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武田来たる
小笠原貞慶の士官
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翌日
氏真は自身の居室に向かって歩いてくる足音を
聞いて目を覚ました。
「殿、岡部正綱様がお目通りを願っておりまする
が、いかがいたしましょう?」
「一人か?」
「いえ、筋骨たくましい若者を一人連れており
まするが...」
「今すぐ、ここに連れて参れ!」
「はっ。」
(近習が歩いていく音)
「殿、正綱にございます。 」
「入れ。」
(正綱と若者が入ってくる音)
「おお!そなたが昨日私を狙った刺客を矢で
仕留めた武芸者か?」
「はい、左様です。」
「名をなんと言う?」
「小笠原貞慶と申します。」
「小笠原というと京の...」
「いえ、それがしは府中小笠原氏の出で...」
「何、府中だと!確か府中小笠原氏は武田に
滅ぼされたと聞いたが...」
「いえ、本拠地である林城を失った後、それがし
らは、同族である京都小笠原氏を頼って上洛し、
今は三好の援助を受け、上方で過ごしておりまする。」
「そうか...。どうであろう、この際今川家に仕え
てくれぬか?無論、そなたの一族は今川がしっかり
と面倒を見よう。」
氏真の思いがけない申し出に貞慶は一瞬考える
素ぶりを見せたが、他に頼る相手がいないので
あろう。
「かしこまりました。この貞慶、今川家に忠誠
を誓いまする。」
この後、貞慶は鍾馗を率いて弓鬼と恐れられる
ようになるのだが、それはまだ先の話である。
◇◇◇◇甲斐国 躑躅ヶ崎館
「御前試合はどうであった、信豊?」
「はい、叔父上の言う通り、今川は御前試合に
参加していた武芸者達を召抱えておりました。」
「そうか。駿河はどうであった?」
「氏真の元固く結束しておりましたし、何しろ
人がおりまする。今川が本気を出して我等と戦
をするとなれば、おそらく集められる兵は三万
を超えるかと...。」
「三万か...。飯尾には会えたか?」
「はい、どちらにつくか迷っていたようですが、
遠江一国を約束すると、伝えたところ二つ返事
で内応を申し込んで参りました。」
「そうか。飯尾に伝えておけ。」
「何と伝えておけばよろしいでしょうか?」
「氏真の一挙一動を全て報告せよとな。」
「はっ、かしこまりました。」
◇◇◇◇相模国 小田原城 大広間
「今川治部大輔氏真様が家臣、庵原忠縁に
ございます。」
「北条相模守氏康である。して、庵原殿
用件とは?」
「我が主、氏真様は北条相摸守氏康様を自らの
居城駿府城にお招きし、駿府城にて対武田の会談
を行いたいとのお考えにございます。」
「ほぅ。駿府城か...」
「はい。連れてくる兵も其方にお任せする
とのことでございます。」
...今川氏真、公家の真似事にうつつを抜かして
おった軟弱者と思っておったが、父義元殿が
桶狭間で討ち死にをしてからは遠江、駿河を
よく治めておる...
...あちらに早川が嫁ぐ際に、一緒についていった
家臣達の手紙には、氏真が鍾馗の面をつけた兵達
を指揮して、徳川家との決戦に勝利したと書かれて
おったな...
...それに駿府館を改築して新しく建てられた駿府城
は東海一の巨城と噂されておる...
...今一度、今川氏真なる男見定め必要があるな...
「庵原殿、氏真殿に了承したとお伝えくだされ。」
「かしこまりました。」
(庵原忠縁が退出する。)
「皆、評定は終わりじゃ。」
半刻後
氏康は自身の居室で駿府城に連れて行く者達
を選別していると、どこからか足音が聞こえて
きた。
...はぁー、あやつか...
「父上、氏政めにございます。」
「入れ。」
(襖を開ける音)
「父上、今川から使者が参られたそうですな。」
「ああ、来た。対武田のための会談をしたい
そうだ。」
そう聞くと、氏政は顔を綻ばせていた。
「どうした?そなたも行きたいのか?」
「父上、この際駿府城を獲るべきです!会談
ともなれば今川も油断しておりましょう。
この機会に駿河を我等が支配下におきましょう!」
「ふざけたことを申すな!今川が何故、我等を
駿府城に招くのか、わからぬのか!」
「わかりませぬ。」
「本来、自身の領内に他家の兵を引き入れるなど
あってはならぬことだ。なぜなら、城を奪われる
恐れがあるからだ。それにもかかわらず氏真殿は
我等を自身の居城に招くのだぞ!今川は我等北条
を頼りにしておるのだ。以後そのようなことは申
すな!」
「しかし!」
「そなたのお叔父上はどのようにして小田原城
を手に入れたのだ?」
「あっ。」
「わかったか。わざわざ駿府城に招くのだ、十分
そのことにも警戒しておろう。馬鹿な真似はするな。」
「くっ。」
(氏政が退出する)
...あれが儂の後を継ぐのか...
...氏政は政治に関しては優れておるのだが...
...謀略に関してはどこか稚拙なものを感じさせる...
...北条はあやつの代で滅びるのかもしれぬな...
氏康は氏政の後ろ姿を見つめながら嘆息したの
だった。
氏真は自身の居室に向かって歩いてくる足音を
聞いて目を覚ました。
「殿、岡部正綱様がお目通りを願っておりまする
が、いかがいたしましょう?」
「一人か?」
「いえ、筋骨たくましい若者を一人連れており
まするが...」
「今すぐ、ここに連れて参れ!」
「はっ。」
(近習が歩いていく音)
「殿、正綱にございます。 」
「入れ。」
(正綱と若者が入ってくる音)
「おお!そなたが昨日私を狙った刺客を矢で
仕留めた武芸者か?」
「はい、左様です。」
「名をなんと言う?」
「小笠原貞慶と申します。」
「小笠原というと京の...」
「いえ、それがしは府中小笠原氏の出で...」
「何、府中だと!確か府中小笠原氏は武田に
滅ぼされたと聞いたが...」
「いえ、本拠地である林城を失った後、それがし
らは、同族である京都小笠原氏を頼って上洛し、
今は三好の援助を受け、上方で過ごしておりまする。」
「そうか...。どうであろう、この際今川家に仕え
てくれぬか?無論、そなたの一族は今川がしっかり
と面倒を見よう。」
氏真の思いがけない申し出に貞慶は一瞬考える
素ぶりを見せたが、他に頼る相手がいないので
あろう。
「かしこまりました。この貞慶、今川家に忠誠
を誓いまする。」
この後、貞慶は鍾馗を率いて弓鬼と恐れられる
ようになるのだが、それはまだ先の話である。
◇◇◇◇甲斐国 躑躅ヶ崎館
「御前試合はどうであった、信豊?」
「はい、叔父上の言う通り、今川は御前試合に
参加していた武芸者達を召抱えておりました。」
「そうか。駿河はどうであった?」
「氏真の元固く結束しておりましたし、何しろ
人がおりまする。今川が本気を出して我等と戦
をするとなれば、おそらく集められる兵は三万
を超えるかと...。」
「三万か...。飯尾には会えたか?」
「はい、どちらにつくか迷っていたようですが、
遠江一国を約束すると、伝えたところ二つ返事
で内応を申し込んで参りました。」
「そうか。飯尾に伝えておけ。」
「何と伝えておけばよろしいでしょうか?」
「氏真の一挙一動を全て報告せよとな。」
「はっ、かしこまりました。」
◇◇◇◇相模国 小田原城 大広間
「今川治部大輔氏真様が家臣、庵原忠縁に
ございます。」
「北条相模守氏康である。して、庵原殿
用件とは?」
「我が主、氏真様は北条相摸守氏康様を自らの
居城駿府城にお招きし、駿府城にて対武田の会談
を行いたいとのお考えにございます。」
「ほぅ。駿府城か...」
「はい。連れてくる兵も其方にお任せする
とのことでございます。」
...今川氏真、公家の真似事にうつつを抜かして
おった軟弱者と思っておったが、父義元殿が
桶狭間で討ち死にをしてからは遠江、駿河を
よく治めておる...
...あちらに早川が嫁ぐ際に、一緒についていった
家臣達の手紙には、氏真が鍾馗の面をつけた兵達
を指揮して、徳川家との決戦に勝利したと書かれて
おったな...
...それに駿府館を改築して新しく建てられた駿府城
は東海一の巨城と噂されておる...
...今一度、今川氏真なる男見定め必要があるな...
「庵原殿、氏真殿に了承したとお伝えくだされ。」
「かしこまりました。」
(庵原忠縁が退出する。)
「皆、評定は終わりじゃ。」
半刻後
氏康は自身の居室で駿府城に連れて行く者達
を選別していると、どこからか足音が聞こえて
きた。
...はぁー、あやつか...
「父上、氏政めにございます。」
「入れ。」
(襖を開ける音)
「父上、今川から使者が参られたそうですな。」
「ああ、来た。対武田のための会談をしたい
そうだ。」
そう聞くと、氏政は顔を綻ばせていた。
「どうした?そなたも行きたいのか?」
「父上、この際駿府城を獲るべきです!会談
ともなれば今川も油断しておりましょう。
この機会に駿河を我等が支配下におきましょう!」
「ふざけたことを申すな!今川が何故、我等を
駿府城に招くのか、わからぬのか!」
「わかりませぬ。」
「本来、自身の領内に他家の兵を引き入れるなど
あってはならぬことだ。なぜなら、城を奪われる
恐れがあるからだ。それにもかかわらず氏真殿は
我等を自身の居城に招くのだぞ!今川は我等北条
を頼りにしておるのだ。以後そのようなことは申
すな!」
「しかし!」
「そなたのお叔父上はどのようにして小田原城
を手に入れたのだ?」
「あっ。」
「わかったか。わざわざ駿府城に招くのだ、十分
そのことにも警戒しておろう。馬鹿な真似はするな。」
「くっ。」
(氏政が退出する)
...あれが儂の後を継ぐのか...
...氏政は政治に関しては優れておるのだが...
...謀略に関してはどこか稚拙なものを感じさせる...
...北条はあやつの代で滅びるのかもしれぬな...
氏康は氏政の後ろ姿を見つめながら嘆息したの
だった。
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