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「ただいま帰りました」
マリアーヌは実家に帰ってすぐ、父親の書斎で頭を下げていた。
「我が娘ながら、なんと情けない。たった五ヶ月で離縁されるなどオージェ家の恥だ」
「お役に立てず、申し訳ありません」
「ふんっ、まぁいい。カッセル家からの苦情はない。それにシャルル殿の温情で慰謝料は不要だそうだ。後で感謝の手紙を送っておくように」
この結婚は、オージェ子爵家とカッセル伯爵家の利害の一致によってまとまったものだ。
新興貴族として莫大な富を持つが、格式が足りないオージェ。
伝統ある貴族だが、財政難に苦しむカッセル。
互いが手を取り合った結婚のはずだった。
マリアーヌは家を守るために結婚したのだ。
母が亡くなってから荒れ果てていた父が、珍しく頭を下げたから。
オージェ家のためだから。
そう思って夫の理不尽に耐えてきたのだ。
それなのに――。
(それなのにこの仕打ち……)
マリアーヌは黙ったままそっと退室した。
父はぶつぶつと文句を言っていたが、最後までマリアーヌの方を見ようともしなかった。
「慰謝料? こっちが貰うべきでしょうに。手紙? どうせ送っても読まないわよ」
マリアーヌは小さく悪態をついて、自室だった部屋に戻る。
「家にいると文句しか言われないし、久しぶりに市場にでも行こうかな」
ムシャクシャとした気持ちを切り替えるように、出かける準備を始めるマリアーヌ。
そしてそのまま少し離れた街、センシアに向かうのだった。
街の中心にある市場は、たくさんの人々で賑わっていた。
センシアは商人たちの街。
たくさんの品物が行き来する市場が、この街の大半を占めている。
マリアーヌは昔から、貴族が少なく活気あるこの街が好きだった。
(ここにいると息が出来る。カッセルの屋敷も実家も息苦しい)
「おや? オージェ様んところのお嬢ちゃんじゃねぇか。最近見なかったけど元気だったか?」
気さく話しかけてきたのは、野菜売りのおじさんだった。
マリアーヌは昔馴染みを見て顔をほころばせた。
「久しぶりね。実は数ヶ月だけ別の街で暮らしていたの。さっき帰ってきたばかりよ」
「へぇーお貴族様は大変だねぇ。あぁ、そうだ。そこにいる貴族の兄ちゃんに手を貸してくれねぇか? 朝、店の前で倒れていたんだ」
「そこの、貴族の……?」
マリアーヌが店の奥を覗くと、ぐったりとした男性が座り込んでいた。
貴族だ。
それも上位の。
身なりを見れば分かる。
だが、いかにも高級そうな服には土埃がついていた。
(なんでこんな商人の街に上位貴族が……? 面倒事じゃないでしょうね)
マリアーヌは正直関わりたくなかったが、放っておけば野菜売りのおじさんに迷惑がかかる。
「少しお邪魔するわね」
「おう、頼むわ」
おじさんに許可を取って小さな店内に入ると、男性の顔がちらりと見える。
額にじんわりと汗が浮かんでいた。
「あの、何かお困りですか? 体調が悪いのでしたら馬車を手配しましょうか?」
マリアーヌが声をかけると、男性は少しだけ顔を上げた。
「呼べるのか? ……すまない、頼む」
「少し待っていてくださいね。そうだ、これを」
マリアーヌは男性に赤い果物を差し出した。
「なんだ……?」
「アルムの実です。お腹が空っぽなら少し食べた方が良いですから。ここの果物は瑞々しくて美味しいですよ!」
それだけ言うと、マリアーヌは店を出た。
「おじさん、アルムの実を一つもらったわ。はい銅貨二枚。ちょっと馬車を呼んでくる」
「おお、毎度あり! 助かるよ。医者を呼んでやりたかったが人手も金もなくてな……」
「大丈夫よ。でもあと少しだけ面倒見てあげて」
「任せとけ!」
マリアーヌは実家に帰ってすぐ、父親の書斎で頭を下げていた。
「我が娘ながら、なんと情けない。たった五ヶ月で離縁されるなどオージェ家の恥だ」
「お役に立てず、申し訳ありません」
「ふんっ、まぁいい。カッセル家からの苦情はない。それにシャルル殿の温情で慰謝料は不要だそうだ。後で感謝の手紙を送っておくように」
この結婚は、オージェ子爵家とカッセル伯爵家の利害の一致によってまとまったものだ。
新興貴族として莫大な富を持つが、格式が足りないオージェ。
伝統ある貴族だが、財政難に苦しむカッセル。
互いが手を取り合った結婚のはずだった。
マリアーヌは家を守るために結婚したのだ。
母が亡くなってから荒れ果てていた父が、珍しく頭を下げたから。
オージェ家のためだから。
そう思って夫の理不尽に耐えてきたのだ。
それなのに――。
(それなのにこの仕打ち……)
マリアーヌは黙ったままそっと退室した。
父はぶつぶつと文句を言っていたが、最後までマリアーヌの方を見ようともしなかった。
「慰謝料? こっちが貰うべきでしょうに。手紙? どうせ送っても読まないわよ」
マリアーヌは小さく悪態をついて、自室だった部屋に戻る。
「家にいると文句しか言われないし、久しぶりに市場にでも行こうかな」
ムシャクシャとした気持ちを切り替えるように、出かける準備を始めるマリアーヌ。
そしてそのまま少し離れた街、センシアに向かうのだった。
街の中心にある市場は、たくさんの人々で賑わっていた。
センシアは商人たちの街。
たくさんの品物が行き来する市場が、この街の大半を占めている。
マリアーヌは昔から、貴族が少なく活気あるこの街が好きだった。
(ここにいると息が出来る。カッセルの屋敷も実家も息苦しい)
「おや? オージェ様んところのお嬢ちゃんじゃねぇか。最近見なかったけど元気だったか?」
気さく話しかけてきたのは、野菜売りのおじさんだった。
マリアーヌは昔馴染みを見て顔をほころばせた。
「久しぶりね。実は数ヶ月だけ別の街で暮らしていたの。さっき帰ってきたばかりよ」
「へぇーお貴族様は大変だねぇ。あぁ、そうだ。そこにいる貴族の兄ちゃんに手を貸してくれねぇか? 朝、店の前で倒れていたんだ」
「そこの、貴族の……?」
マリアーヌが店の奥を覗くと、ぐったりとした男性が座り込んでいた。
貴族だ。
それも上位の。
身なりを見れば分かる。
だが、いかにも高級そうな服には土埃がついていた。
(なんでこんな商人の街に上位貴族が……? 面倒事じゃないでしょうね)
マリアーヌは正直関わりたくなかったが、放っておけば野菜売りのおじさんに迷惑がかかる。
「少しお邪魔するわね」
「おう、頼むわ」
おじさんに許可を取って小さな店内に入ると、男性の顔がちらりと見える。
額にじんわりと汗が浮かんでいた。
「あの、何かお困りですか? 体調が悪いのでしたら馬車を手配しましょうか?」
マリアーヌが声をかけると、男性は少しだけ顔を上げた。
「呼べるのか? ……すまない、頼む」
「少し待っていてくださいね。そうだ、これを」
マリアーヌは男性に赤い果物を差し出した。
「なんだ……?」
「アルムの実です。お腹が空っぽなら少し食べた方が良いですから。ここの果物は瑞々しくて美味しいですよ!」
それだけ言うと、マリアーヌは店を出た。
「おじさん、アルムの実を一つもらったわ。はい銅貨二枚。ちょっと馬車を呼んでくる」
「おお、毎度あり! 助かるよ。医者を呼んでやりたかったが人手も金もなくてな……」
「大丈夫よ。でもあと少しだけ面倒見てあげて」
「任せとけ!」
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