世界は変わる。どこまでも。

まっしろ。

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「こいつですよ。おい、またドラゴンの話でも読んでるのか?」


緑の茂る木の上で休んでいると誰に聞かなくてもどこぞの貴族のバカ息子だろうと分かる出立ちの小太りの子供が木陰で本を読む一人の少女に話しかけているのが見えた。


-あぁ、夢か。


その光景を見てリードヒルは自分が夢を見てることに気付いた。
夢といっても数年前に見た実際の出来事。


「こいつ、ドラゴンが元は人間だったなんて話を本当に信じてるんですよ」


小太りの子供が鼻で笑うようにすぐ後ろに立つ少年に声をかけた。
身につける装飾品は小太りの子供よりは大人しいものの、気品さは小太りの子供とは比べ物にならないものがある。
実際小太りの子供が敬語で話してるということは小太りの子供よりは身分が上だということだろう。


「あぁ…憎しみに染まった人間はドラゴンへと姿を変え永久の時を生かされるって話?」

「そうですそうです。あんなの子供向けに作られた物語だってのに。いつかドラゴンに会うのが夢だとか言うんですよ?頭おかしいでしょう?」


小太りの子供が少女をけなすのはただ少女の気を引きたいが為。
少女はそれを知ってか知らずか、ゲラゲラと小太りの子供がいくら少女を嘲笑しても気に留める様子はない。
小太りの子供の声を耳に入れながら、目に入れることなく、答えることもなく、本を読み続けている。


「ドラゴンがいたのなんて大昔の話で今の時代にはいないって何度教えてやっても聞かないんですよ。本当にバカな女でしょう?」


小太りの子供がまた後ろを振り返って少年に言うと、さすがに癪に障ったのか少女は本を閉じて立ち上がり小太りの子供と向き合った。


「ドラゴンの存在は認めてるんですよね?」


まっすぐな声。

へぇ、いい加減泣き出すんだろうと思ったのに泣かないのか。女のくせに案外強いな。
リードヒルはそう思ったのを覚えている。

小太りの子供はやっと反応してくれたことが嬉しいのか、ふんっと自慢げに背筋を正して今まで以上に偉そうに言う。


「当たり前だろ?ドラゴンの存在自体は歴史書にしっかり書いてあるんだからそりゃあ信じるさ。でもそれは昔の話だ!今はいない!」

「どうして今はいないと分かるんですか?」

「そんなのもう何百年と見た奴がいないからに決まってるだろう?」

「この世界の住人全員に確認されたんですか?あなた自身の目でこの世界を隅々探されたんですか?」

「…はぁっ?!」

「この国に話が流れてきていないだけで、ドラゴンは遠い遠い国に今もいるかもしれないじゃないですか。もしかしたら誰にも気付かれてないだけでこの国にだっているかもしれないじゃないですか。情報がないからいないなんて結論付けるのはおかしいと思います」


うぐ…っと小太りの子供が黙ると後ろにいた少年は小太りの子供を助ける素振りもなく、くっくっくと笑っている。


「大体、歴史書に書いてあるから信じるなんていうのもおかしな話です。歴史書はもしかしたら元は誰かが書いたただの物語かもしれないじゃないですか。何かの手違いで歴史書という扱いになったのかもしれないじゃないですか。だとするとその目で見たこともないドラゴンの存在を認めている時点であなたも私と同じ頭のおかしい人、ですよ?」

「れ、歴史書に手違いなんて…そんなバカなこと…あるわけがない!」

「何百年前の歴史書を書いた人はもうとっくに亡くなってるんですよ?私たちに史実の正確さを確かめる術はないではありませんか。いない、あるわけがない、どうしてあなたが決められるんですか?」


小太りの子供はまたうぐっと黙り、自然と足が一歩下がったところで後ろに少年がいた事を思い出してギリギリ足を踏ん張る。


「ま、万が一この時代にもドラゴンがいたとして…いたとしたってお前なんか遭遇したところで一息で殺されるに決まってる!!」

「ドラゴンと遭遇すると一息で殺される…ですか」


少女は少し呆れたように言った。
文字通り高みの見物をしていたリードヒルもその呆れには同意だった。
女に言いくるめられた男だと思われたくないがために必死で出した言葉がそれなんだからバカバカしい。


「あなたの信じる歴史書にそんな記述はなかったと思いますけど?それこそ子供向けに作られた物語の話ではありませんか?」


三度目の小太りの子供の「うぐっ…」を聞いたところで小太りの子供の後ろに立っていた少年が「ハハハ」と声を上げて笑い出した。


「お前の負けだ」

「なっ…!おう」

「しっ」


小太りの子供が何か言おうとしたところを、少年はそれ以上何も言うな、という素振りで止めた。


「ねぇ、ドラゴンと会うのが夢だって言ってたけど、会ってどうするの?」


少年は小太りの子供の前まで歩いて行き少女に聞く。

そんなことを聞かれたのは初めてらしい少女は少し考えながら「とりあえず…こんにちは、って言います…かね?」と言った。

ぶはっと少年がとリードヒルと同じように吹き出して笑ってくれたおかげでリードヒルの笑いは下の三人には聞こえていない。


「ハハ、うん、そうだね。挨拶は大事だもんね?で、その後は?」

「その後は……」


-あ…

リードヒルは夢が終わる予感がした。
現実と夢の境目に自分が移動したことを感じた。

懐かしい昔話もここまでか…と思うけれど、続きを見なくても彼はこの後のことをよく覚えている。
少女がどれ程天真爛漫な笑顔で、どんなにアホらしいことを言ったかを。

-夢を見たのは久しぶりだな。一切脚色されていない過去を見たのは初めてか?

夢から完璧に目覚めゆっくり目を開けると目の前には夢に出てきた少女が今まさに自分のベッドに潜り込もうとしている所だった。


「………相変わらず朝が早えーな…」

「あ、ごめん、起こしちゃった?」


少し申し訳なさそうに言う少女。
リードヒルはその子を見てもう少女じゃねぇな、と思う。

-夢とはもう全然違う。随分と大きくなった。 ……胸とか特にな…

少しの苛立ちを感じながらリードヒルは体を起こした。


「寝ないの?」

「起きた。今日は元々早起きする予定だったし」


リードヒルがベッドから出ても、あの時の少女、ティナベルはまだベッドの上。
本当に申し訳なさそうな顔をリードヒルに向けている。


「なんつー顔してんだよ」

「起こすつもりなかったんだよ?」

「知ってるよ」


ポンポンとリードヒルはティナベルの頭を撫でた。

ティナベルが朝早く起き過ぎた時、リードヒルの部屋で二度寝をするのはいつものこと。
侍女の中にはティナベルの部屋に行くより先にリードヒルの部屋に確認に来る者もいる。


「どんな夢見てたの?」

「なんで夢見てたこと知ってんだよ」


ティナベルの言葉にまさか寝言でも言ってたのか…?との考えが過ったけれど、寝言を言うような夢ではなかったし実際寝言は言っていなかった。


「幸せそうな顔して寝てた」


そう言われてリードヒルが一瞬驚いたのは自分が幸せそうな顔をしてたと言われたこともあるけれど、一番は慈愛に満ちるかのような笑顔を向けられたから。

-本当に……

リードヒルは溜息を吐きたくなった。
ティナベルは夢の時の様な無邪気な笑顔をすることは随分減って代わりに今の様な少し色気を含んだ微笑みをするようになった。
どんな名女優だろうと真似することは出来ないだろう、誰もを引き付ける笑顔。


「ねぇ、どんな夢見てたの?」

「…内緒」


悪戯気にふっと笑って言うとティナベルは「えー」と拗ねた顔をする。

-ずっとこういう顔をしてればまだまだ”少女”で通るのにな。ずっと少女でいてくれれば心配事も減るのにな。

そんな事をいくら思っても成長が止まることはないんだから仕方がない。
諦めながらリードヒルはまたポンポンとティナベルの頭を撫でた。


「リードヒル、起きてる?開けるわよ?」


あぁ、と返事をする前に開けられたドアの向こうにはティナベルの侍女。
「お嬢様!」と文句ありげな顔で入ってきた。


「今日こそは私がお嬢様を起こしに行こうと思ってたのに…っ!」

「何度も言うけれど、別に私の起きる時間に合わせる必要ないのよ?あなたはあなたの時間に起きてくれれば」

「何度も言いますが、お嬢様の時間に合わせて動くのが侍女の役目なんです!」

「ふふ、じゃあ明日からはもう少しゆっくり起きるよう頑張ってみるわね」


何度聞いたか分からない爽やかなやり取り。

最初の何度かは女性が男の部屋に入るなんてダメですよ!と何人もの使用人から注意を受けていたティナベルだったけれど今はそれを注意をする人は誰もいない。
あまり睡眠をとらないお嬢様がリードヒルと二度寝をすることで眠れるのならそれでよし、と本当にそれでいいのか?とリードヒルも疑いたくなるような結論になっている。


「ほら。俺はもう起きたし、侍女も来たことだし部屋戻って身支度しろ。今日は俺もお前も忙しいんだから」

「うん…そうだね……ねぇ、夜は時間空いたりしないの?」

「夜がメインの用事なんだよ」

「そっか…どんな用事か分からないけれど気をつけてね?」

「……お前もな」


リードヒルとティナベルが別行動をとる事は滅多にない。というか、今までゼロ。
ティナベルは少し寂しそうな顔をしてベッドから降りると侍女と共に部屋を出て行った。
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