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勝鬨を上げよ!
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真篠砦より一里程離れた小高い丘に氏真は、本陣を
おいた。
目の前には、600程の兵が陣を敷いている途中だった。旗印は、掲げていなかった。
鬼鮫の報告では、400程と聞いていたので驚きは、
したが岡部から「戦は数ではなく、味方の士気に
こざる!」と、教えられていたのであまり動揺は、
しなかった。
軍議を開くと、重臣たちが
「鶴翼の陣を敷いて敵を迎え撃つ方が、被害が
少なくて良い。」と、提案して来たので、
「何故だ?我が領内を荒らしておる輩を
征伐しに来ているのだぞ!こちらから攻め上がら
なければ、敵は益々図に乗るぞ!」
「されど、そうなればこちらの被害が.....」
まだ、言い募ろうとしている重臣たちを見て
氏真は内心失望した。
すると、武断派の朝比奈泰朝が
「殿の考えは如何に?」と、聞いてきたので
「鋒矢の陣を敷く!」
それを聞くと、他の重臣たちがまた
「正気ですか殿!」
「何故、敵より兵数の多い我々が鋒矢の陣など...」
「何故、鶴翼の陣ではないのですか!」という疑問
を呈する声でまたしても軍議は、荒れた。
しかし、何か考えている泰朝と事情を知っている
岡部だけは何も言わなかった。
あの後、皆は渋々自らの陣に帰っていったのだが、
泰朝だけはまだ残っていた。しばらくの間、沈黙が
続いたが不意に泰朝が「鋒矢の陣を敷くのは、何か
考えが?」と、聞いてきたので私は、岡部に調練
させた兵達のことを話したのだった。
それを聞いた泰朝は、「では、鋒矢の陣を敷くのは
その兵士達の動きを見るためですか?」と、私に
問うてきたので私は「そうだ!」と答えた。泰朝は
ようやく合点がいったのか、軽やかな足取りで自ら
の陣に帰っていった。
鋒矢の陣を敷き終わると、ゆっくりと軍を進ませた。
敵もそれに気づいたのか、矢を放ち始めていた。
すると、先鋒隊を率いる岡部元信が鬨の声を上げて
敵に突撃して行くのが見えた。岡部が率いる兵150
の先頭を行くのは調練よって鍛えに鍛えた兵達で
ある。すると、迎え撃つかのように敵陣から120程の敵が飛び出してきた。
しかし、次の瞬間岡部が率いる兵の先頭を行く兵達
によって敵が次々に打たれて行くのが見えた。
さらに、そこに朝比奈泰朝が率いる兵が突撃してきた
ので敵陣は乱れていた。敵将は、そんな状況に危機を
覚えたのか、少しずつ後退していた。
逃してはならぬ、そう思った時には「敵の側面を衝く皆、我に続け!」と、言って馬の腹を蹴っている自分がいた。兵達は、突然のことに驚いたのか、戸惑っていたが遅れず皆付いて来ていた。
岡部、朝比奈の突撃によって乱れた陣形を維持する
のに手一杯な状況なのか、側面に回っても防ぐにくる
敵兵はいなかった。
「皆、かかれ!」氏真率いる以下140の兵が敵の側面
を突いた。氏真は、腰に差していた太刀を抜き放つと
敵陣を縦横無尽に暴れまわった。
全面と側面の二方向から攻撃を受けた敵は、ついに
敗走した。
氏真は、諸将達に「深追いはするな!」と命じ、
本陣に戻ると、重臣達が「見事な戦いぶり!まるで
鬼神のようでしたぞ!」と、褒め称えてくれたので
嬉しい気持ちになり、「お前達の働きのお陰じゃ!」と、重臣たちに謝意を表した。
その後、敵の動向を確かめるために二日間滞陣し、
何事もなかったので駿府館に帰城したのだった。
今回の戦は、表向きには領内を荒らす者共の征伐
だったが実のところは真篠砦にいる武田の兵達を
討ったので今川家では、当主氏真の名声が上がった
のだった。
戦の戦死者、負傷者の数
今川家 死者 34名 負傷者 74名
武田家 死者 128名 負傷者 142名
登場人物 朝比奈泰朝…今川家の重臣、戦が強い!
おいた。
目の前には、600程の兵が陣を敷いている途中だった。旗印は、掲げていなかった。
鬼鮫の報告では、400程と聞いていたので驚きは、
したが岡部から「戦は数ではなく、味方の士気に
こざる!」と、教えられていたのであまり動揺は、
しなかった。
軍議を開くと、重臣たちが
「鶴翼の陣を敷いて敵を迎え撃つ方が、被害が
少なくて良い。」と、提案して来たので、
「何故だ?我が領内を荒らしておる輩を
征伐しに来ているのだぞ!こちらから攻め上がら
なければ、敵は益々図に乗るぞ!」
「されど、そうなればこちらの被害が.....」
まだ、言い募ろうとしている重臣たちを見て
氏真は内心失望した。
すると、武断派の朝比奈泰朝が
「殿の考えは如何に?」と、聞いてきたので
「鋒矢の陣を敷く!」
それを聞くと、他の重臣たちがまた
「正気ですか殿!」
「何故、敵より兵数の多い我々が鋒矢の陣など...」
「何故、鶴翼の陣ではないのですか!」という疑問
を呈する声でまたしても軍議は、荒れた。
しかし、何か考えている泰朝と事情を知っている
岡部だけは何も言わなかった。
あの後、皆は渋々自らの陣に帰っていったのだが、
泰朝だけはまだ残っていた。しばらくの間、沈黙が
続いたが不意に泰朝が「鋒矢の陣を敷くのは、何か
考えが?」と、聞いてきたので私は、岡部に調練
させた兵達のことを話したのだった。
それを聞いた泰朝は、「では、鋒矢の陣を敷くのは
その兵士達の動きを見るためですか?」と、私に
問うてきたので私は「そうだ!」と答えた。泰朝は
ようやく合点がいったのか、軽やかな足取りで自ら
の陣に帰っていった。
鋒矢の陣を敷き終わると、ゆっくりと軍を進ませた。
敵もそれに気づいたのか、矢を放ち始めていた。
すると、先鋒隊を率いる岡部元信が鬨の声を上げて
敵に突撃して行くのが見えた。岡部が率いる兵150
の先頭を行くのは調練よって鍛えに鍛えた兵達で
ある。すると、迎え撃つかのように敵陣から120程の敵が飛び出してきた。
しかし、次の瞬間岡部が率いる兵の先頭を行く兵達
によって敵が次々に打たれて行くのが見えた。
さらに、そこに朝比奈泰朝が率いる兵が突撃してきた
ので敵陣は乱れていた。敵将は、そんな状況に危機を
覚えたのか、少しずつ後退していた。
逃してはならぬ、そう思った時には「敵の側面を衝く皆、我に続け!」と、言って馬の腹を蹴っている自分がいた。兵達は、突然のことに驚いたのか、戸惑っていたが遅れず皆付いて来ていた。
岡部、朝比奈の突撃によって乱れた陣形を維持する
のに手一杯な状況なのか、側面に回っても防ぐにくる
敵兵はいなかった。
「皆、かかれ!」氏真率いる以下140の兵が敵の側面
を突いた。氏真は、腰に差していた太刀を抜き放つと
敵陣を縦横無尽に暴れまわった。
全面と側面の二方向から攻撃を受けた敵は、ついに
敗走した。
氏真は、諸将達に「深追いはするな!」と命じ、
本陣に戻ると、重臣達が「見事な戦いぶり!まるで
鬼神のようでしたぞ!」と、褒め称えてくれたので
嬉しい気持ちになり、「お前達の働きのお陰じゃ!」と、重臣たちに謝意を表した。
その後、敵の動向を確かめるために二日間滞陣し、
何事もなかったので駿府館に帰城したのだった。
今回の戦は、表向きには領内を荒らす者共の征伐
だったが実のところは真篠砦にいる武田の兵達を
討ったので今川家では、当主氏真の名声が上がった
のだった。
戦の戦死者、負傷者の数
今川家 死者 34名 負傷者 74名
武田家 死者 128名 負傷者 142名
登場人物 朝比奈泰朝…今川家の重臣、戦が強い!
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