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第062話(兎肉料理?!)

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「あの、今日の夕食は僕に作らせてもらいたんですが」
 冒険者ギルドからの帰り道、僕はクーフェさんにお願いしてみる。

「ん?どうしたの?お姉ちゃんが腕によりをかけて作っちゃおうと思ってたんだけど?」
「泊まらせてもらっているのもありますし、ちょっと料理で試したい事があるんです」
「うーん。そうね……」
 クーフェさんがじっと僕のことを見つめる。僕は目を逸らさずに、手を合わせて上目遣いにお願いする。

「ん、もぅ。そんな顔してお願いされたら断れないじゃない。わかったわよ。でもその変わりとびっきり美味しいの期待しちゃうからね」
 クーフェさんがウィンクして許可してくれたので、僕はニッコリと笑顔を返す。

 そして家につくと、既にキリクさんは帰宅していて、門番の装備を外して部屋着になっていた。僕たちも部屋着に着替えると、早速ポメにお願いして一角兎ホーンラビットを各部位に切り分けられてはいるが丸々一羽取り出してもらう。

「へぇ、珍しい。一角兎ホーンラビット丸々一羽なんて」
 ポメの取り出した一角兎ホーンラビットを見て興味を持つキリクさん。

「運良く、綺麗に仕留められたので、そのまま持って帰って来ました」
 ポメに渡された前掛けを身に着けながらキリクさんに答える。

「外に出た時に一角兎ホーンラビットも狩ってきたのか。まだ子供なのに凄いな」
「危ない事しちゃダメだって言ってたのに」
 感心するキリクさんと口を尖らせるクーフェさん。やはり狩りしてきた事は腑に落ちていないようだ。

「とりあえずスープは時間がかかるので、明日にして、今日は一角兎ホーンラビットの焼き料理にします」
「えぇ?ただ焼いただけだと一角兎ホーンラビットの肉は臭くて食べられたものじゃないし、それを誤魔化す香辛料は高くて家にはなかったはずだけど」
 僕の出そうと考えている料理を想像して、キリクさんが少し嫌そうな顔をする。

「大丈夫です。血抜きもきちんとしてますし」
「血抜き?なんだそれ?」
 血抜きをした一角兎ホーンラビットの肉が美味しいことは、納品カウンターの一件で証明済みだ。血抜きそのものが知られていないようなので、当然キリクさんも首をひねっているが、僕は調理を開始する。

 まず胸、腹、足から食べやすいところの肉を塊で切り出す。骨に近しい部分はスープに使うから、そんなに大きくは切り出さない。そして切り出した塊肉を一口大に薄く削ぎ落としていく。

「さてと……召喚コール火蜥蜴の精霊サラマンダー!」
 僕は竈に火を点ける為に火蜥蜴の精霊サラマンダーを召喚する。なんで火を点けるごときで火蜥蜴の精霊サラマンダーを召喚するかと言うと、僕の膨大な魔力では、着火イグニッションの魔法だけで町の一区画を全焼させてしまうからだ。

 僕の召喚に応え、下半身が真っ赤な炎に包まれて、上半身が蜥蜴人リザードマンとなっている小さな精霊が現れる。ちなみに精霊召喚は、その精霊の媒体シンボルがその場にないと召喚できない。火の精霊なら火が、水の精霊なら水が必要だ。普通なら着火した炎を媒体に火の精霊を召喚するのだが、僕の場合火を点けるために精霊を召喚しているので、本来なら召喚できない。
 その為、僕の精霊召喚は、まず通常の魔法で火や水を発生させる。そしてそれを媒体シンボルに召喚するので、媒体シンボルが存在しなくても強制的に召喚できるのだ。そして、多くの魔力を精霊に与える事で精霊の姿も能力もはっきりと具現化する。
 というか、そのくらいしないと魔力が多すぎて町中で使えないだけなんだけど。

火蜥蜴の精霊サラマンダーよ、竈に火を付けてくれ」
 僕が命令すると、火蜥蜴の精霊サラマンダーは口から炎を吐き出す。炎は竈の薪に着弾すると、一発で燃え上がる。

「よし、ありがとう火蜥蜴の精霊サラマンダー送還リターン!」
「世界広しと言えど、火蜥蜴の精霊サラマンダーを火打ち石代わりにしているのは御主人様マスターだけなのです……変人ここに極まれりなのです」
 僕の側でブツブツ独り言を言うポメ。だって後でもしないと町中で魔法が使えないんだからしょうがないじゃないか。

「ポメ、これから作り始めるから、ついでにパンを温め直しておいて」
 僕は竈に向かいながらポメにお願いする。ポメはブツブツと文句を言いながらも火の点いた炭を窯に放り込む。

 竈に大きめの片手鍋を置き、一角兎ホーンラビットの脂肪の塊を押し当てて油を出しながら鍋に塗りつける。次に薄くスライスした肉を大きめの片手鍋に重ならないように一枚ずつ置いていく。並べ終わった肉には適度に塩を振り掛けておく。
 そういえばこの世界には箸の文化がない様なので、真っ直ぐな木の枝を2本用意し、よく洗っておいたものを使っている。

「ほぅ、器用なもんだな」
 ただの二本の棒である箸で、器用に肉をつまみ上げている僕を見て、キリクさんが顎に手を当てながら関心している。

 肉を焼きながら、葉野菜をちょっと大きめのサイズに千切って、木の深皿に敷いておく。みんなが食べる分の肉を焼き上がったら、葉野菜を並べた木の深皿に、一角兎ホーンラビットの肉を綺麗に並べていく。
 次に昼間に買っておいたガリクの根を薄くスライスして、一角兎ホーンラビットの肉汁が残る片手鍋にいれて炒める。この食欲をそそる匂いはまさしくニンニクそのものだ。肉料理に合わないわけがない。そしてガリクの根が焦げる前に、これまた買っておいたリコピルの実を潰しながら入れる。酸味を伴った香りがガリクの香りと混ざり更に食欲をそそる匂いになっていく。

「な、なに?この美味しそうな匂い」
 自室で部屋着に着替えていたクーフェさんが部屋から出るなり、びっくりしたような声を上げる。肉とガリクとリコピルの三味一体の匂いには、我慢することなど出来ないだろう。僕はクーフェさんとキリクさんが満足するであろう予感と共に料理を進める。

「最後にっと」
 リコピルの実が煮立った所で、緑色のオリガの粉末をパラパラと散らせればソースの完成だ。香りもそうだけど、肉とリコピルの旨味が結びつけあったソースは、この世界のソース概念を覆すことになるだろう。
 僕は、一角兎ホーンラビットの肉を並べた木の深皿にソースをたっぷりと掛けていく。ほぼ同時にパンも温め直せたみたいで、ポメが窯からパンを取り出して籠に入れていく。

一角兎ホーンラビットのステーキ、リコピルソース掛けです」
 食卓についていたクーフェさんとキリクさんに、渾身の一皿を提供する。

「うぉぉぉぉぉ!凄ぇうまそう!!」
「何ていう香りなの……こんなのお店でも見たことないわ」
 匂いだけでKOされている二人を見ながら、自分の分も用意し、僕たちもテーブルに付く。ちなみにファングとビークはソースなしの焼いただけの肉だ。

「地の女神イシュター様、今日も大地の恵みをありがとうございます」
 クーフェさんとキリクさんが手を胸の前で組みながら、目を閉じて地の女神イシュター様に祈りを捧げて僕の作った料理を食べ始めるのだった。

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