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第2話 違和感の正体
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「あら、アリーナ。そんなに目くじらを立てないであげて。予定が変わったらしいのよ。急に時間ができたから私に挨拶に来てくれたのだけれど、あなたがまだ帰っていなかったでしょう? だから、あなたが帰ってくるまでの間、私が話し相手になってあげていたのよ」
「……私の、ために?」
「ええ、そうよ。ギルバートはあなたを待っていたの。あなたがいないと彼、寂しそうだったから。義弟になる人の面倒を見るのも、姉の務めでしょう?」
完璧な理屈だった。彼女の言葉には妹想いの優しい姉という響きしかない。ギルバートも勢いづいたように頷く。
「そ、そうなんだアリーナ。急に先方の都合が悪くなってね。君に会いに来たんだが、『すれ違い』だったみたいで。イザベラ義姉上には、君の話を聞いてもらっていたんだ」
「私の……話?」
「ええ。アリーナは少し不器用なところがあるから、ギルバートに『もっとリードしてあげてね』ってアドバイスしていたのよ。ね?」
姉は小首を傾げてギルバートに微笑みかける。ギルバートは頬を染めて、コクコクと頷いた。
私は、自分が恥ずかしくなった。二人は私のことを想って会話していたのだ。
(なんて私は心が狭いのだろう)
それなのに、私は一瞬でも疑ってしまった。忙しい中、私を待ってくれていた婚約者と、妹のために時間を割いてくれた姉。
「……ごめんなさい。私、変な勘違いをして」
「いいのよ。アリーナは昔から、少し考えすぎるところがあるものね。さあ、座って。三人でお茶にしましょう」
姉の手招きで、私はギルバートの隣ではなく、少し離れた対面の席に座らされた。会話は弾んだけれど、話しているのは主に姉とギルバートだった。
姉が話題を振り、ギルバートが答えて二人が笑う。私はそのテンポに入れない。
学園での流行、最近の観劇、貴族間の噂話。姉は卒業して数年経つのに、なぜか現役の学生である私よりも学園の事情に詳しかった。
「そういえば、生徒会室のカーテン、まだあの青いベルベットのままかしら?」
「ええ、そのままですよ。イザベラ義姉上が寄贈されたものですよね。伝説になっていますよ」
「懐かしいわ。あの窓辺で、よく書類仕事を片付けたものね……」
二人の間に流れる空気は、どこか濃密だった。私は紅茶を啜りながら、ぼんやりと思う。
(……私がここにいる意味は、あるのだろうか?)
いや、姉は素晴らしい人だから、誰とでもすぐに打ち解けてしまうだけ。
「あ、いけない。もうこんな時間」
不意に姉が時計を見た。もう夕暮れが迫っていた。
「ギルバート、そろそろおいとました方がよろしくてよ。夜道は危ないもの」
「あ、もうそんな時間ですか。……名残惜しいですが」
「ふふ、またいつでもいらっしゃい。アリーナも喜ぶわ」
姉は立ち上がり、自然な動作でギルバートの腕に触れた。上着の袖を軽く払う仕草。まるで、長年連れ添った妻が夫を送り出すかのような自然すぎる親密さ。
ギルバートは一瞬ビクリとしたが、すぐに満更でもなさそうなとろけるような笑顔を見せた。
「送ってくるわね、アリーナ。あなたは着替えてらっしゃい」
「あ、はい……」
私は二人の背中を見送ることしかできなかった。廊下へ消えていく二人の距離はやはり近い。肩と肩が触れ合いそうだ。
――違和感。それは、小さな砂粒のように私の靴の中に入り込んでいた。最初は気にならなかった。でも、歩くたびにチクリと痛む。
姉の旦那様であるクライド公爵は、若さと類まれなる才覚を兼ね備え、国の宰相として慌ただしい日々を送っている。
『ここ最近、ずっと帰ってきていないの。寂しいわ』
姉はよくこぼしていた。だから、ギルバートが来るのは良いことなのだと思っていた。賑やかになるし、姉の気晴らしにもなる。でも。
(私が学園にいる時間。フィニッシングスクールに通っている時間。私がいない時に来ることが多すぎない?)
家に帰ると、当たり前のように彼がいる。「アリーナを待っていた」と言いながら、私が帰ってくるとすぐに帰ってしまうこともあった。
私は自室に戻り、重たいドレスを脱ごうとした。ふと、窓の外に目をやる。
私の部屋は二階にあり裏庭が一望できる。そこには、まだ帰っていなかった二人の姿があった。
「……私の、ために?」
「ええ、そうよ。ギルバートはあなたを待っていたの。あなたがいないと彼、寂しそうだったから。義弟になる人の面倒を見るのも、姉の務めでしょう?」
完璧な理屈だった。彼女の言葉には妹想いの優しい姉という響きしかない。ギルバートも勢いづいたように頷く。
「そ、そうなんだアリーナ。急に先方の都合が悪くなってね。君に会いに来たんだが、『すれ違い』だったみたいで。イザベラ義姉上には、君の話を聞いてもらっていたんだ」
「私の……話?」
「ええ。アリーナは少し不器用なところがあるから、ギルバートに『もっとリードしてあげてね』ってアドバイスしていたのよ。ね?」
姉は小首を傾げてギルバートに微笑みかける。ギルバートは頬を染めて、コクコクと頷いた。
私は、自分が恥ずかしくなった。二人は私のことを想って会話していたのだ。
(なんて私は心が狭いのだろう)
それなのに、私は一瞬でも疑ってしまった。忙しい中、私を待ってくれていた婚約者と、妹のために時間を割いてくれた姉。
「……ごめんなさい。私、変な勘違いをして」
「いいのよ。アリーナは昔から、少し考えすぎるところがあるものね。さあ、座って。三人でお茶にしましょう」
姉の手招きで、私はギルバートの隣ではなく、少し離れた対面の席に座らされた。会話は弾んだけれど、話しているのは主に姉とギルバートだった。
姉が話題を振り、ギルバートが答えて二人が笑う。私はそのテンポに入れない。
学園での流行、最近の観劇、貴族間の噂話。姉は卒業して数年経つのに、なぜか現役の学生である私よりも学園の事情に詳しかった。
「そういえば、生徒会室のカーテン、まだあの青いベルベットのままかしら?」
「ええ、そのままですよ。イザベラ義姉上が寄贈されたものですよね。伝説になっていますよ」
「懐かしいわ。あの窓辺で、よく書類仕事を片付けたものね……」
二人の間に流れる空気は、どこか濃密だった。私は紅茶を啜りながら、ぼんやりと思う。
(……私がここにいる意味は、あるのだろうか?)
いや、姉は素晴らしい人だから、誰とでもすぐに打ち解けてしまうだけ。
「あ、いけない。もうこんな時間」
不意に姉が時計を見た。もう夕暮れが迫っていた。
「ギルバート、そろそろおいとました方がよろしくてよ。夜道は危ないもの」
「あ、もうそんな時間ですか。……名残惜しいですが」
「ふふ、またいつでもいらっしゃい。アリーナも喜ぶわ」
姉は立ち上がり、自然な動作でギルバートの腕に触れた。上着の袖を軽く払う仕草。まるで、長年連れ添った妻が夫を送り出すかのような自然すぎる親密さ。
ギルバートは一瞬ビクリとしたが、すぐに満更でもなさそうなとろけるような笑顔を見せた。
「送ってくるわね、アリーナ。あなたは着替えてらっしゃい」
「あ、はい……」
私は二人の背中を見送ることしかできなかった。廊下へ消えていく二人の距離はやはり近い。肩と肩が触れ合いそうだ。
――違和感。それは、小さな砂粒のように私の靴の中に入り込んでいた。最初は気にならなかった。でも、歩くたびにチクリと痛む。
姉の旦那様であるクライド公爵は、若さと類まれなる才覚を兼ね備え、国の宰相として慌ただしい日々を送っている。
『ここ最近、ずっと帰ってきていないの。寂しいわ』
姉はよくこぼしていた。だから、ギルバートが来るのは良いことなのだと思っていた。賑やかになるし、姉の気晴らしにもなる。でも。
(私が学園にいる時間。フィニッシングスクールに通っている時間。私がいない時に来ることが多すぎない?)
家に帰ると、当たり前のように彼がいる。「アリーナを待っていた」と言いながら、私が帰ってくるとすぐに帰ってしまうこともあった。
私は自室に戻り、重たいドレスを脱ごうとした。ふと、窓の外に目をやる。
私の部屋は二階にあり裏庭が一望できる。そこには、まだ帰っていなかった二人の姿があった。
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