4 / 55
4.コボルト討伐依頼
しおりを挟む
翌朝。
憲兵隊の宿舎に招かれたヴィーノと(彼以外には見えない)トレセルは、上官の部屋に通された。
上官は、部屋の中央で少年を待っていた。少年が入ってくると、近づいてその手を取り、微笑んだ。
「ヴィーノくん。改めて礼を言う。君が捕まえてくれたゲヌーバ一味には、懸賞金がかけられていた。……六十万クロンだ」
「ろ、六十万……!?」
ヴィーノが目を丸くする。
トレセルは毛玉の姿のまま、袋に詰まった金貨の山を見て、ため息をついた。
「俺が生きてた頃の小国の財政レベルだな……」
上官は少し声を潜めた。
「それで、もしよければだが、もう一つ頼みがあるのだ」
「頼み、ですか?」
「報酬も用意する。……近くの谷に架かる橋の近くで、旅人が次々に襲われていてね。どうやら『コボルト』という犬面の魔物の仕業らしい。憲兵隊がやるべきなのだが、どうにも手が回らなくてね。君に討伐を頼みたいのだが、できるだろうか?」
ヴィーノはトレセルを見る。
毛玉はわずかに肩(?)をすくめた。
二人はヒソヒソと話し合う。
「どうする?路銀稼ぎには悪くない話だぞ」
「……助けられる人がいるなら、やってみたい」
「決まりだな」
話はまとまり、庁舎を後にした二人は武器屋に赴き、報酬の一部で装備を整えた。
ヴィーノの小柄な体に合う軽鎧、腰には短剣。
店主が「子どもにはもったいない」と呟くほどの上等な剣を、彼は恐る恐る手に取った。
「なあヴィーノ」
「なに?」
「剣を握るときゃ、ためらうな。ためらいが命取りになる」
「……うん」
昼下がり、街道を抜けて谷へと向かう。
橋は灰色の岩の上に架かり、下には急流が轟いている。
そのそばで、背丈ほどの影が数匹、うろうろと動いていた。
「……あれが、コボルト?」
二足歩行。犬のような顔、つぶらな目、短い尻尾。
その姿は、魔物というよりも、どこか子犬の群れのように見えた。
「なんだか……かわいいね」
「気をつけろ」
トレセルが警告する。
「奴らは人間の弱点を知ってる。『可愛いものを攻撃できない』っていう、ヒトの本能のスキを突いてくるんだ」
「う……」
「お前には特にありそうだな、その本能」
「か、からかわないでよ」
ヴィーノは腕輪を外した。
トレセルがふわりと飛び込み、光が弾ける。
次の瞬間、紅い眼をした白髪の少年が立っていた。
「行くぞ」
小柄な体が駆け、鋭い剣閃が走る。
可愛らしい顔をした亜人たちが、キューンと哀れっぽい声を上げて次々と地面に崩れ落ちる。
血の匂いが風に乗り、谷を渡っていった。
(……ヴィーノ、すまねぇな)
トレセルはわかっていた。
少年の心が痛んでいることを。
それでも、止まることはできなかった。
最後の一匹が残った。
そのコボルトは腰を抜かし、尻餅をついたまま、手を震わせて「やめて」と訴えるように片手を上げた。
小さな爪が夕日に光った。
(トレセル、もういい。あの子、一人じゃ何もできないよ)
(何を言ってる、ヴィーノ。一匹でも逃がせば厄介だ。すぐまた群れる)
(でも、もう戦う気なんてないじゃないか)
(演技だ。油断させて、噛みつくのが奴らの常套手段だ)
(敵意のない相手を攻撃するなんて、僕の身体じゃ、できない……)
次の瞬間。
動けぬはずのコボルトが牙をむき、飛びかかった。
刃のような牙が少年の喉元を狙う。
「うわっ!」
「バカ野郎!」
トレセルは反射的にヴィーノの身体から飛び出し、その牙をまともに受けた。
「ぐわぁっ!」
「トレセル!!」
「ヴィーノ、剣を……取れ!」
「えっ、でも!」
「今のコボルトなら……お前の一撃でも……仕留められるっ!」
ヴィーノの手が震える。
握る剣の柄が、汗で滑った。
それでも、トレセルの悲鳴が背を押す。
「う、うわああっ!」
ヴィーノが剣を振り下ろす。
鋭い音が響いた。
剣が、コボルトの頭を割った。
短い呻き声。動かなくなった身体。
ヴィーノの頬に、温かい血がかかる。
呼吸が荒く、視界が滲む。
「た、助かったぜ……ヴィーノ」
「……僕が……僕が、殺したの?」
トレセルはふう、と息をついた。
「ヴィーノ。俺はお前の優しさ、嫌いじゃねぇ。でもな、それだけじゃ……やってけない時もあるんだ。今が、その時だった」
「わかってる……でも、心が痛いんだ」
「ヴィーノ……」
その瞬間、ぽつりと水滴が落ちた。
ひとつ、またひとつ。
いつの間にか、空が泣き始めていた。
雨は優しく、ヴィーノの頬を濡らし、返り血を洗い流していく。
冷たいはずの雨が、なぜか少し温かく感じられた。
「……帰ろう、トレセル」
「ああ。あったかいもんでも食おうぜ」
「……うん」
二人は踵を返し、静かに街へと戻っていった。
雨音だけが、谷間に長く残っていた。
憲兵隊の宿舎に招かれたヴィーノと(彼以外には見えない)トレセルは、上官の部屋に通された。
上官は、部屋の中央で少年を待っていた。少年が入ってくると、近づいてその手を取り、微笑んだ。
「ヴィーノくん。改めて礼を言う。君が捕まえてくれたゲヌーバ一味には、懸賞金がかけられていた。……六十万クロンだ」
「ろ、六十万……!?」
ヴィーノが目を丸くする。
トレセルは毛玉の姿のまま、袋に詰まった金貨の山を見て、ため息をついた。
「俺が生きてた頃の小国の財政レベルだな……」
上官は少し声を潜めた。
「それで、もしよければだが、もう一つ頼みがあるのだ」
「頼み、ですか?」
「報酬も用意する。……近くの谷に架かる橋の近くで、旅人が次々に襲われていてね。どうやら『コボルト』という犬面の魔物の仕業らしい。憲兵隊がやるべきなのだが、どうにも手が回らなくてね。君に討伐を頼みたいのだが、できるだろうか?」
ヴィーノはトレセルを見る。
毛玉はわずかに肩(?)をすくめた。
二人はヒソヒソと話し合う。
「どうする?路銀稼ぎには悪くない話だぞ」
「……助けられる人がいるなら、やってみたい」
「決まりだな」
話はまとまり、庁舎を後にした二人は武器屋に赴き、報酬の一部で装備を整えた。
ヴィーノの小柄な体に合う軽鎧、腰には短剣。
店主が「子どもにはもったいない」と呟くほどの上等な剣を、彼は恐る恐る手に取った。
「なあヴィーノ」
「なに?」
「剣を握るときゃ、ためらうな。ためらいが命取りになる」
「……うん」
昼下がり、街道を抜けて谷へと向かう。
橋は灰色の岩の上に架かり、下には急流が轟いている。
そのそばで、背丈ほどの影が数匹、うろうろと動いていた。
「……あれが、コボルト?」
二足歩行。犬のような顔、つぶらな目、短い尻尾。
その姿は、魔物というよりも、どこか子犬の群れのように見えた。
「なんだか……かわいいね」
「気をつけろ」
トレセルが警告する。
「奴らは人間の弱点を知ってる。『可愛いものを攻撃できない』っていう、ヒトの本能のスキを突いてくるんだ」
「う……」
「お前には特にありそうだな、その本能」
「か、からかわないでよ」
ヴィーノは腕輪を外した。
トレセルがふわりと飛び込み、光が弾ける。
次の瞬間、紅い眼をした白髪の少年が立っていた。
「行くぞ」
小柄な体が駆け、鋭い剣閃が走る。
可愛らしい顔をした亜人たちが、キューンと哀れっぽい声を上げて次々と地面に崩れ落ちる。
血の匂いが風に乗り、谷を渡っていった。
(……ヴィーノ、すまねぇな)
トレセルはわかっていた。
少年の心が痛んでいることを。
それでも、止まることはできなかった。
最後の一匹が残った。
そのコボルトは腰を抜かし、尻餅をついたまま、手を震わせて「やめて」と訴えるように片手を上げた。
小さな爪が夕日に光った。
(トレセル、もういい。あの子、一人じゃ何もできないよ)
(何を言ってる、ヴィーノ。一匹でも逃がせば厄介だ。すぐまた群れる)
(でも、もう戦う気なんてないじゃないか)
(演技だ。油断させて、噛みつくのが奴らの常套手段だ)
(敵意のない相手を攻撃するなんて、僕の身体じゃ、できない……)
次の瞬間。
動けぬはずのコボルトが牙をむき、飛びかかった。
刃のような牙が少年の喉元を狙う。
「うわっ!」
「バカ野郎!」
トレセルは反射的にヴィーノの身体から飛び出し、その牙をまともに受けた。
「ぐわぁっ!」
「トレセル!!」
「ヴィーノ、剣を……取れ!」
「えっ、でも!」
「今のコボルトなら……お前の一撃でも……仕留められるっ!」
ヴィーノの手が震える。
握る剣の柄が、汗で滑った。
それでも、トレセルの悲鳴が背を押す。
「う、うわああっ!」
ヴィーノが剣を振り下ろす。
鋭い音が響いた。
剣が、コボルトの頭を割った。
短い呻き声。動かなくなった身体。
ヴィーノの頬に、温かい血がかかる。
呼吸が荒く、視界が滲む。
「た、助かったぜ……ヴィーノ」
「……僕が……僕が、殺したの?」
トレセルはふう、と息をついた。
「ヴィーノ。俺はお前の優しさ、嫌いじゃねぇ。でもな、それだけじゃ……やってけない時もあるんだ。今が、その時だった」
「わかってる……でも、心が痛いんだ」
「ヴィーノ……」
その瞬間、ぽつりと水滴が落ちた。
ひとつ、またひとつ。
いつの間にか、空が泣き始めていた。
雨は優しく、ヴィーノの頬を濡らし、返り血を洗い流していく。
冷たいはずの雨が、なぜか少し温かく感じられた。
「……帰ろう、トレセル」
「ああ。あったかいもんでも食おうぜ」
「……うん」
二人は踵を返し、静かに街へと戻っていった。
雨音だけが、谷間に長く残っていた。
10
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます
竹桜
ファンタジー
ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。
そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。
そして、ヒロインは4人いる。
ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。
エンドのルートしては六種類ある。
バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。
残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。
大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。
そして、主人公は不幸にも死んでしまった。
次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。
だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。
主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。
そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
追放された万能聖魔導師、辺境で無自覚に神を超える ~俺を無能と言った奴ら、まだ息してる?~
たまごころ
ファンタジー
王国一の聖魔導師アレンは、嫉妬した王子の策略で「無能」と断じられ、国を追放された。
辿り着いた辺境の村で、アレンは「ただの治癒師」として静かに暮らそうとするが――。
壊れた街を再生し、疫病を一晩で根絶し、魔王の眷属まで癒しながら、本人はただの村医者のつもり。
その結果、「あの無能が神を超えた」と噂が広がり、王と勇者は頭を抱えることに。
ざまぁとスカッとが止まらない、無自覚最強転生ファンタジー開幕!
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。
死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。
命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。
自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる