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2巻
2-2
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「それよりちょっと大変なのよね……」
エストリアさんが疲れた顔で、チラリと翠の横に置いてある大きな袋に視線を向ける。
「えっと、その大きな袋は何?」
「お土産とかなのだっ!」
「お土産……? そんなの買いに行く暇あったっけ?」
翠の発言に僕が困惑していると、エストリアさんがヤレヤレといった感じに肩をすくめて、説明をし始める。
「入学して寮に案内されてすぐに買い出しに行ったじゃない? 寝巻とか着るものを」
「うん。その節はありがとう」
「どういたしまして。ってそれはいいんだけど、そこで買った寝巻やらと、度々街に出かけて買ったものを全部袋に詰めちゃったのよ。おかげで部屋の中はすっからかんよ」
「今回そんなに長くいないし、そんなにいらないでしょ……」
「リアやイーリス、キーナに選んでもらったものを父様、母様に見せたいのだっ!」
「制服とかもゴチャッと入れちゃって……あとで皺を伸ばすのが大変そうなんだけど」
「なるほど。翠の気持ちも分からない訳でもないんだけど……」
翠が、みんなに良くしてもらったことを両親に自慢したいのは分かる。でも全部持っていくのはやりすぎだよなぁ……
「でも、持てないこともなさそうかなぁ? グラン、ちょっと降りててくれる?」
グランに声を掛けて降りてもらい、自分の荷物も一旦下に置いて、翠の荷物の紐を握り、肩越しに持ち上げる。
ゴリッ。
僕の背中に痛みが走る。
「いたっ? 何だこれ⁉ なんか硬くて尖ったのが背中に当たるっ!」
「あー、多分オゴゥンさんなのだっ!」
担ぎかけた荷袋を降ろし、紐を解いて中を見てみると、人の頭ほどもある木彫りのデカい顔が見つかる。顔から短い手足が突き出していて、手には武器らしきものを持っている。なるほど、この武器か手足が背中に食い込んだらしい。
「何これ?」
「オゴゥンさんなのだっ!」
「……」
「出かけた時に市場で見かけた郷土工芸品よ。どうやらどこかの部族における戦いの神らしいんだけど、翠ちゃんが一目惚れしちゃって……」
僕が困惑して言葉を失っているとエストリアさんが説明してくれる。一目惚れって……これかなり不気味なんだけど。
グランもその不気味な雰囲気を察したのか、すくっと立ち上がり臨戦態勢を取る。
「オゴゥンさんはいい神様なのだっ!」
僕とグランがその像を警戒していると、翠は木彫りの像を僕から奪い取って大事そうに抱えて睨みつけてくる。
「いい神様なんだ……でも今回はお母さんに、みんなと一緒に選んだ翠の可愛い服をいっぱい見せてあげた方がいいと思うな。そうすると翠の可愛い姿に感動しちゃって、オゴゥンさんをちゃんと見てもらえないかもしれないよ。だから次回にした方がいいんじゃないかなぁ?」
「うー、うー、うー……分かったのだ。仕方ないからオゴゥンさんは次にするのだ……」
「じゃあ、オゴゥンさんは私が部屋に戻しておくわね」
翠は凄く悩んでいたけど、何とか説得に応じてくれて、不気味なオゴゥンさん像をエストリアさんに手渡す。それを確認した僕は、再度翠の荷袋を肩越しに持ち上げる。僕の荷物と翠の荷物では重さがかなり違うから、バランスが悪くなりそうだ。
「アルのは翠が持つのだっ!」
自分の荷物を見ながらどうしたものかと悩んでいたら、翠が僕の荷袋を持つと言ってくれた。本当は自分のを持ってもらいたいところだけど、袋が大きすぎて、翠だと袋の底を引き摺ってしまうから仕方ない。
僕は翠と荷物を取り換えて、空いた左肩にグランを乗せて寮を出て行く。
「翠ちゃん、気を付けてねー」
「行ってらっしゃいませ」
エストリアさんとグレイスさんに見送られて寮を離れて学園を出る。そのまま南門をくぐると目の前には草原が広がっている。陽も落ちかけているので、周りはどんどん暗くなっていく。
僕と翠は、そのまま人気のなさそうな草原の奥に向かう。
〈エグゼキュート ディティールサーチ ワイドマップ〉
僕は使い慣れた算術魔法式を展開し、視界に投影された周辺地図を見て、周りに人がいないことを確認する。
「大丈夫そうだ。翠よろしく」
「分かったのだっ! 竜変化‼」
翠が呪文らしき言葉を発すると、その身体が眩しく光り、全長15mもある竜に変化する。
「え? 呪文とか必要だったの⁉ 初めて聞いたんだけど」
「何となく格好良いので叫んだだけだ」
「あぁ、そうなんだ……それに、口調もそれっぽくなるんだね」
「母様に叱られるのでな……」
尊大な声色なのに、発言は妙に気弱なのが面白い。
「それでは行くぞ」
僕は荷袋を竜形態になった翠の背中に乗せて、懐にグランを忍ばせる。それを確認した翠は数回軽く羽ばたくと、その後に地面を強く蹴り、浮き上がる。
そして翼で強く風を押し出すと、加速しながらどんどん高度を上げていき、翠の両親――賢王様、竜妃様の待つ、竜の城へ向かうのだった。
完全に陽が落ちて、月と星の瞬きが地上を照らすようになって数刻、僕たちは翠の両親がいる竜の城に到着する。
翠は竜の城の半球状になった屋根近くの離着陸場に降り立った。そして緑色に光る結晶に手を触れると、ドーム状の天井が真ん中から開いていく。
「息災なようだな」
「お帰りなさい、翠」
大気を震わせる吠え声と共に、僕にも分かる言語が頭の中に響く。
「ただいま帰りました」
大広間で寛いでいた2体の竜の脇に降り立ちながら翠が答える。完全に停止したのを確認した僕は、自分と翠の荷物を持って、翠の背から飛び降りる。
「お久しぶりです。賢王様、竜妃様」
「キュキュィィキュキュ(お久しぶりなのである)」
床に荷物を置きながら、2体の竜に頭を下げる。グランも僕の肩の上でバランスを取りながら一礼する。
「おぉ! アルカード君も一緒か」
「いらっしゃい。翠はいい子にしてたかしら?」
賢王様、竜妃様の身体が眩しく光ると、人間の姿になって僕に歩み寄ってくる。
「では我も」
それを確認した翠も眩しい光を発しながら化身する。
「ただいまなのだっ‼」
そうして僕の隣に立つと、満面の笑みで、元気良く2人に手を振る。2人が穏やかな笑みを浮かべながら歩いて来ると、翠が竜妃様に抱き付く。
「こらこら、アルカードさんの前ですよ」
「アルなら大丈夫なのだー」
スリスリと顔を竜妃様の服に擦り付けながら甘える翠。
「立ち話では疲れてしまうだろう。食事でもしながら話を聞かせてもらえるかな?」
「は、はい。ありがとうございます」
賢王様に言われ、僕は以前食事をした部屋へ案内される。翠は竜妃様と手を繋いで、キラキラとした表情で早速学園のことを話しながら向かう。
その後も、夕食を食べながら学園での出来事を楽しそうに話す翠のことを、2人は終始にこやかな表情を浮かべて聞いていた。そんな微笑ましい光景を見ていた僕は、学園入学前に竜妃様に娘を連れていって欲しいと頼まれたことを思い出す。最初は不安だったけど、お願いに応えて本当に良かったと、殊更に実感するのだった。
しばらく寛いでいきなさいという、賢王様の言葉に甘えて、割り当てられた部屋で一息つく。
グランはお腹いっぱい葉野菜と木の実を食べて、眠くなったらしく、ベッドの枕元で丸まって休んでいる。
「武器の製造は簡単にできないって言っていたけど、どれくらいかかる予定なのかなぁ?」
『小剣ぐらいを鍛造するだけなら数分で終わりますが、金属の製錬と精錬に1時間以上かかるでしょうね』
「えぇ⁉ そんなにすぐできるの?」
『実際に龍爺に様々な鉱石の特性や加工法を教えてもらい、不承不承の極みですが筋肉バカに鍛造のことを聞きながら、色々試してみた結果、そのくらいの時間はかかりそうなことが判りました』
鍛冶に掛かる時間を心配した僕に、眼鏡さんが自慢気に回答した。筋肉さんに聞いたという言葉を発した時は、苦虫を噛み潰したかのように、眉間に皺を寄せた表情をしていたけど。
『俺についての表現がいちいちオーバーだな、お前』
『脳まで筋肉でできている人種に教えを請うなど、恥以外の何物でもないのですよ』
『お前ねぇ……前世で仲間とかいなかっただろ?』
『仲間など不要です。研究する設備と素材と時間と金さえあれば十分でしたので』
『だよな……はぁ』
筋肉さんの額に一瞬青筋が立ったが、仲間を不要と言い放った眼鏡さんに、憐れみの視線を飛ばす。
「まぁまぁ、2人とも。龍爺さんが鉱石を創生して、筋肉さんの知識を眼鏡さんが活用して、上手くいったってことだよね」
『んだな。で、とりあえず、銅、鉄、鋼、玉鋼、精霊銀鉱、白銀極鉱、青藍極鉱辺りは加工できそうだ』
『日緋色金、神鋼鉱はもうちょっと研究が必要ですね』
『儂も日緋色金、神鋼鉱となると、創生するのにかなり骨が折れるでのぅ』
「そ、そうなんだ……なんかどこかの英雄譚でしか聞いたことのない凄い金属の名前ばかり出てきているんだけど……」
2人のフォローをしたつもりが、加工できると言っている希少な鉱石の数々に吃驚してしまう。
『少量だったら坊の創生魔法でも何とかなると思うが、武具を作るとなると創生ではちーっと厳しいのぅ』
『この世界は地下資源が豊富そうなので、掘り起こせば良いかと。前回の反省を踏まえて、必要な素材を周りに迷惑をかけずに確実に入手できる方法を考えるとしましょう』
『ま、周りの迷惑をかけずに……だと? まさかお前からそんな言葉が出てくるなんて』
『貴方は私のことを何だと思っているのでしょうか?』
『『揉めごと創生器』』
『……』
不満気に言い放った眼鏡さんの言葉に、筋肉さんと龍爺さんの声が重なったので、僕は声を出して笑ってしまうのだった。
「よろしいかしら?」
一頻り笑いが落ち着いたところで、扉をノックする音と竜妃様の声が聞こえる。しまった、大笑いしたのが聞こえてしまったかもしれない。
「ど、どうぞ」
僕が慌てて居住まいを正して返事をすると、竜妃様が部屋に入ってくる。相変わらず人知を超えた麗しい容姿だ。
そんな竜妃様は扉を閉めると、手をお腹の前で重ね合わせて丁寧にお辞儀をする。
「翠のこと、本当にありがとうございます」
「あ、顔を上げてください竜妃様。ぼ、僕なんて大したことしてませんからっ」
「アルカードさんにお願いして、本当に良かったと思っているわ。あんなに楽しそうなあの子、初めてで……」
そう言う竜妃様の目尻から、滴が零れ落ちる。
キンッ。
落ちた滴が澄んだ音を響かせて転がる。
「え? いや、その……」
突然涙し始めた竜妃様に僕は狼狽えてしまう。
「だ、大丈夫ですから!」
「ありがとう、本当にありがとうございます」
何百年も生きている竜であっても、我が子が元気良く楽しそうに振る舞っているのは感極まるものがあるらしい。
「僕だけの力じゃありません。クラスメイトたちが本当に親身になって翠を見てくれているんです。僕はそんなに力になれてないというか……」
「えぇ、えぇ。翠から聞きました。本当に良い方ばかりで。でもそれもこれも、アルカードさんのお力に他ならないのですわ」
細く長い指先で、目の端の滴を拭うと、僕の方を真っ直ぐに見つめる。
「私たちにできることでしたら、何でも気軽に仰ってくださいね」
「は、はい……」
この国で崇められている緑竜の一族に対して気軽にお願いなんてできないよ……
「お気軽にね」
「あ、は、はい……」
困って俯いた僕は、竜妃様に念押しされてしまう。
「あぁ、そうそう。床に落ちた私の涙ですが、竜の涙滴と言って、魔導具の触媒として使い道が多いと聞いています。私の涙なんて大変お恥ずかしい話なんですが、有効に使って頂いて構いませんわ」
先ほど甲高い音を立てたものがそうなんだろう。部屋に設置されている光結晶の光を反射してキラキラと輝いているものを、流麗な所作で拾い上げると、僕に渡してくれる。
「あ、ありがとうございます」
『これは相当な魔力密度じゃのぅ』
『今まで見た魔晶石なんかとは比べ物にならないですね』
『儂の涙もこれになるんじゃろうか?』
『鼻毛でも抜いて確かめてみるか?』
『止めいっ!』
龍爺さんが感嘆の声で言うと、筋肉さんが悪ふざけの身振りをする。それを見た龍爺さんが心底嫌そうな顔で返した。
「それにしても翠は可愛かったわぁ……制服に寝巻に普段着に。翠の服を選んだ方々、かなり良いセンスをしているようですわね」
少し遠い目をしながら、色々な服に着替えていた翠を思い出しているようだ。だけど、竜のセンスとして化身した娘を可愛いと思えるのだろうか? 人間である僕の目には、翠はとても魅力的な美少女に見えるんだけど。
「えぇ、竜の時はその綺麗な翠色の鱗が素敵でしたが、化身した時の幼い容姿と、クリクリした大きな瞳と無邪気な笑い顔が、それはもう……とても魅力的な美少女ですわよね?」
「ぼ、僕の心の声を聞かれましたか⁉」
「あら、うふふふふ」
慌てた僕に意味深な笑顔で返す竜妃様。これは、迂闊なことは考えられないなぁ……
「これからも翠のこと、お願いしますわね? でしたら色々お世話になっていることですし、お土産でも用意しようかしら……」
竜妃様はふわりと笑みを浮かべると、そう呟きながら身を翻して部屋を出て行くのだった。
「アルっ! おはようなのだっ‼」
次の日の朝、僕が普段通り起きて、身支度を整えていると、相変わらずノックもせずに翠が僕の部屋に突入してくる。学園の時は、結構遅起きなのに、ここにいる時は妙に早起きなんだよね。
「訓練しないのか? 訓練した後の方がご飯が美味しいのだっ!」
「確かにそうだね。僕もちょっと身体を動かしたいから行くよ」
どうやら、いつもの訓練のお誘いらしい。身支度を整え終えていた僕は訓練用の木剣を取り出す。グランも僕が部屋を出ようとするのを察したのか、ベッドから飛び降りると、ピョンピョン跳ねて僕の肩に乗ってくる。
「こっちなのだっ!」
翠はそう言うと、僕の部屋の窓からひらりと飛び降りる。
「え? ここって2階だよ?」
僕はその行動に驚きながら、姿を消した翠に突っ込みを入れる。しかも1階部分は竜のサイズに合わせて建てられているので、2階と言っても、普通の建物の4~5階相当の高さがあるんだけど……
ズドンッ‼
なんか鈍い音が下から響いてきた。
「アルー! 早く来るのだーっ‼」
「もう、仕方ないなぁ……グランおいで」
僕は仕方なしに、一旦下を見て……やっぱり高いと思いながらも、グランを胸に抱くと、翠と同じように窓から身を躍らせる。
〈烈風の爆裂〉
僕は落下の途中に風属性の中級魔法を地面に向けて放つ。
ドゥッ‼
風は地面を抉り、余った風力エネルギーが撥ね返ってくる。その風力エネルギーが僕の身体を押し返し、落下エネルギーを相殺する。
「よっと」
僕がふわりと着地すると、翠が土汚れを付けた顔と身体で、目を輝かせながら見上げてくる。
「やっぱ、アルは凄いのだっ‼ 翠のひゅーん! ずどーん‼ と違って、どぅっ! ふわり‼ なのだっ!」
翠の着地した地面を見ると、翠の身体の形に合わせて判を押したように凹んでいた……これ、翠が地面にめり込んだ跡じゃないか? よくもまぁ平気なものだ。
「こっちなのだっ!」
翠は僕の手を引きながら、城門の方に向かって歩く。確か城門とその外側の城壁の間には、かなり広い空き地があったはずだ。
予想通り、翠が連れていきたかったのはそこだったらしい。ここなら城壁も頑丈だし、多少暴れても問題なさそうだ。
「食事前だから軽くにするよ」
「軽くでいいのだっ!」
僕はそう言いながら翠との間合いを開ける。5mくらい離れたところで、僕は止まって木剣を構えると魔力で強化する。
翠の相手をする時は、武具や全身を魔力強化しておかないと、大怪我をしたり、武具が壊れたりしてしまう。
戦闘の気配を察したグランは、肩から飛び降りると、跳ねながら間合いを取って、見学しやすそうな位置に移動する。
「いっくのだーっ!」
僕が構えたのを見て、翠は地面を蹴る。左右に大きく飛び跳ねながら距離を詰めてくる。大きく素早くステップを踏むので狙いが読み難くなっている。
そして、僕の剣の間合いに入ったところで、一旦沈み込むと姿が消える。
ガキィッ!
僕の右側面から翠の拳撃が迫り、僕は木剣を薙ぎ払って、その一撃をいなす。だが、翠の攻撃は単発ではなく、2発目3発目が続いて放たれる。
僕は最初の攻撃をいなすために木剣を振り切ってしまっているので、右側面は無防備だ。
〈防御殻〉
咄嗟に〈防御殻〉の魔法を発動し、翠の拳撃を不可視の障壁で防ぐが、翠の攻撃力によって一瞬で砕かれる。
連打の4発目が僕の脇腹を痛打しようとしたところで、僕のサイドステップが間に合い、翠の拳が空を切る。
「まだなのだっ!」
瞬時に魔力を高めた翠の周辺に炎の礫が5つ現れる。
「〈炎の礫〉なのだっ‼」
掛け声と共に5つの炎の礫が僕へ向けて射出され、同時に翠も突っ込んでくる。
後手に回っている僕は、流れを断ち切るべく、魔法を発動させる。
〈地の壁‼〉
翠の行く手を阻むように、また炎の礫を誤爆させるように、幅3mくらいの土の壁を僕の目の前に隆起させる。
ドゴゴゴゴゴゴッ。
炎の礫が土の壁に着弾して爆ぜる。
「邪魔なのだっ!」
僕の想像通り、翠は突進したまま〈地の壁〉を拳で砕く。
「そうくるだろうね! 〈土鎖の束縛!〉」
僕の魔法で生み出された大地の鎖が、突進力が弱まって宙に浮いたままの翠の両腕、胴、両脚を絡めとり身動きを封じる。
「むぅぅぅぅぅっっ! 動き難いのだ‼」
翠は全身を使い身体を捻って回転すると、大地の鎖を断ち切る。
〈鉄突槍!〉
完全に空中で動きが止まった翠に対して、僕が地面から伸ばした鉄の槍が襲い掛かる。
「ず、ずるいのだっ‼」
翠が両手をクロスさせて防御姿勢を取り、鉄の槍をガードする。風属性に対して優位な地属性魔法の連発なので、風属性の竜種である翠に効果が高い。まぁ、効果が高いだけで効くかというと、そもそも竜族の魔法抵抗力が人間の比ではないので、効かないんだよね。
「だったら必殺技なのだっ‼」
〈鉄突槍〉を防ぎ、後ろに飛ばされた翠が、中腰になって魔力を溜め始める。
翠の必殺技は、本当に必ず人が死ぬレベルだからなぁ……注意しないと。
翠が左足を前に出し、少し腰を落とした中腰の姿勢で、両方の拳を腰溜めにして握り込み、身体を巡る純粋な魔力を両方の拳に宿らせる。
十分な魔力を練り込み、左拳を開きながら勢い良く前に突き出すと、眼前に身体を包み込めるような大きさの疾風の渦が形成される。
そして右の拳全体を翠色の光で包んで、疾風の渦に向かって身体を捻り込みつつ、左足で地面を大きく蹴り出す‼
「ヤバッ‼ 〈多重防御殻‼〉」
僕の中で最大の警鐘が鳴り響き、咄嗟に〈多重防御殻〉の魔法を発動させる。これは薄い〈防御殻〉を何枚も重ねて防御力を最大限まで高めた防御魔法だ。
バリバリバリバリーンッッッッ!!!
ガラスが砕け散るような音がして僕の〈多重防御殻〉が砕かれる。
ドゴゥッッッ‼
一瞬遅れて衝撃を伴った風が吹き付け、僕は押し出される。
『あー、こいつは音速を超えた時に発生する衝撃波だな。しかし、あの竜の嬢ちゃん、これまたエゲツない技を考え出したもんだ。あの疾風の渦は射出機みたいなもんで、嬢ちゃんのそもそも亜音速に達している踏み込みが更に加速されて、音速を超えちまってやがる。こりゃ普通の人間にはまず避けられん。音より速いってことは、踏み込みの音が聞こえる前に殴られているって訳だからな。しかも青藍極鉱すら撃ち貫きそうな威力の風の拳で殴ってる。避けられない上、当たれば確実に死ぬ。まさに必殺技だ』
「〈多重防御殻〉も残り1枚……」
筋肉さんの言う通りその威力は絶大で、5枚重ねた〈多重防御殻〉の4枚を砕かれてしまったようだ。1枚で翠のいつもの必殺技、昇竜撃なら1発分耐えることができていたので、この一撃は昇竜撃の4倍の威力らしい。
「これ……」
「これが疾風嵐竜拳なのだっ! 疾風と共に嵐を呼ぶ竜の拳なのだっ‼」
なんか僕とギリアムの戦いを見た後、特訓なのだーっと元気良く訓練施設に行って研究していた技がこれか……危険すぎる。
「う、うん。凄いよ。流石、翠だね。でも人に使うのはやめようね。きっと死んじゃう」
効果範囲が広くて威力も強すぎるので、敵も味方も巻き込んで皆殺しにしそうな技だ。
「そうなのか?」
「本当の必殺技は切り札として取っておいた方が凄く格好良いと思うから、普段使いは嵐竜拳にしておいて、いざという時に切り札として疾風嵐竜拳を使うのはどうだろう?」
「そうするのだ! 流石アルなのだ‼ 秘密にしておいた方が格好いいのだ‼」
少し翠が寂しそうな顔になったので、僕が秘密にする提案をすると、満面の笑みを浮かべて喜ぶ。
「まずは、あの風の渦を作らないで、間合いを詰めて風の拳で殴る技だけやってみようか……〈多重防御殻〉」
僕が防御魔法を発動させると、翠はさっきと同じように、左足を前に出して少し腰を落とした中腰の姿勢を取る。そのまま右手だけ魔力を集中し、裂帛の気合と共に左足で地面を蹴る!
バリバリーンッッッッ‼
今度は身体が霞むような速さで僕に突進し、拳を叩き込むと、〈多重防御殻〉が2枚削れる。
「うん。今ので昇竜撃+αくらいの威力かな。これでも死んじゃうから、今度は左手でやってみよう」
左手でやってみると、昇竜撃1発分の威力に落ち着いたので、僕は普段使いは左手でやるようにお願いした。
「普通の必殺技は左手で、強敵には右手を解禁するのだ。更に強い敵には、しっぷーらんりゅーけんの3段構え……凄く格好いいのだっ‼」
と翠は大喜びしていた。これで少しは被害が抑えられそうだ。
「翠っ‼ 何をやっておるのだっ‼」
疾風嵐竜拳の衝撃音で、激しく戦闘しているのが賢王様にバレてしまったようだ。
エストリアさんが疲れた顔で、チラリと翠の横に置いてある大きな袋に視線を向ける。
「えっと、その大きな袋は何?」
「お土産とかなのだっ!」
「お土産……? そんなの買いに行く暇あったっけ?」
翠の発言に僕が困惑していると、エストリアさんがヤレヤレといった感じに肩をすくめて、説明をし始める。
「入学して寮に案内されてすぐに買い出しに行ったじゃない? 寝巻とか着るものを」
「うん。その節はありがとう」
「どういたしまして。ってそれはいいんだけど、そこで買った寝巻やらと、度々街に出かけて買ったものを全部袋に詰めちゃったのよ。おかげで部屋の中はすっからかんよ」
「今回そんなに長くいないし、そんなにいらないでしょ……」
「リアやイーリス、キーナに選んでもらったものを父様、母様に見せたいのだっ!」
「制服とかもゴチャッと入れちゃって……あとで皺を伸ばすのが大変そうなんだけど」
「なるほど。翠の気持ちも分からない訳でもないんだけど……」
翠が、みんなに良くしてもらったことを両親に自慢したいのは分かる。でも全部持っていくのはやりすぎだよなぁ……
「でも、持てないこともなさそうかなぁ? グラン、ちょっと降りててくれる?」
グランに声を掛けて降りてもらい、自分の荷物も一旦下に置いて、翠の荷物の紐を握り、肩越しに持ち上げる。
ゴリッ。
僕の背中に痛みが走る。
「いたっ? 何だこれ⁉ なんか硬くて尖ったのが背中に当たるっ!」
「あー、多分オゴゥンさんなのだっ!」
担ぎかけた荷袋を降ろし、紐を解いて中を見てみると、人の頭ほどもある木彫りのデカい顔が見つかる。顔から短い手足が突き出していて、手には武器らしきものを持っている。なるほど、この武器か手足が背中に食い込んだらしい。
「何これ?」
「オゴゥンさんなのだっ!」
「……」
「出かけた時に市場で見かけた郷土工芸品よ。どうやらどこかの部族における戦いの神らしいんだけど、翠ちゃんが一目惚れしちゃって……」
僕が困惑して言葉を失っているとエストリアさんが説明してくれる。一目惚れって……これかなり不気味なんだけど。
グランもその不気味な雰囲気を察したのか、すくっと立ち上がり臨戦態勢を取る。
「オゴゥンさんはいい神様なのだっ!」
僕とグランがその像を警戒していると、翠は木彫りの像を僕から奪い取って大事そうに抱えて睨みつけてくる。
「いい神様なんだ……でも今回はお母さんに、みんなと一緒に選んだ翠の可愛い服をいっぱい見せてあげた方がいいと思うな。そうすると翠の可愛い姿に感動しちゃって、オゴゥンさんをちゃんと見てもらえないかもしれないよ。だから次回にした方がいいんじゃないかなぁ?」
「うー、うー、うー……分かったのだ。仕方ないからオゴゥンさんは次にするのだ……」
「じゃあ、オゴゥンさんは私が部屋に戻しておくわね」
翠は凄く悩んでいたけど、何とか説得に応じてくれて、不気味なオゴゥンさん像をエストリアさんに手渡す。それを確認した僕は、再度翠の荷袋を肩越しに持ち上げる。僕の荷物と翠の荷物では重さがかなり違うから、バランスが悪くなりそうだ。
「アルのは翠が持つのだっ!」
自分の荷物を見ながらどうしたものかと悩んでいたら、翠が僕の荷袋を持つと言ってくれた。本当は自分のを持ってもらいたいところだけど、袋が大きすぎて、翠だと袋の底を引き摺ってしまうから仕方ない。
僕は翠と荷物を取り換えて、空いた左肩にグランを乗せて寮を出て行く。
「翠ちゃん、気を付けてねー」
「行ってらっしゃいませ」
エストリアさんとグレイスさんに見送られて寮を離れて学園を出る。そのまま南門をくぐると目の前には草原が広がっている。陽も落ちかけているので、周りはどんどん暗くなっていく。
僕と翠は、そのまま人気のなさそうな草原の奥に向かう。
〈エグゼキュート ディティールサーチ ワイドマップ〉
僕は使い慣れた算術魔法式を展開し、視界に投影された周辺地図を見て、周りに人がいないことを確認する。
「大丈夫そうだ。翠よろしく」
「分かったのだっ! 竜変化‼」
翠が呪文らしき言葉を発すると、その身体が眩しく光り、全長15mもある竜に変化する。
「え? 呪文とか必要だったの⁉ 初めて聞いたんだけど」
「何となく格好良いので叫んだだけだ」
「あぁ、そうなんだ……それに、口調もそれっぽくなるんだね」
「母様に叱られるのでな……」
尊大な声色なのに、発言は妙に気弱なのが面白い。
「それでは行くぞ」
僕は荷袋を竜形態になった翠の背中に乗せて、懐にグランを忍ばせる。それを確認した翠は数回軽く羽ばたくと、その後に地面を強く蹴り、浮き上がる。
そして翼で強く風を押し出すと、加速しながらどんどん高度を上げていき、翠の両親――賢王様、竜妃様の待つ、竜の城へ向かうのだった。
完全に陽が落ちて、月と星の瞬きが地上を照らすようになって数刻、僕たちは翠の両親がいる竜の城に到着する。
翠は竜の城の半球状になった屋根近くの離着陸場に降り立った。そして緑色に光る結晶に手を触れると、ドーム状の天井が真ん中から開いていく。
「息災なようだな」
「お帰りなさい、翠」
大気を震わせる吠え声と共に、僕にも分かる言語が頭の中に響く。
「ただいま帰りました」
大広間で寛いでいた2体の竜の脇に降り立ちながら翠が答える。完全に停止したのを確認した僕は、自分と翠の荷物を持って、翠の背から飛び降りる。
「お久しぶりです。賢王様、竜妃様」
「キュキュィィキュキュ(お久しぶりなのである)」
床に荷物を置きながら、2体の竜に頭を下げる。グランも僕の肩の上でバランスを取りながら一礼する。
「おぉ! アルカード君も一緒か」
「いらっしゃい。翠はいい子にしてたかしら?」
賢王様、竜妃様の身体が眩しく光ると、人間の姿になって僕に歩み寄ってくる。
「では我も」
それを確認した翠も眩しい光を発しながら化身する。
「ただいまなのだっ‼」
そうして僕の隣に立つと、満面の笑みで、元気良く2人に手を振る。2人が穏やかな笑みを浮かべながら歩いて来ると、翠が竜妃様に抱き付く。
「こらこら、アルカードさんの前ですよ」
「アルなら大丈夫なのだー」
スリスリと顔を竜妃様の服に擦り付けながら甘える翠。
「立ち話では疲れてしまうだろう。食事でもしながら話を聞かせてもらえるかな?」
「は、はい。ありがとうございます」
賢王様に言われ、僕は以前食事をした部屋へ案内される。翠は竜妃様と手を繋いで、キラキラとした表情で早速学園のことを話しながら向かう。
その後も、夕食を食べながら学園での出来事を楽しそうに話す翠のことを、2人は終始にこやかな表情を浮かべて聞いていた。そんな微笑ましい光景を見ていた僕は、学園入学前に竜妃様に娘を連れていって欲しいと頼まれたことを思い出す。最初は不安だったけど、お願いに応えて本当に良かったと、殊更に実感するのだった。
しばらく寛いでいきなさいという、賢王様の言葉に甘えて、割り当てられた部屋で一息つく。
グランはお腹いっぱい葉野菜と木の実を食べて、眠くなったらしく、ベッドの枕元で丸まって休んでいる。
「武器の製造は簡単にできないって言っていたけど、どれくらいかかる予定なのかなぁ?」
『小剣ぐらいを鍛造するだけなら数分で終わりますが、金属の製錬と精錬に1時間以上かかるでしょうね』
「えぇ⁉ そんなにすぐできるの?」
『実際に龍爺に様々な鉱石の特性や加工法を教えてもらい、不承不承の極みですが筋肉バカに鍛造のことを聞きながら、色々試してみた結果、そのくらいの時間はかかりそうなことが判りました』
鍛冶に掛かる時間を心配した僕に、眼鏡さんが自慢気に回答した。筋肉さんに聞いたという言葉を発した時は、苦虫を噛み潰したかのように、眉間に皺を寄せた表情をしていたけど。
『俺についての表現がいちいちオーバーだな、お前』
『脳まで筋肉でできている人種に教えを請うなど、恥以外の何物でもないのですよ』
『お前ねぇ……前世で仲間とかいなかっただろ?』
『仲間など不要です。研究する設備と素材と時間と金さえあれば十分でしたので』
『だよな……はぁ』
筋肉さんの額に一瞬青筋が立ったが、仲間を不要と言い放った眼鏡さんに、憐れみの視線を飛ばす。
「まぁまぁ、2人とも。龍爺さんが鉱石を創生して、筋肉さんの知識を眼鏡さんが活用して、上手くいったってことだよね」
『んだな。で、とりあえず、銅、鉄、鋼、玉鋼、精霊銀鉱、白銀極鉱、青藍極鉱辺りは加工できそうだ』
『日緋色金、神鋼鉱はもうちょっと研究が必要ですね』
『儂も日緋色金、神鋼鉱となると、創生するのにかなり骨が折れるでのぅ』
「そ、そうなんだ……なんかどこかの英雄譚でしか聞いたことのない凄い金属の名前ばかり出てきているんだけど……」
2人のフォローをしたつもりが、加工できると言っている希少な鉱石の数々に吃驚してしまう。
『少量だったら坊の創生魔法でも何とかなると思うが、武具を作るとなると創生ではちーっと厳しいのぅ』
『この世界は地下資源が豊富そうなので、掘り起こせば良いかと。前回の反省を踏まえて、必要な素材を周りに迷惑をかけずに確実に入手できる方法を考えるとしましょう』
『ま、周りの迷惑をかけずに……だと? まさかお前からそんな言葉が出てくるなんて』
『貴方は私のことを何だと思っているのでしょうか?』
『『揉めごと創生器』』
『……』
不満気に言い放った眼鏡さんの言葉に、筋肉さんと龍爺さんの声が重なったので、僕は声を出して笑ってしまうのだった。
「よろしいかしら?」
一頻り笑いが落ち着いたところで、扉をノックする音と竜妃様の声が聞こえる。しまった、大笑いしたのが聞こえてしまったかもしれない。
「ど、どうぞ」
僕が慌てて居住まいを正して返事をすると、竜妃様が部屋に入ってくる。相変わらず人知を超えた麗しい容姿だ。
そんな竜妃様は扉を閉めると、手をお腹の前で重ね合わせて丁寧にお辞儀をする。
「翠のこと、本当にありがとうございます」
「あ、顔を上げてください竜妃様。ぼ、僕なんて大したことしてませんからっ」
「アルカードさんにお願いして、本当に良かったと思っているわ。あんなに楽しそうなあの子、初めてで……」
そう言う竜妃様の目尻から、滴が零れ落ちる。
キンッ。
落ちた滴が澄んだ音を響かせて転がる。
「え? いや、その……」
突然涙し始めた竜妃様に僕は狼狽えてしまう。
「だ、大丈夫ですから!」
「ありがとう、本当にありがとうございます」
何百年も生きている竜であっても、我が子が元気良く楽しそうに振る舞っているのは感極まるものがあるらしい。
「僕だけの力じゃありません。クラスメイトたちが本当に親身になって翠を見てくれているんです。僕はそんなに力になれてないというか……」
「えぇ、えぇ。翠から聞きました。本当に良い方ばかりで。でもそれもこれも、アルカードさんのお力に他ならないのですわ」
細く長い指先で、目の端の滴を拭うと、僕の方を真っ直ぐに見つめる。
「私たちにできることでしたら、何でも気軽に仰ってくださいね」
「は、はい……」
この国で崇められている緑竜の一族に対して気軽にお願いなんてできないよ……
「お気軽にね」
「あ、は、はい……」
困って俯いた僕は、竜妃様に念押しされてしまう。
「あぁ、そうそう。床に落ちた私の涙ですが、竜の涙滴と言って、魔導具の触媒として使い道が多いと聞いています。私の涙なんて大変お恥ずかしい話なんですが、有効に使って頂いて構いませんわ」
先ほど甲高い音を立てたものがそうなんだろう。部屋に設置されている光結晶の光を反射してキラキラと輝いているものを、流麗な所作で拾い上げると、僕に渡してくれる。
「あ、ありがとうございます」
『これは相当な魔力密度じゃのぅ』
『今まで見た魔晶石なんかとは比べ物にならないですね』
『儂の涙もこれになるんじゃろうか?』
『鼻毛でも抜いて確かめてみるか?』
『止めいっ!』
龍爺さんが感嘆の声で言うと、筋肉さんが悪ふざけの身振りをする。それを見た龍爺さんが心底嫌そうな顔で返した。
「それにしても翠は可愛かったわぁ……制服に寝巻に普段着に。翠の服を選んだ方々、かなり良いセンスをしているようですわね」
少し遠い目をしながら、色々な服に着替えていた翠を思い出しているようだ。だけど、竜のセンスとして化身した娘を可愛いと思えるのだろうか? 人間である僕の目には、翠はとても魅力的な美少女に見えるんだけど。
「えぇ、竜の時はその綺麗な翠色の鱗が素敵でしたが、化身した時の幼い容姿と、クリクリした大きな瞳と無邪気な笑い顔が、それはもう……とても魅力的な美少女ですわよね?」
「ぼ、僕の心の声を聞かれましたか⁉」
「あら、うふふふふ」
慌てた僕に意味深な笑顔で返す竜妃様。これは、迂闊なことは考えられないなぁ……
「これからも翠のこと、お願いしますわね? でしたら色々お世話になっていることですし、お土産でも用意しようかしら……」
竜妃様はふわりと笑みを浮かべると、そう呟きながら身を翻して部屋を出て行くのだった。
「アルっ! おはようなのだっ‼」
次の日の朝、僕が普段通り起きて、身支度を整えていると、相変わらずノックもせずに翠が僕の部屋に突入してくる。学園の時は、結構遅起きなのに、ここにいる時は妙に早起きなんだよね。
「訓練しないのか? 訓練した後の方がご飯が美味しいのだっ!」
「確かにそうだね。僕もちょっと身体を動かしたいから行くよ」
どうやら、いつもの訓練のお誘いらしい。身支度を整え終えていた僕は訓練用の木剣を取り出す。グランも僕が部屋を出ようとするのを察したのか、ベッドから飛び降りると、ピョンピョン跳ねて僕の肩に乗ってくる。
「こっちなのだっ!」
翠はそう言うと、僕の部屋の窓からひらりと飛び降りる。
「え? ここって2階だよ?」
僕はその行動に驚きながら、姿を消した翠に突っ込みを入れる。しかも1階部分は竜のサイズに合わせて建てられているので、2階と言っても、普通の建物の4~5階相当の高さがあるんだけど……
ズドンッ‼
なんか鈍い音が下から響いてきた。
「アルー! 早く来るのだーっ‼」
「もう、仕方ないなぁ……グランおいで」
僕は仕方なしに、一旦下を見て……やっぱり高いと思いながらも、グランを胸に抱くと、翠と同じように窓から身を躍らせる。
〈烈風の爆裂〉
僕は落下の途中に風属性の中級魔法を地面に向けて放つ。
ドゥッ‼
風は地面を抉り、余った風力エネルギーが撥ね返ってくる。その風力エネルギーが僕の身体を押し返し、落下エネルギーを相殺する。
「よっと」
僕がふわりと着地すると、翠が土汚れを付けた顔と身体で、目を輝かせながら見上げてくる。
「やっぱ、アルは凄いのだっ‼ 翠のひゅーん! ずどーん‼ と違って、どぅっ! ふわり‼ なのだっ!」
翠の着地した地面を見ると、翠の身体の形に合わせて判を押したように凹んでいた……これ、翠が地面にめり込んだ跡じゃないか? よくもまぁ平気なものだ。
「こっちなのだっ!」
翠は僕の手を引きながら、城門の方に向かって歩く。確か城門とその外側の城壁の間には、かなり広い空き地があったはずだ。
予想通り、翠が連れていきたかったのはそこだったらしい。ここなら城壁も頑丈だし、多少暴れても問題なさそうだ。
「食事前だから軽くにするよ」
「軽くでいいのだっ!」
僕はそう言いながら翠との間合いを開ける。5mくらい離れたところで、僕は止まって木剣を構えると魔力で強化する。
翠の相手をする時は、武具や全身を魔力強化しておかないと、大怪我をしたり、武具が壊れたりしてしまう。
戦闘の気配を察したグランは、肩から飛び降りると、跳ねながら間合いを取って、見学しやすそうな位置に移動する。
「いっくのだーっ!」
僕が構えたのを見て、翠は地面を蹴る。左右に大きく飛び跳ねながら距離を詰めてくる。大きく素早くステップを踏むので狙いが読み難くなっている。
そして、僕の剣の間合いに入ったところで、一旦沈み込むと姿が消える。
ガキィッ!
僕の右側面から翠の拳撃が迫り、僕は木剣を薙ぎ払って、その一撃をいなす。だが、翠の攻撃は単発ではなく、2発目3発目が続いて放たれる。
僕は最初の攻撃をいなすために木剣を振り切ってしまっているので、右側面は無防備だ。
〈防御殻〉
咄嗟に〈防御殻〉の魔法を発動し、翠の拳撃を不可視の障壁で防ぐが、翠の攻撃力によって一瞬で砕かれる。
連打の4発目が僕の脇腹を痛打しようとしたところで、僕のサイドステップが間に合い、翠の拳が空を切る。
「まだなのだっ!」
瞬時に魔力を高めた翠の周辺に炎の礫が5つ現れる。
「〈炎の礫〉なのだっ‼」
掛け声と共に5つの炎の礫が僕へ向けて射出され、同時に翠も突っ込んでくる。
後手に回っている僕は、流れを断ち切るべく、魔法を発動させる。
〈地の壁‼〉
翠の行く手を阻むように、また炎の礫を誤爆させるように、幅3mくらいの土の壁を僕の目の前に隆起させる。
ドゴゴゴゴゴゴッ。
炎の礫が土の壁に着弾して爆ぜる。
「邪魔なのだっ!」
僕の想像通り、翠は突進したまま〈地の壁〉を拳で砕く。
「そうくるだろうね! 〈土鎖の束縛!〉」
僕の魔法で生み出された大地の鎖が、突進力が弱まって宙に浮いたままの翠の両腕、胴、両脚を絡めとり身動きを封じる。
「むぅぅぅぅぅっっ! 動き難いのだ‼」
翠は全身を使い身体を捻って回転すると、大地の鎖を断ち切る。
〈鉄突槍!〉
完全に空中で動きが止まった翠に対して、僕が地面から伸ばした鉄の槍が襲い掛かる。
「ず、ずるいのだっ‼」
翠が両手をクロスさせて防御姿勢を取り、鉄の槍をガードする。風属性に対して優位な地属性魔法の連発なので、風属性の竜種である翠に効果が高い。まぁ、効果が高いだけで効くかというと、そもそも竜族の魔法抵抗力が人間の比ではないので、効かないんだよね。
「だったら必殺技なのだっ‼」
〈鉄突槍〉を防ぎ、後ろに飛ばされた翠が、中腰になって魔力を溜め始める。
翠の必殺技は、本当に必ず人が死ぬレベルだからなぁ……注意しないと。
翠が左足を前に出し、少し腰を落とした中腰の姿勢で、両方の拳を腰溜めにして握り込み、身体を巡る純粋な魔力を両方の拳に宿らせる。
十分な魔力を練り込み、左拳を開きながら勢い良く前に突き出すと、眼前に身体を包み込めるような大きさの疾風の渦が形成される。
そして右の拳全体を翠色の光で包んで、疾風の渦に向かって身体を捻り込みつつ、左足で地面を大きく蹴り出す‼
「ヤバッ‼ 〈多重防御殻‼〉」
僕の中で最大の警鐘が鳴り響き、咄嗟に〈多重防御殻〉の魔法を発動させる。これは薄い〈防御殻〉を何枚も重ねて防御力を最大限まで高めた防御魔法だ。
バリバリバリバリーンッッッッ!!!
ガラスが砕け散るような音がして僕の〈多重防御殻〉が砕かれる。
ドゴゥッッッ‼
一瞬遅れて衝撃を伴った風が吹き付け、僕は押し出される。
『あー、こいつは音速を超えた時に発生する衝撃波だな。しかし、あの竜の嬢ちゃん、これまたエゲツない技を考え出したもんだ。あの疾風の渦は射出機みたいなもんで、嬢ちゃんのそもそも亜音速に達している踏み込みが更に加速されて、音速を超えちまってやがる。こりゃ普通の人間にはまず避けられん。音より速いってことは、踏み込みの音が聞こえる前に殴られているって訳だからな。しかも青藍極鉱すら撃ち貫きそうな威力の風の拳で殴ってる。避けられない上、当たれば確実に死ぬ。まさに必殺技だ』
「〈多重防御殻〉も残り1枚……」
筋肉さんの言う通りその威力は絶大で、5枚重ねた〈多重防御殻〉の4枚を砕かれてしまったようだ。1枚で翠のいつもの必殺技、昇竜撃なら1発分耐えることができていたので、この一撃は昇竜撃の4倍の威力らしい。
「これ……」
「これが疾風嵐竜拳なのだっ! 疾風と共に嵐を呼ぶ竜の拳なのだっ‼」
なんか僕とギリアムの戦いを見た後、特訓なのだーっと元気良く訓練施設に行って研究していた技がこれか……危険すぎる。
「う、うん。凄いよ。流石、翠だね。でも人に使うのはやめようね。きっと死んじゃう」
効果範囲が広くて威力も強すぎるので、敵も味方も巻き込んで皆殺しにしそうな技だ。
「そうなのか?」
「本当の必殺技は切り札として取っておいた方が凄く格好良いと思うから、普段使いは嵐竜拳にしておいて、いざという時に切り札として疾風嵐竜拳を使うのはどうだろう?」
「そうするのだ! 流石アルなのだ‼ 秘密にしておいた方が格好いいのだ‼」
少し翠が寂しそうな顔になったので、僕が秘密にする提案をすると、満面の笑みを浮かべて喜ぶ。
「まずは、あの風の渦を作らないで、間合いを詰めて風の拳で殴る技だけやってみようか……〈多重防御殻〉」
僕が防御魔法を発動させると、翠はさっきと同じように、左足を前に出して少し腰を落とした中腰の姿勢を取る。そのまま右手だけ魔力を集中し、裂帛の気合と共に左足で地面を蹴る!
バリバリーンッッッッ‼
今度は身体が霞むような速さで僕に突進し、拳を叩き込むと、〈多重防御殻〉が2枚削れる。
「うん。今ので昇竜撃+αくらいの威力かな。これでも死んじゃうから、今度は左手でやってみよう」
左手でやってみると、昇竜撃1発分の威力に落ち着いたので、僕は普段使いは左手でやるようにお願いした。
「普通の必殺技は左手で、強敵には右手を解禁するのだ。更に強い敵には、しっぷーらんりゅーけんの3段構え……凄く格好いいのだっ‼」
と翠は大喜びしていた。これで少しは被害が抑えられそうだ。
「翠っ‼ 何をやっておるのだっ‼」
疾風嵐竜拳の衝撃音で、激しく戦闘しているのが賢王様にバレてしまったようだ。
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