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Welcome to BABYLON

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夕方、二人の男が地下の部屋を訪ねてきた。

一人は赤い服、一人は黒い服。

二人とも良い男だ。

体格もしっかりしている。

赤服は直人を呼び、黒服は武臣を呼ぶ。

もう武臣と黒服は面識があるようで、露骨に武臣は黒服を睨み付け、黒服も受けてたっている。

ビリビリとした空気に直人は軽く怯える。

「田口くんは細かい説明は聞いていないんだったね。君にやってもらうのはお客様への食事のサーブの手伝いと飲み物のお酌だ。お客様が気に入れば話をしてもらうこともある」

「ホストみたいなものでしょうか?」

直人は、おずおずと聞く。

「お客様に楽しんでいただくという点では、おもてなしをするということなのでホストとなるね。ただし、シャンパンコールや一気飲みで酒代を稼ぐようなことはしない。お客様に楽しんでいただくことが第一だ」

そして、不破の方も見る。

「不破さんも昨日来たばかりだから、説明しておくと、当店は5時から営業が始まる。まずは、食事を楽しんでいただき、その後、お酒を楽しんでいただく。基本、食事に2時間、お酒に2時間くらいだ」

赤服は二人の顔を交互に見て言う。

黒服は横で不破に睨みを聞かせている。

「予約客しか来ないので、身元はしっかりしている。いずれも高名な方々だ。粗相はあってはならない。まぁ、始めの内、お客さんが付くまでは先輩のヘルプに入ってもらうので、言われたことを守っていれば間違いはない」

直人は、じっと聞いている。

急に怖くなってきた。

「今日は、営業前にキングのミーティングがある。メンバーが勢揃いしているから君たちを紹介するよ。その後、ミーティングを聞いてもらえれば雰囲気は分かると思う。それでは行こうか」

赤服と黒服が、部屋の外へ出る。

直人はそれに続いて出た。

渋々した雰囲気の武臣が後に続く。

建物を出た四人は、噴水が中心にある裏庭を突っ切り、大きな洋館の裏口から入る。

右には大きな厨房があり、白い服の料理人達が仕込みを行っている。

左は様々な飲料のボトルが並び、高価そうなグラスが棚に並んでいる。

「ここは、バックヤードの厨房。見ての通り、お客様にお出しする料理や飲み物を用意する場所だ。君達は慣れるまではここの作業を手伝うことはない。ここに置かれているグラスにしろ、しボトルにしろ、壊したら君達の1ヶ月分の給料では到底払えないから気を付けて」

そして、細い通路を通り抜ける。

四人は広い玄関ホールに出る。

「お客様はこちらに到着する。担当の者が出迎えをするが、その際のコートや鞄をクロークに運ぶメンバーに君達も加わってもらう。お客様は皆が揃うまで待合室で食前酒をお楽しみになる。その後、ディナーだ。基本的にその後はヘルプとして補助する人の指示に従えばよい。お客様は優しい人たちばかりだ。安心して指示に従えばいい」

赤服が広間の階段の下に来る。

豪華な階段だ。

中央から踊り場にかけて広く赤と黒がマーブル模様を画く絨毯が一段ずつに敷かれている。

踊り場からは左右に2階への階段が設えられている。

右は深紅の絨毯、左は漆黒の絨毯だ。

「この階段は、お客様とエスコートをするホストのみが上れるんだが、今日は初日だから特別にここを上ろう」

赤服が階段を上り始めた。

直人は気圧されている。

普通の学生生活を送ってきた自分には縁のなかった世界に足を踏み入れている。

階段に敷かれた絨毯はふかふかしていて、明らかに高級なものだ。

それを土足で踏むこと自体が、直人には申し訳ない。

そして、明日からこの世界で働く、、、

実感がわかない。

不安が増す。

「では、田口くん、君はこちらに、、、」

踊り場で赤服が直人に声をかけ、右の深紅の階段を昇り出した。

黒服と武臣は左の漆黒の階段を上っていく。

上るとバロック調の装飾過剰な部屋が廊下に面している。

客が食前酒を楽しむ場所だろう。

装飾品に全く興味がない直人は、ビジュアル系バンドのMVにでも出てきそうな部屋だと思う。

廊下は静かだったが、微かに話し声が聞こえる。

「まだ、キングの話が続いているようだ」

「キング?」

「ああ、このクラブのトップ・オブ・トップ、キングだ。キングはle rouge、le noirを越えたトップ」

「るるーじゅ?るのわーる?」

「そう。フランス語でle rougeは赤、le noirは黒。キングは赤と黒を越えた存在。赤と黒を超えることが出来るのは四人まで。KING、QUEEN、JACK 、JOKER。今はKINGとJACK の二人だけ、QUEENとJOKERは欠番中だ」

直人は赤服の話をじっと聞いている。

「僕はle rougeのアルルカン、赤のアルルカンだ。いわば世話人。君は、le rougeに加わる」

そして、赤服、赤のアルルカンは手を広げ直人の両肩をポンポンと叩く。

直人は水球選手だけあって、肩幅が広い。

「聞いた通り、すごい肩幅だね。胸も厚い」

肩の後に直人の胸をポンポンと叩いて赤のアルルカンは言った。

「肉体派は、le noirに配属されることが多いんだけど、あのガッチリしたおっさんが加わったから、君はle rougeに回った。まぁ、甘いマスクだから、le rougeでも可愛がられるだろう。le rougeでラッキーだったよ」

赤のアルルカンが言う。

直人は話が飲み込めていない。

チリリーン

廊下に鈴の音がする。

「話が終わったようだ。行こう」

赤のアルルカンは赤い絨毯の上を進み始める。

反対側から黒服と武臣がやってくる。

大きな金の両開きのドアの前で合流する。

二人は左右の扉にそれぞれ付いたドアノッカーを鳴らす。

扉が開いた。

直人と武臣の目が見開かれる。

豪華な内装。

向かって右側が赤と金、左側が黒と金で華美な装飾がなされている。

中央の奥に向かい手前から幾層かに段ができ、高くなっていく。

一番奥には豪華な黄金の椅子が置かれ、純白の衣装に身を包んだ長身の男が座っている。

その前、一段下がったところには2脚の椅子が置かれ、右側の席に白の衣装の男が座っている。

そこから、両側、、、

直人は異様な光景に思わず唾を飲み込む。

三段目から左右で色が分かれる。

色、、、身に付けているものだ。

三段目はスーツ。

それぞれに異なる意匠のスーツを着た男達がソファに座る。

右は赤、左は黒。

四段目はカウボーイスタイル。

木の椅子に座っている。

段は下にいくに連れ広くなっていき、そこに並ぶ男達の人数も増える。

五段目は革のベストと革のスラックス。

直立している。

そして、直人が立っている一番下の段、部屋の半分ほどの広さの場所の両側にいる男達は跪いている。

革のベストに革のショートパンツ。

しかし、そこにも序列はあるようで奥にいる者の履くショートパンツは長めの丈、手前に来るに従いパンツの丈は短くなり、直人のすぐ横にいる者は、パツンパツンで競泳水着とほぼ変わらず、陰毛も隠しきれずモサッとはみ出させている男も居る。

直人と同じくらいの年齢の男から、武臣よりも年上と思える男まで、幅広い年齢だ。

だが、いずれもいい男と呼ばれるにふさわしい顔で、身体も鍛えられている。

直人は足がガクガクしてきた。

自分もこんな格好をしなければならないのか、、、、

「アルルカン、、、」

中央に座る純白の衣装の男が指で近づくよう合図する。

赤服と黒服は、直人と武臣の背を押し前に出るよう促す。

直人と武臣に両側の男達の視線が突き刺さる。

値踏みをする目、、、

ライバルを見る目、、、

様子をうかがう目、、、

直人は居心地が悪く、逃げたしたくなったが、それも叶わない。

「こちらがle rougeの新人、田口直人です」

赤のアルルカンが言う。

「こちらが、le noirの新人、不破武臣です」

黒のアルルカンも続く。

純白の男が立ち上がる。

美しい顔だ。

ウェーブのかかった栗色の長髪。

長身で肩幅もある。

「君は、若武者のように凛々しい顔立ちだね、、、」

直人を見て言う。

「君は、、、怖い顔で睨み付けないでくれよ、、、君は相当に使いこなすのが難しそうだ、、、まるで、暴れ馬だ、、、」

今度は、武臣を見て言う。

フワッと歌うような声だ。

「これから、よろしく頼むよ。今日は君達のお披露目だから大事なお客様達がをお招きしておいた」

そして、広間に居並ぶ男達に言う。

「いいね、この大事な新しい新人くん達のお披露目だから、粗相のないように。2人とも魅力がある。君達、うかうかしていられないよ」

赤と黒のアルルカンが白の紙袋をそれぞれに持ち、恭しくキングに向かい差し出す。

「君達の戦闘服ともいえる制服だ」

キングが袋を受けとり、直人、武臣に渡す。

制服というには小さな袋だ。

「出しなさい」

赤のアルルカンが直人に言う。

直人の手が震えている。

袋を開けて中を見る。

「なんじゃこりゃ、バカにしてるのかっ」

頭がクラクラしてきて、隣の武臣の怒鳴り声が遠くに感じる。

中のものを取り出す。

真っ赤なエナメルのウサ耳が付いたカチューシャ。

そして、ペロンとした三角形のエナメルの革に縁取られたメッシュの赤い布、それに三本のエナメルの革紐。

自体を把握するまでに、時間がかかる。

「アルルカン、謁見の間には気の早いお客様がもう到着し始めているそうだ。2人に用意をさせてくれ」

キングはアルルカンに命じ、そして、直人と武臣に向かい芝居がかった口調で言った。

「Welcome to BABYLON、若武者っ!暴れ馬っ!」








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