十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

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鬼の首50

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 声は震えている。わかりやすく。認めはしないだろうが、事実として。

「違わないな。不安だったんだろ? ずっとずっと。気付いたその瞬間から、その想像は抜けなかったんだろ。でも誤魔化し続けた――逃げることに特化している自分の延長線上にある完全上位互換でしかいないなら――それは生まれても、決して自分を助ける存在でないのではないか? という疑問に。そして、もしそうなら――」
『違う! 俺は、こうして救われたんだろうが! だから、俺は! 何一つ間違ってなんかねぇ! 人を救う神はいて、なって、こうして救われたんだから俺がやったことは救世主を産みだすことで、俺を生かすことだった……! 他のゴミ共もおこぼれついでにだ! だから俺は正しかったんだ……!』
「割とな、驚いてるんだよ。気付いた瞬間にも、今もな。それも、同じく完成してないなり損ないだったってことなんだろうな――あったんだなぁ、お前にも」
『黙れ……!』

 痛むように、天秤はその胸と頭を抑えた。

「小物だったな。想像以上に。何より、お前自身がそれを認めてたんだろうが……! 八つ当たりや現実逃避で滅茶苦茶やったくせに――その奥底で罪悪感なんて人並みのもん抱え込んでそれを覆い隠して見えなくするような奴がっ……偉そうに未だに人を見下して吠えてんじゃあねぇぞ!」
『だ、ま、れぇぇぇぇぇ! 到達したんだ、貢献した。地べた這いまわって言い訳化増してるてめぇらとはまるで違うんだ! 俺はやった。俺は頑張った。頑張って、その通りになったから、そのご褒美なんだ! これは! 救われるんだ! 救われたんだ。じゃなきゃ、嘘だろうがこんなもん!』

 地団太を踏む。
 子供のように。鬼になって感情が尖ったからこそか、行動の全てがいつも以上に幼く見えた。
 ただ子供のように可愛らしくはなく、地面に亀裂が入りまくっている。

「玩具になって、おもちゃ箱にいれられて満足してるつもりになってるだけだろうが! 相手が明確に上だとわかってるから不満がないふりしてるだけなんだろうが臆病者の糞やろうがぁっ!」
『うるせぇぇぇぇぇぇぇぇ! 産まれて気付いて怯えることが当たり前みてぇに生きた事もねぇやつが、次の瞬間もしかしたら永遠に死に苦しみかもしれないと感じることもできねぇゴミ屑が、俺に、俺にぐずついてんじゃねぇぇぇ!」

 揺らいだ。
 怒りも憎しみも嫉妬も鬼にとっては材料だ。敵意も欲望だからだ。傷つけたいという欲望。殺意という欲望だ。
 それでも、みっともなさのような隙間が入った。生来の、怯えも加わることで。強く揺さぶられて、染み付いた人間の天秤というものがその色を濃くしたのだ。
 それが一瞬、天秤の鬼の均衡を崩したのだ。

 子供のように癇癪を起していたからこそ――浅井に啓一郎が合図したことに気付かなかった。
 自分の鬼でない部分が、人間が、啓一郎のように引っ張られたことに、天秤は気付けなかったのだ。

 バランスが崩壊する。
 そして、啓一郎のようには制御もできない。
 啓一郎は認めている。そして、諦めてもいなかった。自分に対しても、周りに対しても。
 天秤は違う。
 諦めていた。抗っているように見えて、諦めていた。ただ命だけを握りしめたくて、目をそらしたふりをしていただけなのだ。
 周りに対しても、自分に対してもそうだった。そんな人間が、自分すら制御できるはずもないのだ。

 まさに、それこそどちらでもない生物だった。
 より鋭角的……というよりも、とげとげしくなる体。しかし、顔は天秤らしさを取り戻していく。
 いびつな化け物。
 それがもう我慢できないとばかりに攻撃態勢に入った時、追撃をかけた。

「嘘が苦手だな」
『あぁ!?」

 啓一郎は、不協和音のように気味の悪い声になった天秤を見下すように鼻で笑った。

「神がどうとか――救世主がどうとか。役に立ったとか、ご褒美だとか言っておいて――意に反するような事してるじゃないか」
『……何がだ。何も。間違っちゃいねぇ」
「恐らく『どっちでもいい』とは考えているんだろうさ。考えているんだろうが――俺がどうにかする可能性として置かれているお前が……『攻略されるキャラクター』として初期配置されたんだろうお前が、だ。俺をどうにかしようとしている。していた。人間がどうとか、神様がどうとか、役に立ったからどうとか言いながら――結局自分が一番だと思ってるんだろう?」
『――」

 そう。それは。
 ばれないようにしながら、明らかにばれるような行動の矛盾。
 ちぐはぐなそれに、気付けないほどに怯えて、人であった頃のように目をそらしていたか――鬼という存在になることで一直線になってしまっていたのか。

「だから、どうした? それの何が悪い? 誰だって、てめぇだって、自分が一番かわいいんだろうが。無残晒して絶望にさらされて死んで安息を得られないから従った、その中で、自分を優先して何が悪いってんだ。生きてんなら……自分以外は幸せに到達するための餌だろうがぁ! いい子ぶってんなぁ!」

 完全に傾いた。

「やれ、竹中」

 そう思ったタイミングで――他人を、友人を頼ったのはそれが確実だったからだろうか。
 きっと、やりあったとてやれなくはなかったと判断している。
 だというのにも関わらず、チャンスをやるように任せたのは。

『なっ……ぐっ……ぐぅぅぅぅっ」
「打ち消させてもらったぜ、お前の力を使ってな。俺に祥子、神田町ちゃんにお子さんの支配をな!」

 ずるり、と吐瀉するようにその体から神田町と子供が排出される。
 どうにかされるまえに竹中がそれを回収する――自分で歩けるような体ではなかったからだ。
 それらは、半分しかなかったのだ。自立して、動けるようにできていないし――放置すれば死んでしまうだろうという体。

「うぉ」

 支配が切れたからだろう。
 それは、選択の時である。
 ここにはもう支配者を争っている2つがある。どちらかに引き寄せられる。
 1つから解き放たれたのだから、自然にもう1つに勝手に傾くのだ――切り離された4人には、支配者たる力はないのだから。
 放置すればまた同じ展開になりかねないと思ったのだろう、浅井が全員を啓一郎に引き寄せたのだ。

「お邪魔します!」
「あほかお前」

 竹中。

「……」
「お前はなんか喋れよ」

 浅井。

「お久しぶりでしたー」
「それでいいのか」

 神田町。

「がんばって」
「おう」

 実の子供。

 引き寄せられ、ぶつかると思われる勢いで啓一郎につっこんだそれらが啓一郎に水に溶けるように入っていく。
 それは、見ようによってはグロテスクでしかない光景だ。
 1つが吐き出したと思えば、もう1つに吸収されるのだから。
 他の支配者にはできないかもしれないが、鬼というのはどうやら離れながら1つでもあるような個性を持ったものらしい。だから、鬼の支配者である素質を持てば融合は可能だということが本能的にできていた。

「よく、も。やってくれたな……えぇ? おい。満足かよ。復讐対象だからって、そんな見下しちゃってさぁ……人間性が透けるよねぇ……借り物の力で、裏切ったような奴らの力まで借りちゃって……プライドとか、ないわけ? どこが違うって? 俺と、お前と。似てるって言ったよなぁ……じゃあ、俺を外道扱いしてるてめぇも外道だろうがっ」

 鬼であるものの、かなり弱り切っていると言えた。それでも、啓一郎以外にはどうとでもできる差があるのだろうが、その唯一が相手なのだ。

「認めるよ。認める。そういう部分は誰しもあるとか、そういうお為ごかしじゃなくて……俺もそうだって認めるさ。きっと、俺たちみたいなのはそうなんだ。きっと、近づくほどそうなって自分本位にるん我儘になるんだよ。それも理由にならないか。それでもちゃんとできるやつはするんだろうしな……あぁ、そうとも。俺は、自分の都合で人を殺してきたし害してきたんだ」
「ははは! そうだろ、認めろよ。そんで、似た者同士なら、優秀なほうが優先されるのが当然だろうが! 上がいるのはわかってる。でも、この力をうまい事使えるようになるんなら、もっと上にもいけるし、俺の方があれらとも上手くやれるんだ……そんな俺の一部として生きていけることを喜んで絶頂死しろやぁぁ! それが道理だろうがっ!」
「共に外道だとしても、俺の支配下にある存在全員がいってるよ。俺がいいっていう話じゃなくてな?」
「あぁ?」
「わかれよ。お前なんざ死んでもゴメンってお断りされてんだよ」
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