私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい

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第10話 理想の父親像

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「まず現状を整理しよう。オスカーは君の実家、レインバーグ公爵家の財力に依存している。マリアの生活費も、君の財布から出ているわけだ」 

「はい。情けない話ですが」 

「ならば、まずは兵糧攻めだ。だが、ただ止めるだけでは面白くない」


レオナルドがテーブルの上で指を組む。


「これから王宮で監査が入ることにする。君は『監査のため一時的に資産が凍結された』と嘘をつけ。そして、オスカーの小遣いと屋敷の予算を極限まで絞れ」 

「彼らは反発しますわ」 

「させればいい。金が尽きた時、あの『真実の愛』とやらがどれほど脆いものか、見ものだろう?」


ヴィヴィアン様が悪戯っぽい目をして身を乗り出した。


「それから、社交界の方も包囲網を敷きましょう。来月の建国記念舞踏会……オスカーはマリアを連れてくるつもりでしょう?」 

「おそらく。先ほどブライアンたちが『マリアを日陰に置くな』と騒いでいましたから」 

「最高じゃない」


王女殿下は、毒の滴るような甘い声で言った。


「泳がせなさい。止めちゃだめよ、エリザ。彼らに『自分たちは認められた』と勘違いさせて、舞踏会という最高の処刑台に上がらせるの。公衆の面前で、王家の恥晒しと不倫女の烙印を押してあげるわ」


なんという鮮やかな作戦だろう。私が一人で悩んでいたことが彼らの手にかかれば、まるでチェスの盤面を整理するように次々と解決策(という名の罠)に変わっていく。

その時、控えめにドアが開いた。包帯を巻いたノアが、不安そうに顔を覗かせたのだ。


「……お母様?」 

「ノア、おいで」


私が手招きすると、ノアはおずおずと入ってきた。レオナルドを見るなり、彼はビクリと身をすくめる。レオナルドの冷徹な視線は、子供には怖すぎるかもしれない。しかし、レオナルドは椅子から立ち上がり、ノアの前に片膝をついて目線の高さを合わせた。


「君がノアか。初めまして、レオナルドだ」


その声は、私に向けられるものよりさらに柔らかく温かかった。


「……初めまして」 

「手を見せてもらえるかい?」


レオナルドはノアの包帯を巻いた手を、割れ物を扱うようにそっと取った。そして、テーブルの上に置かれていたバラバラになった懐中時計の残骸に目をやった。


「これを守ろうとして、怪我をしたんだな」 

「……うん。でも、守れなかった。おじい様の時計、僕が弱虫だから……」


ノアが唇を噛む。レオナルドは首を横に振った。


「違う。君は立派に戦った。多勢に無勢の中で、大切なもののために傷を負うことを恐れなかった。それは、とても勇敢な騎士の証だ」


レオナルドの大きな手がノアの頭を撫でる。ノアの瞳が揺れた。父親からは言われたことのない肯定の言葉。


「この時計は、私が預かろう」 

「え?」 

「私の知人に、国一番の時計職人がいる。どんなに壊れていても、必ず時間を蘇らせる魔法使いのような男だ。彼に直させよう」 

「……直るの?」 

「ああ、約束する。だから、君はもう自分を責めなくていい」


ノアの目から、ぽろりと涙がこぼれた。レオナルドはハンカチを取り出し、不器用な手つきでそれを拭った。


「泣くな。男が涙を見せるのは、すべてが終わって勝利した時だけだ」


その光景を見て私の胸が熱くなる。ああ、どうして私は間違えてしまったのだろう。七年前、父の勧めるままに王族であるオスカーを選んでしまった。

レオナルドもまた、私に求婚しようとしていたのに身分と家格を考慮して譲ってしまった。もし、あの時この手を選んでいればノアはこんな思いをしなくて済んだのに。

ルーカスが立ち上がり私を見た。その瞳には隠しきれない後悔と燃えるような決意が宿っていた。


「エリザ。もう二度と、君とノアを悲しませるような真似はさせない」 

「……レオナルド様」 

「かつて私は、君の幸せを願って身を引いた。だが、オスカーはその責務を果たさなかった。だから、私はもう遠慮しない」


彼は私の手を取り甲に唇を寄せた。騎士の誓いの口づけ。


「これからは私が君の剣となり盾となる。すべての泥は私が被ろう。君はただ、高貴な公爵令嬢に戻って堂々と胸を張っていればいい」

「あらあら、熱烈ですこと」 


ヴィヴィアン様が扇子で顔を仰ぎながら茶化す。


「まだ気が早いわよ」 

「準備万端なだけです、殿下」


レオナルドは涼しい顔で答えた。


「さて、エリザ。反撃の開始だ。まずは手始めに……」


レオナルドは懐から一枚の書類を取り出した。それは、王宮の監査局が発行した(ように見える精巧な)資産凍結命令書だった。


「今夜、オスカーが帰ってきたらこれを突きつけてやれ。そして、マリアへの送金をすべて止めろ。明日から彼らの地獄が始まる」


私はその書類を受け取った。紙の重みが武器の重みに感じられた。私は一人ではない。最強の頭脳と、最強の権力が味方にいる。


「はい。喜んで突きつけさせていただきます」


私は微笑んだ。窓の外では雷鳴が轟き始めていた。嵐が来そうだけれど、この屋敷の中だけは嵐に立ち向かうための強固な要塞となっていた。

さあ、オスカー、マリア。あなたたちのは、ここまでよ。大人の喧嘩のやり方を、たっぷりと教えてあげるわ。
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