天災少年はやらかしたくありません!

もるもる(๑˙ϖ˙๑ )

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2巻

2-3

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「と、父様ととさま! これは違うのだっ‼」

 そう叫びながら翠は慌てて賢王ヴァイゼル様の元に向かうのだった。

「いつも娘が手間をかけさせて済まない……まったくお前は何をやっておるのだ」

 僕が竜の城に戻るなり、翠の頭に拳骨げんこつを1発入れた賢王ヴァイゼル様が頭を下げてくる。

「う~、痛いのだ」

 拳骨をもらった翠が、頭を押さえながら涙目でうなる。

「いや、久しぶりの家なので、歯止めがかなくなっただけだと思いますし、僕の方は特に怪我はしていないので大丈夫です」
「……あれほどの魔力を使った攻撃を受けたのに怪我1つないとは……やはり翠の言っていることは本当だったか」
「翠がなついているんですもの、普通の物差しで測れる人間ではないと思うわ」

 賢王ヴァイゼル様が思案顔しあんがおで呟き、竜妃ケーニギン様が笑みを浮かべながら不穏ふおん台詞せりふで答える。

「それはそうなのだが……アルカード君。すまないが、翠の技を防いだ魔法を見せてもらえるか?」

 思案顔のままの賢王ヴァイゼル様から請われたので、僕は〈多重防御殻マルチプルシールド〉の魔法を発動する。

「ぬ、これは……むむむ……」
「あらあら、こんな風になっていたのね」
「これは、この世界の魔術と全く異なる別次元の魔術体系で生み出されているな」

 僕の発動した〈多重防御殻マルチプルシールド〉を凝視ぎょうしした賢王ヴァイゼル様が更に眉間に皺を寄せて唸る。竜妃ケーニギン様も興味津々しんしんな表情で僕の〈多重防御殻マルチプルシールド〉をながめている。

「ちょっと、叩いてみていいかね?」
「は、はい。どうぞ」

 コツッ、コッコッコッ。

「なるほど……」

 カッ、カココココッ!

「これでもか」

 ガッ、ガガガガッ‼

「何なんだ、これは?」

 ドゴッ! ドゴゴゴゴッ‼

「ぬぅぅぅっ‼」
「はいはい、そこまで。むきになっても破れなさそうよ」

 つめで軽く小突こづいたり、そのまま連打ではたいてみたり、拳に変えて殴りつけたり、最後には腰を入れて乱打したが、〈多重防御殻マルチプルシールド〉はびくともせずに砕かれる気配はない。
 翠の昇竜撃に耐えられる強度があるので、賢王ヴァイゼル様とはいえ、様子見程度の攻撃では砕けないようだ。恐らく本気の攻撃ならば1発で砕けるんだろうけど。

「なるほど、アルカード君は、この世界には存在しない魔術体系を知る魂魄を宿しているようだね」

 顎に指を当て、頷きながら賢王ヴァイゼル様が言う。

「そうなのだっ! こんな魔法が使えるのはアルだけなのだっ!」

 賢王ヴァイゼル様の言葉に翠が元気良く反応する。

「リアやキーナだったら、よわよわの1発でもパリンって割れてしまうのだっ‼」
「リア、キーナって同じクラスメイトのこと……だったかしら?」
「そうなのだ! とっても優しくて、そこそこの魔法が使えるけど、翠が本気でどかーんってやるとまずいのだ! 本気でやれるのはアルだけなのだっ!」
「なるほど、アルカード君だけが特殊とくしゅということだね……ん? 本気で竜種とやりあえる?」

 翠の発言から僕が翠と対等にやりあえていることを理解し、疑問を浮かべる賢王ヴァイゼル様。そりゃ、普通の人間が本気の竜種と戦える訳ないよね。
 ぐ~~~~~っ。

「お腹が減ったのだ……」

 賢王ヴァイゼル様が何か聞きたそうにした時、翠のお腹が盛大に鳴る。そして翠は悲しそうな声を発した。

「あらあら、ごめんなさいね。ではすぐに食事にしましょう」
「アルカード君もお腹が空いただろう。時間を取らせてしまって申し訳ない」

 竜妃ケーニギン様は、翠の手を取って歩き始めると、賢王ヴァイゼル様と僕も一旦話を区切って、後に続く。
 食卓に座ると、天に伸びる湾曲わんきょくした角を持つメイドさんが、すぐに料理を運んできてくれる。どうやら既に用意して待っていたようだ。
 朝食は生野菜の盛り合わせと、両面をよく焼いた目玉焼きと焼いた塩漬肉しおづけにくとパンだった。

「僕には丁度いいけど、翠に足りるのかな……?」
「お待たせしました」

 丁度メイドさんがカートと共に部屋に入ってくる。カートの上には山盛りの焼いた厚切り塩漬肉が載っていて……

「あ、朝からそれ⁉」

 僕の呟きを余所よそに、翠と賢王ヴァイゼル様、竜妃ケーニギン様の前に盛られていく。翠は辛抱しんぼうたまらずに、厚切り塩漬肉にフォークを刺すとかぶり付く。ジューシーなようで、食いちぎった切断面からあぶらが飛び散り、翠の口周りをベトベトにする。

「うまいのだーっ!」

 そう言いながらモリモリ咀嚼そしゃくする翠。

「どうぞ」

 メイドさんが僕の皿にも厚切り塩漬肉を載せてくれるが、朝からこんなに重いものは……

「は、はぁ、僕はちょっと……」
「アルカード君、遠慮えんりょしないで食べてくれ」
「アルカードさん、遠慮しなくていいのよ」

 断ろうとしたところ、賢王ヴァイゼル様と竜妃ケーニギン様から勧められてしまい、断るに断り切れずに僕は、朝から重い食事を胃に流し込む羽目になるのだった。


「それで、いつ出発するのかね?」
「できれば今日1日ゆっくりさせて頂いて、明日に出発しようかと考えているんです」
「アルカード君の視点から、翠や学園のことなどをゆっくりと聞かせてもらいたかったんだが」
「すみません、実家への報告と、やらなければならないこともありますので……」
「なるほど。では次来た時は、もう少しゆっくりしていってくれると嬉しい」
「翠はどうするのかしら?」
「んー。アルと一緒に行くのだー」

 食事が終わると賢王ヴァイゼル様が僕の予定をたずねてきた。考えたいこともあるので1日はゆっくりさせてもらいたいけど、なるべく早めに移動したいむねを伝える。どうやら翠は、僕についてくる考えのようだ。

「アルカードさんに迷惑かけちゃダメよ?」
「分かってるのだっ!」

 竜妃ケーニギン様から念押しされると、シュタッと真っ直ぐに手を挙げて答える翠。本当に分かっているのか微妙なところだ。

「ところで、やらなければならないこととは?」
「えぇ、ちょっと武具を作ってみようかと」
「なるほど……武具製作か。では申し訳ないが、明日の出発は日暮れ頃にしてもらえると助かるのだが」
「……? 分かりました。では陽が落ちてから出発することにします」

 賢王ヴァイゼル様の話を受け、翠と一緒に移動するなら、日中より陽が落ちてからの方が好ましいと僕は思い快諾かいだくする。

「では、竜妃ケーニギン。それに翠も、明日は朝からちょっと付き合ってくれるか?」
「えぇ、構いませんけど……アルカードさん1人残すことになってしまいますわ」
「そこは、メイドたちに任せれば良かろう」
「ん? 父様ととさま、どっか行くのか?」
「あぁ、この際だから翠にも教えておいた方が良さそうな場所があってな」

 賢王ヴァイゼル様は竜妃ケーニギン様と翠に声を掛け、明日の予定を決める。
 その後、僕は賢王ヴァイゼル様に案内されて、翠と一緒に竜の城を見て回った。僕は竜の城を建造したものの、中をしっかり見たことがなかったし、賢王ヴァイゼル様や竜妃ケーニギン様の生活を垣間見かいまみることができ、得難い知識を得ることができた。
 その生活様式には龍爺さんも感心し、眼鏡さんに関しては物凄い食い付きようで、僕に色々聞くようにと指示を飛ばしてきた。僕が眼鏡さんからの質問を賢王ヴァイゼル様や竜妃ケーニギン様にすると、少し不思議な顔をしながらも快く答えてくれたのだった。
 空いた時間は、翠との緩い手合わせをしたりして、ゆっくりと過ごすことにした。

         †

「アルカード君、すまないな。我々は、少々出かけてこようと思う」
「僕は僕で色々やることがありますから大丈夫です」
「あぁ、それでは、この後出発するので広間へ」

 次の日の朝食後に、賢王ヴァイゼル様は竜妃ケーニギン様と翠を連れて大広間に移動すると、3人は化身の術を解き、本来の姿に戻る。
 そして円形の天井を開いた後に、大きく翼をはためかせ飛び上がって行くのを、僕とグランはメイドさんと一緒に見送るのだった。
 そして、あてがわれていた部屋に戻ると、僕は3人に武具製作について聞く。

『武具なんだけど、1週間で完成できる方法は思いついたのかな』
『あぁ、鍛造は無理なので、鋳造風ちゅうぞうふうでやろうと思っている』
『鍛造? 鋳造?』

 筋肉さんが答えてくれたが、違いが分からず聞き返すと、眼鏡さんと龍爺さんが説明してくれる。

『鍛造とは、金属をつちで叩き武具を生成する手法で、鋳造は鋳型いがたに金属を流し込み武具を生成する方法になります』
『鍛造は時間が掛かるが、質の高い武具を生成できる可能性があるのじゃ。鋳造は同じ品質の武具を早く大量に生成できるのじゃよ』

 説明を聞いて鋳造を選んだ理由も分かった。

『時間も技術もないから、まずは鋳造という方法を使うんだね』
『あぁ、鋳造するにはまず鋳型を作る必要があるんだが……今回は鋳型を作る時間もしいので、熱した金属を直接生成する方法を取ろうと思う』

 やってみないと分からないけど、とりあえず3人の中では、武器を鋳造できる目処が立っているらしい。
 途中、メイドさんが飲み物や軽食を運んできてくれて、それを頂いたりしながら、僕は3人から鋳造の方法を教えてもらう。初めて耳にする内容も多く、専門的な知識が必要で、頭が混乱してしまいそうになるが、根気良く聞きながら何となくイメージを掴むことはできた。
 そうやって僕が部屋で3人と話している間、グランはベッドを占有せんゆうして悠々自適ゆうゆうじてきに昼寝を堪能たんのうしていた。
 それからあっという間に時間が流れ、日がかたむき始める頃に、3体の竜が帰ってくるのだった。

「つ、疲れた、のだ……」

 大広間の半球形の天井が開いた音がしたので、グランを起こし部屋を出て大広間に向かう。大広間にはぐったりと床に体躯をせている翠がいて、その横には翠の身体半分ほどもある大きな包みが置かれている。

「この後もお前が持ち運ぶのだから、慣れておくのだぞ」
「少し鍛え方が足りないかしら?」

 竜妃ケーニギン様の目がするどく光ると、翠は急に飛び上がって後ずさり、空気を裂くほどの勢いで首を横に振る。

「だ、大丈夫、なのだ!」
「あら、そう。残念ね」
「おぉ、アルカード君か。待たせてしまったな」

 僕に気が付いた賢王ヴァイゼル様が体躯を光らせて化身の術を使い、人形態になると、にこやかに話しかけてくる。

「いえ、色々やっていたらあっという間でした。凄い大きさの荷物ですね。竜の大きさでも持つのがやっとじゃないですか?」
「あぁ、どれがいいか迷ってしまってね。とりあえず翠が運べる分だけ持ってきたのだよ」
「とても重かったのだっ‼」

 竜妃ケーニギン様と翠も化身の術で人形態になり、翠はその場にぺたんと座って、疲れたことをアピールする。

「翠?」

 そんな翠を竜妃ケーニギン様がまたも鋭い視線で一瞥いちべつする。

「な、何でもないのだ……ぴひゅ~♪」

 その視線と目を合わせないように、明後日あさっての方を向きながら吹けていない口笛を吹く翠。

「それで、その大荷物は一体?」
「まぁ見てくれたまえ」

 賢王ヴァイゼル様が大荷物の隙間すきまから、一抱えもある銀色に輝く鉱石のかたまりを取り出す。

「これは精霊銀鉱エレメンティウムの鉱石だ」
精霊銀鉱エレメンティウムか! それに純度も高そうだ!』

 賢王ヴァイゼル様の言葉に筋肉さんが反応する。

精霊銀鉱エレメンティウム?』
『あぁ、金属硬度はそれなりにしかないんだが、魔力との相性が良くてな。魔導武具を作るのに適している金属だ。普段は銀色をしているのだが、魔力を通すと天色あまいろに発光するのが特徴だ』

 筋肉さんが少し興奮気味に説明してくれる。なんか、聞くだけでも格好良さそうな武具ができそうだ。

「凄い鉱石みたいですね。僕は鉄や銅とかしか目にしたことがないです」
「ほうほう。分かるかね? 他にも、コレとかコレとか……」

 そう言って次々に金属を取り出す賢王ヴァイゼル様。あの黒っぽいのは先日使った魔封鉄鉱アンティニウムだろうか? 他にも白いのとか紫色むらさきいろに輝いているのとか、色々あるみたいだ。

「貴方、それくらいに。後で片付けるのも大変になりますわ」
「あぁ、すまない。それもそうだな。持って行ってもらって時間のある時にでもゆっくり見てもらうとしよう」

 竜妃ケーニギン様にたしなめられた賢王ヴァイゼル様が、我に返って取り出すのをやめる。ちなみにちらっと見えたのだが、包みにしていたのは、この国アインルウム同盟国の巨大な国旗だったような……。国旗をこのような用途で使って良いのだろうか……

「翠、出発の時間も近付いているだろうから、軽く休んで、荷物を纏めてきたらどうだ?」
「分かったのだー」

 賢王ヴァイゼル様に促されて、翠は立ち上がるとメイドさんが用意してくれた飲み物を一気に飲み干し、部屋に戻っていく。僕も一度部屋に戻ると出発のために荷物を纏めて、グランと大広間に戻る。

「はぁ……またこれを持って飛ぶのか」

 中身が鉱石の塊だけあって、相当な重量があるようで、翠が嫌そうに言う。

賢王ヴァイゼル様、これは全部持って行って良いのですか」
「あぁ、翠がお世話になっている君やクラスメイトのために用意したものだからね。これでも私の所有量のほんの一部でしかないから、武具にするなり売るなり気にせずに使ってくれると嬉しい」
「私たちが持っていても使い道がないのよ」
「あぁ、そうだ。これも使えるなら持って行ってもらおうか」

 賢王ヴァイゼル様が足元に置いてある、僕でもかろうじて持てそうな大きな包みを指し示す。

「それは?」
「使い古しというか、廃棄物なのでどうかと思うのだが、人間には貴重だと聞いていてな……私たちからがれたり抜け落ちたりした鱗ときばと爪だ」
竜鱗りゅうりん竜牙りゅうが竜爪りゅうそうかよ! 下手な鉱石よりよっぽど強い素材だし、触媒としても超一流だぞ、それ!』
『そういえば儂も有り難がられていたのぅ、勝手にポロポロ剥がれるものでしかなかったのじゃが』
『竜は全身で使えぬものがないと、なんかの書物に書いてありましたね。貴重な素材として使えるのでは?』
「一応メイドたちに丁寧に洗浄せんじょうさせておいたから、汚いことはないと思うのだが」
「いえ! こんな貴重なものを頂いてしまって吃驚びっくりしているんです!」
「放っておいても勝手に剥がれるものだから気にしなくて良いぞ?」

 賢王ヴァイゼル様が持ち上げた袋を僕に手渡す。見た目以上の重さに、一瞬肩が抜けそうになったが、何とか床に落とさずに受け取ることができた。袋からのぞく緑色に輝く鱗は、本当に綺麗で硬そうだ。

「こんな高価で沢山たくさんのものを、僕たち2人で持ち運ぶのは危険だし大変なので、転送しちゃおうかな……」

 僕はその袋を床にそっと置くと、袋に手を当てたまま算術魔法式を展開させる。

エグゼキュート実行する アスポート物質転送 ターゲット対象 トレーニングルーム訓練施設

 先日覚えた算術魔法式により、僕の手に触れていた袋が音もなく一瞬で消え、アインツ総合学園にある訓練施設の倉庫に転送される。あそこなら自分たちの管理下の施設なので安心だ。

「な?」
「え?」
「は?」

 僕の魔法を見た賢王ヴァイゼル様と竜妃ケーニギン様と翠の目が点になる。

「な、何をしたのかね?」
「頂いた袋をアインツ総合学園に送っただけですが……あぁ、消してしまった訳ではないです」

 驚いたまま聞いてくる賢王ヴァイゼル様を安心させるために、僕は再度算術魔法式を展開する。

エグゼキュート実行する アポート物質転受 ターゲット対象 竜鱗 1ピース

 この算術魔法式で、先ほど〈物質転送アスポート〉した袋の中に入っていた竜鱗1つを手元に引き寄せる。ずしっとした重量感が手に生まれ、僕の身体くらいはある大きく緑色に光る竜鱗が1つ現れる。

「これも、〈多重防御殻マルチプルシールド〉と同じ、別魔術体系の魔法か……」
「……そんな魔法があるなら、翠が重いのを我慢して運んだ意味がなくなるのだ……」

 呆然としている賢王ヴァイゼル様と竜妃ケーニギン様の後ろで、翠がしょんぼりとした声を上げる。
 こうして、翠が持つ予定だった大量の鉱石も〈物質転送アスポート〉の算術魔法式で訓練施設の倉庫に送り、僕たちは当初の荷物だけを持って、竜の城を後にするのだった。


 第03話 実家への帰省

 翠の背中に乗って、陽が沈んだ夜の空に飛び立った僕は、実家のある村――ベルゲドルフへと向かう。ベルゲドルフとは山の村という意味らしい。
 想像していた荷物を持たずに済んだ翠は、気持ち良さそうに滑空かっくうしている。グランは落ちないように僕の懐の中にもぐみ、顔だけ表に出して空の旅を堪能しているようだ。
 普通に馬車に乗ると数時間はかかる旅程だが、翠に乗って飛べば2時間程度で済んでしまうし、防風壁で風の影響も受けないのでとても快適だ。
 この防風壁は翠が飛ぶ時に発動する潜在能力アビリティのようで、無意識で展開されており、僕たちもその恩恵おんけいを十二分に受けている。

「アルは、どれくらい家にいるつもりなのだ?」
「そうだなぁ、学園に戻ってやりたいこともあるから、長くはいないつもりだけど……3日から4日くらいかな」
「翠も一緒していいのか?」
「大丈夫だよ。冒険者の宿をやっているから、部屋も余っているだろうし」
「キュィキュッキュィー(我もゆっくりするのである)」

 翠の背中の上で、たわいない話をしながら家に向かって飛んでいく。別段何かに遭遇することもなく、村の側の草原に降り立つと、グランは僕の懐から飛び出て、定位置の肩へと飛び乗る。そして翠が人形態に化身すると、僕たちは陽が落ちて月光に照らされた草原を歩き、家に向かう。
 まだ窓から明かりが漏れている冒険者の宿――僕の実家だ――に近付くと、人の話し声や笑い声が聞こえてきたので、まだお客さんが残っているらしい。

「ただいまー」
「お邪魔するのだー」

 僕が帰宅の挨拶をしながら実家の扉を開けると、顔なじみのお客さんが談笑しているのがすぐに目に飛び込んでくる。

「おぉ、アルじゃないか。夏休みか」
「なんか可愛い子を連れているな。彼女か?」
「おーい、息子が帰ってきたみたいだぞー」

 お客さんが振り向いて僕たちを見ると、少し茶化ちゃかしながら働いている父さんと母さんに知らせてくれる。

「彼女じゃなくてクラスメイトです」
「ははははっ! 照れるな照れるな。一緒に帰ってきたんだから、そういうのなんだろう?」
「そうだそうだ。俺の若い頃なんかなぁ……」
「出た! 十八番おはこの若い頃ネタ‼」
「うるせぇ!」

 僕は即座に否定したのだが、すっかり出来上がっているお客さんは、笑いながら僕の言葉を一蹴いっしゅうすると、武勇伝ぶゆうでんを語り始め、周りの人たちもそれをさかなに盛り上がる。

「おかえりなさい、アル。酔っ払いに一生懸命説明しても仕方ないわよ?」
「ただいま、母さん」

 僕が戸惑とまどっていると、エールジョッキを手にした母さんが出てくる。

「そんなつれないぜ、クリスさん」
「はいはい。つれないですよー。そういうことを言う人にはお代わりあげませんよ?」
「いや、それは困る! クリスさんは優しい! 村一番!」
「あらあら、お上手ね。じゃあこれ」

 お客さんからめられて笑みを浮かべた母さんが、エールジョッキをテーブルに置く。

「ええっと、アル。母さんは今ちょっと忙しいから、先に部屋に戻っていてくれる? それと……その子は?」
「この子は翠といって、前回僕を迎えに来てくれた賢王ヴァイゼル様の娘の翠竜エメラルドドラゴンだよ」
「翠ちゃんっていうの。よろし……えぇ⁉ 賢王ヴァイゼル様の娘⁉」

 僕の発言に吃驚びっくりし、両手で口を覆い隠して目を見開く母さん。

「ちょ、ちょっと、その話は後でくわしく聞かせてもらうとして……翠様すみません。後で主人と一緒に伺いますので、まずはアルと待っていて頂けますでしょうか?」
「分かったのだっ!」
「じゃあアル、翠様をアルの隣の部屋に案内しておいてもらえる?」
「分かった」

 母さんは手を前に揃えて丁寧に頭を下げると、急いで厨房ちゅうぼうに戻っていく。僕は母さんを見送り、カウンターの内側にり下げられている部屋のかぎを2つ取る。そして翠を連れたまま、まずは自分の部屋に戻り、荷物を一旦床に降ろす。僕の肩に乗っていたグランは机に飛び移ると、ここでの定位置である巣箱に戻り、自分の寝床の様子を確認しに行く。

「ここがアルの育った家なのか」
「うん。村で唯一ゆいいつ、外の人が泊まれる宿で、冒険者ギルド所属の宿屋兼酒場になるね」

 翠が興味深そうに、僕の部屋を見渡している。変わったものと言えばグランの巣箱くらいで、後は大したものは置いていないはずなんだけど。

「これは何なのだ?」

 翠は壁に立てかけられている、小さいものから少し大きいものまである4本の木剣を指差して聞いてくる。

「これは、小さい頃から訓練で使ってきた木剣だね。身体の大きさに合わせて、父さんが古木からけずり出してくれていたんだ」

 4本のうち、一番大きい1本は真っ二つに折れている。これは学園に入学する少し前だけど、筋肉さんから剣術を教えてもらっていた時に、折ってしまった1本なんだよね。

「ずいぶんと小さい頃から訓練してたのだなっ!」

 翠は一番小さい木剣に近付いて、目を凝らしていたので、握りグリップが相当にっているのを確認したのだろう。
 グランに目を向けると、寝床のチェックを終えたらしく、巣箱のふちをパンパンと不満気に叩いている。

「あぁ、ごめん。牧草が古かったね」

 部屋の隅に置いてある牧草入れを確認すると、新しめの牧草が入っていた。帰宅に合わせて、新しい牧草を入れておいてくれたらしい。
 寝床の牧草を入れ替えると、グランはその上に腰を落ち着かせて目を閉じる。朝から動き回っていた僕に付き合っていたから、疲れてしまったのだろう。

「じゃあ翠の部屋に案内するね」

 僕は再び翠の荷物を持ち上げると、部屋を出て隣の部屋の鍵を開ける。部屋の中は綺麗に掃除そうじされていて、ベッドと書き物ができるような一組の机と椅子いす、服を入れるクローゼットがあるだけのシンプルな部屋だ。

「とりあえず、時間が来るまでゆっくり休んでいて」
「うーむ、1人で待っているのは暇なのだ。折角せっかくだからアルの部屋で色々聞きたいのだ」

 机の脇に荷物を置き、翠にゆっくりするように言って、僕は部屋に戻ろうとしたが、翠は僕と一緒にいたいらしいので、2人で僕の部屋に戻る。
 そして翠は僕の部屋にある家具や道具や本など、あれこれ質問してくるので、それに応えていると、思い出話であっという間に時間は過ぎていき、階下にある酒場の喧騒けんそうも静まっていく。
 すると部屋に近付く足音が聞こえ、扉がノックされる。

「アル、起きているか?」
「うん。起きているよ」
「では、翠様と一緒に下に来てくれるか?」
「うん、分かった」

 父さんが扉越しに僕に指示を出すと、足音が遠ざかっていく。

「キュー……キュイィ(ふにゅぅ……我も行くのである)」

 僕と翠が指示通り部屋を出ようとすると、父さんの声で起きたグランが、一鳴きして起き上がる。僕が手を差し伸べると、少し眠そうにしながら、僕の腕の中にすっぽりと収まる。
 翠とグランを連れて酒場に降りると、食事と飲み物が用意されたテーブルがあったが、それとは別のテーブルに父さんと母さんが座って、僕たちを待っていた。


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