私を虐げた人には絶望を ~貧乏令嬢は悪魔と呼ばれる侯爵様と契約結婚する~

香木陽灯

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家政婦としての朝

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「カレン、お前の結婚や仕事に関する手続きはこちらで済ませる」
「え? そのくらいでしたら私が……」

 やりますと言おうとしたのだが、クラウスの鋭い眼光が私を黙らせた。

「役所を丸め込む必要もある。こちらに任せておけ」
「……分かりました。よろしくお願いします」

 口調はそんなに厳しいものではなかったが、有無を言わさぬ迫力があった。
 もしかしたら、私の家族がらみで色々と手を回すのかもしれない。私がいると直接聴取をされたりして、面倒なのだろう。
 ここは大人しく任せることにした。

「そろそろ夜も更ける。休んだほうが良い。ティル、カレンを部屋に案内してやれ。南の空いている部屋で良いだろう」
「はーい! じゃあ行こっか」

 もう話は終わりだということだろう。
 クラウスに指示されたティルが、私の手を取ってさっさと扉に進んでいく。

「あ、はい。あの、明日からよろしくお願いします。おやすみなさい」

 後ろを振り返りながらクラウスに挨拶すると、返事が聞こえたような気がした。



 ティルに手を引かれて長い廊下を進み、一番奥の部屋の前まで来た。

「ここだよ。今日からここが、カレンのお部屋。足りない物があったら言って。なんでも用意出来るから!」

 遠慮しないでねと言いながら、ティルが扉を開けてくれた。人の姿になったティルは、行動が紳士的だ。

「ありがとうございます。わぁ……素敵なお部屋!」

 扉の向こうには可愛らしい内装の部屋が広がっており、思わず感嘆の声がもれた。

 白を基調とした壁には大きな窓があり、柔らかな薄緑のカーテンがかかっている。
 テーブルや椅子には所々に細かな模様が彫られており、まるで美術品のようだ。
 奥には大きなベッドが置いてあり、見ただけで寝心地が良さそうだと分かる。

 私が部屋の入り口で見とれていると、ティルが私の腰に手を当て、部屋の中へとエスコートする。

「気に入ってくれた? あ、多分カレンの好みが反映されてるよ」
「へ? えぇ……?」

 思いもよらぬことを言われ、変な声が出た。
 一体いつ好みを知られたのだろうか。水晶で見られていたのだろうか。

(知られていたとしても、こんな短時間で部屋の改造なんて出来るの?)

 不思議に思っていると、ティルが解説してくれた。

「この屋敷はクラウス様の魔力をいっぱい吸ってるから、色んな事が出来るの! お部屋に住む人に合わせて、ちょっとだけ模様替えしてくれるんだよー」

 確かにクラウスは、屋敷に魔力が充満していると言っていた。
 だけど、まさかこんな風に魔力が使われているのだとは思わなかった。

(すごい! なんて便利なの?!)

 今日からここが自分の部屋になるなんて、信じられないくらいに嬉しかった。

「とても素敵なお部屋で気に入りました。ご用意してくださって、ありがとうございます」

 お礼を言うと、ティルは嬉しそうに目を細めた。

「明日の朝、キッチンとか好きに使って良いからね。人間用の食材は揃ってるから安心して。僕たちは多分お昼ごろまで寝てるから」
「分かりました」
「じゃあ、おやすみ! ゆっくり休んでねー」
「おやすみなさい」

 ティルが部屋を出た後、ベッドに腰掛けてみた。予想通り、いや、予想以上にふかふかだった。
 そのまま倒れ込むと、お布団が私の身体を優しく包み込んでくれた。

「ふぅ……」

(目まぐるしい一日だったわ……。まだ夢の中にいるみたい。でも、これが現実……頭が追いつかないわ)

 仕事を探していただけなのに、あれよあれよという間に悪魔と契約結婚して、その屋敷で暮らすことになった。
 不思議なこともあるものだ。だけど今までの人生の中で、一番幸運な日だったかもしれない。あの家から脱出できたのだから。

(私が帰ってこないから、家族はきっとカンカンに怒っているでしょうね……ま、もう関係のないことだわね)

 クラウスが、あの人達から栄養を摂ろうとしていたことを思い出した。
 絶望させると言っていたけれど、どうするつもりなのだろう。……まあ、いずれ分かることだ。

「それにしても、このお部屋本当に素敵ね。小さい頃によく想像してたお部屋みたい」

 幼い頃、魔法の世界に憧れていた頃、よく想像して遊んでいた。
 私は魔法を使って新しい家族に出会い、小さいけれど綺麗な家で皆で仲良く過ごす……。
 そんな想像をしていた時、自分の部屋はこんな内装を考えてたっけ。

(理想的な住まい、有能な上司、可愛らしい先輩……本当に夢みたい。最高の職場じゃないかしら……)

 心地よい布団の上でウトウトしていると、いつの間にか眠ってしまった。

――――――――――



「んー……よく寝た。もう9時過ぎてる。こんなフカフカの布団で、誰にも邪魔されずに眠ったのは初めてね」

 窓から差し込む朝日に起こされたのは、いつもよりだいぶ遅い時間だった。

「とりあえず、朝ご飯にしよう」

 ぐーっと伸びをして簡単に身支度を済ませると、キッチンへと向かった。
 昨日ティルと廊下を歩いている最中に、キッチンの場所を確認しておいて良かった。広すぎて場所を知らなかったら、たどり着けなかっただろう。

 キッチンはとても広かったが、使いやすさを考えられた配置をしており、料理がしやすそうだった。

「すごい……食材がこんなにたくさんある。なんでも作れるじゃない!」

 我が家では見たことのない量の食材ストックに、頭がクラクラした。生鮮食品から保存食までなんでも揃っている。見たことない食材や季節外れの果物まであった。

(うーん、なにを作ったら良いか迷うわ。……こういう時は作り慣れているもので!)

 結局家でもよく作っていたリゾットを作って食べることにした。色々使ってみたかったが、失敗したら食材が勿体ない。

「家で作るより美味しい! やっぱり良い食材を使うと違うわね」

 誰にも邪魔されずにゆっくりと朝食を作り、のんびりと味わって食べる。私はその幸せをかみ締めた。



 朝食を済ませた後は、さっそく屋敷の掃除をすることにした。とはいえ知らない部屋には勝手に入れないので、廊下と玄関ホールが中心だ。

「ええっと、掃除道具は……」

 掃除道具を探そうとしたが、広い屋敷の中ではなかなか見つからない。
 こうなったら素手でやれることをやるか、と思いかけた時、廊下の奥が少し光っていることに気がついた。
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