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嫉妬(2)
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帰り道、馬車の中でクリスティーナは上機嫌だった。
領民の腰痛問題が半分解決したからだ。ハーブの塗り薬が販売されれば、きっと皆喜ぶだろう。
「カーミラ様、嬉しそうだったわね。こんなにたくさんサンプルをくれたし、来て良かったわ!」
「そうですね」
「すごく研究熱心な方よね。真面目だし、私なんかの意見も上手いこと取り込んでくれるし」
「そうですね……」
「ハーブの塗り薬、うまく商品化してほしいわ。カーミラ様の努力が報われてほしいもの」
「……」
ヘンリーの返事はなんだか固く、しまいには黙り込んでしまった。
「ヘンリー? どうしたの? 具合でも悪い?」
ヘンリーの顔をのぞき込むと、少し恐い顔をしていた。
(お、怒ってる……?)
とっさにクリスティーナは顔を背けた。
「随分とカーミラ様のことを気にかけるのですね」
心なしか、ヘンリーの言葉からは少々棘を感じた。
「え? そうかしら? まぁソフィアのお相手だし、すごく助けてもらったし……」
「それだけですか?」
その時、馬車が突然ブレーキをかけ、ガタリと揺れた。
「あっ!」
前方に倒れて座席から落ちそうになり、咄嗟に手を前に出した。
床に落ちると思ったのに、衝撃がない。その代わり、温かい感触があった。
どうやらヘンリーに抱きとめられたようだった。
「あ、ありがとう。助かったわ」
「……」
席に戻ろうと身動ぎするが、ヘンリーの腕はビクともしなかった。
しばらく無言で抱きしめられて、クリスティーナの心臓はドキドキと高鳴った。
(鼓動がうるさいっ! ヘンリーに聞こえてしまいそうだわ)
なんとか落ち着こうとしても、密着しているヘンリーの熱を感じてしまい、余計に意識してしまう。
あまりのドキドキで息が苦しくなってきた頃、ようやくクリスティーナは開放された。
座席に座らされ、ホッとしたのはつかの間。ヘンリーがクリスティーナの足元に跪いたのだ。
「ヘ、ヘンリー? 一体何を……」
クリスティーナの問いかけには答えず、ヘンリーはクリスティーナの手を取った。その手はひんやりとしていた。
ヘンリーは俯いていて、顔が見えない。
「……カーミラ様に嫉妬していまします。貴女があんなに嬉しそうな顔を向けるなんて」
ポツリと呟かれたその言葉に、クリスティーナは驚愕した。
「しっ、と? ええ!? な、何を言っているの? カーミラ様はソフィアの婚約者なのよ? それに私はヘンリーのっ」
婚約者だ、と言おうとしたのに言葉に詰まってしまった。
(なんでこんな言い訳してるのよ、っていうか、なんでヘンリーが嫉妬するの!?)
勢いがあれば言ってしまえたのかもしれない。けれど一度止まってしまった言葉はそう簡単には紡げなかった。
そのままクリスティーナは黙り込んでしまった。すると、ヘンリーの指がクリスティーナ手の甲をスルリと撫でた。
「続きを言ってはくれないのですか?」
続きを言うまでヘンリーの手は止まらなさそうだ。クリスティーナは覚悟を決めて息を吸った。
「私は、ヘンリーのこ、婚約者だからっ!」
クリスティーナが叫ぶようにそう言うと、ヘンリーがようやく顔を上げた。
その表情は柔らかく、先程までの恐ろしい顔ではなくなっていた。
「そうですね。今は、僕だけのクリスティーナですよね?」
「え、えぇ。そうね?」
優しい声色だが、有無を言わさぬ圧があった。クリスティーナが思わず同意すると、ヘンリーはようやく笑顔を見せた。
「じゃあ、あまり可愛らしい顔を他人に見せないでくださいね?」
「……!」
上目遣いでそんな風に要求されて、クリスティーナが耐えられるわけがなかった。
心臓を撃たれたように胸を抑え、顔を逸らす。顔がものすごく熱い。ヘンリーからは、真っ赤な顔が見えていることだろう。
(まるで私を期待させるようなことを言うのね……)
ヘンリーの言動にどうしても期待したくなる。けれどもそんな期待は捨てなくては。捨てた上で、自分の気持ちをぶつけると決めたのだから。
領民の腰痛問題が半分解決したからだ。ハーブの塗り薬が販売されれば、きっと皆喜ぶだろう。
「カーミラ様、嬉しそうだったわね。こんなにたくさんサンプルをくれたし、来て良かったわ!」
「そうですね」
「すごく研究熱心な方よね。真面目だし、私なんかの意見も上手いこと取り込んでくれるし」
「そうですね……」
「ハーブの塗り薬、うまく商品化してほしいわ。カーミラ様の努力が報われてほしいもの」
「……」
ヘンリーの返事はなんだか固く、しまいには黙り込んでしまった。
「ヘンリー? どうしたの? 具合でも悪い?」
ヘンリーの顔をのぞき込むと、少し恐い顔をしていた。
(お、怒ってる……?)
とっさにクリスティーナは顔を背けた。
「随分とカーミラ様のことを気にかけるのですね」
心なしか、ヘンリーの言葉からは少々棘を感じた。
「え? そうかしら? まぁソフィアのお相手だし、すごく助けてもらったし……」
「それだけですか?」
その時、馬車が突然ブレーキをかけ、ガタリと揺れた。
「あっ!」
前方に倒れて座席から落ちそうになり、咄嗟に手を前に出した。
床に落ちると思ったのに、衝撃がない。その代わり、温かい感触があった。
どうやらヘンリーに抱きとめられたようだった。
「あ、ありがとう。助かったわ」
「……」
席に戻ろうと身動ぎするが、ヘンリーの腕はビクともしなかった。
しばらく無言で抱きしめられて、クリスティーナの心臓はドキドキと高鳴った。
(鼓動がうるさいっ! ヘンリーに聞こえてしまいそうだわ)
なんとか落ち着こうとしても、密着しているヘンリーの熱を感じてしまい、余計に意識してしまう。
あまりのドキドキで息が苦しくなってきた頃、ようやくクリスティーナは開放された。
座席に座らされ、ホッとしたのはつかの間。ヘンリーがクリスティーナの足元に跪いたのだ。
「ヘ、ヘンリー? 一体何を……」
クリスティーナの問いかけには答えず、ヘンリーはクリスティーナの手を取った。その手はひんやりとしていた。
ヘンリーは俯いていて、顔が見えない。
「……カーミラ様に嫉妬していまします。貴女があんなに嬉しそうな顔を向けるなんて」
ポツリと呟かれたその言葉に、クリスティーナは驚愕した。
「しっ、と? ええ!? な、何を言っているの? カーミラ様はソフィアの婚約者なのよ? それに私はヘンリーのっ」
婚約者だ、と言おうとしたのに言葉に詰まってしまった。
(なんでこんな言い訳してるのよ、っていうか、なんでヘンリーが嫉妬するの!?)
勢いがあれば言ってしまえたのかもしれない。けれど一度止まってしまった言葉はそう簡単には紡げなかった。
そのままクリスティーナは黙り込んでしまった。すると、ヘンリーの指がクリスティーナ手の甲をスルリと撫でた。
「続きを言ってはくれないのですか?」
続きを言うまでヘンリーの手は止まらなさそうだ。クリスティーナは覚悟を決めて息を吸った。
「私は、ヘンリーのこ、婚約者だからっ!」
クリスティーナが叫ぶようにそう言うと、ヘンリーがようやく顔を上げた。
その表情は柔らかく、先程までの恐ろしい顔ではなくなっていた。
「そうですね。今は、僕だけのクリスティーナですよね?」
「え、えぇ。そうね?」
優しい声色だが、有無を言わさぬ圧があった。クリスティーナが思わず同意すると、ヘンリーはようやく笑顔を見せた。
「じゃあ、あまり可愛らしい顔を他人に見せないでくださいね?」
「……!」
上目遣いでそんな風に要求されて、クリスティーナが耐えられるわけがなかった。
心臓を撃たれたように胸を抑え、顔を逸らす。顔がものすごく熱い。ヘンリーからは、真っ赤な顔が見えていることだろう。
(まるで私を期待させるようなことを言うのね……)
ヘンリーの言動にどうしても期待したくなる。けれどもそんな期待は捨てなくては。捨てた上で、自分の気持ちをぶつけると決めたのだから。
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