94 / 296
4つの点がそこにある。出来上がるのは三角形7
しおりを挟む目をそらして生きてきた。
初めから、愛情というものを実感できずに生きてきたアベルという人間は、その表し方も知らないし、わからない。
唯一、与えてもらったそれを使う事しか知らなかった。
それが、愛ではなく、趣味だとか好みの産物でしかない、主に情欲で形成された何かであることはもう理解できていても、それはアベルにとって唯一、与えられた優しさであったから。
自分の嬉しいことを人にしよう。
自分が嫌だと思う事をしてはいけません。
そんな教育があった。
アベルには、自分が喜ぶことの想像ができない。
欲しいものはある。
しかし、どうしてもそれを与えるという想像ができないし、どうすれば得られるかということも知らないから。
だから、それはきっとアベルにとって愛情を求める叫びだったのだ。
他人に嫌そうな顔をされても、冗談だと思われても、そういう欲求の塊だと思われても。
叫び続けるしかなかった。
もう、どうしようもなく手段がわからなかったから。
せめて、優しさをもらえたと経験からも実感できるそれを求めていただけ。
目をそらして生きてきた。
本当は――いくら頑張ってもくれやしない、他人を恨んでもいたんだってことは。
「私の夢は話したけど、アベルさんの夢ってなぁに?」
「……夢?」
「そう、夢。こうなりたいとか、ああしたいとか、最終的にあれが手に入れられるようになりたいだとか? そういうやつ」
「――そんなこと、考えた事なかったかも。いつだって、僕はただ、寒がりなだけだったから、温まることだけで必死だったのさ」
それを、アベルは自覚してしまって。水を汚してしまったような思いで。
そうしたら、恨みを向けてくるやつなんて、そりゃあ好きになってくれないよな、なんて、何か力が抜けてしまっていって。
他人はきっと、これを自暴自棄と呼ぶんだろうなと、いや、元からそうだったのか? と、最近よく自嘲するようになっていた。
非日常が混ざることで、アベルはある種の冷静さを得た。それが幸せかどうかは別にしても、自分の発言や行動を顧みれるような、そういうきっかけを得た。
「そうなんだ。ちょっとポエムすぎてよくわからないけど――あぁ、でも、私も、確かに寒いのは寒かったのかな。今は、ちょっと光が見えている気分だけど……寒いのは、痛いもんね。私は人を温めるほどの火にはなれないけど、それでも少しはましになるだろうし、寒くなったらまた一緒にいよう?」
そのきっかけになった人。
好意を抱いた人が、無感動でも敵意でもないものを向けてくる怖さというものも教えてくれた人。
本人に自覚はなくても、落ちていく心にそっと手を添えてくれた人。
それが、自分の目的に繋がるからやっているだけの事だと理解できていても、それでもアベルは嬉しかったし、感謝した。
リップサービスだろうが、なんだろうが、それは始めて得たような、小さな光だった。
そして、会うにつれ話すにつれ、手放したくない輝きになった。
本気で思うままそういう発言をするのはやめ、一応キャラクターとしては続けても、そぶりはしても、由紀子以外は求めなくなった。
他人でしかなかった家族への感情も、少しづつ整理できるようになっていた。
しかれども、やはり勇気は持てないままで。
声と唾と羽を吐き出しながら、譲司は吠えた。
譲司という人間は口が悪い。
すぐ人を煽るようなことをいうし、よくそれでキールに咎められたりもする。
それでも、キールは友人だというし、いじってくる人間も減る様子はない。
口が悪いが――助けたがりなのだ。
それは、お人好しというどうしようもない人種なのだ。
ここにきて、1人でならすぐにでも飲まれそうなくせに、他人を気遣うために吼えようと思え、それができるほどのどうしようもなさ。
それは無責任な咆哮だ。
正直、何の解決にもなっていないし、譲司自身も解決方法があるわけでもない。
それでも、残っているプレイヤーには小さくとも光に見えた。
「ぎへぇ」
その声で、その行動で――我に返ったアベルが鳥になりかけ状態のプレイヤーの首を落とした。
耐えるだけで精いっぱいらしかったプレイヤーの首は、強化全開でスキル増しのそれでぽろりと転がる。
「おまっ……え……? いや……そうか。そういうことかっ」
それを咎めようとしたか声を上げた譲司だったが、何をしたいかを理解して己も近くのなりかけているプレイヤーの首を落とす。
へたって妙な鳥のような生き物になったプレイヤーと違い、今アベルが首を落としたものはそういうものになるそぶりはなかった。
まだそれは、人と呼べる形を保っていた。
「いいかっ、心を強く持てよ! そしたら、俺かアベルが殺してやる! きっと、成りきる前ならチャンスがあんだよ! そう信じるんだよ! 俺らが殺すまで、耐えろ!」
暴言のような救済を叫ぶ。
譲司は、自分にその片鱗が表れているからこそわかるのだ。
これが進み切れば自分は自分でいられなくなる、この押し付けられる幸福に満たされたら終わりだ、と。
逆にいえば、自分が自分でいられるうちは、まだ範囲内だと。
証拠が出せるわけではない。100%の確信があるわけではない。それでも、なりきってしまうよりは可能性が高い事だけはわかるのだ。
ぎゃーぎゃーと、鳥が鳴いている。
邪魔もせずに、劇を見るようにただじぃっと見て鳴いている。
うめきと嘆きが渦巻くプレイヤー側とは大局的な、楽し気に聞こえる鳴き声。
不安をあおるようなそれを無視して、アベルも譲司も首を落としていく。
ふと、変化のないらしい人間を譲司は見つけた。
キールや譲司などの人望を現すように結構な人数のプレイヤーは、首を落とす2人と、恐らくキール、そして――どこか楽し気に笑っているままの如月以外は全て大なり小なり変化している。
「如月、笑ってねぇでお前も動けんならっ――!」
「はぁーあーいー」
ばつん! と何かを破裂させるかたたきつけたような音。
微笑んで辺りを見回していたらしい如月に対して、正気なら手伝え、と、声を張り上げようとした譲司に対して、気の抜けた返事をして――譲司の頭を手に持っていたメイスで粉砕した。
ばらばらと、砕けた白いものや赤いものやピンクのものなどが散らばった。
ぴゅーぴゅーと、ちょっとした噴水のように血を吹きだした後、とさりと譲司だった体が地面に倒れた。
即死だ。
前衛特化であり、このダンジョンでもトップクラスの、対策しているであろう防御策を抜く一撃は、とても自称後衛とは思えないものだった。譲司が宣言してから、あえて防御を抜いた状態のプレイヤーを殺すのとはわけが違う。
アベルは、他のプレイヤーの首を落としながらそれを見ていた。
それを見てか、幾人かのプレイヤーは変化が加速してしまった。
「お疲れ様でしたー。きっと、譲司さんはまだ大丈夫ですよー……ってもう聞こえませんよねぇ、ふふ」
だから、そう如月が呟いた時にアベルが首を落としたそれが最後だった。
他はもう――きっと、手遅れ。
首が落ちた死体と、幸せそうないびつな鳥のようなものが落ちているだけ。
短い出来事だった。
キールがふっ飛ばされ、まだ数分も立っていない。
それなのに、攻撃という攻撃すらしている様子もないのに、立っているまともなプレイヤーはアベルと如月の2人。飛ばされたキールがそうでも、併せてたったの3人。
どうしようもない。
もはや、残ることに意味があるのかという状態だった。
鳥のような生き物に変わらずとも、今は攻撃してこないモンスターが一斉にくるだけでも詰みなのだ。
ふぅ、とアベルは息を吐いた。
場所に、状況にふさわしくない、一仕事終えたようなため息だった。
この場に残った2人はお互い見合う。
「あとは、キールさんですかねぇ」
「……君は?」
「あはは、私はまだいいです。影響ないみたいですから。ほら、鳥さんたちも笑ってるだけで何もしてきませんし? アベルさんも大丈夫そうで何よりです。ねぇ?」
アベルと同じように、如月はなんとも場にふさわしくなく、困ったように頬に手を当ててふわりと笑った。
それは、出発してから今まで何一つ変わっていない笑みだった。
数秒見合った後――アベルは、何を言うでもなく如月から目をそらした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
催眠術師は眠りたい ~洗脳されなかった俺は、クラスメイトを見捨ててまったりします~
山田 武
ファンタジー
テンプレのように異世界にクラスごと召喚された主人公──イム。
与えられた力は面倒臭がりな彼に合った能力──睡眠に関するもの……そして催眠魔法。
そんな力を使いこなし、のらりくらりと異世界を生きていく。
「──誰か、養ってくれない?」
この物語は催眠の力をR18指定……ではなく自身の自堕落ライフのために使う、一人の少年の引き籠もり譚。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
最初から最強ぼっちの俺は英雄になります
総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!
クラス転移したからクラスの奴に復讐します
wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。
ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。
だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。
クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。
まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。
閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。
追伸、
雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。
気になった方は是非読んでみてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる