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第11話 王宮のお茶会
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その日の朝、私の部屋にヴィヴィアン王女殿下からの贈り物が届いた。
大きな箱を開けると、そこに入っていたのは息を呑むほど美しいドレスだった。最高級のシルクで作られた混じりけのない純白のドレス。装飾は控えめだが銀糸の刺繍が施されており、光の加減で優美な波紋のように輝く。
添えられたカードには、流麗な筆記体でこう書かれていた。『キャンバスは白い方が、穢れがよく目立つでしょう?』
「……ふふっ」
私は思わず笑みを漏らした。さすがはヴィヴィアン様。このドレスは着飾るためのものではない。罠そのものだ。
今日の午後、王宮の庭園でヴィヴィアン様主催のお茶会が開かれる。本来なら侯爵夫人である私だけが招待される場だが、今回は特例として夫のオスカーと、その友人であるマリアも招かれていた。
「奥様、お召し替えを」
メイドたちが手際よく私にドレスを着せていく。鏡に映った私は、まるで戦場に赴く聖女のように凛としてどこか冷徹に見えた。
王宮へ向かう馬車の中は、異様な空気に包まれていた。私は窓の外を眺め、向かいの席にはオスカーとマリアが並んで座っている。
マリアは今日のために新調した(もちろん、我が家の予算で)ピンク色のドレスを着ていた。フリルとリボンが過剰にあしらわれ、まるでデコレーションケーキのようだ。可愛らしいと言えなくもないが、王宮の茶会にはあまりに品がない。
「ねえオスカー、私、緊張しちゃう。王女様って怖い方かしら?」
マリアがオスカーの腕にしがみつき、上目遣いで尋ねる。
「大丈夫だよ、マリア。姉上は口は悪いが、本来は聡明な方だ。君の純粋さを知れば、きっと気に入ってくれる」
オスカーは自信満々に頷いた。彼の脳内では、ヴィヴィアン様の招待状がマリアとの仲を認めるための和解の印として処理されているらしい。
昨日の資産凍結の話はどうしたのだろうか。監査が入ったなら仕方ないと楽観視しているのか、それともマリアの前で格好をつけているだけなのか。
「エリザ、お前もだぞ」
オスカーが私に矛先を向ける。
「姉上の前で、マリアをいじめたりするなよ。せっかくの機会なんだ。仲良くしてくれ」
「……ええ、承知いたしました。マナーを守ってくださる限りは」
私は扇子で口元を隠し短く答えた。 仲良く? ええ、精一杯歓迎させていただきますわ。ヴィヴィアン様と共に。
王宮の庭園は、百花繚乱の美しさを誇っていた。手入れの行き届いた芝生、咲き誇る薔薇のアーチ。
そして、そこに集うのは国の中枢を担う高位貴族の夫人たちだ。会場に足を踏み入れた瞬間、洗練された会話のさざめきが、一瞬だけ止まった。
視線の先は私ではない。私の隣で、キョロキョロと物珍しそうに辺りを見回すマリアに向けられていた。
場違いなピンクのドレス。貴族としての所作(立ち居振る舞い)の欠如。彼女が異物であることは誰の目にも明らかだった。
「あら、エリザ様。ごきげんよう」
「ごきげんよう、侯爵夫人」
知人の夫人たちが、私に挨拶をしてくる。彼女たちはマリアを視界に入れないよう巧みに無視を決め込んでいた。それが貴族社会における拒絶のサインだ。しかし、マリアにはそれが読めない。
「あ、私も! 初めましてぇ、マリアですぅ!」
マリアが会話に割り込む。夫人たちの眉がピクリと動いた。カーテシーもしない。敬称もつけない。まるで近所の井戸端会議に参加するかのような馴れ馴れしさ。
「……オスカー様の幼馴染の方、でしたか」
伯爵夫人が、凍りつくような笑顔で応対する。
「ええ! オスカーとは昔っから一緒でぇ、もう家族みたいなものなんですぅ。ね、オスカー?」
「あ、ああ。まあな」
オスカーが気まずそうに頷く。さすがの彼も、周囲の冷ややかな視線に気づき始めたようだ。しかし、マリアの暴走は止まらない。
彼女は自分が主役になれないことが不満なのだ。美しく洗練され、周囲から敬意を払われている私への嫉妬が、彼女の顔を歪ませていく。
その時、庭園の奥からファンファーレが鳴り響いた。ヴィヴィアン王女殿下の登場だ。
深紅のドレスを纏ったヴィヴィアン様は、女王のような貫禄で現れた。
その視線がゆっくりと会場を巡り、私とその横にいる二人組の上で止まる。ヴィヴィアン様はふわりと微笑んだ。獲物を見つけた猛禽類の笑みだ。
「皆様、ようこそ。今日は堅苦しい礼儀は抜きにして、楽しみましょう」
その言葉をマリアは文字通りに受け取った。「堅苦しい礼儀は抜き」それは「無礼講」という意味ではない。「洗練されたウィットを楽しもう」という意味なのだが。
お茶会が始まり、私はヴィヴィアン様の近くの席に招かれた。オスカーとマリアは末席の方だ。それが不満なのか、マリアは頻りにこちらのテーブルをチラチラと見ている。
「エリザ、そのドレス。とてもよく似合っているわ」
ヴィヴィアン様が紅茶を一口飲み、私にウィンクを送った。
「ありがとうございます、殿下。殿下のセンスには脱帽いたします」
「白はいいわね。何色にも染まる準備ができている色だもの」
その時だった。マリアが立ち上がり、ウェイターから赤ワインの入ったグラスを奪い取った。そして、千鳥足のような足取りで、私のいるメインテーブルへと近づいてきたのだ。
大きな箱を開けると、そこに入っていたのは息を呑むほど美しいドレスだった。最高級のシルクで作られた混じりけのない純白のドレス。装飾は控えめだが銀糸の刺繍が施されており、光の加減で優美な波紋のように輝く。
添えられたカードには、流麗な筆記体でこう書かれていた。『キャンバスは白い方が、穢れがよく目立つでしょう?』
「……ふふっ」
私は思わず笑みを漏らした。さすがはヴィヴィアン様。このドレスは着飾るためのものではない。罠そのものだ。
今日の午後、王宮の庭園でヴィヴィアン様主催のお茶会が開かれる。本来なら侯爵夫人である私だけが招待される場だが、今回は特例として夫のオスカーと、その友人であるマリアも招かれていた。
「奥様、お召し替えを」
メイドたちが手際よく私にドレスを着せていく。鏡に映った私は、まるで戦場に赴く聖女のように凛としてどこか冷徹に見えた。
王宮へ向かう馬車の中は、異様な空気に包まれていた。私は窓の外を眺め、向かいの席にはオスカーとマリアが並んで座っている。
マリアは今日のために新調した(もちろん、我が家の予算で)ピンク色のドレスを着ていた。フリルとリボンが過剰にあしらわれ、まるでデコレーションケーキのようだ。可愛らしいと言えなくもないが、王宮の茶会にはあまりに品がない。
「ねえオスカー、私、緊張しちゃう。王女様って怖い方かしら?」
マリアがオスカーの腕にしがみつき、上目遣いで尋ねる。
「大丈夫だよ、マリア。姉上は口は悪いが、本来は聡明な方だ。君の純粋さを知れば、きっと気に入ってくれる」
オスカーは自信満々に頷いた。彼の脳内では、ヴィヴィアン様の招待状がマリアとの仲を認めるための和解の印として処理されているらしい。
昨日の資産凍結の話はどうしたのだろうか。監査が入ったなら仕方ないと楽観視しているのか、それともマリアの前で格好をつけているだけなのか。
「エリザ、お前もだぞ」
オスカーが私に矛先を向ける。
「姉上の前で、マリアをいじめたりするなよ。せっかくの機会なんだ。仲良くしてくれ」
「……ええ、承知いたしました。マナーを守ってくださる限りは」
私は扇子で口元を隠し短く答えた。 仲良く? ええ、精一杯歓迎させていただきますわ。ヴィヴィアン様と共に。
王宮の庭園は、百花繚乱の美しさを誇っていた。手入れの行き届いた芝生、咲き誇る薔薇のアーチ。
そして、そこに集うのは国の中枢を担う高位貴族の夫人たちだ。会場に足を踏み入れた瞬間、洗練された会話のさざめきが、一瞬だけ止まった。
視線の先は私ではない。私の隣で、キョロキョロと物珍しそうに辺りを見回すマリアに向けられていた。
場違いなピンクのドレス。貴族としての所作(立ち居振る舞い)の欠如。彼女が異物であることは誰の目にも明らかだった。
「あら、エリザ様。ごきげんよう」
「ごきげんよう、侯爵夫人」
知人の夫人たちが、私に挨拶をしてくる。彼女たちはマリアを視界に入れないよう巧みに無視を決め込んでいた。それが貴族社会における拒絶のサインだ。しかし、マリアにはそれが読めない。
「あ、私も! 初めましてぇ、マリアですぅ!」
マリアが会話に割り込む。夫人たちの眉がピクリと動いた。カーテシーもしない。敬称もつけない。まるで近所の井戸端会議に参加するかのような馴れ馴れしさ。
「……オスカー様の幼馴染の方、でしたか」
伯爵夫人が、凍りつくような笑顔で応対する。
「ええ! オスカーとは昔っから一緒でぇ、もう家族みたいなものなんですぅ。ね、オスカー?」
「あ、ああ。まあな」
オスカーが気まずそうに頷く。さすがの彼も、周囲の冷ややかな視線に気づき始めたようだ。しかし、マリアの暴走は止まらない。
彼女は自分が主役になれないことが不満なのだ。美しく洗練され、周囲から敬意を払われている私への嫉妬が、彼女の顔を歪ませていく。
その時、庭園の奥からファンファーレが鳴り響いた。ヴィヴィアン王女殿下の登場だ。
深紅のドレスを纏ったヴィヴィアン様は、女王のような貫禄で現れた。
その視線がゆっくりと会場を巡り、私とその横にいる二人組の上で止まる。ヴィヴィアン様はふわりと微笑んだ。獲物を見つけた猛禽類の笑みだ。
「皆様、ようこそ。今日は堅苦しい礼儀は抜きにして、楽しみましょう」
その言葉をマリアは文字通りに受け取った。「堅苦しい礼儀は抜き」それは「無礼講」という意味ではない。「洗練されたウィットを楽しもう」という意味なのだが。
お茶会が始まり、私はヴィヴィアン様の近くの席に招かれた。オスカーとマリアは末席の方だ。それが不満なのか、マリアは頻りにこちらのテーブルをチラチラと見ている。
「エリザ、そのドレス。とてもよく似合っているわ」
ヴィヴィアン様が紅茶を一口飲み、私にウィンクを送った。
「ありがとうございます、殿下。殿下のセンスには脱帽いたします」
「白はいいわね。何色にも染まる準備ができている色だもの」
その時だった。マリアが立ち上がり、ウェイターから赤ワインの入ったグラスを奪い取った。そして、千鳥足のような足取りで、私のいるメインテーブルへと近づいてきたのだ。
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