十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

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お願いをした。

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 さく、という軽い音だった。
 にもかかわらず、ぼとりと重い音がしてその腕は地面に吸い込まれるように落ちる。

「……あ?」

 PKプレイヤーキラーであったものは、そうしてようやく――延々とこのダンジョンでプレイヤーばかりを殺し続け、PK専用の対プレイヤースキル、存在事透明化する最上級ハイドに手をかけ、同じレベルの看破スキルでもなければ見つけることができないと高をくくっていた彼は――自分が攻撃を受けたという事に気が付いたのだ。
 ぼとぼとと血が流れるさまを、どこか呆然としてみていた。

 それは絶対的な隙というものだ。
 イージーにはアクティブの――自分から攻撃をしかけてくるモンスターは存在しない。
 しかし、人はそうではない。
 彼自身がそうであったように。

「だ、」

 誰だとようやく絞り出そうとしたときには、逆の腕。
 足。
 逆の足。
 次に、次に、次に。
 ぽとぽとと軽く落とされていく。

 もしもプレイヤーキラーと懇意にしているものがこの光景を見たなら、それは信じられないという気持ちでいっぱいになるだろう。
 彼は決して弱くない。
 弱くないし、容赦というものもなかった。

 1月も立たないうちにプレイヤーキラー――同じ境遇の攫われた人間をストレス解消と快楽、ポイント収集のために殺し始めたのだ。プレイヤーキラーとしてのアドバンテージ、人を狩る技術はイージーでは考えられないほどに磨かれている。イージーのプレイヤー全体でクラス順位を付けたのであればその強さというものは五本の指に入るといっていいほどに優れている。

 それだけの数、プレイヤーキラーを続けてきた。
 他のものがクリアなどさせないとばかりに、ずっとずっと、繰り返し繰り返し同じ人間を違う人間をそこにいる人間を同じプレイヤーキラーを。
 楽しんで、作業のように、喜んで、殺し続けた。

 そんなこのイージーダンジョンでは最強と自称しても文句は言えなく、強さだけなら認めざるをえないような人間が――攻撃されたことすら気付かず、気付いた時には他の四肢を奪われている。
 彼視点でも、他者がみたとしても、それは異常な出来事。

「な、」

 なんなんだ、と言おうとした口に足が降ってきた。
 死なない程度に加減されているのだろうそれは、歯をぼりぼりと無理やり引き抜くように侵入していく。
 歯が落ちる。頬がさける。
 呼吸ができなくなっていく。
 痛みで意識が飛びそうになる。
 死だけは訪れない。

「ごびゅ」

 地上でおぼれそうになる。彼自身も他にやったことがある行為。
 麻痺してくるほどの痛み。吐き気。満足に呼吸できない苦しみ。
 それでも彼は目だけはしっかり走らせていた。

 異常事態ではあった。だが、彼は確かに一方的にやってきたことの方が多いが、それでも絶対に自分がやられないなどということも考えていなかったのだ。
 突然の、さすがに想定できていなかったここまで一方的にやられる状態というものは予測できなかったから唖然とはしたが、やるべきことを理解していたのだ。

 顔を見る事。
 誰がやったかしかと覚えておくこと。
 死のショックでそれを喪失しないように、しっかりと。

(そうすりゃ、今度は復讐が楽しめる)

 心内でにやりと笑いたくなる。
 つまらない世界だった。初めはとてもとても楽しい世界に来たと思ったが、そろそろ飽きても来ていた。結局この程度かと思い始めていた。PK事態をやめようとは思わなかったが、変化くらいくれよと思っていた。

 だから、彼にとってこれはちょうどいいとすら思えた。
 新しい刺激。
 楽しいゲーム。

 衝撃的すぎて後悔はしたが、ダンジョン内でわざと死亡することも経験はしていたため、一度目ほどの衝撃はなくそれで記憶が飛びすぎることもないことも把握している。立ち直り方も数度行うことで体感した。プレイヤーキラーが死ぬとポイントに大ペナルティがかかるが、イージーだからさしたる問題でもない。
 ただ、新しい遊びが増えるだけだ、と喜んだ。

「おいかけっこがしたかったか?」

 相手の顔が、見えた。
 復讐の怒りもない、喜びも見えない。ただ作業をしているような無感動で、無表情。
 見たことがあるが誰かがわからない。
 おかしな話だった。
 自分は今いるほとんどのものを見るたびに殺害しているはずだと。

「だが、無意味だ。お前はもう、誰とも遊べない」

 靴が突っ込まれたままで、言葉になるものを口から吐き出すことができない。
 一方的に聞き続けるしかない。
 若く見える少年。
 どこかで見たことがあるはずだと思い出そうとするが、よほど印象が薄かったか思い出せない。
 目がどこか幽鬼を思わせる青色で光っている。

「お前にもうここでの次はこない。

かといって死にもしない。

お前は自分が優遇されていると信じていたな。

ここに無理やり連れてきて、お前みたいなのを優遇する愉快犯が、

ずっと同じような優遇をして楽しむとでも思えたか」

 ゆらりと、目がゆれる錯覚を見る。会話のようでいて、それを望んでいない一方通行。

鹿

 視線が合わない。
 壊れていると思った。
 壊れすぎたら戻される、その限界の線の上に立つような壊れ方をしていると思った。いや、もしかしたら――越えられないと思われている境界線を、目の前にいるこれは超えてしまっているのではないかと思わせるひび割れた空気がある。

 自分に話しかけているようで、誰にも話しかけていない独り言のような口調で淡々と言葉を落としていく様は、彼をしてどこか震えそうになる。根源的な、意味の分からないものに対する恐怖。

「お前にもう次はない。

俺は覚悟を決めた。

俺は普通にクリアすることがもうできない。

お前の、お前たちのクリアが代償だ。

お前はもう誰とも接することができない」

 揺れる。吸い込まれそうな気分にすらなった。

「お前はもう、何を殺すこともできない。

俺がもう、約束を果たすその時まで、PK称号を持つものしかこのスキルという気持ちの悪い最高の力を行使できないように」

(何をする気だ?)

 死んで終わり、というのは残念だが、それでも彼は今までのもので満足している。
 復活しないスキルというのは、彼にとってこの状況で脅しにはならない。

 このダンジョンで死にかけのまま縫い付ける、というのも回避手段を用意している。監視し続けていればそれを使う好きだって訪れる。
 だが、なぜかそれよりももっと――違う何かがくる予感が、足元から蟲が昇ってくるのをみるような気分で迫ってきている。

(クリアがない? クリアさせないスキル? クリアさせないで他の奴がいなくなればそりゃ確かに楽しみはなくなっちまうが)

 復讐にしては、と少し疑問に思う。

「お前には何も求めない。もう、強く求めることもできない。だから、ただ、よ。そこが実際どうなのかは――俺も、知らない。知る必要も、もうない」

 手が向けられる。
 触られてもいないのに、どこか冷やりとした空気。
 肌が泡立つ。
 これはダメだと本能が叫ぶ。

 ただ終わるのが怖くなくとも――これは、自分にとってもダメなものであると、うまく言語にできずにただ本能が危機だけを受け取っている。
 思えば、最初から今すぐにでも失血死やショック死してもおかしくない状態で、長々話されそれでも死なない状況を不審に思うべきだった。無理やりにでもどうにかしてリスポーンを目指すべきだった。

 今更なそんな後悔がぐるぐると周る。
 しかし、もう時間切れだった。

二つ目の部屋ダストボックス

 少年のスキルが発動したのだろう。
 派手な演出も、音も、色も、何もない。
 ただただ、少年だけがスキルが発動したという事実を知るだけだ。

 その場には、少年だけが残った。
 他には誰も、もういない。彼は部屋に招かれたから。
 元から誰もいなかったように、そこにはただ無表情の少年だけが残った。
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