十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

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鬼の首35

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 おいおいまだ早いぜ、とばかりに天秤は強く啓一郎を蹴り上げた。
 鈍い音と共に、今だ正気に戻れない啓一郎がくのじに折れ曲がり飛んで、その後も残る衝撃で地面をごろごろと転がる。

「まだあるのに呆けるなよ。呆けるくらいなら絶望しろ。諦めろや。そうじゃねぇなら無駄だ。準備してたりもらったりそこからいろいろ考えたりしてたこっちが馬鹿らしくなるだろ! ちゃんと! もっと! ショックを受けろ! ボケーっとしてんじゃあねぇ!」

 天秤は寝ころんだままなどまだまだ許さない、とばかりにすたすたと地面と仲良くしていた啓一郎に近寄ると、サッカーボールを蹴るようにまた蹴り、追いかけてはまた蹴った。広場でボール遊びをする子供のように繰り返し。

 ただ、加減しているのか、身体が欠損するようなことは起きていない。しかし、それでも内臓が傷つきでもしたか、げろり、と啓一郎の口から血と何か内容物があふれ出した。それでも死にはしない。まだ死からは遠いのだ。そういう体になっている。

「はー! もう! ほんっとだめだなぁ! な? おガキ様もそう思うよなー? なー? なーっていってんだから同意しろテメェぶっ殺すぞ!」

 手を叩くような、軽い破裂音に思わず目を向けた瞬間、啓一郎は意識的ではなく、反射的だろうか立ち上がってしまっていた。意識せずともやってしまう行為。

「お? へぇ、なんだいなんだいなーんだい? やるじゃん! キミも、ほぅらガンバッテ! ぱぱぎゃんばれーっていってあげて! そしたらきっとがんばってくれるよ! 知らねぇけど! ぼろ屑みたいなってるけど! きちゃなーい、ね! うふふ!」

 う、だとか、お、だとか、言葉にならない声が啓一郎の口の端から漏れる。
 なんだろうか。
 怒り、に近いかもしれない。

 けれど、それだけではない。
 どうにかしなければ、助けなければ。と、自らの激情以上に。

 そういう、普段なら啓一郎は『思う資格がない』等と思うはずの、しかしそんな暇もなく湧き出てくる思い。

「う、ご、あああああああああ!」

 不様だ。
 その突撃は、最初の一撃に比べ不様の一言でしかない。

 足はもつれている。合理性もない。動きも単調で、最適化されていない。このダンジョンで覚えたものもうまく使えてなどいない。それどころか、今まで培ってきた技術等、何もかもがない。
 ただ本能のような何かに引っ張られるように、というもの以下のもの。やみくもに、ただただ飛び出ただけといっただけのもの。

「うっわひっでぇ動き。通用するわけないでしょ。馬鹿にしてんの? ほぅらぱぱぶざまでちゅねー?」

 汚らしいものを見たように目を向け、また蹴り飛ばされる。
 それでも、今度は地面と仲を深めることもなく、啓一郎はすぐに立ち上がった。

「ううーん。無力感からの無気力から子供のために奮起しまちた! 感だすのはいいんだけどさぁ……ママの時にもっと張り切れよ。なぁ? 可哀そうじゃん? そういうのって叩かれるんだぞー?
ってことで奥さん! 僕でどうですか奥さぁんっ! うるせぇごめんだわこんなきたねぇの!」

 啓一郎はまた突撃し、また蹴り飛ばされる。

「だいたい! それで! こっちきても! 結局てめぇ何もできねぇん! だろうが! 考えて! 動け! 脳無しがよぉ!」

 それを何度か繰り返した。何度も繰り返した。
 動きの鋭さが戻ることはなかったが、傷だらけになっても、骨の折れる音がしても、止めようとはしなかった。
 だが、単調なそれに嫌気がさしたのか、ことさら強い一撃が繰り出されて啓一郎の体に強く打ち付けられ、動きを鈍らせる。

「ははははーはははっはははははー……はぁーあ。さすがに飽きてきたなぁー。でもなー……まだ折れてないんだよなぁこれ。なんでだろう。そんなにくそ雑魚みたいなサマになってんのに、なんでまだ折れてないわけ? はよぅどっちかに振り切れるなりはしてほしいんだけどぉ鬱陶しいカラぁ! 飽きちゃう前にさぁ!」

 話しかけるというよりは独り言のように、啓一郎にはよくわからないことを喋り出した。
 それは、確かにあってはいることだ。
 確かに啓一郎はどうしようもなくショックを受け、頭が真っ白にもなった。どうしたらいいのかも、まだ全然わからない。決められない。

 それでも、目の前にして、ただ諦める等ということはない。
 それはもはや、反射行動ににている。
 今だ、深く思考ができているわけではないのだから。

「情けない姿晒し続けるくらいならすっぱり諦めてほしいもんだよねぇ。お前は結局どうしようもないんだからさぁ……そんなだから、せっかくできた友達にもすげなくされる感じでてきとーにされちゃうんだぞー? ばーっと見せてもらった感じ、君、あんなに友情感じてたっぽいのにね! ぷっぷくぷー! だっせ! だっせぇ!」

 言われた言葉が、理解できなかった。
 ショックを受けているからとか、そういう事ではなく。その言葉自体に、これまでの視覚的も含めたダメージと違って、心当たりがない言葉だったのだ。
 
「あぁん? んだその顔……あ? あぁ! そっかー! 覚えてねぇのか。覚えてもいないんだねぇ! 思い出せもしてねぇのか! こんな素敵な場所に来れてさえ、てめぇはその程度か! 裏切られた感じとはいえ、薄情だなぁ! ねぇ?」

 いいもの見つけたとばかりに、にやにやと笑いながら今度は両の手をぼこぼこと変形させていく。
 そこに、家族が生えたように新たに現れたのは――男女1名ずつ。

 しかし、やはりそうされても――啓一郎にはてんで思い当たりはしなかった。
 誰だかわらないはずだ。見覚えはないはずだ。

「思い出せよぉ……思い出せ。できるようにしてやるよ。優しーだろ? ありがとうっていえ。すぐにいえ。そんで、お前がやっぱどうしようもないやつなんだって自覚して……とっとと諦めろや」
「ぐ……ぐ……ぁ……!!!」

 ぐりぐりとその両手を押し付けられると、何かが流れ込んでくるようだった。

 割れるような頭痛。
 脳に直接神経を一本一本田植えのように丁寧に植え付けられ後にチーズのように裂かれてその上で塩を振りかけられてもまれてその上に足踏みでもされているように。

 そして、そんなどうしようもない頭痛が、何かを引き出そうとしている。引っ張ってこようとしている。外にあるものを、無理やりに。
 意識だけは、失うまいと、どうしてそうしているのかも自覚できないまま啓一郎は耐えた。

「いたいいたーい? ほら、がんばって! みんなにかっこういいとこみせようぜ! お前の人生! 今までいいとこなんて欠片もなかったんだからさ!」

 聞きたくもない声に更に頭痛が増すのを感じながら、啓一郎は引き抜かれた記憶に流された。





 ばらばらになる前のパズルを見ているような気持ちだった。

 竹中はあれからろくに会う事もない。何かをしているらしいことはわかるし、何かよくないような気もしている。どうにも避けられているように思えた。

 けれど、邪魔することも何か違う気がして、無理やり会いに行く気にはどうしてもなれない。寂しいながらどうしようもない。そういう意味で、また一つ弱くなったと自覚している。

 もう一人も、また極端にその姿を見なくなった。
 見なくなった浅井は――よくわからない。

 ただそれは、最初からそうだったような気もしていた。
 竹中より、神田町より、啓一郎にとってずっと立ち位置もよくわからない人間が浅井という存在だった。

 ただ、啓一郎にとって浅井という人間が友人であると思っていることだけは確かで、ひび割れが広がって終わっていくような感覚というのは不快でしかないのも事実である。

 知らなかった関係が故に、どうしていいのかもわからない。
 経験していないが故に、何かすることができない。

 その中でも一番わけがわからなく、どういっていいのかわからぬような距離感でも、ただ自然消滅させていい関係ではない。
 ストレスがいくつかかったとして、全てを含めて初めての心地よい友人関係だったのだから。

 反比例するように、逆に神田町とはむしろより深く関係性を深くして言っていることが――嬉しくないわけではないのに、なぜだか、良い予感を覚えさせてくれない。友人から先の関係に自然と進んでいっている事実もなぜか壊れるそれを後押ししている気がして、どうにも幸せ気分だけということにはなってくれないままでいる。

 ただ、啓一郎は、色々思う事があっても友人でいたかった。
 求めることはそれだけだったのだ。

 だからこそ、いつまでたっても行動は中途半端のままでいた。
 いなかった時の行動が嘘のように、初めて好きな人と居る思春期の少年のような慎重すぎる慎重さのように。

 ざくざくと、何気ない道を神田町と歩くさなか、現在のように二人の間に時折心地いい類ではない無言の時間が落ちる事も増えていた。

「何がどうなってるんだろうなぁ」
「何がどうなっているんでしょうねぇ?」

 曖昧な言葉に曖昧な返答。しかし、何を差しているのかはよくわかる。
 ちらりと啓一郎が視線を向ければ、神田町は視線を下に這わすようにして苦笑している。

 きっと、より寂しい思いをしているのは神田町ではないかと啓一郎は思っている。大学に入ってからの自分よりも、ずっと共にいたのだから。

 ある意味似ている。
 この2人は似ている。
 一度作り上げた関係にとても臆病であるということが。

 時間が全てではない。全てではないにしても、関係を深くしていくのに時間というものは必要だ。その気持ちに思い出という重量を乗せていくのまた時間であるのだから。

 けれど、それをどうすることもできない。
 どうにかするような関係の深さも、力も、その手にはないのだから。
 同じことで悩んでいる以上、相談して軽くするのも難しい部分がある。

「……こんなこと、信じられないかもしれませんけど……」
「何?」
「私、これでも物持ちがいい方なんですよね」
「……」

 不穏。
 まだ暑さも残る季節であるのに、啓一郎はどこかその言葉に寒々しさを覚える。
 なんともない世間話のはずが、怪談話でも聞いているような。

「大切なモノって、分けておいてたりするんですよね。あ、貴方からもらったものもちゃんととってますよ?」
「乙女か!」
「えっと、貴方がそのツッコミはその、正直微妙じゃないです……?」
「ごめんね」

 どこか躱す言葉もから回る。
 くだらないやり取りでも楽しめる間柄であるが、今はそれが上手く回らない。
 てきとうに乗ってくれる竹中とのやりとりを思い出して、少しまた苦々しさが巡った。

「……それで?」

 だから促す言葉はどこか重い。

「……それで。なぜか、誰からもらったのか、わからないものがあったんですよねぇ……」

 度忘れしたのだろう。
 とは、啓一郎の口は外にこぼしてくれはしなかった。

 大切なものと分類して取っておきたいと思うようなもの。
 啓一郎は、神田町が己に似ている部分があることを知っている。
 己よりも交友関係は広いにしたって、大事だと思える人間関係が、ぐっと少ない事を知っている。
 そして、そんなものをこそ大事に思っていることを。

「どうしても、思い出せないんですよね。塗りつぶされちゃったみたいに。だれからかもらったことは思い出せるのに。誰に、っていう部分だけ、何を見ても――行き止まりが突然できたみたいに、記憶が進まないんですよ。
おかしいでしょう?」
「……オカルトかな?」
「ね……オカルト、ですよねぇ……」

 それだけといえば、それだけ。
 何か怪しい影を見ただとか、記憶を吸い取られただとか、そういう恐怖体験があったわけではない。度忘れしたといえば、それまでの話にはなるかもしれない。

 それだけだけれど、とても気持ち悪くて――気分が悪い。

 続いてそうこぼす神田町に、啓一郎はどう言葉をかけていいのかわからなくなる。
 そもそも、これを慰めるべきかもわからない。

 ただ、同じく、とてもとても気分は悪くなった。
 いろいろなことがすでに手遅れのような――そんな気がして、たまらなく、気分は悪くなり続けていた。

 そんな会話をして、また数日。

 啓一郎は自宅で酷く、動揺する羽目になった。

『色々、ごめんな』

 それだけいって切られた電話。
 動揺したのは――かかってきた電話が、その相手が、しばらく誰だかわからなかったからだ。

 そんなことは、あり得ていいはずがないのに。
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