相変わらず治療室の扉は開かない。
医療班のリーダーから叱責をくらい出禁になった騎士達は治療室の扉を見た。
「ほら!行くよ!」
シルヴィに促され移動した騎士達。
頭の中はずっとリリーでいっぱいだ。
***
外訓練から室内へ戻って来たシルヴィと騎士達。治療室の扉を見るとその扉は未だに閉じたままだ。自然と下を向き眉間に皺を寄せた。
「ヴォルフガングどこ?あ、いた」
ピンクアメジストが彼らの前を素通りしヴォルフガングの腕をつんつんした。ハッと顔を上げた騎士達。唖然とし彼女を目で追った。
「ヴォルフガング生きてたんだ」
リリーの姿を確認したヴォルフガングはニカッと良い笑顔で笑った。
「お互いしぶてえな!」
ガシガシとリリーの頭を強く撫でたヴォルフガングはとても嬉しそうだ。リリーはそんな彼に聞きたいことがいっぱいあった。
あの新種の大型魔獣は解剖したのか。コアの大きさや色は?高く売れそうなのか。解毒剤は出来たのか。
色々と聞き出そうとしたのだがヴォルフガングがそんな事よりもと言い指をさした。彼の指先の方向を向くと、そこには酷く顔を歪めたシルヴィと騎士五人がこちらを見ている。
いったい何があったんだと近付いたリリーは彼らを見上げた。
ガシッと力強くウィルフレッドに抱き締められた。本当に何があったんだと彼を見たリリーはギョッとしてしまう。
あのウィルフレッドの瞳から涙が流れ続けているのだ。ただ小さい涙を流しているのではなく大粒の涙を大量に流している。
「・・・ウィル・・・何があったの?」
心配になったリリー。彼は何も言わず強く抱き締めリリーの首元に顔を埋めた。
「ウィルフレッド?」
「・・・ウィルでいい」
やっと喋ったと思ったのにウィルフレッドじゃなくてウィルと呼んでほしいと言われたリリーは混乱した。
泣き続ける彼を見た影達は驚いた。
騎士四人もウィルフレッドが泣く姿を初めて見てしまい戸惑う。本当は今すぐ自分もリリーに触れたいのに、その感情がウィルフレッドの泣き顔によって停止されてしまった。
「ウィルフレッドそろそろいいかな?」
エレンが遠慮がちにリリーを離して欲しいと頼むがウィルフレッドはリリーの首に顔を埋めたまま嫌だと頭を横に振った。
仕方ない・・・か。
小さなため息を吐いたエレンは今目の前にいる大切な存在を噛み締めるように彼女の頬に手を添えて親指で撫でた。
「お帰りリリー」
ん。と頷いたリリーはただいまの代わりにエレンの手に頬を擦りつけた。エレンは本当に嬉しそうに微笑んでいる。
リヒャルトがリリーの顔を掴むと額と額をくっ付けた。
「よかった。生きてて良かった。凄く心配した」
彼らの思いに擽ったい気持ちになったリリーは感謝の代わりにリヒャルトの鼻先に軽くキスをした。凄く優しく笑ったリヒャルトは自身の鼻先とリリーの鼻先をくっつけて左右に小さく擦った。
早く変わって欲しいのに全然リリーのそばから離れない三人に対しシルヴィとルークとノエルが不機嫌になる。
「早く退いてよ!」
「いい加減離れろ!」
「本当に良かったぁッ早く変わって下さい!」
その後小さな喧嘩が始まり元気そうで良かったと安心したリリーであった。
人はいつ死ぬかわからない。
そばに居てくれる人が当たり前だと思わず大切に接することが出来れば、いざという時に悔いが残らないのかもしれない。
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