病弱な幼馴染を溺愛する彼に、愛想が尽きました。

小野 まい

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第48話 想いゆえのすれ違い

(あ、ああ……どうして、そんなに愛らしい表情をなさるのですか……。私が、ただの護衛でしかないという現実が、今はひどく恨めしい……)


アーサーは、帽子を直した手をそのままエレオノーラの頬に添えたいという強烈な衝動を、奥歯を噛み締めて必死に抑え込んだ。


という関係から始まった二人の距離は、お互いの不器用な優しさと無自覚な行動によって確実に縮まっていた。

エレオノーラの氷漬けだった心はアーサーの熱によって溶かされ、十年間忘れていた人を愛するという甘く切ない感情ときめきを再び蘇らせる。



「アーサー」

「はい」

「もう少しだけ……こうして、わたくしの傍を歩いてくれるかしら」


エレオノーラは、自分の心に生まれた名状しがたい温かさを確かめるように、もう一度アーサーの腕にギュッと抱きついた。


「……御意のままに。私の命ある限り、あなたの傍に」


アーサーは震える声でそう応え、彼女の透き通った美しい手を自身の大きな手で包み込んだ。

夜の帳が下りたローゼンクロイツ公爵邸。静寂に包まれたガラス張りの大温室には、月明かりが銀色の糸のように降り注ぎ、咲き誇る夜会草や百合の甘い香りが満ちていた。

エレオノーラは、月光を浴びて青白く輝く花々を見つめながら、一つ深くため息をついた。



(……今日こそ、言わなければ)


彼女の胸の奥には、甘く切なく締め付けられるような痛みが巣食っている。

専属騎士で幼馴染であり、そして仮の恋人であるアーサー・ロードナイトへの隠しきれない恋心。

彼の大きな手、不器用だが誠実な言葉、そして自分に向向けられる熱を帯びた視線。それに触れるたび、十年間凍りついていた彼女の心は溶かされて満たされていった。

しかし、エレオノーラは生真面目すぎる公爵令嬢だ。自分が彼を愛してしまったからこそ、この偽装関係を終わらせなければならないと結論づけていた。


(アーサーは辺境伯家の長男。剣の腕も立ち、誠実で、あれほど見目麗しいのだから、引く手は数多あるはず。それなのに、わたくしの見合い避けという都合のいい任務のために、彼をいつまでも縛り付けておくなんて……あまりにも身勝手すぎるわ)


彼は忠誠心から、わたくしの命令に従ってくれているだけ。これ以上、彼の優しさに甘え、彼の未来を奪うことは許されない。彼はもっと自由に、彼自身が心から愛する女性と結ばれるべきなのだ。



「……お嬢様。夜風が冷えてまいりました。そろそろお部屋へお戻りになられた方が」


背後から、心にすっと染み入るような思いやりに満ちた声が告げられた。

振り返ると、漆黒の騎士服に身を包んだアーサーが薄手のショールを手に控えていた。彼はいつものように、彼女との間にを保って立っている。


「ありがとう、アーサー」


エレオノーラは彼からショールを受け取り肩に羽織った。そして、真っ直ぐに彼の紫水晶の瞳を見つめ返した。


「アーサー。貴方に、大事なお話があります」

「はっ。何なりと」

「……今まで、本当にありがとう。貴方には、わたくしの我儘に付き合わせて、随分と窮屈な思いをさせてしまったわね」


エレオノーラは、声が震えないように必死に腹に力を込めていた。



「ユリウス殿下の件も完全に片付きましたし、貴方のおかげで、うるさい縁談もあらかた断ることができました。……だから、もう十分よ」

「……お嬢様?」


アーサーの端正な眉が、わずかにピクリと動いた。


「もう、『恋人のフリ』はしなくていいわ。明日からは、普通の専属騎士に戻ってちょうだい。……いいえ、もし貴方が望むなら、専属騎士も辞めてもらって構わないわ。もっと自由な場所で、貴方自身の幸せを見つけて――」

「お待ちください!」


普段は決して主君の言葉を遮らないアーサーが、エレオノーラの言葉を遮った。

彼は瀬戸際に立たされたような顔だ。慌てた足取りで彼女へ近づくその姿に、場の空気が緊張で引き締まった。

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