十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

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粘土細工の舞台

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 向かい合う、男女。
 お互いには距離があり、その周りを囲むように他プレイヤーたちがざわつきながらそれを見ている。

「俺はロール『騎士』のクレイジークレイを配置するぜ!」

 男――林田がそう叫ぶと同時にインベントリから何かを取り出して放り投げた。
 それはこのダンジョン――粘土細工の舞台では定番と化しているある物体。
 一見してそれはただの大きな四角に見えた。
 しかし人間大の大きさのそれはそのままではなく――展開図のようにぱたりと開く。

「ナイス造形美!」
「テンプレだけどいいよね……ケンタウロス系……」
「いい……」

 声が飛ぶ。
 林田は手を挙げそれに答えた。
 中から現れたそれは、美しい馬の体を持った鎧の兵士……といえばいいだろうか。
 ただ、色が粘土色であること以外それは見事な造形をしている。
 決められた動きなのか、それとも意思があるのか。
 見た目は見事であるが粘土細工の像のように見えるそれは、地面をするように足やその手に装備されている同じ素材でできているのだろう色をした槍を上下に細かく動かすなどしている。

「――私はロール『魔法使い』のクレイジークレイを展開! ロール『魔法使い』の効果によってアイテムクレイの展開も同時に行う!」
「なんだと!」

 同じく、相対している女――向井が叫びながら四角形の物体をまずは投げ、展開が始まる。

「いきなり魔法使いか……リスキーなことをするな」
「勝つ気がない……? 自爆戦法すぎないか? 初手で魔法使いは……」
「現在ルールができて初期で何人もやって失敗しているパターンだからな。だが……一応成功例もないことはない……一概に勝負を捨てているとは言えんだろう」

 出てきたのは、テンプレの魔女めいた格好をした少女っぽい姿。こちらも同じような素材でできているらしいもの。

「魔法使いで人型か……」
「いや、アイテムによるだろ」

 先に展開された騎士に比べ、あまり評価はよろしくないのか微妙な声ばかりが上がる。
 しかし、向井はそれを気にすることなく次の四角形を放り込んだ。

「……! あれは!」
「馬鹿な! 『機械歩兵の武器』だと……!」
「造形は多少いじっているが範囲内……」

 その中からはロケットランチャーのようなものがいくつか展開。
 それに魔女――というか見た目からすれば魔法少女というべきか――が手を向ければ、そうあることが正しいというように周りに浮遊してその口を全て騎士に向ける形となった。

「そうか……小さな人型にしたのは趣味じゃなく……リソースの……!」
「考えたな……しかし、相手も鈍重な騎士タイプじゃあない! これがディフェンシブな騎士タイプなら完封もあり得たかもしれないが――」
「確かに。しかし――」


 などと知らない人間は置いてけぼりですと言わんばかりの何かをしているのが、このダンジョン、難易度ハードである『粘土細工の舞台』の日常である。
 なんというか、このダンジョンはかなり最初から質が変わっていたといっていい。
 最初にプレイヤーたちがあった敵は、丸っこい粘土でできたスライムというべきか。
 見た目以上に質量があるのか、油断すれば骨を容易く持っていかれる速度で体当たりしてきたり、頭に当たれば即終了する程度には姿に反して弱くない。形も基本丸型ではあるが色々変化しながら襲ってくるのだから、対処はワンパターンではできない。
 それが1~数百までまばらに襲ってくるのだから、ハードといえばハードではあった。
 色々と整うまでは、確かに相応の戦闘での苦悩や苦労がそこにはある。

 しかし、深度が進んでも敵は大してかわらなかった。大きさと攻撃の種類が変わるくらいだろうか。
 なんというか、油断してはいけないしもちろん強いし苦労はしているはずなのだが、どうしたって飽きるというか。風景もどろっぽいところとか硬いところがある粘土みたいなのがそこら中に落ちているというのがずっと続くから代り映えしなさ過ぎるというか……
 ほとんどのプレイヤーはもちろん危険を求めているわけではなかったが、『何か……違うんだよなぁ……』という気分になりがちだったのは確かだ。冒険ラブロマンス! とか、君と僕とで友情愛情! 等があまり起きないPTパーティーばかりだったり、所謂そういう補正持っているような奴が運がいいのか悪かったのかいなかったからなのか。事件もイベントもあんまり起きないというか。
 PKに走るようなのもあんまりいなかったというか、こんな状況で人同士で喧嘩とかしてぎすぎすしてもね……死んでも会っちゃうんだし……とみんな変に冷静だったというか、全体的に安全思考で会話もちゃんとできる人間が多かったというか多すぎたというか……

 淡々と進むそれは作業になっていくというか。安全なのはいいけど、せっかくファンタジーなんだし……もうちょいなんかこう……なぁ? みたいな空気というか。
 人とはなんとも我儘なものである。
 クソゲだったりナイトメア以上だったり、その難易度にいるのおかしくね? みたいな一部のダンジョンだったりしたならばそういうものは悲劇や喜劇にされる隙になったりしかねないが、そういうのもなかったものだからなんだか緩いというか、ダメな空気も流れるというものだ。色々かみ合った……? 結果の現状というべきかもしれない。

 それが変わったのは、最終エリアに――このダンジョンの攻略は引きこもることを選択したもの以外ほぼすべてのプレイヤーにとって終わっているといっていい――ついてからだ。
 そこにいたのは、いつもの丸い奴であってそうでないものだった。
 同じ素材――ファンタジーな粘土でできていることはかわらない。
 しかし――いつもと同じような戦闘展開では終わらなかった。
 それらはしばらく戦闘していたかと思えば、ぞくぞくと変形をし始めたのだ。
 そしてそれは、明らかにプレイヤーたちを模していた。

 いかなる作用なのか、それらは同じようなパワーや動きをするだけ――でも十分驚きだったのだが――ではなく、スキルすら使用してきたのだ。
 これは堪らなかった。
 なにせ、相手は数が多い。一人一体でも戸惑うものが、一人数体以上いるのだ。
 それが自らと同じような武器を振るって同じような攻撃力で同じようなスキルを使ってくるのだ。
 風の刃を一つ飛ばすようなそれ単体では牽制程度のはずのスキルが使用され、それが数十重なっていたというか、処刑器具真っ青というか、上手にみじん切りができましたー! という笑えない状態のプレイヤーが悲鳴も出せずリターンホーム死亡した時点で、ほとんどのその場にいるプレイヤーは自分たちがどうなるかを悟らずにいられなかったという。
 数は力。
 その言葉を、プレイヤーたちは身をもって理解するはめになったのだ。ピンチからのミンチである。

 そんなんずるい。チートじゃん。

 と誰がいったかわからないが、プレイヤーはそれくらい衝撃を受けた。
 今まで作業になりつつも気をなるべく緩めないで努力はしてきたのだ。その結果がこれだったのだから、なんだかちゃぶ台返しされたような気分になってしまったのだ。
 なんというか、チェスやってたと思ってたら将棋の駒でてきたみたいな。
 『それは違うでしょ? 違うくない?』と再びの不満噴出であった。

 それでも基本真面目というかなんというかなプレイヤーが多かったので、なんとかしようぜ! と攻略をはじめはしたのだ。
 したのだが、やはり勢いだけではいかんともしがたく、強いスキルとっても相手は倍以上の数で使ってくるし、数多すぎるし、あと数が多い……数何とかしろよマジで……というどうしようもないし気分も萎えがちな状況に陥る羽目となる。
 唯一、全てが同じ素材でできてるからか防御力だけはその辺の丸い粘土と変わらない、という発見があったくらいだろうか。それだけでテンションは上げられなかった。ストレスがたまる一方であった。

 ある意味解決の道しるべ、ある意味――このダンジョンという沼にはまってしまうきっかけが訪れたのはしばらくたってからだったか。
 ふてくされるように、しかし一応やることはやろうと適度にダンジョンには潜るプレイヤーたち。
 その中で、ストレスの限界を迎えたかアートに目覚めたのか。

 『じゃあこっちも粘土いじりしゅる!』とダンジョンのそこらにある粘土をいじりだしたのだ。
 もちろん、ただ粘土をいじっただけでは何も起こりはしなかった。それで何か起こるなら色々踏みしめたりした時点で反応したりするだろう。というか粘土合戦だ! とかで丸めた粘土ぶつけあったりそれで後悔したりしたこともあるのだ。そこで動くなら動いているだろう。
 ここからがストレスたまってぶちぎれるなり、酒とか何か薬でもやってなければいきなり人がいるところではやらない部類の行動である。

 当然うごかない完成したらしいそれ――なんかスゴクよくできたマッチョな像――をしばらく眺めたストレスアーティストは、もう割と強くなったその身体能力で手早く近くの丸粘土スライムをむんずとつかんだ。
 そして、『空気読めや!!!! もうちょいファンタジー物語を俺らにさせろや!!!!!!』と色々溜まったものを吐き出すように己の今作ったアートに向かってそれを全力投球したのだ。
 あれだ、なんかつくったものとか皿とか割れ物を思い切り壊したりするアトラクションみたいなやつのテンションだったのかもしれない。

 いってることもやってることもむちゃくちゃだし、引かれてもおかしくはないことだったが、みんなストレスが溜まっていた。
 拍手が起きた。
 皆が一つになった瞬間である。
 数あるダンジョンの中でもかなり上位のプレイヤー同士の一体感があるダンジョンになった瞬間である。

 一つの大きな輪になったのはめでいたことだが、起きたことはそれだけではなかった。
 うまくめり込んだそのアートが――なんと動き出したのだ。
 しかも、質量の差なのかなんなのか、敵対する様子がない。

 それを見て、また皆周りと目を合わせ合う。
 以心伝心。『これは……玩具……ですかねぇ……』と、確かに誰も口にしていないのに、誰しもそう思った事を確信し合った瞬間である。
 そうして生まれたのがこのダンジョンの遊び、クレイジークレイバトルフィールドである。
 クレイジーが頭についているのは最初のアーティストを賞賛する意味らしい。
 なんかそれっぽくいっているが、つまり自分たちでそれっぽくルールを決めながら動くフィギュアをつくってバトルして遊ぶのにはまりましたというだけの話だ。
 最初に望んだようなものではなかったが、たしかにそれは彼らにとって非日常ファンタジーであったから。



 そう――クリアしようと思えばもうとっくの昔にクリアできるのだ。
 強さでのクリアもできるし、もう数はいくらでもそろえることができるようになったといっていい。
 でもほとんどのものはクリアしなかった――だって楽しいから。
 やっと楽しくなってきたのだから。

 できることを把握したり、ルールを決めたり、それはもうみんな心が通じ合ってるから楽しくて仕方なかった。
 色々実験している最中に失敗して粘土細工のドラゴンが暴走してリセット祭り大虐殺が起きたりしてもゲラゲラ笑うおかしなテンション。
 一度はじけるとやべぇことになる気質の人はいる。
 そして、類は友を呼ぶのだ。

「く……負けた……まさか『魔法使い』を『チェンジリング』からの『青眼天使降臨の儀式』で『青眼天使』にして『トラップ』からの連鎖で『ドラゴンの大虐殺』を引き起こすなんて……」
「貴方の『騎士』は強かった。そこからの『メタモルフォーゼ』で『飛行騎士』にしたのも、青眼天使降臨に慌てず『生贄の儀式』によって『繋がれた真紅目の邪龍』で対応したのは私もしびれたわ……でも、切り札は最後までもっておくもの。そうでしょ?」

 ノリノリである。残り全員がこんなテンションなのである。ノリが悪い奴がいないことが相乗効果を生み出しちゃうやつなのだ。
 別に怪しい薬を決めていたり決められていたり罠があったり誰かに何かされたとかではない。ナチュラルにこうなったというか、素質があったというか。
 もうクリアとかダンジョンとかどうでもよくなったものたちがそこにはいた。
 割と他のダンジョンの事さえ気にしてないような集まりと化していたのだ。

 深夜テンションがずっと続ているような状況だ、それがふと冷静になって伝播しない限りは延々クリアしないだろうことが容易に予想できる状況。
 なんかもうルールも公式ルールとローカルルールとか分裂して楽しみだしている。同じダンジョンなのにローカルもくそもあるか、というつっこみをするものはここにはいない。

 色々うまくいっているはずなのに一向にクリア者どころか掲示板に情報もあまり落ちてこないようなダンジョン。彼らはたまにしか使わない。使う暇あったら遊んでいるからだ。
 そういうこともあるという一例である。
 情報源が掲示板しかないので、定期的に『あのダンジョンって詰んだ? え? この前まだ書き込み見た?』みたいなこと言われがちなダンジョンの一つでもある。
 ぎすぎす系やダンジョン自体が辛い系からすれば羨まれるかもしれない、ただ仲良くゲームではしゃぎあった日々のような、ファンタジーでありながらそうでもない感情を思い出せるような、そんな景色がそこにはあった。
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