聖域で狩られた教師 和彦の場合

文字の大きさ
65 / 74

リライト 要望書1〜寮夫の依頼

しおりを挟む
「先生、ちょっといいですかな」

土曜日の午後。

午前の勤務を終えて寮に帰ってきた和彦に、初老の寮夫が目を伏せ声を掛けてきた。

「申し訳ないんだが、、、先生のお風呂の時間、変えてもらえんだろか」

この全寮制男子校では、教師の入浴は原則として十八時から十九時。

泊まり込みの教師が早めに入浴したら、その後は三年生から生徒が入って良いことになっている。

いわゆる一番風呂は教師のものだ。

入浴は、体育の授業、そして、放課後の激しい部活動を終え、汗に塗れ、疲れた身体の垢を落とすリラックスタイムでもある。

特に、精神的に追い込まれている和彦にとって、狭い部屋を離れ、広い浴場でゆっくりとできる貴重な時間でもある。

以前は、誰でも来て良いぞという和彦の言葉に、生徒達が一緒に入りに来ていたが、出来事の後、訪れる生徒は居ない。

それが、寂しくもあったが、手足を伸ばし、一人でゆっくりと湯船に浸かる時間は、和彦の擦り切れた心を癒してくれた。

「いいですよ。何時になるんですか?」

和彦は、日焼けした少年の面影を残す凛々しい顔に、爽やかな笑みを浮かべて応じた。

首筋を伝う一筋の汗が、ワイシャツの襟元に吸い込まれていく。

「これからは、、、最後、、、、生徒達の入浴が終わった後、十時半からにしてほしいんじゃが。先生を最後に入らせるのは、申し訳ないんだが、生徒たちの強い頼みでな」

和彦の顔が強張る。

何らかの作業のために、今日だけ時間を変えるという意味と取っていたが、“これから”ということは、、、

そして、それは、生徒達の要望?

思わず口をついて出る。

「生徒たちの、強い、、頼み?」

和彦の眉がわずかに動く。

嫌な予感が、鍛え上げられた背筋を冷たく撫でた。

「なんでも、先生の入った後は汗臭くて、お湯に脂が浮いて汚いと言うんですわ。体育の先生だから、そりゃあ汗をかいて当たり前だと私も言ったんだが、、、一人、二人じゃなく、何人もが直接言ってくるもんでな。私としても、風呂が不衛生なのは、困る、、、すまんな、、、あと、これからはご飯も部屋に運ばせてもらいますわ、、、先生の体臭で食欲が落ちるらしいんですわ、、、」

初老の寮夫は、人が良いのが取り得だが、配慮に欠ける。

告げなくて良いことまでを告げる。

脂が浮いて汚い、、、

体臭で食欲が落ちる、、、

その言葉が、鋭い刃物となって和彦の心を切り刻む。

彼が日々、過酷なトレーニングで磨き上げ、誇りとしてきた大腿四頭筋や、はち切れんばかりの大胸筋、それらの筋肉が、生徒たちにとっては、ただただ不潔で臭い汚物のようなものだというのか、、、

和彦は、目眩を感じ、体の力が抜けていくのを覚えた。

「わ、わかりました」

和彦は、それだけを絞り出すのが精一杯だった。

自室に帰ると、すぐに寮夫が昼食ですとトレイを運んできた。

「これからは、食事をしたくなったら内線で電話をください。持ってきます」

ガチャン、という無機質な扉の閉まる音。

寮の狭い部屋に一人。

まるで、牢獄で過ごす囚人のよう、、、

テーブルに置かれた食事は、冷めた揚げ物、、、

さっき言われた“脂が浮いている”という言葉が脳裏をよぎり、和彦は激しい吐き気に襲われた。

こ、これじゃあ、まるで、イジメじゃないか、、、

和彦の中に、暗いやるせ無さが充満していく。

教師である大の男が、生徒である十代の少年たちに怯え始めている。

立場が逆転した状態。

同僚に相談しても、気にし過ぎですよ、あなたの指導力の問題でしょうと一笑に伏されるだけだろう。

学園長に泣きつく? 

「生徒たちが僕をイジメています」と、、、?

その時、学園長は、そして、男として、教師としてそんなみっともない発言をする俺はどんな顔をしているのだろう、、、

「くくくっ……」

和彦は膝を抱え、自嘲的な笑い声を漏らし始める。

精神が追い詰められ始めている証拠だ。

照明をつけず、カーテンも閉めっぱなしの暗い部屋の中、ふと一人の教え子の姿が浮かぶ。

藤崎竜之介、、、

彼は、和彦に懐いている。

プールサイドで和彦を見上げ、クシャッとした人懐っこい笑顔を見せた。

あいつなら、俺を汚いなんて言わずに受け止めてくれるだろう、、、

同時に、ボイコットされた授業での二人きりのプールの光景が鮮烈に蘇る。

水の中から勢いよく飛び出した藤崎が、片手を上げた瞬間。

濡れて透けた肌。

そこから露わになった、まだ幼さの残る柔らかそうな腋毛の黒い縮れ。

そして、若鮎のようしなやかに、素早く水に潜る若々しい身体、、、

それが水滴を弾いて、痛いほど眩しく見えた。

「な、何を考えているんだ、、、俺は、、、」

和彦は自分の逞しい掌で顔を覆った。

彼は生徒だ。

大事に守り、教え導くべき対象だ。

それなのに、あんな、子供と男の境界線にいるような未熟な肉体に、一瞬でも救いを求めてしまった自分に嫌悪が走る。

扉の向こうからは、寮に戻ってきた生徒たちの騒がしい足音が聞こえ始めた。

「うわっ、筋肉臭ぇっ」

「気分が悪くなるから、こっちから行こうっ!」

「遠回りだけど仕方ないっ!」

「あいつ、いつまで当直するんだろ、、、暴力教師の癖に、、、」

和彦の肉体が、硬直する。

監獄のようなこの部屋に居るのが、もう耐えられない。

生徒の気配が消えるのを待ち、和彦はそっと扉を開け、無人を確認する。

そして、逃げるように寮を飛び出し、校舎へと向かった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

今度こそ、どんな診療が俺を 待っているのか

相馬昴
BL
強靭な肉体を持つ男・相馬昴は、診療台の上で運命に翻弄されていく。 相手は、年下の執着攻め——そして、彼一人では終わらない。 ガチムチ受け×年下×複数攻めという禁断の関係が、徐々に相馬の本能を暴いていく。 雄の香りと快楽に塗れながら、男たちの欲望の的となる彼の身体。 その結末は、甘美な支配か、それとも—— 背徳的な医師×患者、欲と心理が交錯する濃密BL長編! https://ci-en.dlsite.com/creator/30033/article/1422322

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

水泳部合宿

RIKUTO
BL
とある田舎の高校にかよう目立たない男子高校生は、快活な水泳部員に半ば強引に合宿に参加する。

処理中です...