39 / 296
ハード:救世主の王国 龍宮寺エレナ4
しおりを挟む這いつくばっていた。
背に、足が乗せられて骨がみしみしと嫌な音を内部に響かせている。
それは、大きな猫のような生き物の足だ。
エレナにとっては、最近殊更馴染みが深いものであった。
「だ……ま……」
「たまゆらちゃん上手ねぇ、いいこいいいこ」
上から声が降る。
状況は、肉体的にも精神的にも絶望の一言につきた。
いやらしい猫なで声をだす女が一人に、周りににやけ面を浮かべた男5人ほどが囲むようにいる。
「……た……」
「はは、あんた、畜生以下のバケモンに何期待してんの? 頭が馬鹿なんですかぁー?」
すがるような視線。声。
それを嘲る、ふざけた口調とは裏腹に、的確に米神を打ち抜くような蹴りがエレナの脳を揺らした。
痛みがあって、吐き気も起こすが、ある程度強化されたここの住人が死なない程度に加減された一撃だ。それが激情にかられたものであれば、エレナはこの場にはすでにいない。
弄っているのだ。
今も、この先も、そうしようというのだという意思が、はっきりとエレナにも伝わっていた。
伝えられていた。
逃がさない、と。
「お高く纏いやがってよぉ!」
「誘ってやったのになぁ」
「私はお前らとは違うんです! ってか?」
「俺らとお前でどんだけ違うってんだよ雑魚が」
勝手な言葉が降ってくる。
エレナの記憶に少しだけひっかかっていた。
この場にいる全員は、全てエレナは一度見たことがあるのだ。
男は――パーティーの誘いをかけてきたり、話しかけてきたりしたもの。
女はその中にはいないが話しかけてきた男と一緒にいたもの。
(たまゆら……なんで……)
しかし、それらはどうでもよかった。
心を占有するのは、『何故』という感情。
きっと大丈夫だと、根拠も無しに思っていた。
自分とたまゆらの絆は本当にあるのだ、と。
合えばきっと、また元通りになれるのだ、と。
だって、私たちはパートナーなんだから、と。
スキルで契約した、特にモンスターと会話できるわけでもないエレナはそう思い信じていた。
だから、たまゆらによって制圧された現状に対する――『何故?』である。
「なんで不思議そうなのよ? 顔面気にしすぎて頭からっぽか? ――スキルでやってるんだから、そりゃ、開いたときにスキル使えばこっちのもんになるでしょ? 算数とか、できる? 計算は得意そーな顔してんのにねぇ」
「粘着気質だわー」
「まぁ、いきなりそこの猫もどきけしかけられるよかよっぽどましだけどなぁー」
「俺、腕吹っ飛ばされたしな」
「しつこすぎるからだろ、わろける」
「あ?殺すぞ」
「PKこっわ」
「いや君もですから」
「そうだった」
スキルなんかじゃ、と思い顔を上げようとしたが、上から圧力。
叩きつけられる。
石畳のような地面にひびがはいるほどの衝撃。
尋常ではない、頭蓋骨の痛みときしみ。何かが染み出るような熱さ。
「ぎっ……!!!」
「あ、おい。猫もどき畜生、勝手に殺すなよ馬鹿」
「にぁ」
死ぬ。
その予感がある。
ここから一度逃げられるなら、とエレナは思ったが――何かの液体を上からかけられる。
「いやぁ、便利だよな。こういうの」
回復剤だ。
このダンジョンでは特に珍しくもない、徐々に傷治っていくオーソドックスな超技術なファンタジーの代物だ。
かけただけで、傷ならどんなものでもじわじわ治っていくらしい祝福だ。
エレナにとっては、絶望の福音だった。
「死なせねぇよ? デスリセットなんて、んなめんどいことさせるわけないじゃん」
ここにいるものは――どうやら初めてではないようだった。
「知ってるか? マイルームはハードでも攻撃が不可能なんだよな。で、他人は強化しなきゃ入ることはできない。じゃあ、お前をこのまま持って行って俺の部屋に入れようとした場合は? どっからどこまでが『攻撃』判定に含まれる? スキルは? おたく、試したことある?」
「……!!!」
「んー。知らないみたいだなぁー。阿保がいるなぁ! やりやすくてたまらんぜ! そりゃ、ずぅーっと一人だもんなぁ! 試す相手も手段もねぇよなぁ!」
部屋の仕様にまつわるその言葉、エレナは知らない情報だったが、推測はできた。
推測はできて――たまゆら以外の現実を改めて直視して、逃げなければとようやくもがいた。
そっちは警戒していたはずが、それすら抜けていたのだ。
「いやぁ、今更暴れたってむりでしょ。情報は大事よ、ねぇ?」
「そうねぇ。あんたが、攻撃系スキルをろくに使えてない、なんて情報なんて特に重要だったわ」
「たまゆらちゃんがいるし、このダンジョンの下階層はワンパが大量って感じだからなぁ、それでもやれてたんだよね、わかるわかる。最初よりはよっぽど動きもましにはなってるもんねぇ。自信、あったんじゃあないかな? ははは! 所詮我流で、しかもお人形にサポートありありでやってるようなやつが、俺らみたいに実践でやりあって育ててるやつに勝てるかよ」
「まぁ、それ以前にたまゆらちゃんで一発だったわけだが」
こうなった経緯は簡単だ。
たまゆらを見た瞬間固まって――そのまま、そのたまゆらに押さえつけられて、手足をつぶされただけだ。
インベントリは専用スキルで手を使わずに出すことができる。
エレナもそれを使って出すことはできるが――出して効果があるものを思いつかなかった。用意することも考えて居なかたった。それらは全て、手を使うことが前提のアイテムだ。無意識に、当たり前にそうなっていた。回復アイテムはエレナが持っているものには全て蓋がある。自害用にと思って持っているものも起爆するスイッチがある。それは、この状況では押せない。
「あ……あぁ……」
「お? ハイライト消えるぅ? 消えちゃう?」
フラッシュバック。
今までの人生のトラウマがぶりかえす。
いらないもの扱いされたこと、やっかまれ続けて居る事、無視され続けて居る事、嫉妬でいじめられていたこと、やり返しただけなのに、誰も味方になってくれなかったこと。
それらが、たまゆらに重なってしまった。
(逃げろ――逃げて何が悪い)
逃げる。
手段を探す。
いくつかの選択肢を思い浮かべていく中で、一つ、使えそうなものが浮かんだ――賭けにはなるが、この状況からは抜け出せる。
そして、この目の前のトラウマからも逃げ出せる。
ここに来た時、今までの全てがなくなったように。
また、爽快感と喪失感と共に、全てやり直せるのだと。
「……あ?」
タイミングを計ろうとエレナがしていた時――顔を上げれない状態であるからあまり把握できないが、何か起きたらしく視線が自身から離れたことだけがわかった。
「なんだお前!」
何が起きているかはわからない。
わからないが、チャンスは今しかないと思った。
インベントリを思考だけで操作するには、集中できる時間が必要だからだ。
(インベントリ、選択――【劣化ダンジョン移動券】)
目の前に、ひらりと福引のような単なる紙でしかないそれが落ちてくる。
周りに何が起きてるいるのか、もはやエレナは全てを無視してここから逃げ出すことだけを考えた。
(アイテム、使用)
使用を確定した瞬間、エレナの姿はこのダンジョンから消滅した。
全てを置き去りに。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
催眠術師は眠りたい ~洗脳されなかった俺は、クラスメイトを見捨ててまったりします~
山田 武
ファンタジー
テンプレのように異世界にクラスごと召喚された主人公──イム。
与えられた力は面倒臭がりな彼に合った能力──睡眠に関するもの……そして催眠魔法。
そんな力を使いこなし、のらりくらりと異世界を生きていく。
「──誰か、養ってくれない?」
この物語は催眠の力をR18指定……ではなく自身の自堕落ライフのために使う、一人の少年の引き籠もり譚。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
最初から最強ぼっちの俺は英雄になります
総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!
クラス転移したからクラスの奴に復讐します
wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。
ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。
だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。
クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。
まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。
閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。
追伸、
雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。
気になった方は是非読んでみてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる