私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい

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第9話 最強の援軍が到着

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ブライアンとニーナという名の騒音公害が去った後、屋敷には重苦しい静寂が戻るはずだった。

しかし、それはすぐに、別の種類の静寂へと塗り替えられた。威厳に満ちた肌が粟立つような、絶対的な権力だけが纏うことのできる静ひつさだ。

玄関ホールに、コツ、コツ、と硬質な足音が響く。執事のセバスチャンが、普段の三倍は深く頭を下げて扉を開いた。


「お待ちしておりました。レオナルド・フォン・ヴェルンシュタイン辺境伯閣下。ならびに……」


セバスチャンの声が震えたのは畏怖からか、それとも歓喜からか。


「――ヴィヴィアン・ド・オルランド第一王女殿下」


現れたのは、夜の闇を切り取ったような黒い軍服風の礼装に身を包んだ男、レオナルド。その瞳は凍てつく湖面のように青く冷ややかだ。の異名は伊達ではない。 

そしてその隣には、燃えるような真紅のドレスを纏った美女。扇子で口元を隠しているが、その切れ長の瞳は愉悦とサディズムに輝いている。オスカーの実姉であり、この国で最も敵に回してはいけない毒舌王女、ヴィヴィアン様だ。


「やあ、エリザ。顔色が悪いな」


レオナルドが私の前で足を止めて手袋を外した。その声は低く、チェロの音色のように腹の底に響く。私はカーテシーをしようとしたが、彼の手がそれを制して私の手を取った。


「他人行儀な挨拶は不要だ。……随分と痩せたのではないか?」 

「色々ありまして。ようこそお越しくださいました、レオナルド様。それに、ヴィヴィアン殿下まで」 

「ええ、来ちゃったわよ」


ヴィヴィアン様がパチンと扇子を閉じた。


「可愛い義妹が、私の愚かな弟とその寄生虫どもに虐げられていると聞いてはね。王族として、いいえ、一人の人間として、害虫駆除の指導に来てあげたのよ」


その笑顔の美しさと恐ろしさに、控えていたメイドたちが息を呑む。最強の援軍が到着した。私は張り詰めていた糸がふっと緩むのを感じ、彼らを応接室へと招いた。

応接室には、最高級の茶葉の香りが漂っていた。私は、昨日と今日起きた出来事を淡々と話した。

結婚記念日のすっぽかし。オスカーが幼馴染のマリアとの家族ごっこ。実の息子のノアへの冷遇。マリアの子供のカイルが懐中時計の破壊。そして、先ほどの友人たちによるの強要。

話している間、レオナルドは一言も発さなかった。ただ、彼の纏う空気が、一分ごとに一度ずつ温度を下げていくのがわかった。彼の手元のティーカップに、微細なヒビが入っているように見えるのは気のせいだろうか。


一方、ヴィヴィアン様は、時折「あっはは!」と乾いた笑い声を上げていた。


「傑作ね! 『愛のない政略結婚より真実の愛』ですって? あの能天気なブライアンと夢見るニーナが言いそうなことだわ。脳みその代わりに綿菓子でも詰まっているのかしら」


私が話し終えると、深い沈黙が落ちた。レオナルドがゆっくりと口を開いた。


「……エリザ。一つ確認させてくれ」 

「はい」 

「君の中に、まだオスカーへの情は残っているか? 例えば、彼が泣いて謝罪し、改心したとしたら、やり直す気はあるか?」


私は即答した。


「いいえ。塵ほども残っておりません。私が望むのは、ノアの幸福と、彼らへの相応の報いだけです」


レオナルドの瞳に僅かに光が戻った。彼は満足げに頷く。


「よかった。君がまだ彼を愛しているなら、手加減をしなければならないところだった」 

「手加減、ですか?」

「ああ。だが、その必要がないなら徹底的にやれる」


彼が薄く笑った。その笑みは、政敵を失脚させる際に見せると噂される死刑宣告の笑みだった。
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