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泥遊びは楽しいか
しおりを挟む気だるげに1人の少年と、1人の年齢がよくわからない笑顔の男が話している。
気だるげに、2人ともソファーに深く沈み込んでいる。
直接会って話すのは、あまりないことであるが、どちらもそれを特別視しているわけではないのがわかる。
友人のような気安さはそこにあるわけではないが、お互いの態度を気にしない程度の関係。
少年は端末のようなものに目を向けていて、倒れるように沈み込んだ笑顔の男の腹の上には灰皿がある。
「世界が壊れる話ってまぁ、いろいろあるじゃない?」
よくくわからない笑顔の男――スカウトが、雑談の続きをするように話す。
「あるね。僕はあまり多くを見たことはないけど」
少年は特にそちらを向くわけでもなく、端末のようなものをいじりながら返答をした。
スカウトは別にその態度を咎めるでもなく、煙草を1本取り出して火をつけ、深く吸って、ため息するように大量に吐き出した。
「で、最終的に結構壊れはするけど、一応止める手段があったりもする」
すい、とスカウトが指を遊ぶように動かせば煙がまるで生き物のように色々な形をつくる。
少年がちらりとそれを見ると、煙は溶けるように消えていく。
「あったね。僕が見た奴は壊れたけど、例えば主人公かヒロインかが犠牲になれば助かるだとか、そういう話だったよ」
「すごいよねぇ。1人か、何人かが犠牲になれば助かっちゃうんだぜ! 世界! 見習ってほしいぜ」
もう1度煙を大量に吐き出す。
それは人の形をつくって、中心からひび割れたようにばらばらと崩れて溶けて消えた。
「すごいよねぇ。そりゃ、よってたかってその人をぼっこぼこにして従わせようとするよね、社会」
やだなぁ、という気配を漂わせながら、少年が近寄ってくる煙を追い払うようなしぐさをすると、そこに壁ができたように煙は先に進めなくなった。
見えない壁があるように、奇妙に遮断されている。
「どう考えても1人で世界なんてものをどうにかできるような力を持ってるやつを、そんな有象無象にどうにかできるはずないのになぁ」
「特化してるんじゃない? 僕だって、壊すのは得意だけど、他はどっちかっていうと苦手だ。僕はそんな奴ら死ねって思うようになったけど、助けたいから犠牲になる敵なのもあるかもしれないし」
「魔王倒せばいいみたいな感じで解決すると楽なんだが」
「倒せるような存在なら次はそいつを殺すための存在が必要になりそう?」
「いや、そこはほら。なんか周りの人間がはめて殺すんだろ」
「世界崩壊させるクラスの人間を、同じ人間だからってどうやって殺すんだろう……」
「毒とか効かないだろうしな。そんな人間が嫌になるように仕向けて自害か隠遁にワンチャンスかけるみたいな」
「あ、やっぱり世界ぶっ壊しますねってなるんじゃないかなぁ……」
「人は違うものを許容して平和に生きられない生き物なんだなぁ」
「悲しい」
スカウトがえい、と少年の方を指させば、煙はまた少年の方に流れ出した。
少年は、とても嫌そうな顔になる。
それを見て、スカウトは笑顔の上に更に笑顔を重ねるように笑い皺を深くした。
「俺らは自己犠牲クソ食らえみたいなのしかいないしねぇ……君は練習が足りないんだよ。最近はよくなってきたけど」
「そこは反省してる」
「そりゃよかった。幅は広い方がいいからねぇ。できることが多くなる――必要だしね」
煙が手の形になり、少年を指さした。
そして、それはどろりと溶けるように下に落ちて、フェルト人形のようになってころりと地面に転がる。
少年がそれをちらりと見ると、1部は煙になったが、残りはばらばらにはじけとんだ。
「少しはできるようになったさ……御覧の通り、未だに君らよりできる範囲狭いけどね」
「精進したまえよ」
「そうする」
少年がいつまでたっても消えない煙草の煙を手をかざすと、煙はちりじりに消えていく。
「ま、いくら俺やお前が精進しようが、同類が精進を重ね続けようが、それでもできないことはあるけどね」
そしてまた大量の煙がスカウトの口から吐き出された。
少年はもういいでしょといううんざりした表情をした。
「そりゃそうでしょ……で、何の話してたっけ……?」
「んー……あー……世界の話? 世界が壊れる話」
「あぁそうだった。で、僕たちの世界はどうしようもないって話だよね。僕でも……あななたちでも。そして全員でも。僕たちは物語の主人公たちほどの力はもっちゃいないから、世界が壊れるなんて意味の分からない事態をどうにかすることなんてできない。何かを倒せば解決するか? というとそういうものがいるわけでもない」
創作の話ならいいけど、自分たちのことだと思うとうんざりする、と少年もスカウトもため息を吐いた。少年は見た目からして青春の悩みでも抱いていそうなため息のつき方だったが、スカウトは笑顔のままだからどこか奇妙な光景だ。
「そうだね。どうしようもない。どうしようもないから、カクレンボしましょって話さ」
漂う煙が、追いかけっこをする人影に変わる。
その頭上には大きな目のようなものを作っていた。
「カクレンボっていうか、見逃してくれないかなー的な話じゃない……?」
「なんだけどねぇ」
苦笑。
「そういえば、スカウト。あなたって、前『僕』じゃなかったっけ」
気がめいりそう、とつぶやいて、少年は端末を手元から消して、話題の変更を試みる。
「ん? 一人称? そんなものは気分さ。決めてしまわなくなって、場合に応じればいいものなのさ。君もそうすればいい」
「ふーん」
沈黙。
少年には話題を変更しても続けるようなスキルはあまりないし、スカウトはそれをわかっていて乗らなかった。
少年の目が泳ぐ。マグロ並みに泳ぐ。
「あぁ、そうだ。これからは、君はセレクトって名乗ると良いよ。みんなそう呼びだしてるから」
スカウトは、それを少しばかり楽し気に眺めた後、助け舟のように話題を出す。
「てきとーだなぁ……というか、スカウトとセレクトって似てない……? ていうかすでにいなかったっけ、セレクトって……」
これ幸いと話題には乗るが、少年としては微妙な気分だ。
話がいまだにうまくできないこともそうだが、自分の通称が。
目の前の、1番同類たちの中では話す相手であり、最初のきっかけでもあるこの男と似ている事に不快感があるというわけではないが、どうにも。
「その辺はみんな雑だからな。まぁ、いいじゃん――思春期かな? コードネームみたいな感じでかっこいいとか思いやがれよ。被ってめんどくさくなったら増えるさ」
「というか、増やしたりするんじゃなくてさぁ、普通に名前くらい覚えようよって話だよ……わざわざ名前変える意味とは……」
さて、と少年は立ち上がる。
スカウトもそれを見て立ち上がると、小さく手をふりながら姿を消した。
それを確認すると、少年は窓を開けた。
風が流れる。
空は綺麗に晴れていた。
雨でも降ればいいと、少年は思った。
「練習に、また1つ雨でも降らせるか」
そう呟くと、雲が集まりだす。
雲はじわじわと黒くなっていく。
やがて、雨が降るだろう。
空と地面をつなぐように。世界が壊れるのを防ぐように、つなぎ留めるように。
嫌な気持ちも、流してくれるかもしれない。
晴れの日よりも、それは素敵なことだと少年は思った。
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