十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

文字の大きさ
174 / 296

君の苦手な1

しおりを挟む
 クリアしますか?
 と表示される文字を目の前にして、ミキはそれを押せずにいる。
 ずっとずっと、押せないままでいる。

「ミキ、どうしたの?」

 優しく呼ぶ声が聞こえる。
 なんでもないよ、とそういう声は、震えたりしていないだろうかと、ミキはいつも心配になる。

「そう? 具合が悪くなったらいってね」

 そういって微笑む顔は変わらないままだと思う。
 こんな、意味の分からない場所でもっても。
 ミキにとって、知りもしない場所に放り出されたことは不幸であった。
 ミキにとって、そんな中で幼馴染と呼べるような関係の異性がいたことは、幸福であったはずだ。
 クールだなんだと言われるミキだが、それは近寄りがたい雰囲気を出しているという事でもあり、人見知りでもある。

 1人ここに放り出されたなら、ナイトメアでソロという不可能に挑む羽目になっていたか、口八丁手八丁で心がすり減っている時に騙されるか、その容姿に目をつけられて力か数の理に押されて襲われていただろうことは間違いなかった。
 生まれつきの鋭いように思える雰囲気を、幼馴染のほんわかしたような空気が中和してくれる。
 その結果――仲間もできて、攻略はなんとか終わったと言えたのに。
 ミキは、いまだにクリアの選択をできないままでいる。

「おいしいかい? それ」
「ん? これ? おいしいよ」

 幼馴染である三郎太が、微笑みながら食べているカレーライスを見て、ぽつりと尋ねれば、にこやかなままにそう答える。
 何も変わっていないと思う。
 何も変わっていないように見えることこそ、心が痛む。

「……三郎太は、クリアしたいと思わないの」
「ミキがクリアしたら、僕だってそうするよ」

 何度も繰り返した会話。
 ミキがもうクリアできるように、三郎太だってもうクリアできるのだ。出口にまでたどり着いているし、クリアしたいことを宣言すれば先ほどのように表示がでもする。
 他にいた仲間は、もうクリアしていない。
 仲間のうち、残っているのはミキと三郎太だけ。
 協力し合える関係の人たちも、だんだんと減っている。

『ここにいたって、どうしようもないだろ』

 そう言われたことを覚えている。

『選べるうちに選んだほうがいい。選ばされているにしたって――ずっとこんなとこにいるよりましだ。そう思うしかないだろ?』

 だから、クリアしようと誘われもした。

『まだ、続くにしたって、一緒にクリアしたら同じところに行けるかもしれないじゃん……一緒にいこうよ』

 仲良くなった、友達と呼べる存在がそういってくれた。
 1人なら。
 ここにきたのが1人ならそもそも仲間に慣れていないだろうが、もし、1人でそう誘われたのなら。
 1も2もなく、そうしたのだろう。
 ミキは、何もクリアのその先に不安を抱いているというだけで、クリアしないわけではなかった。

「ポイント稼ごうか」
「そうだね」

 短い会話。
 ミキと三郎太は、生まれてすぐからの付き合いだ。
 沈黙だろうが、気まずくもならない。
 異性の幼馴染でありながら、小学校、中学校、高校と、ずっとずっと仲がいいままでここまできたのだ。
 揶揄されようが、時に馬鹿にされようが。
 喧嘩しても、距離を離そうとすることなく。
 きっと、お互いにとってお互いが必要なのだと、ミキはそう思っている。

『男らしくない』

 とは呪いの言葉だとミキは思う。

『女らしくない』

 と同じように。
 そうあるべきと定めて強制されるような気分になるのだ。

「……っ!」

 ミキの放った槍が、いともたやすく敵の体を貫通する。
 安定して狩れる場所を選んでいるから、2人だろうが苦戦することはない。
 三郎太の放ったスキルが、別の敵の頭を砕いた。ぱん、と、血の花が咲く。
 一瞬、三郎太が顔をしかめたように目るのは、錯覚であることをミキは自覚していた。
 ただ、そうあってほしいだけなのだという事を、自覚している。

『えー、女の子じゃん』

 女にそう言われて、微笑んでいても傷ついたことを知っている。
 可愛いものが好きで、柔らかいものが好きで、こまごまとしたものをつくったり、料理をしたりが得意な人。
 三郎太という、少し厳めしさのようなものを感じてしまう名前に対して、本人はどこまでも争いから遠いものを好んだ。
 くすくすと笑われようが、決して自分から喧嘩しにいけはしない。
 悲しくなっても、激怒はできない人だった。

 それを見て、自分が代わりに怒るようになったことをミキは覚えている。
 ミキだって、争いが好きではない。
 けれど、どうしようもなく、幼馴染が貶められるのは腹が立ったから。

『男なのに』

 逆に、そうすることで、こんどは同性であるはずの男に言われてぽつんと所在なさげになったことを覚えている。
 それでも、離れようともしなかったし、怒りもしなかった。

 だから、ミキはそれを見て、せめて自分は『男のくせに女らしくない』等と貶める目的で相手にほざきながら『女の子だから男だから』と自分は性別での有利を主張するようなダブルスタンダードはせめてしないように生きようと決めた。
 関係なく、大切な人の好きなモノを貶めない自分であろうと。
 優しく笑う顔が好きだったから。

 ミキにとって、三郎太は平和な日常の象徴のような存在だったから。
 自分が馬鹿にされようが全く怒らないくせに、漫画みたいにミキ自身が貶められれば激怒するのを知っているから。
 落ち込んだ時には、黙って側にいてくれるのを知っているから。
 それで八つ当たりしても、ただ許してくれること知っているから。

(虫も殺せないような君が)

 考えていようが体は動く。
 次に、次に、貫いていく。
 なるべく回さないようにと、そうしてしまうのは意識的でもあり、無意識的にでもある。
 何食わぬ顔のままで、淡々と処理する。
 見た目が、どう見たって人間にしか見えない生き物を。

(そうする君を見るのが、とても嫌だなんて思うのは私のわがままなんだろうけど)

 ためらいなどなく。
 ミキも、三郎太も。
 毎日繰り返すライフワークに過ぎない。

(それでも、とても、とても似合わないと私は思う)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

催眠術師は眠りたい ~洗脳されなかった俺は、クラスメイトを見捨ててまったりします~

山田 武
ファンタジー
テンプレのように異世界にクラスごと召喚された主人公──イム。 与えられた力は面倒臭がりな彼に合った能力──睡眠に関するもの……そして催眠魔法。 そんな力を使いこなし、のらりくらりと異世界を生きていく。 「──誰か、養ってくれない?」 この物語は催眠の力をR18指定……ではなく自身の自堕落ライフのために使う、一人の少年の引き籠もり譚。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

最初から最強ぼっちの俺は英雄になります

総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...