官能小説家であることは絶対に隠したい大学生――好きな子にだけは純文学作家として胸を張って見せたい僕の、胸キュンと秘密だらけの毎日

すくらった

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9. 彼らは設定を変えないから

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 私は、考察が好きだ。

 好き、という言葉は少し違うかもしれない。
 正確には、考察している時間がいちばん静かだから。

 図書館の閲覧席で、ノートを開く。
 白い紙と、インクの色。
 それだけが、今の私の世界。

 登場人物の言動。
 その裏にある感情。
 なぜそう言ったのか、なぜそう動いたのか。

 理由を探すのは、嫌いじゃない。

 人間は、理由があるときだけ、同じ顔をする。
 それを外すと、すぐに変わる。

 ……現実の人は、特に。


 子どもの頃から、そうだった。

 最初は、普通。
 名前を聞かれて、年齢を聞かれて、
 好きなものの話をして。

 それから、どこかで気づかれる。

 黒井、という名字。
 親の仕事。
 家の話。

 すると、少しずつ空気が変わる。

 距離を取る人。
 言葉を選びすぎる人。
 あるいは、急に近づいてくる人。

 どれも、同じだ。

 私自身じゃなくて、
 「属性」を見ている。

 
 だから、創作と考察が好きになった。

 漫画でも、小説でも、
 そこに出てくるキャラクターたちは、
 私がどこの誰かなんて知らない。

 「私が」お金を持っているからといって、
 急に性格が変わることもない。

 作者が設定変更を決めない限り、
 彼らは、彼らのままだ。

 それが、嬉しかった。

 だから私は、読む。

 そして、考える。

 表に出ている言葉よりも、
 その裏にある構造を。

 なぜこの台詞なのか。
 なぜ、ここで触れないのか。
 なぜ、欲望をそのまま描かないのか。

 考えている間は、
 会長の娘じゃないし、
 特別な存在でもなくていい。

 ただの、読者でいられる。

 ……そう、思っていた。


 あの人に会うまでは。

 最初は、本の並びが少し変だっただけだ。
 睡眠薬。
 心理操作。
 話術。

 危ない人だと思っても、不思議じゃない。

 でも、話した。

 創作の話を。
 構造の話を。
 納得させる、という欲望の話を。

 あの人は、
 私のノートを見ても、
 一度も、値踏みする目をしなかった。

 賢いとか、すごいとか、
 そういう言葉も使わなかった。

 ただ、
 「分かる気がする」
 そう言った。

 それだけのことなのに。

 私は、少しだけ、
 怖くなった。

 現実の人間で、
 私のことを特別扱いしない人。

 対等に、創作の話ができる人。

 そんな人が、
 本当に存在していいのだろうか。
 夢みたいだと思った。
 
 もしかしたらそういう相手を求めるあまり
 自分が作り出した幻想なのではないかと思った。

 でも、もし、あの人が知ったら。

 私が、
 巨大企業ブラックウェルグループの会長の娘だと。

 周囲がそう呼ぶ、いわゆる「お嬢様」だと
 知っても。

 そのときも、
 同じ距離で、
 同じ温度で、
 同じように話してくれるのだろうか。

 分からない。

 だから、私は踏み込まない。

 近づかない。
 期待しない。

 設定が変わる瞬間を、
 もう見たくないから。

 ノートを閉じる。

 インクは乾いている。

 考察は、きれいにまとまっている。

 ……でも。


 私は、私自身のことだけは、
 まだ、うまく考察できていない。
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