病弱な幼馴染を溺愛する彼に、愛想が尽きました。

小野 まい

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第4話 十年の期限

「お嬢様。本日の晩餐会に供するワインは、ヴィンテージの『赤き獅子(ルージュ・リオン)』をご用意いたしました。よろしかったでしょうか」


公爵家本邸、エレオノーラの私室。

長年彼女に仕える初老の執事、セバスチャンが恭しく一礼して問いかけた。



「ええ、セバスチャン。それで構わないわ。……どうせ、抜栓することはないでしょうから」


窓辺の長椅子に腰掛け、手元の書類に目を通していたエレオノーラは、顔を上げずに淡々と答えた。

今日は、ユリウス王子と婚約を結んでから、ちょうど十年目の記念日。

王家との間で交わされた契約によれば本日、太陽が沈み切った後の晩餐にて、ユリウスは正式にエレオノーラとの結婚の宣誓を行わなければならない。それがだった。



「お嬢様……」

「心配しないで、セバスチャン。私はもう、微塵も悲しんでなどいないわ」


エレオノーラは書類から顔を上げ、執事に向かってふんわりと微笑んだ。

その書類の束は、この十年間、公爵家がユリウス王子個人、および彼の派閥を育成するために投じた【支援金・貸付金の明細】そして【王子がエレオノーラとの公式行事を直前でキャンセルした回数と理由のリスト】であった。



リストには、呆れるほど同じ名前が並んでいる。

『リリアーナ・ベルモンド男爵令嬢の看病のため』

『リリアーナ・ベルモンド男爵令嬢が不安を訴えられたため』

『リリアーナ・ベルモンド男爵令嬢の落し物を探すのに付き添われたため』――。



「公的な婚約者としての責務を、ただの一介の男爵令嬢の機嫌取りのために放棄し続けた証拠。これだけあれば、社交界はおろか、教会も王家の味方はしないわ」

「お父君である旦那様も、先ほど王宮への登城の準備を整えられました。いざという時は、すぐに動けるようにと」

「お父様にも苦労をかけたわね。でも、これでようやく、我が公爵家はあの泥舟から降りることができるわ」


エレオノーラの声には、冷たく澄み切った決意が込められていた。彼女の視線の先には、羊皮紙に記された厳重な契約書(原本)が置かれている。

そこには十年前の今日の日付と、公爵家当主のサイン、そして若き日のユリウスのどこか投げやりなサインが記されていた。



『第十三条:本契約締結より満十年を迎える日没までに、両名の間で正式な婚姻の儀、あるいはそれに準ずる宣誓が行われなかった場合、本婚約は白紙撤回されるものとする。その際、公爵家から投じられた一切の支援金は、遅延損害金を加算の上、王家が全額一括で返済する義務を負う』


(あの甘ったれで愚かな王子は、自分が何にサインしたのかすら、とうの昔に忘れているのでしょうね)


エレオノーラは、氷のように冷たい瞳で窓の外を眺めた。空は茜色に染まり、間もなく運命の太陽が沈もうとしていた。

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