『星屑の狭間で』

トーマス・ライカー

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出航

ラグナロック(神々の黄昏)

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 ブリッジを出て、自室に戻った。

 上着を脱いで、ポールに掛ける。

 グラスを持って来てデスクに置き、グレン・フィデック35年のボトルを取り出してキャップを開け、グラスにワン・フィンガーだけを注いで煙草に火を点ける。

 エアコンのレベルを上げさせ、ゆっくりと喫いながら舐めるように呑む。

 やろうと思えば色々と考える事は出来るが、何も考えない。左手で顎を支えながら煙草を喫い、蒸して燻らせながら酒を舐める。

 8分程で喫い終わって呑み終わる。グラスと灰皿を片付けて顔を洗う。顔を拭いたタオルを掛け直した時に、インターコールが来客を告げた。

「どうぞ…」

 ドアが開いてシエナ・ミュラーがPADを小脇に抱えて入って来た。

「失礼します…」

「いらっしゃい…ミルクティー? 」

「…あ、はい。ありがとうございます…」

「じゃあ、座ってて? 」

 そう言ってソファーセットを指し示す。

「はい…」

 キッチンに立ってカップ3杯分くらいで湯を沸かす。沸く迄の間に茶葉・ミルク・カップ・ソーサー・炒って挽いたコーヒー豆・砂糖等を準備する。

 ほぼ同時進行でミルクティーとコーヒーの準備を進める。点てて、淹れて、仕上げた。

 味を仕上げてカップをソーサーに乗せ、ミルクティーとコーヒーのカップを両手で持ってシエナの隣に座る。

「さあ、どうぞ。召し上がれ? 」

 そう言いながらミルクティーのカップをシエナの眼の前に置いた。

「…頂きます…」

 私も自分のコーヒーに口を付ける。

「どうかな? 」

「…美味…しい…です…いつもながらですけど…とても癒されます…」

「それで? 何か、話したい事があって来てくれたのかな? 」

「…ええ…話したい…と言う想いも…ありますが…アドルさんの…傍にいたい、と言うのが…今の、率直な気持ちです…」

「…うん…撮られてない場所だったら…とっくに抱き寄せてキスしてたな…」

 そう言って、コーヒーを二口飲む。

 お互いにカップを持ったまま見詰め合う。

「先ず訊こう。指揮を執ってみて、どうだった? 」

「…はい…自分なりのやり方で操艦や、戦闘の指揮を執ったつもりでしたが…艦長から受けた影響は大きいです。それに、『ディファイアント』の総合力はもう、軽巡3隻分くらいにはなっていましたから…」

「そうだな…ブリッジ・スタッフ全員の練度も、この2日間で急速に上昇した…驚く程にね…」

 話を切って、また二口飲む。彼女も二口飲んだ。

「シエナ・ミュラー副長として、ハル・ハートリー参謀とエレーナ・キーン参謀補佐の指揮振りを総括してみてくれ? 」

「ハルの指揮振りは、好い意味で予想通りでした。長い付き合いですから、分かります。ですがエレーナの対応には、驚きました」

「うん…ひと突きすれば沈む程度の『ブルー』だったから、どのようにやっても早く終わっただろうが、模擬敵艦の判断力に期待したと言うのも、今考えればエレーナらしいかな? 」

 そう言い終えてコーヒーを飲み干す。

「…そうですね…ご馳走様でした…」

 シエナもミルクティーを飲み干した。

 カップとソーサーを持ってシンクの中に置き、戻ってシエナの左隣に座る。

 直ぐに彼女を抱き寄せて唇を重ねる。彼女も積極的に応じてくれる。

 40秒で顔を離し、座ったままで抱き合いながら呼吸を整える。

「…今はこれくらいにしよう…ここで最後迄してしまうのは流石に不謹慎だし、準備もしてない…君と同じ想いで誰かが来る可能性も高い…今の君の香りには、充分に惹き込まれているけどね…でも君に1番似合うのは、もっと別の香りだと思うよ…そうだ。3時間デートで、君に1番似合う香りを探しに行こう? 」

「…分かりました…ありがとうございます…」

 彼女がそう応えてから、体を離す。

「…お湯だけ沸かして置こうか…誰が来ると思う? 」

「…さあ? ハルかエマかハンナかエドナかリーアかフィオナか…」

 立ち上がり、満水にしたケトルを加熱と保温にセットして戻る。

「…6人ともか、もっと多いかもな(笑)? 」

 そう応えてシエナの対面に座ると同時にインターコールが鳴る。

「どうぞ…」

 予想は外れた。入室したのは先に言っていた6名にカリーナとマレットとミーシャを加えた9名だった。

 「やあ、いらっしゃい…」

 皆、シエナを一瞥する。全員が気付いたようだ。

「…やっぱりね…1番乗りは、副長か…」

 ハンナ・ウェアーだ。そう言って、私の右隣に直ぐ座る。既にトップ女優であり、高名な心理学者でもあるのだから、別に斜っぱに観せる必要など無いだろうとも思うのだが、どうも本人はそう観せるのも、そう観られるのもある程度好みであるらしい。そしてそれが彼女の強い魅力のひとつでもある。

「適当に座って? ミルクティー? コーヒー? シングル・モルト? 休憩時間は200分だから、酒も少しなら大丈夫だろう。明ければ直ぐに夕食だからね…」

 ミルクティーで5人。コーヒーで3人。あとの2人はモルトをご所望だ。

 手際良く、ほぼ同時にミルクティー5杯と、コーヒーを3杯点てて淹れて仕上げながら、みっつのウィスキー・グラスにグレン・フィデックの35年ものを、ツーフィンガーずつ注ぐ。オン・ザ・ロックでは冷た過ぎるし、味が薄まる。

 カリーナとマレットが来て2枚のプレートに総てを乗せて運び、リビングで希望者の前に置いていく。私もグラスのひとつを取り上げて、元の位置に座る。

「私のコーヒーを好みに入れてくれるメンバーが増えていて、嬉しいね。どうかな? 」

「…美味しいですよ…アドルさんが点てて下さるコーヒーの味も解ってきました…ミルクティーと同じで、病み付きになりそうです…」

 そう言いながらハンナが、私の右手を左手で握る。近頃ではハルやリーアも、咎め立てるようには観ない。

「私は元々コーヒーの方が飲み慣れているので、アドルさんが点てて下さるお茶でしたら正直、こちらの方が有り難いです…ミルクティーは本当に美味しいですが、コーヒーも全く遜色ありません…」

 そう言いながらフィオナ・コアーが、飲みつつ上目遣いで私を観る。それだけで惹き込まれそうだ。もう完全にヤラれているな…。

「私はミルクティーがイチ推しでしたが、最近になってコーヒーの味も解ってきました。割合で言えるなら、7:3でアドルさんのコーヒーも頂きたいです…」

 エドナ・ラティスもそう言いながら、私を流し目で見遣ってくる。まあ、好評であるのは好い事だろう。

 ミルクティーを飲んでいるメンバーは、それぞれのスタイルで味を堪能しているようだ。

 ミーシャとカリーナは、カップを両手で支えてやや上向きの視線でウットリとしている。

 マレットとハルは、両眼を閉じて味を深く噛み締めながら飲んでいる。

 エマ・ラトナーは、普通に飲みながら眼で廻りのメンバーを見渡して、ちょっと肩を竦めて観せた。

「メイン・スタッフでも10人が、今ここに来てくれている。個室にカメラは無いから、今からちょっと重要な話をしよう。今から話すのは、あのサイン・バードさんにも相談しようと思っている事だ。具体的に言うなら、私の弱点についてだ…」

 そう言ってモルトを半口呑む。

「私には弱点がある…何だと思う? 」

 問い掛けられて皆、それぞれ顔を見合わせたが言葉は出ない。

「…ちょっと…思い付きませんが…? 」

 シエナがようやっとそれだけ応える。

「ゲーム・フィールドの中でなら、私が迷ったり悩んだりして判断が遅くなるような事には、ほぼならないだろう。何が起きても目的遂行の為に可能性が高く、効果を見込める選択肢を採って行動するだろう。その結果が例えどうなったとしても、悔やみはしない。受け容れて、先に進めば好いだけの話だ。だが現実の社会の中では、もっと厄介な事も起こる…」

 そう言ってグラスに口を付けて、一口呑む。芳醇な香り。圧倒的に豊潤な口当たり。素晴らしい馥郁たる喉越し。この上なく素晴らしい味わいの割には、先の観えない話をしようとしている。

「…例えば? 」

 珍しく、ハル・ハートリーの声が掠れている。

「皆も知っていると思うが、このゲームにはオープン・ベットが紐付けされている。公的なブックメイカーや、民間のブックメイカーによってね。そのようなブックメイカーによって執り仕切られていると言う事は、シャドウ・ブックメイカーやダーク・ブックメイカーも暗躍していると言う事で、それらを執り仕切っているのは悪党達だ……『ディファイアント』は総合的に強くなり、戦い抜いて勝ち続ける。同盟に参画してくれている僚艦達と共にね。だが悪党達は、自分達が賭けに勝って儲ける為なら何でもやるだろう……誰かを誘拐して、誰かを脅迫するぐらいの事は平気でね……もしもそれらを事前に察知して防止する事が出来なかった場合、私は判断する事が出来なくなって止まってしまうだろう……それが私の弱点だ……だから明日、出来るだけ早くサイン・バードさんと連絡を執って、相談しようと思ってる…」

 話を切って、もう一口呑む。何故だろう? このような時に何を呑んでも苦いと感じるのは? 

「そんな事が? 」

 シエナ・ミュラー。

「有り得…ますね…私の知り合いのスピード・ポッド・レーサーも…家族が誘拐されて、脅迫されました……悪い事に警察の捜査が失敗して…残念な結果になってしまいましたが…」

 エマ・ラトナー。

「誘拐されるかも知れない対象者? そんなの、拡く捉えれば数万のオーダーにもなる……とてもじゃないが、全員の警護など不可能だ…だが事前に検知出来るのなら、少人数でも対応は出来るだろう…明日中に連絡は執るよ…」

「…先ずはそれが…先決ですね…」

 ハル・ハートリー。

「平日なら私達でも、バードさんのチームに協力出来るんじゃないですか? 」

 エドナ・ラティス。

「それは駄目だ! 君達に危ない真似はさせられない! 」

「運転ならエマ。機械整備ならリーア。法律関係ならハル。射撃なら私。ITシステムならカリーナ。物資の調達ならマレット。犯人との心理的駆け引きならハンナ。実際の対人警護や制圧ならフィオナがいます! 」

「エドナ。君達に危ない真似はさせられないよ。私には君達を守る責任と義務がある」

「ですからそれも含めて、サイン・バードさんに相談して下さい。私達なら大丈夫です。自分の身は自分で守れます」

「シエナ。怖い悪党ってのは、本当に居るんだよ。何の躊躇も無く人を傷付けて殺せる連中も居る。私達に、そんな連中への対処など出来ないし、しようとする必要も無い。君達の手伝いについての相談はしない。分かったね? 」

「分かり…ました…」

「そう応えても君は多分、独自にモリー・イーノス女史と連絡を執るんだろう? 分かったよ。仕方ない。僕はもう言いたい事は言ったから。君達メイン・スタッフに於いては、それぞれの責任感覚に於いて、独自の行動を許可して容認する。ただ……もしも君達がケガでもしたら……僕がどれだけ自分を責めるか、考えてくれ…宜しく頼むよ…まあ、ここでのこの話は、これで終わりだ。これ以上ここで考えても仕方ない…それじゃ、この後はどうする? 泳ぎにでも行って、腹を減らそうか? 余分な映像素材を与えるのも、癪だけどね。と言ってもまだ水着を持ち込んでなかったな。あのナイト・プールで着たスイム・スーツを回収して置けば好かったよ…」

「…あの…あの時のナイト・プールでアドルさんが着たスイム・スーツでしたら、私が持ち込みました…」

 眼を剥いて、そう言うハンナ・ウェアーを観る。

「…何だよ、ハンナ…早く言ってくれれば受け取ったのに…」

「…すみません…」

「…好いよ…好し。じゃあ、こうしよう。全乗員に通達だ。水着を持ち込んでいて暇な者はファースト・プールに集結せよ。適当に身体を動かして、腹を減らそうってね。リーアもハルもミーシャもおいで? 楽しんで身体を動かせる時には、そうした方が好い…なっ? 」

「…分かりました…アドルさんの先回りの早さが怖いですよ(笑)」

 ハル・ハートリーが、この部屋に入ってから初めて笑顔を観せた。

「好し! じゃあ、決まったな。ハンナは俺のスイム・スーツを持って来てくれ? 受け取ったら、直ぐに行くから! 」

 そう言いながらカップとソーサーとグラスを重ねまとめてキッチンに持って行こうとしたが、例によってシエナとリーアに取り上げられて、エマとハルに押し止められて、エドナとカリーナの手でソファーに戻されて、元の位置に座らされる私である。

 洗って流して拭き上げて収納迄5分弱で終わる。

「…それではアドルさん。お話をありがとうございました。これから直ぐに通達を出して、お先にファーストのプールサイドにてお待ちしております。では、後程…」

 笑顔でそう言いながら袖を戻すと、PADを取り上げてシエナは私にウィンクをして観せる。

「ハイハイ、行くわよ、シエナ副長…」

 リーアが両手をシエナの両肩に置き、そのまま振り返らせて肩を抱くような形で一緒に出て行く。

 エマとエドナとカリーナはウィンクをくれて、ハルとフィオナは軽く会釈して、ハンナとマレットとミーシャは投げキッスを私に吹き掛けて、出て行った。

(…やれやれ…)

 着ているものを総て脱ぎ去り、下着はランドリー・システムに放り込む。

 服は丁寧に吊して掛ける。

 下着無しでトレーナー・ジャージの上下に着替え、大きいバスタオルを用意してソファーに戻り、ハンナを待つ。

 インターコールが鳴ると、ドアの直ぐ内側に立って応答する。

 ドアが開いて間近で顔を突き合わせる私に驚くハンナの腕を取って中に引き込み、抱き竦めて唇を重ねる。

 驚いて眼を瞠る彼女だったが、直ぐに眼を閉じて私の背中に両手を廻した。

 手を入れ替えてもハンナを抱き締めながら、執拗に唇を貪る。

 腰から崩れ落ちそうになるので、ソファーに座らせて更に舌を強く絡め合わせる。

 そのまま40秒。漸く顔と身体を離すと、彼女が立っていた時に落としたらしい紙袋を拾い上げる。

「…これ? 」

「…ええ…はい…」

「…ごめんね…艦内ではここ以外で、ハンナとはキス出来ないから…」

「…分かって…います…」

「シエナを観た時、キスしたなって思った? 」

「…ええ…」

「皆も気付いたかな? 」

「多分…」

 ドリンク・ディスペンサーに冷水を出させて、ハンナに渡した。

「ひとつだけ頼む。私の弱点について、どう思った? 」

「尤もだと思いました。でも今は、サイン・バードさんとの話し合いに集中するべきでしょう。彼が開発したAIと、彼が組織したチームは優秀だと思います。きっとそのような犯罪計画があっても、それが芽吹く前に摘み取るでしょう…」

「君も優秀だよ、ハンナ。応えてくれて本当にありがとう…」

「…貴方が好きです…」

「落ち着いたかな? 」

「…はい…」

「じゃあ、行こうか? 」

 そう言って紙袋とバスタオルを左手で持ち、右手で彼女の手を取って立ち上がらせる。

 手を繋いだまま、一緒に私の自室から出た。
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