私を虐げた人には絶望を ~貧乏令嬢は悪魔と呼ばれる侯爵様と契約結婚する~

香木陽灯

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人間界での振る舞い

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「クラウス、明日からのお仕事について何かご要望はありますか? なければ家事を一通りやっておきますが……」
「それで問題ない。掃除中心に頼む。今までは自力でなんとかしていたのだが、最近は忙しくてな」
「かしこまりました」

 やはりこの屋敷を綺麗に保っていたのはクラウスだったのだ。魔力を使っていたとしても、広い屋敷を一人で管理するのは大変だろう。
 雇われたからには今以上に住みやすい屋敷にしていきたい。

(屋敷は広いけれど、毎日範囲を決めて少しずつやっていけば大丈夫そうね。使う部屋は限られていそうだし)

 脳内でシミュレーションをしていると、クラウスが思い出したように言った。

「それと、人間界での立ち振る舞いだが、カレンは妻として俺の隣にいてくれれば良い。妻がいるという事実が重要だからな」
「分かりました。社交の場に出る時はお傍にいます」
「そうしてくれ」
「……どうしてクラウスは人間の貴族として過ごしているのですか?」

 話を聞いていると、クラウスは結構忙しそうだ。わざわざ面倒な貴族のふりをする理由はなんだろう。

(接触したい人物がいるとか、お金儲けのためとか、理由によっては立ち振る舞いを変える必要があるかも……)

 そう思って聞いたのだが、返ってきた答えは予想外のものだった。

「栄養摂取のためだ。貴族の社交界には醜い感情が渦巻いているからな」
「え? どういうことですか?」
「俺は負の感情からエネルギーを得ているんだ。だから効率的にそれが摂取できる人間の貴族になりすましている」

 まさか食料確保のためだったとは。考えてみれば人間と違う生き物なのだから、食事方法も違って当たり前なのかもしれない。

(負の感情がエネルギーに……食料問題には困らなさそうで、ちょっとだけ羨ましいかも)

「そんな理由があったのですね。ちなみに、私からは摂取できませんか?」
「は?」
「私、わりと負の感情が出てると思うんですけど。どうです? 美味しそうですか?」
「……」

 自分で言うのもなんだけど、私は結構不幸な生い立ちをしている。だから負の感情も結構豊富なはず。もしかしたら、クラウスの食料調達を楽にしてあげられるかもしれない。
 そう思って聞いてみたのだが、クラウスとティルは顔を見合わせて黙り込んでしまった。

「あれ? 私なにか変なことを言いましたか?」
「いや……。あー、カレンは自分で思っているほど負の感情が表に出ていないようだ。むしろ……不味そうだ」

 クラウスは少し躊躇いながら教えてくれた。

「そうですか、結構自信があったんですけどね。お役に立てると思ったのに、残念です」

 折角なら美味しそうだったら良かった。こんな私を雇ってくれたお礼に、食料を渡せると思ったのに。
 私とクラウスの会話を黙って聞いていたティルは、困惑したような顔をしながら口を開いた。

「あのさ、初めて声をかけた時から思ってたんだけど、カレンってちょっと変わってるね」
「そうですか?」
「うん……あっ、悪い意味じゃないよ! 僕たちと上手くやっていけそうって意味! だいたいさ、カレンが美味しそうだったら一緒に暮らせないよー。ただの食料になっちゃうじゃん」
「確かに……それもそうですね。不味そうで良かったです」

 ティルの意見はもっともだ。妻に食欲をそそられる夫はなんだか不健全だ。そう考えると不味そうな自分の感情に感謝したくなった。

(ありがとう、私の負の感情! 不味いの万歳!)

「でも美味しそうかどうかで言ったら、カレンの家族はとーっても美味しそうだったな。水晶で覗いたとき、思わず涎が出ちゃったよ!」

 ティルが思い出したようにそう言った。目を輝かせてうっとりしている。
 その様子を見ていたクラウスは、私の家族に興味が湧いたようだった。

「そうなのか? ティルがそう言うのは珍しいな」
「うん! 僕はああいうの好きなんだー。クラウス様も好きそうな感じ! あれは絶対美味しくなるって」
「ほお、面白そうだな。どんな奴らだ?」

 クラウス様に急に尋ねられて言葉に詰まってしまった。

「どんな、と言われても……。たいした人達じゃないですよ。あまり出来の良い人達ではないというか……」

 他人に家族のことを説明するのは難しい。道端の石ころのような人達ですよーと言っても通じないだろう。
 私は言い淀んでいると、クラウスとティルは水晶を覗き始めた。

「あぁ、こいつらか。……たしかに旨そうだ。カレン、こいつらに未練はあるか?」
 
 水晶を覗きながらクラウスが私に聞いてきた。
 未練、そんなものがあるはずなかった。

「特にありませんよ」
「都合が良いな。それなら俺たちの好きにしても構わないか?」
「へ? はい。構いませんが……」

 そう言うと、二人の目が光った。ティルもクラウスも楽しげな、けれど少し怪しげな表情をしている。その表情は見惚れるほど美しかった。

「では、こいつらを絶望させて食事を取るとしよう」
「わーい、久々のご馳走だー! 楽しみだなっ!」

 楽しそうに笑いあう二人を見ていると、彼らが悪魔なのだと再認識させられた。

(人とは違う、悪魔とその使い魔。深く考えずに契約しちゃったけど、早まったかしら? ……まぁ今のところ私には害がないし、いいか)

 確かにクラウスは悪魔なのだろう。だけど言動だけ見れば、私の家族の方がよっぽど悪魔的だった。
 だからクラウスに言った通り、家族がどうなろうと知ったことではない。
 ここで住み込みで働ける。そっちの方が大切なのだから。
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