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4つの点がそこにある。出来上がるのは三角形8
しおりを挟むどん、という空気が弾けるような音がする。
アベルに如月がいる場所から少し離れた場所で影が飛び出した。
「てめぇ――!!!」
地面を弾き飛ばすように、中心のそれに一直線に突進していく影はキールだ。
吹き飛ばされた影響か、顔は血まみれ、鎧もばらばらに砕けている。治療は施したのか、今出血している様子でも目立った傷があるでもないようだ。
「俺がっ! 俺のっ!!!」
いつも丁寧で、問題ごとが起きればその解決に率先して努めるような人間。
女性に優しいが、かといってそういうものにありがちな同性をないがしろにするでもない。
キールという存在は、このダンジョンに置いて信頼されている。
その普段の対応だけではない、強さもトップクラス。
ドラゴンが目立ちはしているが、本人はそのドラゴンとソロで向き合えるほどの強さを持っているのだ。
きらびやかに戦える才能はない。繊細で、狙い通りの動きを繰り返す、地味といえば地味な行動の繰り返し。
ただそれは、見世物ではないのだから有用なのだ。
キールは努力した。
他人に頭を下げ協力を願い、他のものが大変なら率先して協力をした。
時に争って輪を乱すものたちには苛烈だったが、ほとんどのものからは尊敬され、頼られていたのだ。
気味が悪いほどに、誰も咎める者がいない場所で清廉に見えた。それほどに、愚直である好ましい人間に見えたし、見られてきた。余裕がでてくれば、ユーモアなジョークもかわし、硬すぎるというわけでもないのが更に彼に信頼を集める要因になっている。
その人間から考えられないほどに、口調は乱暴で、動きも粗雑。
「てめぇが! てめぇだろ! 返せよ、俺の夢を――! 俺の、ドラゴンを返しやがれよっ!」
きっと、今の口調と雰囲気なら、譲司といれば『類は友を呼ぶ』等といわれて間違いない。
堰き止めるレイピアという、デバフを与えるそれを、まるで棍棒でも持っているかのように振り上げる。
その武器の用途にはあっていない動きだ。
それは、向かっきながら叫ぶキールには目もくれなかったが――夢、という単語を発した時、その目がキールの方を向いた。
「死ねば戻んのか? じゃあ死ねやぁ! じゃなくても、死ね! 俺の夢を奪うような奴ぁ、誰でも死んじまえよ!!!」
火力が足りないが繊細な動きをするキールの良さというものは、全く死んでしまっている一撃。
しかし、繊細さが失われた代わりに暴力的ないつもよりは強い一撃。
それは、その攻撃を防御しようともしなかった。
ただ、じぃっと見ていて、攻撃されるままにその体でその攻撃を受けた。
高い音が鳴る。
折れたのだ。鉄に振り下ろした小枝のように。当たり前というように。
用途に合っていない動きとは言え、その武器はイベント産であり通常では手に入らないクラス。
その中でも現在の一級品と呼んでいい代物。
普通なら、乱暴に、叩きつけるように使ったとてそう簡単に折れなどしない。
ぶつけたのは、その大きく、見える中では柔そうな腹に向けられたものであったのに。
「クソが! 他の奴はどうしたっ! 今までの恩を、俺に返せよ! なんで誰もいねぇんだ、役に立たねぇ! ゴミが! クソが! 無能共が!」
今まで使ってきた愛用の武器を使えないとぽいと捨てると、爆炎のスキルを発動。
狙いすまして威力が集中した一撃ではない、派手で範囲は広いが火力が分散してしまう一撃だ。
さすがというか、取り乱しても、確かに分散するような未熟といえるものではあるが、それでも発動だけはしっかりとできている。キールはただでさえあまりオートというか、Gシステムのように発動に補助があるようなスキルを積んでいないのだ。これが別のプレイヤーなら、スキルをうまく使えないままということもある。それだけGシステム等の補助なし状態で自在にスキルを扱うというのは難易度が高い。現在は確かに不様であるものの、習熟してきたことそれ自体は見事といっていいプレイヤーだった。
しかし、当然のようにそれには傷1つつかない。
むしろ、相手にされていない。
攻撃されて、され続けて居る。
それをまるで気にしていない。排除すべき危険として認知されていない。
「せめて必要なときにペンの先程度の力を出せよクズども! 生ごみかよっ、俺の夢を取り返す手伝いをしろよ! 俺はさんざんどうでもいい貴様らの手伝いをしてきてやったんだろうが! 平和を保ってきてやったんだろうがっ!」
しかし、譲司との違いは、その言葉には何一つ思いやりといったような相手へのいたわりの感情は一かけらも乗っていないという事だろうか。
『夢?』
それから、声がした。
歪んで、反響するような声だ。
聞くものが耳をふさぎたくなるような、そんな不快感を呼び起こしてしまう声だ。
今まで言葉を発していないそれが、その単語が気になったというよに、繰り返すように声を漏らしたのだ。
「俺が欲しかった、格好のいいドラゴンだよ! 夢だった、夢だったんだよ! それは! てめぇがとったんだろうがっ!? そうだろ!」
返答として繋がっているようで繋がってない、理論もくそもない、ただの直感と感情の子供のような言い草だ。
――キールという青年は、幼少のころから今まで束縛が強い両親のもとで育った。
あれをしてはダメ、これをしないさい、これはあなたには必要ない、これを読みなさい、勉強をしなさい、運動もしなさい、できて当然、リーダーシップをとれるようになれ、まだ課題ができていないのかダメな奴だな、マナーを覚えろ、これを覚えろ、次は、次に、次、次、次……
抑圧されてきた。
押さえつけられて育ってきた。
両親の押しつけの教育、周囲の期待。尊敬の目、利用の目。
外面は明るい、欲がない、しかし人に優しい少年。
本当は玩具が欲しかったけれど、自由な場所で思うように遊びたかったけれど、そういえば怒られるから代わりにペンを持ち、決められた場所で決められた動きで靴履きつぶしただけの少年。
格好のいいものが好きだった。
特に、こっそり読んだ本の中のドラゴンという架空の存在が、とても好きだった。
そんな本も捨てられてしまったけれど、ずっとずっと覚えていた。書いては消してもしていた。画力が上がって、やることを増やされてしまったけれど、ずっとそれは続けていた。
そういったものは手に入らなかったから、ずっと頭の中で触れ合う日々。
空想は、妄想は。
キールに許された最大の娯楽だったから。
強くて、堂々としていて、狩りに来るものを時に悠々と蹴散らす。
物語の都合上やられてしまうだけだという考えだった。キールの中で、ドラゴンという存在は最強だった。自由な空の支配者たる存在だった。
だから、このダンジョンに来てドラゴンを見た時はそれだけで下着を汚してしまうほどに興奮した。
その時だけは前後不覚になって、来て間もないというのにすでにある程度の信頼を得ていた周りの人間がいぶかしがるほどに喜びを示した。
開き直ってドラゴン好きだけはアピールできるようになったのだ。
夢だ。
咎める者がいない。
夢がかなった。
ここでなら、視線におびえ続ける必要はない。
ドラゴンと共にあれるなら、そこまでの道程はなんら苦ではなく、彼にとっては努力とは言えないレベルのものでしかなかった。
他の人間は知らないが、キールにとっては紛れもなくここは夢の世界であったのだ。
最高の気分。
それが――あっけなくなくなってしまった。
スキルによって感じられた温かさや繋がりの全てが、そこにはない。
奪われたのだ。また、俺から奪うのだ。
キールはそう思った。
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