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鬼の首41

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「でも好きなんだから、救えないよなぁ、俺も。趣味が悪いのはわかってるんだけどさ」
『う……あ……』

 顔は上げてもしゃがみ込んだままの浅井に視線を合わせるかのように、竹中もかがんだ。
 啓一郎からはもう、どういう表情をしているのかは見えない。ただ、浅井は呻くしかできていない。それが、行動によるものなのか、もう限界に近いからなのか。それくらい、加速度的にぼろぼろに崩れていっているのだ。
 過ぎたるものだ、というように。

「まぁ、ぶっちゃけもう、家族愛な感じの方が大きくなっているとはいえね。
身内の欲目だけどさ、やっぱり汚いだけじゃないことも知っているから。
最初に決めたけどダメだった、守るって事。恋だの愛だの大層なことじゃなく、その結果をずるずると引きずってるだけっていわれたら、強くは否定できないのが悲しいところだけど」
『そ、んなの……し、縛り付けて、』
「そう思わせただけ? あまり、馬鹿にするなよ。
それが、馬鹿にしながらも、やっぱりできないと思っていながらも、やっぱり嬉しかったんだろ。
それが、綺麗に見えた、自分に向けられた自分だけのものだから、大事にしたかったんだろ」

 啓一郎から、ぽたぽたと、血が落ちる。
 色々とぼろぼろで、血液がさすがに足りなくなってきているのか、ふらふらとしている。ただ、それでも倒れたりどこかに行ったりする気にはなれず、ただその光景を見ていた。
 竹中が、ふっと笑った声がした。啓一郎からは見えないが、きっと、見たことのあるような、なんてことない笑顔をしているのだろうな、と予測するのはたやすい声だった。

「臆病だ弱いだなんだ馬鹿にしてたけど、それってやっぱり自嘲だったんだよな。
やり方は最低だけどさ、気持ち自体は卑下するもんでもないだろ?」
『わた、私……』
「いやこれだってどうかって話かもしれないけど、そこは許してほしいな。ダメな子ほど、っていうじゃん?
まぁなんだ、俺がやろうって決めちゃった行動も、実際最低だしね。お揃いで、ちょうどよくなったってことで」

 少しだけ振りむいて許してほしいといった竹中の顔は、どこかすっきりとしていた。もう、決めてしまった顔だと思った。決めきってしまっている顔だと思った。

(友人か。言葉の一つも届きそうにないと思って、黙っている俺がそう言えるのだろうか)

「――何をするつもりだ?」

 だから、言葉を発したのは、これまたどうしようもないあがきのようなものでしかなく。

「情報の対消滅とかいうと、かっこいいと思わない?」
「何を言ってる」
「俺が持ってる情報をぶつけると、その情報が一緒に消えるんだ。無くなる。なかったことになる、ってこと。それができるんだよ。できるようになった」
「だから、何を……!」

 焦り。
 強くなるそれに、どうしたらいいのか、またわからない。
 浅井に対しても、竹中に対しても。言葉は届かないし、行動に影響を及ぼすこともできない。

「まぁ……やったことは消えないんだけどね。ものとか色々残るものは残っちゃうだろうし……そこまでの情報を俺が持ってないから。俺自身を使っても、お互いを誰にとってもいなかったことにするのが精いっぱい。まぁ、なんていうか。攻め立てられないように、罪を隠蔽しちゃうって事だね」
「お前までどうして、何をしようってっ……」
「だからさ、一方通行だけど、はじめましてさよ未満になるならって事」

 お別れだった。まぎれもなく、笑って言われたままのそれは、最後の言葉だと思った。二度とは会えない、よりも更によくないことのようなお別れの。
 気軽に言われたそれの、なんと重苦しい事だろか。

「――勝手だ。勝手だ! お前ら、どっちもっ。これじゃ、いてもいなくても一緒だったじゃないかっ! 友達だというなら、どうして!」

 だから、ただ感情のままに吠えた。綺麗送り出すことも、止めることもできそうにない。でも、到底納得からも程遠いから、吠えるくらいしかもうできなかった。殴って留める等ということさえ、できそうにないから。
 お前だけでも、とか、お前が行く必要は、だとか。
 そういう言葉は啓一郎の頭の中で外に出ようと騒ぎ立ててはいた。しかし、それを出すことはない。それを、ただの強がりだとか意地と呼ぶべきだろうか。

「そんなことないよ。って俺がいうのもアレなんだけどさ……少ない友達、減らしてごめんな。忘れるから恥知らずにも言うけど、これも勝手だけど、友達で良かったって、俺は思ってる。
こんなことになっちゃったけど。良かったよ、出会えて。俺たちは、出会えて良かったんだよ。他人には、はた迷惑極まりないけどさ……俺たちにとっては」
「綺麗事だよ……綺麗事だ……そんなの」
「そうだね、そうだと思う」

 膝が落ちる。
 それは、もはや体力が限界だったからか。

「あーあー。本当にもう。なんでもうちょっと待てないのかなぁ。俺が遅れすぎなのか? いや結構頑張ったんだけどなぁ。
最悪になる前に、交渉手段としても解決手段としても持っていきたくて頑張ったんだけどなぁ。
やっぱ、間に合わず、ちゃんとは守れず、かぁ。
それもまぁ、俺たちらしいかもね。啓一郎たちにしちゃ、めちゃくちゃ迷惑だろうけどさ。ごめん、っていうのも申し訳ないレベルだよ。他の人はしらん、もう。気にしてたら罪悪感で死んじゃうし」

 啓一郎からは再び背を向ける形で、また竹中は浅井の方を向いて独り言のようにそう言い放つ。日常で、愚痴をいう程度の様子で。
 その竹中から、力が集まるような感覚。それは、浅井からなんども何かしらの影響を受けていたから気付けたことだったかもしれない。
 何かしようお別れのとしている時間であると、はっきりわかった。

「でも、尊厳だけは勝手に守らせてもらう。好きな人を、世界中の敵にしてただ叩かせるままにするなんて言うのは、ちょっと耐えられないもんで」
『工大……』
「人として、俺に消されて殺されて、俺を消して殺して逝くんだよ。できる後始末はしてあげる代わりさ。
俺じゃ嫌とか聞かないよ。ずっと一緒だったんだ、せめて独りぼっちにしないことが、君の味方としていくことが、俺のできる精いっぱいだよ――祥子」
『……私……』
「終わりなのにさ、『最後に塩らしくしとけ』みたいなここに至ってまでさらけ出せないところも、まぁ、嫌いではなかったよ。それでいて――最後まで、『ごめんなさい』一つ言えないところも。本当さ、嫌味じゃない」

 ぱっと、強く光が放たれた気がした。
 そして、啓一郎は目の前が真っ暗になっていくのに気が付いた。意識を失うのだろう、と思った。

 地面に倒れる音と感触。
 他人事のように、啓一郎はそれを聞いた。
 誰もいない神社に、1人きりで。



「よくわからない怪我も完治してよかったですね。治り早すぎて引いてる部分もありますけど、元気なのが一番です」
「本当にな。原因わからな過ぎて気持ち悪かったもんだ。怪我したショックで記憶飛んだんだろう、っていわれてもな」
「通り魔――とか、最初は考えたんですけど、貴方をどうこうできる通り魔ってちょっとそうぞうできなくて困りました」
「車か何かに跳ね飛ばされた……にしては場所がおかしかったしなぁ……まぁ、いい。考えても答え出なさ過ぎて気持ち悪い」
「そうですねぇ……あぁ、そういえば」
「ん?」
「いえ、ふと貴方の超人さを思い返してみていて思ったんですけど……私たちって、何がきっかけで仲良くなったんでしたっけ?」
「あー……なんだっけ。……あぁ、そうだ。コンパ的なやつじゃなかったか?」
「あぁ! そうそう。そうでした……んー? あれ? 貴方って、そういうところに参加する人でしたっけ……? というか、誘われないのでは? 誘うような人、いないかったのでは?」
「失礼な奴だな……だが、確かにそうだな。なんで参加したんだ? 俺」
「その年でボケたんですかー? 可哀そうですねー? また煽られたり馬鹿にされますよー?」
「誰にされるっていうんだよ……」
「……? ……誰にでしょう? おかしいですね、お互い、そんな軽口叩ける友達なんていない系の寂しい人間だったはずなんですけど」
「……」
「……」
「まぁ、いいだろ」
「そう、ですね?」

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