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ファースト・シーズン

初出航

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 2/28(土)、AM9:45

 ついにこの日が来た。やっとこの時が来た。やっとここまで来たな。

 やったぜ! ついにここまで来たぜ!

 当選通知を受けた時、俺は何かの架空請求かと思い、次に自分の目を疑い、最後に喜びを爆発させた。

 歓喜の雄叫びをワンルームの中で解き放った俺は、防音レベルを8にしていて良かったと心底から思った。

 運営推進本部は勿論、配信会社と番組も当選した20人の艦長については、一切公表しなかった。

 お陰で俺は誰にも知られず、騒がれずに準備を進める事ができた。

 だが番組の初回が配信されれば、会社にも知られて事情を訊かれる事になるだろうが、労務規定に違反するような事は何もやっていないから、何を訊かれてもどうって事はない。

 キャプテン・シートでにんまりとほくそ笑みながら、脚を組み替える。

 と、右手で顔を撫でて真面目な表情に戻した。

「アドル艦長、艦内オールセクションのプレ・フライト・ダブルチェックを完了しました。『ディファイアント』発進準備完了です」

 副長のシエナ・ミュラーが歩み寄りながら言う。俺よりふたつ年下の34才だが、かなりの童顔だ。

 言わなければ、27才でも通る。

 髪はラベンダー・パープルのフェミニン・セミディ。

 眼の虹彩の色はライト・グリーンで、かなり珍しい。

 初顔合わせの時と同じ、ライト・ピンクのルージュを挽いている。艶かしい。

「よーし、行こう。推進本部に発進準備完了、出航許可を乞うと送信。出航許諾コードが来るから、メインゲート・コントロールに、そのまま送信」

「了解…送信完了……運営推進本部から許諾コードが付与されました。そのままメインゲート・コントロールへと送信します…回線が繋がりました! 映像と音声でこちらに呼び掛けています! 」

 メイン・センサー・オペレーターの、カリーナ・ソリンスキー。26才だが、この娘も童顔だ。20才で通る。

 髪はオリーブ・ベージュのロング・ボブで、すごく細い。振り向く度にフワッと拡がる。そして肌が素晴らしく白い。

「回線を同期。メインビューワへ」

 メインビューワが点灯し、ウチの課長を少し柔和にしたような男性が映し出された。

「こちらはメインゲート・コントロール。貴艦の艦籍番号と艦種と艦名、艦長の姓名とアクセス承認コードを口頭にて申告されたい」

「062363、軽巡宙艦『ディファイアント』、私が艦長のアドル・エルクです。アクセス承認コード・αC2ΘX9」

「確認しました。出航申請を承認し、許可します。日曜日の午後11時迄に入港するように。健闘を祈ります。以上」

 それだけで、映像通話は途切れた。

「艦長! メインゲートが開き始めます! 」

 カリーナ・ソリンスキーが、そう告げる。

「副長、発進シークエンス、開始」

「了解、補助パワーをサブエンジンとリンク! 」

「了解、補助パワー、サブエンジンとリンクしてパワー伝達! 」

 と、リーア・ミスタンテ機関部長。32才。髪はホワイト・ブルーに染め上げられた、ナチュラル・ロウカールミディだ…。

「サブエンジン始動! 」

「サブエンジン始動。定格起動。臨界パワー30%から上昇…」

「艦内全システムにパワー伝達して供給開始」

「パワー供給レベル、レッドからオレンジへ…」

「生命維持システム、医療装備、システム起動」

「臨界パワー50%…」

「メインコンピューター起動、全センサーシステム、測定・分析システム起動」

「供給レベル、オレンジからイエローへ…」

「全兵装システム起動。ディフレクターグリッド起動。シールドジェネレーター起動。環境管理システム起動」

「外部接続コンジット、離断用意」

「了解」

「メインエンジン始動準備」

「了解。メインエンジン・スターターホイール起動」

「メインエンジン・スターターシステム確認」

「確認好し。異常無し」

「サブエンジン臨界パワー80%」

「パワー供給レベル、イエローからグリーンへ…」

「外部接続コンジット、レベル5から3迄を離断」

「スターターホイール回転加速」

「了解、加速50%」

「タラップ収納、ハッチ閉鎖。艦内非常隔壁全閉鎖」

「サブエンジン臨界パワー90%」

「パワー供給レベル、グリーンからブルーへ…」

「外部接続コンジット、レベル2を離断」

「スターターホイール回転加速80%」

「サブエンジン臨界パワー100%」

「パワー供給レベル、ブルーからスカイブルーへ…安定供給領域に到達」

「スターターホイール回転加速120%」

「外部接続コンジット、レベル1を離断」

「メインエンジン、始動準備好し! 」

「スターターホイール、最大出力でメインエンジンにパワー伝達! 」

「パワー伝達! 始動!! ……  メインエンジン始動成功! 定格起動、臨界パワー20%。徐々に上昇」

「外部接続全コンジットの離断を確認。サブエンジン、臨界パワー120%、噴射出力40%、推力30%、メインエンジン臨界パワー40%、噴射出力30%、推力20%、ガントリー・ロック解除! 」

 艦体が僅かに揺れる。この『ディファイアント』は、総てが撮影セットだ。揺れまで再現するとはな。

「磁力接着解除。面舵1°、離岸します! 『ディファイアント』発進! 」

 エマ・ラトナーが宣した。

 メイン・パイロットのエマ・ラトナー。26才。髪はカーマイン・レッドのカジュアル・ショートマニッシュ。

 ブリッジ正面のメインビューワの中で、周囲の景色が後方に流れ始める。

「全センサー・システムを起動、パッシブ・スイープを開始。赤外線監視モニターと磁気センサーも起動」

「出航完了まで40秒! 」

 右隣に座る、ハル・ハートリー参謀が宣した。33才。髪は暗褐色のフラッフィボブ。子供2人のシングル・マザー。彼女は12日前に協議離婚した。

 初出航で、やろうと決めていたひとつ目だ。

「コンピューター! ライブラリー・データベースにアクセス」

【アクセス】

「連続配信ドラマ、『宇宙探査艦ランドール7』のメインテーマをフルスコアで流せ! 」

【ボリュームは? 】

「7」

 軽快な面もあり重厚な面もある、希望と楽観と緊張と躍動と期待を感じさせる、壮大な旅立ちのテーマが響き渡る。

「このドラマ、長く続きましたね。第8シーズンまででしたか。好きなんですか? 」

 訊いたのは、副長の左隣に座るカウンセラー、ハンナ・ウェアー。27才。髪はオレンジ・ブロンドのナチュラル・ロングストレート。女優だが、注目されている若手の心理学者でもある。そして勿論、俺好みの美人だ。

「うん、好きだね。総てダウンロードしてあるよ」

「フォース・シーズンに出演しました。ゲストでしたが」

 副長が応える。

「憶えてるよ。格好良い役だったね。切なくて、好い話だった」

「実は私、副長としてのオファーを頂いていたんです。でも、役のイメージが定着するのは良くない、と言う助言を貰って、辞退しました。今考えれば、受けていれば良かったと思います」

「それは惜しかったね(実は知っている)でも今は立派に副長だから、好いじゃないか」

「ありがとうございます」

「その助言をしたのは、私でした。すみません」

 カウンセラーが少し申し訳なさそうに言う。

「そうだったんだ(実はそれも知っている)女優としては自然な捉え方だと思うよ。気にしてないから、気にしなくていい」

「ありがとうございます」

「メインゲートから出ます! 」

 と、メインパイロット。

「センサー! オールレンジでパッシブスイープ! 感知したら直ちにエンジン停止! 」

『ディファイアント』がメインゲートから虚空に滑り出す。艦の全体が出てからゲートは小さくなり、閉じて消えた。

 塗り直させたシルバー・ホワイトの艦体を、できるなら外から観てみたいと思った。

「『ディファイアント』出航完了! 」

「よし、ゲームフィールドデータをアップデート。現在位置を確認」

「了解…ゲームフィールドは38のクアドラント、ひとつのクアドラントは50のグリッド、ひとつのグリッドは80のパーセカル、ひとつのパーセカルは120のセクター、ひとつのセクターの広さは、太陽系の10倍程度です」

 了解だ…やはり予想通りの広さだな。これ程の広さの中で、出航ポイントをランダムに設定されたのなら、まず他艦とは出遭わない。今週と来週の4日間、上手くすれば単艦での訓練プログラムに集中できるだろう…センサー対物スキャン、比較的にデプリ密度の高い宙域を把握して、最寄りの宙域に針路を採ってくれ」

「了解…コースセット、357マーク208、ファーストスピードで発進! 」

 よし、ここでやろうと決めていたふたつ目だ。

「コンピューター! 艦内オール・コネクト・コミュケーション」

【コネクト】

「続けて再びライブラリー・データベースにアクセス」

【アクセス】

「グループ名『リアン・ビッシュ』、楽曲名『ARIA』、ボリューム7で再生スタンバイ」

【スタンバイ】

「続けて再生プロセスをコミュケーションアレイとリンク、全ゲームフィールドに向けて、通常音声発信用意」

【完了】

「ブリッジから全乗員へ、こちらは艦長だ。これより『ディファイアント』としての名乗りを挙げる。どこで誰が聴いているか、判らんがね…スタート」

 切々として物悲しいが力強さも感じさせる『アリア』が、『リアン・ビッシュ』4人での素晴らしいハーモニー・コーラスとして艦の内外に響き渡る。

『リアン・ビッシュ』は4人ともクルーとして俺が選抜して、『ディファイアント』に乗り組んでいる。だからこの楽曲を選んだ、と言う事でもある。

 今は4人とも所定の席に着いて自分達の楽曲を聴いているのだが、眼を瞠り口を両手で押さえて、その眼に涙を溜めている。

 4人の内の2人(サラ・ペイリン22才とイリナ・スタム22才)が、医療部付き支援スタッフとして席に着き、声を殺して泣いているのを医療部長のアーレン・ダール博士が見遣った。

(アドル艦長って見た目は、普通+イケメンポイント5って処なんだけど、何でこんなにクルーからモテるんだ? こう言う粋な事がサラっと出来るって以外にも、必ず何かがあるはずだな)

『ARIA』は切々と歌い上げられ、深い余韻を挽いてフェイドアウトした。

「よし、目的地までの所要時間は? 」

「約20分です。あ? 艦長、センサーに何か…」

「エンジン停止! 光学迷彩展開! アポジモーターで取舵2°! 」

 それだけ指示して、薮睨みでメインビューワーを見遣る。

「艦長? 」

「艦なんだな? 」

「はい。パワーサインとしては、軽巡です」

「そりゃ、そうだろう。重巡だったらもうめちゃくちゃに砲撃されているか、ミサイル・シャワーを広角で撃ち込まれている」

「どうしましょうか? 」

 と、エマ・ラトナー。

「皆、そのままで聴いてくれ。判っている事を言う。このゲームフィールドの広さで、こんなにも早く他艦を感知したと言う事は、少なくとも本艦の出航ポイントは、ランダム設定でなかった。推進本部の意図は、本艦を試すのか鍛えるのかのどちらかだろう。沈めるつもりでやっているのだとしたら、本艦を舐めていると言う事だ。艦長より全乗員へ。これより本艦は、予定を前倒しして実戦訓練に入る! コンピューター、ロストする前の彼我の位置、コース、速度を加味して3D投影! 」

【コンプリート】

 ブリッジ中央部の空間に3Dチャートが投影される。数秒眺めて息を吐くと、軽く首を振る。

「何にしても、まだ距離が遠い。この距離ならアポジモーターを使われても、パワーサインを感知できない。と、なれば…艦首ミサイル発射管6番に、アクティブ・パワースキャンをプログラムしたデコイを装填して発射スタンバイ。誘導コースはこれを入力してくれ」

 そう言ってキャプテンシート前のタッチパネルで誘導コースを入力し、左舷のミサイル・オペレーター、リサ・カントに送った。

「次にエマ・ラトナー。デコイを発射したら、方位268マーク109に大きい岩塊が観えるな? それの右側面に照準を付けて、ロケットアンカー1番2番を発射して撃ち込み、直ちにアンカーを巻き上げてくれ。本艦はこの方法でエンジンを使わずに変針・操艦し、相手艦に気付かせずに接近する。そして頃合いを測り、デコイのアクティブ・パワースキャンで相手艦の位置を確認。デコイの起爆と同時にエンジン始動して全速発進。インターセプトコースを採って相手艦の後方から接近。爆発によるセンサーレンジの撹乱が治まるまでの間に、射程距離内に侵入して先制攻撃を掛ける。エドナ・ラティス砲術長、主砲全力斉射8連をセット。ターゲットスキャナーの絞り込みを頼む。よし。デコイ発射30秒前! デコイプログラム確認! 総員第1戦闘配置! 右舷艦首ロケットアンカー照準! 」
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