十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

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イリベロトスドルイワ1

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 寝坊してしまった。
 光太は時計を見て絶望する。
 おーまいがっ、などと普段しないリアクションをしつつ、諦め開き直って朝食の準備をしつつテレビをつけた。
 トーストをセットして、フライパンに卵を落とす。

『~にて、柏原泰一氏が逮捕されました』
「……まじか」

 流れるニュース。
 その人間の名前自体は知らなかったが、その人間が関わっている病院は良く知るものであったからだ。
 家族、自分も含めてかかりつけの病院というやつだった。
 馴染みも深く――記憶も深い。
 その、病院にかかわる重役らしい人間の逮捕は、光太としても意外な衝撃を与えていたらしい。
 証拠としては十分ではないかもしれないが、そのせいで卵が焦げ付いた臭いを発しだしていた。

「おぉっと!?」

 すっかりと独り言が増えたものだと思いながら、少し焦げてへばりついた卵をはがす。
 寮暮らしではない高校生の1人暮らしという、いなくはないが多くもないような生活をしているせいという事は自覚している。
 誰もいない、というのは、寂しいものだから。

「いってきまー」

 速やかに食事を終わらせると、一息ついてから玄関を出る。
 学校にはもう間に合わない。
 ぎりぎりなら焦りもするが、過ぎすぎれば落ち着きというものを取り戻してしまうらしい。

「おや、こんにちは」
「お? あんちゃん。おサボり?」

 マンションの下まで降りれば、そこには顔見知りの青年がいた。
 光太の記憶が確かなら、この時間は働いているはずだった。自分を棚に上げて明らかな歳も上の人間に『お前サボりか』といってのける。

「いやいや、僕は真面目だし」
「自分で真面目という人間はね、信用できないんですよ!」
「えぇ……」

 実際、性格は真面目というか、そういうことをしない人間であることは知っている。もし、遅刻をしそうならもっと焦るだろう。
 知り合ったころから変わらぬ、気の弱そうな感じで苦笑している青年を目の前にして、そういえばこの人とも結構長い付き合いだなぁと光太は思う。

「そういう世の中だから……時代に流されるあんちゃん、かわいそうに……」
「朝から年下の友達にかわいそがられている……なんでだ? 楽しい休日なはずなのに」
「休日だからってね、楽しいなんて幻想なんですよ! わかってよかったなぁ! 金を払え! 財布の中身全てでいいぞ! おらぁ! ジャンプしてみろ!」
「かつあげされている……」

 まだ、家族が、違和感なく平和で、暖かだったころ。
 そのころからの知り合いだ。
 歳が少し上の短なる顔見知りというには近く、親友などというには離れすぎている人。
 それなりに関わってきたせいか、どうしてもたまに昔のことを思い出してしまう材料になる人。

「というか、サボりは光太君では? 今日は学校でしょ。さぼりはいけないなぁ。学校にいけるのはいいことなんだよ」
「知っておる。寝坊したのじゃ。わらわだとて悪いと思っておるわ!」
「どこかの女王かなにかかな?」
「意図してサボったとか、そういう決めつけがね! 子供の方向性をね! ゆがめてね! しまうんですよ! ね!」
「ね。て君……」

 適当に会話をしても怒らない人。
 悩みを相談しようが、泣きついてみようが、その後の対応が変わらなかった有難い人でもあった。

「ねぇ、光太君」
「ん? 何? もういくから早めにね」
「君からボケてきたのに!?」
「しょっぎょむっじょ」
「はぁ……まぁ、いいけどさぁ……いまは楽しいかい?」

 だから、光太が今1人暮らししていることも知っている。
 その原因というか、理由も多分察している。心配げな目は、どうにも苦手だった。
 頭が悪いんだから難しいことはわからない、などといいつつも、他人を気遣ってくる。
 年下に馬鹿にされるような会話をされても苦笑するくらいしか表情をかえないくせに、こういう時は悲しげというか、わかりやすいほど心配を現すところは、ずっと苦手だった。

「まぁ、ほら、笑顔でしょ。楽しく笑顔で生きるのが俺の人生設計なのだ。それ以外は記されていない……」
「それは設計ミスでは……」
「それは建築する側のせい、つまり周りのせいだから……つまり、あんちゃんのせいやぞ。訴訟」
「わぁ、すごい冤罪かけてきおるこの子……まぁ、そっか。楽しく生きる。それは大事だよね。あ、さすがに話し込み過ぎかな? というかもう少し焦ろう。遅刻学生」
「うるせぇ!」
「わっ、理不尽にどなる情緒不安定な若者感急にだしてきた……!」

 そんなことを話して、別れた。



 三木光太という少年はその年が13になるまでは5人家族であった。
 父、母、光太、妹、そして犬の5人家族だ。
 4つほど離れた妹は、そこそこ年齢が離れていることもあるし、思春期に突入してないこともあってかその仲はずっと良い。
 絵にかいたような幸せの家庭だ。

 仲の良い両親、どちらかといえばやんちゃだが、妹の世話を率先してみる長男。そんな長男によくなつく素直な妹。散歩より家でまるまる太りたいらしい犬。
 どちらを贔屓することもない、縛り付けるわけでもない、ちょっと親ばか目ではあるが行き過ぎではない程度の両親。

「おにーさんおにーさん。妹はお腹が空きましたよ」
「そうかー。そこにカップ麺があるじゃろう?」
「馬鹿め。私の口はもうオムライスの口になっているのだ。はよぅせい! はよぅよういせい!」
「どこの漫画にかぶれたんだ」 

 などといいつつも、ねだられれば億劫でもやってしまう程度には妹に甘い兄。
 だからといって、程度はわきまえている要領のいい妹。
 バランスとして悪くない兄妹。

「わふぅ」
「四太郎もお腹がすいたというておるぞ」
「そのキャラいつまで続けるの?」
「わふぅ……」
「無視すんなよこの野郎ぶち転がすぞ、というておる」
「言うておるか……え? このイッヌそんな口悪いキャラだったの?」
「せやで」
「せやろか」
「せやで」
「せやろか……」

 ボケを交し合う様を見る犬はどこか呆れたような諦めたような視線で。
 それらはきっと、ずっと続いてほしかった日々の形だった。
 今でも、そのころを夢に見て涙してしまうほどの。
 もう、二度目がない、繰り返した日々。
 特別な価値なんて、その時は考えていなかった取り返しがつかない宝物めいた時間。

「オムライスはデミでいいよな?」
「は? 兄、は? なにいってるの? オムライスはケチャップに決まってるでしょうが……戦争だよ……頭にきちまった……人は過ちを繰り返す……粛清せねばならぬのだ……」
「お兄ちゃんは最近キャラが渋滞起こしてる妹の将来が心配です」
「心配するなよぅ、結婚式でスピーチをする権利をあげよう。だいちょー編たのまー。泣けるやつな!」
「それは父にさせてさしあげろ」

 くだらない、何の足しにもならないはずの、単なる雑談でさえ。
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