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君の苦手な1
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クリアしますか?
と表示される文字を目の前にして、ミキはそれを押せずにいる。
ずっとずっと、押せないままでいる。
「ミキ、どうしたの?」
優しく呼ぶ声が聞こえる。
なんでもないよ、とそういう声は、震えたりしていないだろうかと、ミキはいつも心配になる。
「そう? 具合が悪くなったらいってね」
そういって微笑む顔は変わらないままだと思う。
こんな、意味の分からない場所でもっても。
ミキにとって、知りもしない場所に放り出されたことは不幸であった。
ミキにとって、そんな中で幼馴染と呼べるような関係の異性がいたことは、幸福であったはずだ。
クールだなんだと言われるミキだが、それは近寄りがたい雰囲気を出しているという事でもあり、人見知りでもある。
1人ここに放り出されたなら、ナイトメアでソロという不可能に挑む羽目になっていたか、口八丁手八丁で心がすり減っている時に騙されるか、その容姿に目をつけられて力か数の理に押されて襲われていただろうことは間違いなかった。
生まれつきの鋭いように思える雰囲気を、幼馴染のほんわかしたような空気が中和してくれる。
その結果――仲間もできて、攻略はなんとか終わったと言えたのに。
ミキは、いまだにクリアの選択をできないままでいる。
「おいしいかい? それ」
「ん? これ? おいしいよ」
幼馴染である三郎太が、微笑みながら食べているカレーライスを見て、ぽつりと尋ねれば、にこやかなままにそう答える。
何も変わっていないと思う。
何も変わっていないように見えることこそ、心が痛む。
「……三郎太は、クリアしたいと思わないの」
「ミキがクリアしたら、僕だってそうするよ」
何度も繰り返した会話。
ミキがもうクリアできるように、三郎太だってもうクリアできるのだ。出口にまでたどり着いているし、クリアしたいことを宣言すれば先ほどのように表示がでもする。
他にいた仲間は、もうクリアしていない。
仲間のうち、残っているのはミキと三郎太だけ。
協力し合える関係の人たちも、だんだんと減っている。
『ここにいたって、どうしようもないだろ』
そう言われたことを覚えている。
『選べるうちに選んだほうがいい。選ばされているにしたって――ずっとこんなとこにいるよりましだ。そう思うしかないだろ?』
だから、クリアしようと誘われもした。
『まだ、続くにしたって、一緒にクリアしたら同じところに行けるかもしれないじゃん……一緒にいこうよ』
仲良くなった、友達と呼べる存在がそういってくれた。
1人なら。
ここにきたのが1人ならそもそも仲間に慣れていないだろうが、もし、1人でそう誘われたのなら。
1も2もなく、そうしたのだろう。
ミキは、何もクリアのその先に不安を抱いているというだけで、クリアしないわけではなかった。
「ポイント稼ごうか」
「そうだね」
短い会話。
ミキと三郎太は、生まれてすぐからの付き合いだ。
沈黙だろうが、気まずくもならない。
異性の幼馴染でありながら、小学校、中学校、高校と、ずっとずっと仲がいいままでここまできたのだ。
揶揄されようが、時に馬鹿にされようが。
喧嘩しても、距離を離そうとすることなく。
きっと、お互いにとってお互いが必要なのだと、ミキはそう思っている。
『男らしくない』
とは呪いの言葉だとミキは思う。
『女らしくない』
と同じように。
そうあるべきと定めて強制されるような気分になるのだ。
「……っ!」
ミキの放った槍が、いともたやすく敵の体を貫通する。
安定して狩れる場所を選んでいるから、2人だろうが苦戦することはない。
三郎太の放ったスキルが、別の敵の頭を砕いた。ぱん、と、血の花が咲く。
一瞬、三郎太が顔をしかめたように目るのは、錯覚であることをミキは自覚していた。
ただ、そうあってほしいだけなのだという事を、自覚している。
『えー、女の子じゃん』
女にそう言われて、微笑んでいても傷ついたことを知っている。
可愛いものが好きで、柔らかいものが好きで、こまごまとしたものをつくったり、料理をしたりが得意な人。
三郎太という、少し厳めしさのようなものを感じてしまう名前に対して、本人はどこまでも争いから遠いものを好んだ。
くすくすと笑われようが、決して自分から喧嘩しにいけはしない。
悲しくなっても、激怒はできない人だった。
それを見て、自分が代わりに怒るようになったことをミキは覚えている。
ミキだって、争いが好きではない。
けれど、どうしようもなく、幼馴染が貶められるのは腹が立ったから。
『男なのに』
逆に、そうすることで、こんどは同性であるはずの男に言われてぽつんと所在なさげになったことを覚えている。
それでも、離れようともしなかったし、怒りもしなかった。
だから、ミキはそれを見て、せめて自分は『男のくせに』等と貶める目的で相手にほざきながら『女の子だから』と自分は性別での有利を主張するようなダブルスタンダードはせめてしないように生きようと決めた。
関係なく、大切な人の好きなモノを貶めない自分であろうと。
優しく笑う顔が好きだったから。
ミキにとって、三郎太は平和な日常の象徴のような存在だったから。
自分が馬鹿にされようが全く怒らないくせに、漫画みたいにミキ自身が貶められれば激怒するのを知っているから。
落ち込んだ時には、黙って側にいてくれるのを知っているから。
それで八つ当たりしても、ただ許してくれること知っているから。
(虫も殺せないような君が)
考えていようが体は動く。
次に、次に、貫いていく。
なるべく回さないようにと、そうしてしまうのは意識的でもあり、無意識的にでもある。
何食わぬ顔のままで、淡々と処理する。
見た目が、どう見たって人間にしか見えない生き物を。
(そうする君を見るのが、とても嫌だなんて思うのは私のわがままなんだろうけど)
ためらいなどなく。
ミキも、三郎太も。
毎日繰り返すライフワークに過ぎない。
(それでも、とても、とても似合わないと私は思う)
と表示される文字を目の前にして、ミキはそれを押せずにいる。
ずっとずっと、押せないままでいる。
「ミキ、どうしたの?」
優しく呼ぶ声が聞こえる。
なんでもないよ、とそういう声は、震えたりしていないだろうかと、ミキはいつも心配になる。
「そう? 具合が悪くなったらいってね」
そういって微笑む顔は変わらないままだと思う。
こんな、意味の分からない場所でもっても。
ミキにとって、知りもしない場所に放り出されたことは不幸であった。
ミキにとって、そんな中で幼馴染と呼べるような関係の異性がいたことは、幸福であったはずだ。
クールだなんだと言われるミキだが、それは近寄りがたい雰囲気を出しているという事でもあり、人見知りでもある。
1人ここに放り出されたなら、ナイトメアでソロという不可能に挑む羽目になっていたか、口八丁手八丁で心がすり減っている時に騙されるか、その容姿に目をつけられて力か数の理に押されて襲われていただろうことは間違いなかった。
生まれつきの鋭いように思える雰囲気を、幼馴染のほんわかしたような空気が中和してくれる。
その結果――仲間もできて、攻略はなんとか終わったと言えたのに。
ミキは、いまだにクリアの選択をできないままでいる。
「おいしいかい? それ」
「ん? これ? おいしいよ」
幼馴染である三郎太が、微笑みながら食べているカレーライスを見て、ぽつりと尋ねれば、にこやかなままにそう答える。
何も変わっていないと思う。
何も変わっていないように見えることこそ、心が痛む。
「……三郎太は、クリアしたいと思わないの」
「ミキがクリアしたら、僕だってそうするよ」
何度も繰り返した会話。
ミキがもうクリアできるように、三郎太だってもうクリアできるのだ。出口にまでたどり着いているし、クリアしたいことを宣言すれば先ほどのように表示がでもする。
他にいた仲間は、もうクリアしていない。
仲間のうち、残っているのはミキと三郎太だけ。
協力し合える関係の人たちも、だんだんと減っている。
『ここにいたって、どうしようもないだろ』
そう言われたことを覚えている。
『選べるうちに選んだほうがいい。選ばされているにしたって――ずっとこんなとこにいるよりましだ。そう思うしかないだろ?』
だから、クリアしようと誘われもした。
『まだ、続くにしたって、一緒にクリアしたら同じところに行けるかもしれないじゃん……一緒にいこうよ』
仲良くなった、友達と呼べる存在がそういってくれた。
1人なら。
ここにきたのが1人ならそもそも仲間に慣れていないだろうが、もし、1人でそう誘われたのなら。
1も2もなく、そうしたのだろう。
ミキは、何もクリアのその先に不安を抱いているというだけで、クリアしないわけではなかった。
「ポイント稼ごうか」
「そうだね」
短い会話。
ミキと三郎太は、生まれてすぐからの付き合いだ。
沈黙だろうが、気まずくもならない。
異性の幼馴染でありながら、小学校、中学校、高校と、ずっとずっと仲がいいままでここまできたのだ。
揶揄されようが、時に馬鹿にされようが。
喧嘩しても、距離を離そうとすることなく。
きっと、お互いにとってお互いが必要なのだと、ミキはそう思っている。
『男らしくない』
とは呪いの言葉だとミキは思う。
『女らしくない』
と同じように。
そうあるべきと定めて強制されるような気分になるのだ。
「……っ!」
ミキの放った槍が、いともたやすく敵の体を貫通する。
安定して狩れる場所を選んでいるから、2人だろうが苦戦することはない。
三郎太の放ったスキルが、別の敵の頭を砕いた。ぱん、と、血の花が咲く。
一瞬、三郎太が顔をしかめたように目るのは、錯覚であることをミキは自覚していた。
ただ、そうあってほしいだけなのだという事を、自覚している。
『えー、女の子じゃん』
女にそう言われて、微笑んでいても傷ついたことを知っている。
可愛いものが好きで、柔らかいものが好きで、こまごまとしたものをつくったり、料理をしたりが得意な人。
三郎太という、少し厳めしさのようなものを感じてしまう名前に対して、本人はどこまでも争いから遠いものを好んだ。
くすくすと笑われようが、決して自分から喧嘩しにいけはしない。
悲しくなっても、激怒はできない人だった。
それを見て、自分が代わりに怒るようになったことをミキは覚えている。
ミキだって、争いが好きではない。
けれど、どうしようもなく、幼馴染が貶められるのは腹が立ったから。
『男なのに』
逆に、そうすることで、こんどは同性であるはずの男に言われてぽつんと所在なさげになったことを覚えている。
それでも、離れようともしなかったし、怒りもしなかった。
だから、ミキはそれを見て、せめて自分は『男のくせに』等と貶める目的で相手にほざきながら『女の子だから』と自分は性別での有利を主張するようなダブルスタンダードはせめてしないように生きようと決めた。
関係なく、大切な人の好きなモノを貶めない自分であろうと。
優しく笑う顔が好きだったから。
ミキにとって、三郎太は平和な日常の象徴のような存在だったから。
自分が馬鹿にされようが全く怒らないくせに、漫画みたいにミキ自身が貶められれば激怒するのを知っているから。
落ち込んだ時には、黙って側にいてくれるのを知っているから。
それで八つ当たりしても、ただ許してくれること知っているから。
(虫も殺せないような君が)
考えていようが体は動く。
次に、次に、貫いていく。
なるべく回さないようにと、そうしてしまうのは意識的でもあり、無意識的にでもある。
何食わぬ顔のままで、淡々と処理する。
見た目が、どう見たって人間にしか見えない生き物を。
(そうする君を見るのが、とても嫌だなんて思うのは私のわがままなんだろうけど)
ためらいなどなく。
ミキも、三郎太も。
毎日繰り返すライフワークに過ぎない。
(それでも、とても、とても似合わないと私は思う)
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