私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい

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第124話 最強の男の罪悪感

「母様」


ノアが、エリザの大きく膨らんだお腹にそっと、壊れ物に触れるように両手を当てた。


「僕ね、早くこの子に会いたいな。僕がいっぱい本を読んであげるんだ」

「僕も! 男の子なら剣の振り方を教えてあげる! もし女の子だったら、悪い虫がつかないように僕が一生護衛するからね!」


カイルも目を輝かせてお腹に頬をすり寄せる。二人の無邪気で頼もしい言葉に、エリザは愛おしさで胸が詰まりそうになりながら、彼らの柔らかい髪を交互に撫でた。



「ありがとう、ノア、カイル。あなた達のような優しくて強いお兄様が二人もいて、この子は本当に幸せ者ね。……私も、あなた達の母親で本当に幸せよ」

「えへへ……」


三人が甘く穏やかな空気に包まれながら笑い合っていると、サンルームの扉がゆるやかに開いた。



「ただいま戻った。私の愛しい妻と、勇敢な騎士たちはここかな?」


落ち着いた低音で甘く耳に残る声。
 
そこに立っていたのは、漆黒の宰相服を隙なく着こなして肩に銀糸の飾りを揺らす、王国最強の男にして氷の宰相レオナルド・ヴェルンシュタインであった。


「父上! お帰りなさい!」

「お帰りなさい、父上!」


ノアとカイルがパッと顔を輝かせて駆け寄る。レオナルドは大きな手で二人の頭を撫でると、その長い脚で真っ直ぐにエリザの元へ歩み寄った。



「お帰りなさいませ、レオナルド様。……今日は少し、お早いのですね」


エリザが微笑んで見上げると、王宮では誰もが恐れて道を空けるという冷酷無比な氷の宰相の顔が、みるみるうちに溶け落ちていった。
 
鋭い眼光は消え失せて目尻はだらしなく下がり、まるで主人に会いたかった大型犬のように、甘ったるい表情へと劇的に変化したのだ。



「ああ。国境の視察団の手配と、いくつかの法案の決裁を力技で終わらせてきた。……君と、この子の顔が早く見たくてね」


レオナルドはエリザの隣に膝をつき、彼女の手を取ってその甲に深く熱を帯びた口づけを落とした。
 
そして、エリザの大きなお腹に、そっと恐れ入るように大きな耳を当てる。



「どうだ、今日は元気だったか? 私の声が分かるか?」

「ふふっ、ええ。さっきからよく動いていますわ。レオナルド様が帰っていらしたのが分かって、喜んでいるのかもしれませんね」


エリザの言葉に、レオナルドの表情がさらにパァッと輝いた。
 
ポコッ、と。お腹の中から小さな蹴りが返ってきたのを感じ取ると、最強の騎士の瞳に大粒の涙がジワリと浮かび上がった。



「おお……っ! 動いた、エリザ! 今、間違いなく私に返事をしてくれたぞ! なんて力強い、なんて愛おしい命だ……っ!」

「もう、レオナルド様ったら。昨日も同じように泣いていらしたじゃないですか」


感動のあまり感極まっているレオナルドの姿は、外の彼を知る者が見れば失神しかねないほどのギャップであった。

しかし、不意にレオナルドの顔に暗さが広がり、彼はエリザの足元に視線を落とした。
 
妊娠後期に入り、エリザの足は少しむくみがちになっていた。そして、大きなお腹を支えるために、彼女が夜中に何度も腰の痛みを訴えて目を覚ましていることも彼は知っていた。



「……すまない、エリザ」


レオナルドは、エリザのむくんだふくらはぎを大きな両手で包み込み、優しく神に祈るようにマッサージを始めた。

その顔は、これ以上ないほど情けなく、申し訳なさそうな色に染まっていた。



「私は王国最強などと呼ばれ、宰相として国のすべてを動かしているというのに……。君がこんなにも重いお腹を抱え、痛みに耐えているのに、その痛みを少しも代わってやることができない。おまけに激務で、一日中君のそばにいてやることもできない。……夫として、本当に情けない」


レオナルドの言葉は、本心からの懺悔だった。
 
彼はどれほどの権力を持とうとも、どれほどの武力を持とうとも、愛する妻が命懸けで子供を育み、産もうとしているその苦痛と戦いを代わってやることができない。

その無力感が彼を苛ませていたのだ。

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