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あい すてる らぶ うー9
しおりを挟むいや、これ無理でしょ。
思わずそう呟く声が千都子から洩れる。
酷く疲れたような声だった。
呆れたような声でもある。
ダンジョンというには相応しくない、木々が広がる自然だらけの場所で。しかし、蟻と己以外は生物が見えたらない場所で、ため息を吐く。
千都子はここにきて、おそらく普通に己が攻略するのは不可能だったのでは? と思ったのだ。
(1㎜以下の蟻て)
強化された視界でもギリギリ見える範囲。
点が密集して蠢いている。嫌悪感を催す。
千都子は見るだけでただ生理的拒否感から肌が泡立つ感覚を、久しぶりに受けた。
(多分、これ、見えないサイズもいるよね)
きっと、見える範囲だけではないということが確信できている。
サイズが小さいものがでた、それだけで終わるわけがないと。
(より、入り込みやすい形。明らかに詰みでしょ)
今までも指程度のサイズや、それ以上の大きさでも目や鼻等々穴があればそこから入り込もうとはされたし、入り込みもされた。穴がなくても食いながら入られたこともある。
しかし、全ては見えている。見えていた。
近づけばわかるし、痛みのタイミングで自爆するようにスキルを発動すればうまく回避の可能性もあった。
(痛みなく入られる。きっと)
先が推測できたのだ。
おそらくこの先は、痛みなく、気付けば蟻に体内に侵入されているといった事態になっていたのだろうということが。
しかも、その蟻だって耐性を当たり前に取得していくのだろう。
(視界を切り替えられるようになったとしても――そんなの、対処できるだろうか)
縮小拡大を行い続けるようなものだ。
その負荷に耐えられるようになったとして、どれほどいるのだろうか。
小さくなればなるほど、その空間に数を置くことができるだろう。
酸の海に漂う蟻共といった階層もあった。
溶けるのも耐え、耐え続け、そこはクリアできたというのに。
自動取得やポイントで取得、強化できる体制というものに、例えばそのモンスター事態への耐性というものはないのだ。
蟻耐性なんてものがあれば、確かに防ぐこともできただろう。
最初から硬質の蟻がいようが、火を吹き酸を吐き氷を打ち出す蟻がいようが、積極的に肉を食もうとする蟻がいようが。
今までは一応見て逃走する選択肢があったからここまでくることができたのだ。
見えもしない、近づかれてもわからない。
そしておそらく、小さいだけで終わらない。
(感知も馬鹿になるなんて)
現時点でも、察知系スキルがうまく機能していない。ダンジョンの効果というよりは、新しい蟻の能力と思ったほうがしっくりとくる。
蟻共は、今だ千都子に攻撃の意思を示していない。見えるサイズのものからして、戸惑うように一定の距離を保つばかりだ。
だから、これは攻撃ですらない。恐らくそういう性質を持っているのだろう。これがもし攻撃判定なら、入り込む瞬間にでも攻撃判定が乗るのであれば、可能性としてカウンターのスキル等というものに期待を乗せることもできただろう。
だが、攻撃でなければカウンターも乗らない。
感知もできなければ、見えもしない。防御手段も潰されていく。攻撃も、その数を処分しようとすれば、今までよりもずっと早く耐性が乗ってしまうだろう。
挑戦し続ければ、恐らくこの階層は抜けることができるかもしれない。
しかし――おそらく、次の階層からは混ざりだすのだろうことが推測できた。
(これ以上のものは、私にはどうしようもない)
小さいのもいるなら、きっと巨大すぎるサイズもいるだろう。
どっちもいて、攻撃ですらないデバフまでかけられて、それに対応できるようになる想像が千都子にはできなかった。
最初に感じた、こんなところを進むのは不可能という気分よりも、より自分を判断で来ている上での確信だった。
今までだって、ぎりぎりだった。これに耐性のことまで考えれば、自分がどうこうとできるようになる可能性を得る前にどうしようもなくなることくらいは千都子にもわかるのだ。
他の誰かなら、もしかしてできるかもしれないが、千都子にはできない。
千都子は自分の能力というものを自覚している。
勉強と同じく、千都子は天才などではない。頑張りに頑張りを重ねても、秀才になれるかなれないか。
それが、他の事もそうだったというだけの話で。
時間を重ねれば確かに人並みにはできるようになっても、人並み以上の天才には決して手が届かず、このダンジョンはその時間がかかるということ自体が詰みにつながっていて――その終わりをここにはっきりと見たのだ。
(私に、そんな能力はない。私はここか、もう少し先で完全に詰んでいた。方法もない、時間も圧倒的に足りない。私はもたない――そう察したなら、精神の終わりだった)
心にヒビが入ってしまえば、死に戻った時のリスクが高くなる。
掲示板を通してではあるものの、幾人もおかしくなっていった人間を目にした。
千都子は、死にたくないという思いが強い。
だから、これまでやってこれたともいう。
必ず抜け出してやると思っていた。生き抜いてやると。
(いなくなっている、後ろの子達も取り戻さなければ)
見えなくなった、他人にとっては幻覚といわれるだろうそれ。
いなくなって良かった、見えなくなって良かった等と、千都子は考えていなかった。
(許されることなんてないんだから。だから、いなくなったのはこのダンジョンに来たからだ。抜け出せばきっと、きっと戻ってくる)
罪の証だった。
良心の証明でもある。
そして、依存でもある。
千都子にとって、それは無くなっていいものではなかった。
そんなことは認められないのだ。
(私の、ちゃんといる、私の家族たちだから――)
その思いさえ、削れてなくしてしまったのだろうかと思うと、体がぶるりと震える。
削れる速度が速まれば、そこからは落下するように終わっていくというものを見ているだけに、より恐怖が想像しやすいだけに。
(なんだかわからない。わからないけれど、なおさら早くいかないといけないことだけはわかった)
現実逃避的に来たし、決めたダンジョンを進んでいくという行為だった。
しかし、こうなっては理性的にもこの行動が正しかったと千都子には思える。
(チャンスというか、これが唯一の手段だったんじゃないかな? いや、これが既定のルート?)
あの存在をこみで考えられているのではないか?
ということすら思う。さすがに、無理が過ぎると思ったからだ。
同じ難易度の掲示板仲間もそういう予想をしているようだが、基本的に千都子もこのダンジョンというものはクリアを前提にされているものだと考えている。
それにしても、クソゲという難易度は色々おかしすぎてその枠に入っていないような気はするものの、絶対クリアでないようにはされていないと思うのだ。
それからすれば――この状況こそ想定内で。
(逃げることさえ加味されてたとすれば、ぞっとしないけど)
選んで放り込まれたのかと、そう思うと背筋が凍る思いだった。
(いや、いい。考えてもわからない。とにかく、進もう。これが想定内とすれば――これで終わるとは思えない気がするけど、それでも進むしかないんだから)
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