78 / 89
第三章
78
しおりを挟む影の訓練場から飛び出したリヒャルトは直ぐにジョンの元へ向かった。リリーが仕事を辞める事を知っていたジョンに腹が立ったリヒャルトは彼の静止も聞かずに騎士団を飛び出した。そしてその日から今日までずっとリリーを探し続けていたのだ。
情報は王都から離れた街という事だけ。
道行く人にピンクアメジストの髪と瞳を持った女性を探していると様々な人に声を掛けた。途中詐欺に遭いそうになり苦難も続いたが、やっとこの街で見かけたという情報を手に入れやって来たのだ。
リリーの家かもしれない建物を見つけ緊張しながら扉をノックする。扉が開くと中から探し求めていた人が居て心臓が刺されるくらい痛くなった。
会いたかった。会いたかったッ
やっと会えた。
落ち着きを取り戻したリヒャルトはリリーがコーヒーを淹れる姿を眺めながら家中を見回した。ナチュラルな色合いで統一された平民らしく落ち着いた家具が揃えられている。何だか実家を思い出すほど心穏やかになれるインテリアだ。ふとテーブルの上に置かれた本を見たリヒャルト。相変わらず本が好きなんだなと微笑ましくなるが本のタイトル達を見て血の気が引くのを感じた。
“初めての妊娠・出産” “初めての子育て”
“妊婦に良い料理本” “独りで子育てできるもん”
ワナワナと震えながら本を指さしリリーを見た。
「・・・リリー・・・もしかして・・・」
あ、気付いちゃった?
リリーは照れ隠しに困り笑顔を浮かべた。
「妊娠した」
「・・・・・・まじかあッ!」
その場にしゃがみ込んだリヒャルトはガシガシと頭をかきじゃくり顔を両手で押さえた。
「・・・誰との子?」
「ウィルフレッド」
「え?じゃああの時の?」
顔を上げたリヒャルトはリリーが頷くのを確認すると再び俯いた。やっぱりあの時状況がちょっとでも変わっていればお腹の子は俺の子だったのかもしれないと後悔している。
「・・・ウィルには言わないの?」
「言わない。あの時は薬盛られてて治療行為だったから。責任とる必要はない。ピル飲み忘れてたのは私だし」
「じゃあなに?独りで育てる気だったの?」
うん。と頷いたリリーの肩を掴み顔を近付けて詰め寄る。
「ワンオペはめちゃくちゃ大変なんだよ!?俺も経験した事がないから分からないけど相当!それも死に物狂い!それにウィルにも言ってあげないと可哀想じゃん。本当に誰にも言わず独りで育てる気なの?」
表情を変えずに頷いたリリー。それを見たリヒャルトはグッと眉間に皺を寄せ天井を見上げた後深く息を吐き出すと彼女を優しく抱き締めた。
「・・・ごめん。リリーも独りで抱えてたんだよな」
頭を撫でられたリリーは悲しくないはずなのに鼻の奥がツンと痛み涙が出そうになった。リヒャルトの優しさが嬉しい。誰かとこんな風に触れ合うのも久しぶりだ。だからだろうか、もっと彼に触れたいと思ってしまった。
「リヒャルト、少しの間だけ我慢してほしい」
「ん?何我慢すればいいの?」
リリーは背伸びをしてリヒャルトの左右の頬にキスをした。そして唇に優しくキスをし、ふわっと笑顔を浮かべギューッと抱きしめた。
「ありがとう」
「あー、もうっ」
抱き締め返したリヒャルトの耳が赤く染まる。
リリーのこういう所が愛おしくて堪らないと腕に力を込めた。
椅子に座ったリヒャルトは膝上にリリーを座らせコーヒーを飲みながらリリーと一緒に“初めての妊娠・出産”の本を見ている。リリーにしたら復習だ。
「うわ。妊婦さんてエグいね。めちゃくちゃ大変じゃん。悪阻とか大丈夫?」
「味覚も変わったし臭いもダメなもの増えたよ。あと胸が少し大きくなった気がする。ほら、ね?」
リリーはリヒャルトの片手を掴み自分の胸を揉ませた。平然と胸を揉んで確認するリヒャルト。
「んー、違いがわかんない。これから大きくなるんかな?」
「たぶんスイカサイズになるんだと思う」
ドヤ顔で話すリリーにプハッと笑ったリヒャルトはそうだと何かを思いついたようで、紙とペンはどこだとリリーに問うた。
「リリーの綴り字知りたいんだけどここに書いてみてよ」
名前を書くだけでいいのか?
リリーはスラスラと言われた通り自分の名前を紙に書いた。
「へぇーこうやって書くんだ。目瞑ってても書ける?」
そんなの余裕だ。
目を瞑りスラスラと書いていく。
「いいね。もっといっぱい書いてよ」
なんで沢山名前を書かなくちゃいけないんだ?疑問を抱きながらも沢山書いた。
「よし!ありがとう。俺明日街に用事があるんだけどリリーの体調が良ければ一緒に行こ?案内してよ」
「うん。今日泊まってく?」
「まじ?ありがとう」
「ベッド一つしかないから使って?私はソファで寝るから」
「何言ってるの。妊婦さんをソファで寝かせるわけないでしょ。一緒に寝ようよ」
「わかった。お風呂入れてくるね」
「俺がやるから動かなくていいよ・・・あ、でも場所だけ教えてくんない?」
その後リリーとリヒャルトは夕飯を共にし一緒にお風呂に入り同じベッドで寝た。
翌朝目覚めたリヒャルトは隣で眠るリリーの姿を確認すると安堵のため息を吐いた。
よかった。ここに居る。
そっと彼女の顔にかかる髪を横に流し頬に軽くキスをする。そのキスで目が覚めたリリーはいたずらっ子のように彼の頬にキスをし返すと未だ眠いのか彼の胸板に頬擦りし再び寝に入った。
リヒャルトはその行動に瞠目したあと、とても嬉しそうに微笑んだ。
体調が良いリリーはリヒャルトと共に街にある役所に着いた。リヒャルトは受付で何やら手続きを行っている。少し離れた待機椅子に座っているリリーは彼がなんの手続きをしているのか、なんの話をしているのか分からない。時々受付の人がこちらを確認し笑顔で手を振ってきたり頷いたりするのを見ているだけだ。
「体調どう?」
「今日は調子いいみたい」
「辛くなったらすぐ言ってね。抱っこしよっか?」
「大丈夫」
役所の手続きを済ませたリヒャルトはリリーに恋人繋ぎをし、彼女の歩幅に合わせゆっくりと街ブラをした。途中郵便局に寄りユリウス宛の手紙を郵送したリリー。その後日用品や雑貨店で買い物をするリヒャルトの楽しそうな姿を見て、見ている側も楽しくなるとリリーも微笑みながら必要な生活品を買っていく。それにリヒャルトは紳士だ。妊婦であるからだろうか度々体調を気にしてくれる。荷物も全部持ってくれる。何だか大事にされてるみたいで擽ったい。
最後に彼が寄った店は意外にも本屋だった。
何を買ったのかはプライバシーだから見なかったが彼も本を読むのかと意外に思う。寧ろ彼はリリーが本を読んで学ぼうとしているのを面白がっていたタイプだったからだ。
紙袋いっぱいに買った荷物を片手で抱え、反対の手はリリーと繋ぎ帰宅した二人。リリーは自分の荷物の整理を始めた。予備の歯磨き粉や妊婦に必要なビタミン剤などをしまっていく。
「リリーコレここでいい?」
呼ばれて顔を出すとリヒャルトが額縁を持って窓の横の壁に飾ろうとしていた。何かの絵だろうかと中身を見ようと近付くが、それは絵ではなく文字だった。なんて書いてあるのかと顔を近付け中身を確認すると驚愕し空いた口が塞がらない。そこにはなんと・・・
“ 結婚証明証 夫:リヒャルト 妻:リリー ”
そう書かれていた。
「!? !? !? !?」
42
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる