119 / 296
イリベロトスドルイワ1
しおりを挟む寝坊してしまった。
光太は時計を見て絶望する。
おーまいがっ、などと普段しないリアクションをしつつ、諦め開き直って朝食の準備をしつつテレビをつけた。
トーストをセットして、フライパンに卵を落とす。
『~にて、柏原泰一氏が逮捕されました』
「……まじか」
流れるニュース。
その人間の名前自体は知らなかったが、その人間が関わっている病院は良く知るものであったからだ。
家族、自分も含めてかかりつけの病院というやつだった。
馴染みも深く――記憶も深い。
その、病院にかかわる重役らしい人間の逮捕は、光太としても意外な衝撃を与えていたらしい。
証拠としては十分ではないかもしれないが、そのせいで卵が焦げ付いた臭いを発しだしていた。
「おぉっと!?」
すっかりと独り言が増えたものだと思いながら、少し焦げてへばりついた卵をはがす。
寮暮らしではない高校生の1人暮らしという、いなくはないが多くもないような生活をしているせいという事は自覚している。
誰もいない、というのは、寂しいものだから。
「いってきまー」
速やかに食事を終わらせると、一息ついてから玄関を出る。
学校にはもう間に合わない。
ぎりぎりなら焦りもするが、過ぎすぎれば落ち着きというものを取り戻してしまうらしい。
「おや、こんにちは」
「お? あんちゃん。おサボり?」
マンションの下まで降りれば、そこには顔見知りの青年がいた。
光太の記憶が確かなら、この時間は働いているはずだった。自分を棚に上げて明らかな歳も上の人間に『お前サボりか』といってのける。
「いやいや、僕は真面目だし」
「自分で真面目という人間はね、信用できないんですよ!」
「えぇ……」
実際、性格は真面目というか、そういうことをしない人間であることは知っている。もし、遅刻をしそうならもっと焦るだろう。
知り合ったころから変わらぬ、気の弱そうな感じで苦笑している青年を目の前にして、そういえばこの人とも結構長い付き合いだなぁと光太は思う。
「そういう世の中だから……時代に流されるあんちゃん、かわいそうに……」
「朝から年下の友達にかわいそがられている……なんでだ? 楽しい休日なはずなのに」
「休日だからってね、楽しいなんて幻想なんですよ! わかってよかったなぁ! 金を払え! 財布の中身全てでいいぞ! おらぁ! ジャンプしてみろ!」
「かつあげされている……」
まだ、家族が、違和感なく平和で、暖かだったころ。
そのころからの知り合いだ。
歳が少し上の短なる顔見知りというには近く、親友などというには離れすぎている人。
それなりに関わってきたせいか、どうしてもたまに昔のことを思い出してしまう材料になる人。
「というか、サボりは光太君では? 今日は学校でしょ。さぼりはいけないなぁ。学校にいけるのはいいことなんだよ」
「知っておる。寝坊したのじゃ。わらわだとて悪いと思っておるわ!」
「どこかの女王かなにかかな?」
「意図してサボったとか、そういう決めつけがね! 子供の方向性をね! ゆがめてね! しまうんですよ! ね!」
「ね。て君……」
適当に会話をしても怒らない人。
悩みを相談しようが、泣きついてみようが、その後の対応が変わらなかった有難い人でもあった。
「ねぇ、光太君」
「ん? 何? もういくから早めにね」
「君からボケてきたのに!?」
「しょっぎょむっじょ」
「はぁ……まぁ、いいけどさぁ……いまは楽しいかい?」
だから、光太が今1人暮らししていることも知っている。
その原因というか、理由も多分察している。心配げな目は、どうにも苦手だった。
頭が悪いんだから難しいことはわからない、などといいつつも、他人を気遣ってくる。
年下に馬鹿にされるような会話をされても苦笑するくらいしか表情をかえないくせに、こういう時は悲しげというか、わかりやすいほど心配を現すところは、ずっと苦手だった。
「まぁ、ほら、笑顔でしょ。楽しく笑顔で生きるのが俺の人生設計なのだ。それ以外は記されていない……」
「それは設計ミスでは……」
「それは建築する側のせい、つまり周りのせいだから……つまり、あんちゃんのせいやぞ。訴訟」
「わぁ、すごい冤罪かけてきおるこの子……まぁ、そっか。楽しく生きる。それは大事だよね。あ、さすがに話し込み過ぎかな? というかもう少し焦ろう。遅刻学生」
「うるせぇ!」
「わっ、理不尽にどなる情緒不安定な若者感急にだしてきた……!」
そんなことを話して、別れた。
三木光太という少年はその年が13になるまでは5人家族であった。
父、母、光太、妹、そして犬の5人家族だ。
4つほど離れた妹は、そこそこ年齢が離れていることもあるし、思春期に突入してないこともあってかその仲はずっと良い。
絵にかいたような幸せの家庭だ。
仲の良い両親、どちらかといえばやんちゃだが、妹の世話を率先してみる長男。そんな長男によくなつく素直な妹。散歩より家でまるまる太りたいらしい犬。
どちらを贔屓することもない、縛り付けるわけでもない、ちょっと親ばか目ではあるが行き過ぎではない程度の両親。
「おにーさんおにーさん。妹はお腹が空きましたよ」
「そうかー。そこにカップ麺があるじゃろう?」
「馬鹿め。私の口はもうオムライスの口になっているのだ。はよぅせい! はよぅよういせい!」
「どこの漫画にかぶれたんだ」
などといいつつも、ねだられれば億劫でもやってしまう程度には妹に甘い兄。
だからといって、程度はわきまえている要領のいい妹。
バランスとして悪くない兄妹。
「わふぅ」
「四太郎もお腹がすいたというておるぞ」
「そのキャラいつまで続けるの?」
「わふぅ……」
「無視すんなよこの野郎ぶち転がすぞ、というておる」
「言うておるか……え? このイッヌそんな口悪いキャラだったの?」
「せやで」
「せやろか」
「せやで」
「せやろか……」
ボケを交し合う様を見る犬はどこか呆れたような諦めたような視線で。
それらはきっと、ずっと続いてほしかった日々の形だった。
今でも、そのころを夢に見て涙してしまうほどの。
もう、二度目がない、繰り返した日々。
特別な価値なんて、その時は考えていなかった取り返しがつかない宝物めいた時間。
「オムライスはデミでいいよな?」
「は? 兄、は? なにいってるの? オムライスはケチャップに決まってるでしょうが……戦争だよ……頭にきちまった……人は過ちを繰り返す……粛清せねばならぬのだ……」
「お兄ちゃんは最近キャラが渋滞起こしてる妹の将来が心配です」
「心配するなよぅ、結婚式でスピーチをする権利をあげよう。だいちょー編たのまー。泣けるやつな!」
「それは父にさせてさしあげろ」
くだらない、何の足しにもならないはずの、単なる雑談でさえ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
催眠術師は眠りたい ~洗脳されなかった俺は、クラスメイトを見捨ててまったりします~
山田 武
ファンタジー
テンプレのように異世界にクラスごと召喚された主人公──イム。
与えられた力は面倒臭がりな彼に合った能力──睡眠に関するもの……そして催眠魔法。
そんな力を使いこなし、のらりくらりと異世界を生きていく。
「──誰か、養ってくれない?」
この物語は催眠の力をR18指定……ではなく自身の自堕落ライフのために使う、一人の少年の引き籠もり譚。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
最初から最強ぼっちの俺は英雄になります
総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!
クラス転移したからクラスの奴に復讐します
wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。
ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。
だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。
クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。
まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。
閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。
追伸、
雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。
気になった方は是非読んでみてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる