十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

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君の苦手な2

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 このダンジョンに雨は降らない。
 というよりも、ミキが調べた限りにおいて、天候が変化するダンジョンというものは少ないらしい。
 吹雪のダンジョンがあって、それが強まったり弱まったりする程度の変化はある。変わるところも、なんというか定期的というか変わるタイミングが固定されている場合が多いようだった。
 季節が変わるような変化までくれば、ほぼないようなもののようだ。ずっと豪雨状態の階層があるダンジョンなどからすれば、少しは晴れ間がのぞけといいたくなるかもしれない。

 クソゲで、マグマが雨のように降ってきたかと思えば次の瞬間には魂ごと凍ってしまいそうな冷たい晴れになる、といったようなダンジョンもあったようだが、もはや語る人間がいなくなってしまったようなので詳しくはわからない。しかし、これは除外していいだろう。

 ミキがいるダンジョンには空が確かにある。
 太陽のようなものが確かに光を放っている。
 雲だってしっかり流れいてるように見える。

 ただ、曇りになったり、雨が降ったり。
 逆に雲一つない空になったりも、しない。
 寒くなったりも、暑くなったりもしない。
 始めは森のような場所で、先に進んでいけば、SFで見るような鉄じみた床や建物の風景になっていく。

 敵といえば、ミキとしては話が合わないような奇抜の色を下服をきた、どうみても人間だったり、先にもっと進んだら、映画で見るようなパワードスーツをきたような……これまた中身はどうみても人間が入ってるような敵。
 ただ、先に進もうが雨は降らない。
 景色が変わっても、降水確率が上がるわけではない。

『雨は好きだよ。何か、そこにいていいって言われてる気分になれるから』

 と、三郎太が好んでいた雨は、ここにはない。
 それは、ダンジョンという自称に対して外のように見える景色であろうが、外でなく内でしかないことの証明であるのだろうか。
 外と同じようでいて、致命的に違うもの。
 同じ人間のようでいて、違ってほしいもの。

『嫌だ! だって、だって人間じゃないか。どうみたって、ただの怖がってる』

 そう叫んでいた三郎太はもういない。
 青ざめて、それでもここから抜け出すためにはそれが必要だという事を必死に理解して。
 1人じゃなかったから。

『大丈夫……大丈夫。だって、1人じゃないから』

 1人だったら。
 ミキもそうだが、きっと三郎太という人間もどうしようもなくなっていたかもしれない。
 虫も殺せないような人間だった。
 酷く、他の生物を傷つけることが嫌いな人間だったから。

 それでも、それをしたのはきっと自らためではなかった。
 三郎太はきっと、自身というものを目的としたのなら、引きこもってしまっているだろうということがミキには確信できた。
 部屋では、狂うことができない。
 外でいくらおかしくなって帰ってこようが、ここではある程度正常にどうしたって戻される。
 狂いきることができない。

 そうして、理性というものを外していくことはできないのだ。
 三郎太にとって、それはもしかして不幸なことだったかもしれないとミキは思う。
 多くのものにとって有意義で安全に保たれることが、必ずしも個人に幸福をもたらすわけではない。
 いつまでだって、三郎太は健康だ。
 それでも心はすさんでいく。ただ、発狂というものをし続ける事ができないだけで、ストレスはたまる。心は確かに傷がつく。

『あっ――』

 ミスを生む。
 やりたくないから。無理やりにやっているから。
 仲間がいるからと、意識を切り替えた振りをしたって、どうしても今までの感性を消すことができずに。
 仲間を巻き込んで死んでいった。

(削られた。たくさん、たくさん。そうして、そうしていって)

 今、三郎太はそんなミスをしない。

(同じくらいに死んだのに、私はあまり削られていない。いいや、ペナルティは受けているけれど、それだってどうしようもあるものでしかない。そこには、はっきり差があるんだ)

 始めは、他愛もない事。
 次第に、人格に影響するようなレベルに。
 三郎太という人間自身が、だんだんと薄くなっていくようだった。
 それを見ていることはミキには辛い事だったけれど、それでも大丈夫と笑うのだ。

(そうなる人間には、同じような特徴がある)

 三郎太以外に、削られていく仲間もいたが三郎太ほどではなかった。
 仲間や知り合い、誰しもが、三郎太ほどペナルティは受けていない。

(削られるたびに、その変わりみたいに躊躇わなくなったんだ。それはきっと、削られてたまたま訪れた結果じゃない。仲間も、大なり小なりそうなっていた。私がそうならなかったのか――きっと、初めからできていたからだ)

 ミキという人間は、人見知りであるが、ドライだ。
 そのあたり、きっちりと切り分けることができている。
 ある種の不適合者ともいえるだろう。
 きっと、ダンジョンじゃない日常でも、それが必要なら普通の人間以上に引き金を引ける人間だった。その自覚もある。
 三郎太は、虫を殺すのもためらう人間。
 ミキは、そこからすれば必要なら何を殺すのもためらわない人間なのだ。

(死んで、そうならないのは、私のように最初からそうできるような人間ばかりに見える)

 ペナルティである、と考えていた。
 いや、確かにほとんどのものにとってこれはマイナス要素であるといっていい。
 が、先に進む、ダンジョンのクリアを目的とした場合、それをしやすくする救済要素でもあるのではないかと、ミキはある時思ったのだ。

(だから、最初は軽いんだ)

 初めは、問題ない部分。

(だんだん、だんだん、重くなっていく)

 敵と相対して、攻撃することに未練など持たないように。
 心の負荷が少なくなるように。

(これを親切と呼ぶには反吐がでる。そうしたやつこそ殺してやりたい――)

 それでも、これはきっとペナルティではない。

(調整で、救済措置なんだ。どうしてもできないまま、繰り返し死なせないための)

 最初のころと違って、三郎太はもうそんなミスをしない。
 殺すたびに顔をしかめたり、戸惑ったりするようなことはない。
 傷つけるたび苦痛の呻きを上げることはない。
 時折思い出したように青い顔をすることもない。
 虫を殺すように、敵を殺すことができる。
 その動きは、もはやベテランといっていいだろうというほどに洗練されている。
 作業のように、三郎太は生き物を殺すことができるようになった。

(実際、三郎太の死亡率は下がっていった。全体の死亡率も。そうなるたびに、効率がよくなったからだ)
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