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ハード:救世主の王国 龍宮寺エレナ4
しおりを挟む這いつくばっていた。
背に、足が乗せられて骨がみしみしと嫌な音を内部に響かせている。
それは、大きな猫のような生き物の足だ。
エレナにとっては、最近殊更馴染みが深いものであった。
「だ……ま……」
「たまゆらちゃん上手ねぇ、いいこいいいこ」
上から声が降る。
状況は、肉体的にも精神的にも絶望の一言につきた。
いやらしい猫なで声をだす女が一人に、周りににやけ面を浮かべた男5人ほどが囲むようにいる。
「……た……」
「はは、あんた、畜生以下のバケモンに何期待してんの? 頭が馬鹿なんですかぁー?」
すがるような視線。声。
それを嘲る、ふざけた口調とは裏腹に、的確に米神を打ち抜くような蹴りがエレナの脳を揺らした。
痛みがあって、吐き気も起こすが、ある程度強化されたここの住人が死なない程度に加減された一撃だ。それが激情にかられたものであれば、エレナはこの場にはすでにいない。
弄っているのだ。
今も、この先も、そうしようというのだという意思が、はっきりとエレナにも伝わっていた。
伝えられていた。
逃がさない、と。
「お高く纏いやがってよぉ!」
「誘ってやったのになぁ」
「私はお前らとは違うんです! ってか?」
「俺らとお前でどんだけ違うってんだよ雑魚が」
勝手な言葉が降ってくる。
エレナの記憶に少しだけひっかかっていた。
この場にいる全員は、全てエレナは一度見たことがあるのだ。
男は――パーティーの誘いをかけてきたり、話しかけてきたりしたもの。
女はその中にはいないが話しかけてきた男と一緒にいたもの。
(たまゆら……なんで……)
しかし、それらはどうでもよかった。
心を占有するのは、『何故』という感情。
きっと大丈夫だと、根拠も無しに思っていた。
自分とたまゆらの絆は本当にあるのだ、と。
合えばきっと、また元通りになれるのだ、と。
だって、私たちはパートナーなんだから、と。
スキルで契約した、特にモンスターと会話できるわけでもないエレナはそう思い信じていた。
だから、たまゆらによって制圧された現状に対する――『何故?』である。
「なんで不思議そうなのよ? 顔面気にしすぎて頭からっぽか? ――スキルでやってるんだから、そりゃ、開いたときにスキル使えばこっちのもんになるでしょ? 算数とか、できる? 計算は得意そーな顔してんのにねぇ」
「粘着気質だわー」
「まぁ、いきなりそこの猫もどきけしかけられるよかよっぽどましだけどなぁー」
「俺、腕吹っ飛ばされたしな」
「しつこすぎるからだろ、わろける」
「あ?殺すぞ」
「PKこっわ」
「いや君もですから」
「そうだった」
スキルなんかじゃ、と思い顔を上げようとしたが、上から圧力。
叩きつけられる。
石畳のような地面にひびがはいるほどの衝撃。
尋常ではない、頭蓋骨の痛みときしみ。何かが染み出るような熱さ。
「ぎっ……!!!」
「あ、おい。猫もどき畜生、勝手に殺すなよ馬鹿」
「にぁ」
死ぬ。
その予感がある。
ここから一度逃げられるなら、とエレナは思ったが――何かの液体を上からかけられる。
「いやぁ、便利だよな。こういうの」
回復剤だ。
このダンジョンでは特に珍しくもない、徐々に傷治っていくオーソドックスな超技術なファンタジーの代物だ。
かけただけで、傷ならどんなものでもじわじわ治っていくらしい祝福だ。
エレナにとっては、絶望の福音だった。
「死なせねぇよ? デスリセットなんて、んなめんどいことさせるわけないじゃん」
ここにいるものは――どうやら初めてではないようだった。
「知ってるか? マイルームはハードでも攻撃が不可能なんだよな。で、他人は強化しなきゃ入ることはできない。じゃあ、お前をこのまま持って行って俺の部屋に入れようとした場合は? どっからどこまでが『攻撃』判定に含まれる? スキルは? おたく、試したことある?」
「……!!!」
「んー。知らないみたいだなぁー。阿保がいるなぁ! やりやすくてたまらんぜ! そりゃ、ずぅーっと一人だもんなぁ! 試す相手も手段もねぇよなぁ!」
部屋の仕様にまつわるその言葉、エレナは知らない情報だったが、推測はできた。
推測はできて――たまゆら以外の現実を改めて直視して、逃げなければとようやくもがいた。
そっちは警戒していたはずが、それすら抜けていたのだ。
「いやぁ、今更暴れたってむりでしょ。情報は大事よ、ねぇ?」
「そうねぇ。あんたが、攻撃系スキルをろくに使えてない、なんて情報なんて特に重要だったわ」
「たまゆらちゃんがいるし、このダンジョンの下階層はワンパが大量って感じだからなぁ、それでもやれてたんだよね、わかるわかる。最初よりはよっぽど動きもましにはなってるもんねぇ。自信、あったんじゃあないかな? ははは! 所詮我流で、しかもお人形にサポートありありでやってるようなやつが、俺らみたいに実践でやりあって育ててるやつに勝てるかよ」
「まぁ、それ以前にたまゆらちゃんで一発だったわけだが」
こうなった経緯は簡単だ。
たまゆらを見た瞬間固まって――そのまま、そのたまゆらに押さえつけられて、手足をつぶされただけだ。
インベントリは専用スキルで手を使わずに出すことができる。
エレナもそれを使って出すことはできるが――出して効果があるものを思いつかなかった。用意することも考えて居なかたった。それらは全て、手を使うことが前提のアイテムだ。無意識に、当たり前にそうなっていた。回復アイテムはエレナが持っているものには全て蓋がある。自害用にと思って持っているものも起爆するスイッチがある。それは、この状況では押せない。
「あ……あぁ……」
「お? ハイライト消えるぅ? 消えちゃう?」
フラッシュバック。
今までの人生のトラウマがぶりかえす。
いらないもの扱いされたこと、やっかまれ続けて居る事、無視され続けて居る事、嫉妬でいじめられていたこと、やり返しただけなのに、誰も味方になってくれなかったこと。
それらが、たまゆらに重なってしまった。
(逃げろ――逃げて何が悪い)
逃げる。
手段を探す。
いくつかの選択肢を思い浮かべていく中で、一つ、使えそうなものが浮かんだ――賭けにはなるが、この状況からは抜け出せる。
そして、この目の前のトラウマからも逃げ出せる。
ここに来た時、今までの全てがなくなったように。
また、爽快感と喪失感と共に、全てやり直せるのだと。
「……あ?」
タイミングを計ろうとエレナがしていた時――顔を上げれない状態であるからあまり把握できないが、何か起きたらしく視線が自身から離れたことだけがわかった。
「なんだお前!」
何が起きているかはわからない。
わからないが、チャンスは今しかないと思った。
インベントリを思考だけで操作するには、集中できる時間が必要だからだ。
(インベントリ、選択――【劣化ダンジョン移動券】)
目の前に、ひらりと福引のような単なる紙でしかないそれが落ちてくる。
周りに何が起きてるいるのか、もはやエレナは全てを無視してここから逃げ出すことだけを考えた。
(アイテム、使用)
使用を確定した瞬間、エレナの姿はこのダンジョンから消滅した。
全てを置き去りに。
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