十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

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4つの点がそこにある。出来上がるのは三角形6

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 1番のなり方が、もうアベルにはわからない。
 1番であっても、それは永遠ではないことが、十数年も続いていないのだということが、殊更にアベルを壊した。

 そういうお店に耽溺するようになったのは――トラウマと、思い出と、経験と、あり方。
 お金を払えば、その時間だけは自分のものにできたから。知っているものだから。

 それが嘘だとわかっていても。
 少しだけ、ほんの一瞬だけ、満たされたような錯覚を得ることができたから。

「鱗が、たくさん生えたの! ふふ、鳥になるのももうすぐね!」

 そういう由紀子という、壊れてしまいそうな目をする人を、アベルが止められずに祝いの言葉さえ投げかけたのは、心配していなかったからではなくて。

 どうしようもなく、縛られたままで、怖くて。
 時が立ち、少しだけ修復された器がまたすぐ壊れてしまいそうで。

「そっかぁ……でも、たまには僕の空で休みに来てほしいなぁ。だってほら、僕と君って相性がいいでしょ! 色々とね!」
「もう、すぐそっちにいっちゃうから、逆に子供みたいに見られるのよ? でも、本上さんがいってたっけ、そういう所も、可愛いとか、プラスに思える人がいいねって――」

 だから、寂しがりはそんなことくらいしか言うことができなかった。
 そして、自己嫌悪する自分を慰めているだけで終わる。
 知らないことをする方法も、嫌われてもしようという決意の仕方も、アベルは知らなかったから。

(僕はずっと、離れていく生みの親捨てた人を見送った時のように、震えて、涙を流しても――すがることも、声すらかけることもせず、呆然と立ちすくむだけしかできない子供のままだ)



 幾人かのプレイヤーから、肌を貫くように鳥のような羽が生えている。
 何人かは唇が伸びるように変形して、硬質化していっている。それはまるで嘴のなりそこない。

 えづき、ごっそりと無数の羽を吐き出すものもいる。
 足が細くなる。しめるように。
 指が落ちる。それでは数が多いというように。

「なんだってんだ……なんだってんだ!」
「ふふ、あははは!」

 譲司が思わずといった調子で叫ぶ。如月が、どこかおかしくてたまらないといった調子で笑う。
 感情が抑えられずに、叫ぶことしかできない。

 譲司を含む何人かはそうした変化をしていないが、体に違和感があるような気持ちになっていた。これが、見たことによる影響なのかそうでないのかもわからない。
 ぎゃーぎゃーと、鳥が鳴いている。鳴く声が聞こえる。

「やめっ、やめてっ!」

 悲鳴と拒絶の声が聞こえた方角に、それはいる。
 鱗でできた、一つ目の、大きな、鳥とは呼べない何かだ。
 鱗がある爬虫類のようでいて、顔は嘴がある鳥のようで、目は人を思わせる。

 人の名残のようにも見える腕。みぞおちから首に至る部分までは、鱗だらけだが造形的には人に近い。
 その背には大きな、シルエットだけ見ればドラゴンのような羽。ただし、そのすべては羽ばたけるのが不思議であるほどに、硬そうでぎちぎちとした鱗が折り重なるように集まってできていた。

 みぞおちから下は大きく、丸く膨らんでいる。そして、鳥を思わせるような大きな3本のカギ爪がついた指を持つ足が1本、すらりと伸びていた。
 その大きさは二階建ての一件家ほど。

 そして、赤く光るようなどろどろとした光を放つ錯覚を受ける目を覗けば、その身は漂白されたように真っ白だった。
 見ているだけで不安になりそうな存在だ。
 そんな存在の大きな嘴が、最初に攫われたプレイヤーを咥えている。

「あれは、あれが! あんなの、逃げるしか!」

 誰かが叫ぶ。
 周りを囲まれているだとか、救助しなければだとか、情報がどうだとか、そういうことはもはや一切頭にない。

 プレイヤーたちは、死ぬことへの恐怖は、ダンジョンに来る前よりもずっと薄れている。
 傷がつくことにたいしてもそうだ。苦しみも、知らなかったものもたくさん味わってきた。
 だから、強くなったのだと勘違いをしてしまっていたのだ。

 その身を見るだけで不安になる。
 その目で見られるだけで震えが止められなくなる。
 ただそこにいるだけで、それの気まぐれ1つでどうにでもされてしまいそうな気分になる。

 根源的なものが揺るがされるような、恐怖。
 不安、恐怖、寂しさ、動揺、哀しさ、次々にいろいろな感情もついでとばかりにつついてくる。
 初めてモンスターを見た時よりもずっとずっと、どうしようもないのだと本能が焼かれれてしまう恐怖。

 そんな様子は知らぬとばかりに、それはパクリと、吸い込まれるようにプレイヤーを食った。
 今までも、そうしたことはあった。

 珍しい事ではないのだ、食われるというそれ自体は。ドラゴンと呼ぶ、創作に出てきたそのままらしい生物だってそのほとんどが肉食だった。今でもよくプレイヤーが食べられて死亡している。

 何度も見ている。ここに、その光景を見たことがないものはいないくらい、頻繁に行われる事。食べられることにトラウマを持っているものもいる。

 ――それでも、その行為はそれ以上の空恐ろしいものに感じたのだ。
 知っているものとは違う、何か別の恐怖がそこにあった。

 食われる。食われ切ってしまう。
 ぐちゃぐちゃにされてしまう。

 そんな、己でも理解できない恐怖があった。
 どこかで予測していたかもしれない。

 ――目の前のこれが、異常の原因なのは明らかだ。この場所に、帰ってこなかったらしいプレイヤー等は見る影もない。

「あ、あぁ……」

 きっと――命は1つきりだ。
 本当はそうなのだ。
 今までがおかしかったのだ。

 だから、ここであれに殺されたら――きっと、同じ自分に戻るリスポーン事はできない。
 しかし、それは死ぬことだろうか。
 1つきりの命を――思うように終わらせることができるという意味だろうか?

 きっと、いきなり起きた変化が最後まで終えてしまったとしても――戻ることはできないだろう。
 それがわかることは、絶望を加速させることだ。

「あびゅっ」

 すとんと、腰が抜けたように座ってしまったプレイヤーから間抜けな声が出る。
 眼球が飛び出る、羽が生える、体がねじれる。

 それは他のプレイヤーと比べても急速に別の生物になっていく。
 戦闘などというものが始まる前に、もう決着はついたに等しい。

 戦いに、なっていない。
 大きな一つ目のそれは、こちらに近づいたり何かをしようとするそぶりすらないのだ。

 病気のように羽を抜け散らした斑肌の奇妙にしめられたように舌をでろりと出した、人間大の鳥が、ぴくぴくと痙攣している。そこに、プレイヤーだった面影はない。
 ――その表情は、無惨でありながらどこか恍惚としていて、幸せそうだという感情を見る者に伝えてしまう。

「お、うぁ……」

 それを見た譲司は、強烈な頭痛に苛まれたかのように頭に手をやった。
 掴んだ髪の毛がずるりと滑る。
 自分の頭から髪の毛がごっそりと抜けていく代わりに、何かが生えていくのを感じ取る。

 侵されている。
 自分というものが、染められているのが譲司にはわかった。

 足元からばりばりと食べられていくような恐怖。
 どうしてか、たまらなく空が飛びたくなってくる意味不明な思考。

 仲間がいる、傷つけあわない群れに加われるという、謎の幸福感で体が満たされてしまう。口が律しなければ自然と笑む。

 気持ちが傾く。
 今までの記憶がフラッシュバックする。

 素直になれず、離れていく人たち。
 つい、一言多すぎて、ついに修復不能になった友達がいた。
 心配する親に放った後悔する言葉たちがある。

 それらが、幸福で塗りつぶされていく。
 幸福の暴力に、心が絶望に包まれ――

「俺ぁ――俺は!!!」

 しかし、吼える。叫ぶ。

「しっかり、しろっ――! 気合を入れろっ! 順番だ! 心が、心が折れた順番だっ。しっかりするんだよ! そうしたら、まだなんとかなる! お前ら、ここにいるやつぁ全員、きばって戦ってきたやつらだろうが! 自分だけじゃねぇ、こんなでも他の誰かに目を向けることができる気合が入った奴らだろうがっ――! 気合を入れろぉ!」
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