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「失礼します」
客間に入ると、シャルルと父が楽しそうに談笑している。
「いやぁシャルル殿には本当に世話になった。はっはっはっ。不出来な娘が迷惑をかけたな」
「いやいや、こちらこそ資金援助には大変感謝しています! あぁマリアーヌ、今日は君に良い話を持ってきたんだ」
マリアーヌが怪訝そうに眉をひそめると、父が咳払いをして睨みつけてきた。
仕方なく父の横に座ると、シャルル・カッセルは嫌らしい笑みを浮かべた。
「オージェ家には多大な援助をいただいた。それなのにお前のせいでオージェ家は、我がカッセル家との繋がりを失った。だから新たな縁談を持ってきてやったんだ! どうだ、嬉しいだろう?」
「縁談……ですか」
マリアーヌは元夫がやって来た意味を理解した。
(勝手に離縁話を進めたから、父へのお詫びに新たな縁談を持ってきたってわけね。我が家は新たな貴族との繋がりを得るし、カッセル家は恩も売れる。また資金援助を頼みたいのかも)
チラリと父を見ると、顔に「絶対お受けしろ」と書いてある。
勝手なものだ。
マリアーヌは顔に笑顔を貼り付けた。
「一度離縁された私と結婚してくださるなんて、奇特な方がいらっしゃるのですね。お相手はどなたですの?」
「それはな……あの、ラインハルト・ベイガー公爵だ。名前くらいは知っているだろう?」
シャルルの言葉にマリアーヌの背筋が凍った。
ラインハルト・ベイガー。
別名、冷酷公爵。
国王の右腕と名高い彼は、外交手腕が高く評価されている。
だが敵国のスパイを惨殺しただの、国王にも暴言を吐いただの、とにかく物騒な噂が絶えない人物なのだ。
何人もの婚約者が逃げ出したという噂まである。
社交界に疎いマリアーヌでさえも、名前と噂だけは頭に入っていた。
(冷酷公爵と結婚? 冗談じゃないわ!)
「最近ベイガー公爵は結婚相手を探しておられる。噂によると王命らしい。お前に相応しいだろう?」
「私なんかでは……。それに子爵家の娘を欲しがるでしょうか? 格が違いすぎるので断られてしまうと思いますわ」
マリアーヌの言葉にシャルルが吹き出した。
「安心しろ。ベイガー公爵からの手紙だ。向こうはすでに承諾済みってことさ。オージェの令嬢を紹介しようと言ったら、奴が食いついて来やがった! はははっ、結婚に必死で笑っちまう」
シャルルが渡してきたのは確かにベイガー公爵からの手紙だ。
父宛に「ご令嬢と是非縁談を進めたい」と書かれている。
(嘘……)
冷酷で婚約者に逃げられる公爵といえど、婚姻歴のある女は嫌だろう。
子爵家出身であれば断られるだろう。
そんな淡い期待は、もろくも崩れ去ってしまった。
マリアーヌが固まっていると、黙っていた父が口を開いた。
「シャルル殿の最後の温情だ。二度目はないぞ、マリアーヌ。お前に残された道はこれしかない」
(自由になれたと思ったのに……結局私はここから逃れられないのね)
今朝感じた開放感が既に懐かしい。
けれどマリアーヌは目の前の現実を受け止めるしかなかった。
(公爵家の話を子爵家が断ったとなれば、本当に我が家は滅んでしまうわ。お父様はどうでも良いけど、お母様がきっと悲しむ……)
亡くなった母は家族を、この屋敷を、オージェ家を愛していた。
こんな情けない理由で滅んだとなれば、申し訳が立たない。
「分かりました。この縁談、お受けしますわ」
マリアーヌは貴族の娘として、すべてを受け入れた。
客間に入ると、シャルルと父が楽しそうに談笑している。
「いやぁシャルル殿には本当に世話になった。はっはっはっ。不出来な娘が迷惑をかけたな」
「いやいや、こちらこそ資金援助には大変感謝しています! あぁマリアーヌ、今日は君に良い話を持ってきたんだ」
マリアーヌが怪訝そうに眉をひそめると、父が咳払いをして睨みつけてきた。
仕方なく父の横に座ると、シャルル・カッセルは嫌らしい笑みを浮かべた。
「オージェ家には多大な援助をいただいた。それなのにお前のせいでオージェ家は、我がカッセル家との繋がりを失った。だから新たな縁談を持ってきてやったんだ! どうだ、嬉しいだろう?」
「縁談……ですか」
マリアーヌは元夫がやって来た意味を理解した。
(勝手に離縁話を進めたから、父へのお詫びに新たな縁談を持ってきたってわけね。我が家は新たな貴族との繋がりを得るし、カッセル家は恩も売れる。また資金援助を頼みたいのかも)
チラリと父を見ると、顔に「絶対お受けしろ」と書いてある。
勝手なものだ。
マリアーヌは顔に笑顔を貼り付けた。
「一度離縁された私と結婚してくださるなんて、奇特な方がいらっしゃるのですね。お相手はどなたですの?」
「それはな……あの、ラインハルト・ベイガー公爵だ。名前くらいは知っているだろう?」
シャルルの言葉にマリアーヌの背筋が凍った。
ラインハルト・ベイガー。
別名、冷酷公爵。
国王の右腕と名高い彼は、外交手腕が高く評価されている。
だが敵国のスパイを惨殺しただの、国王にも暴言を吐いただの、とにかく物騒な噂が絶えない人物なのだ。
何人もの婚約者が逃げ出したという噂まである。
社交界に疎いマリアーヌでさえも、名前と噂だけは頭に入っていた。
(冷酷公爵と結婚? 冗談じゃないわ!)
「最近ベイガー公爵は結婚相手を探しておられる。噂によると王命らしい。お前に相応しいだろう?」
「私なんかでは……。それに子爵家の娘を欲しがるでしょうか? 格が違いすぎるので断られてしまうと思いますわ」
マリアーヌの言葉にシャルルが吹き出した。
「安心しろ。ベイガー公爵からの手紙だ。向こうはすでに承諾済みってことさ。オージェの令嬢を紹介しようと言ったら、奴が食いついて来やがった! はははっ、結婚に必死で笑っちまう」
シャルルが渡してきたのは確かにベイガー公爵からの手紙だ。
父宛に「ご令嬢と是非縁談を進めたい」と書かれている。
(嘘……)
冷酷で婚約者に逃げられる公爵といえど、婚姻歴のある女は嫌だろう。
子爵家出身であれば断られるだろう。
そんな淡い期待は、もろくも崩れ去ってしまった。
マリアーヌが固まっていると、黙っていた父が口を開いた。
「シャルル殿の最後の温情だ。二度目はないぞ、マリアーヌ。お前に残された道はこれしかない」
(自由になれたと思ったのに……結局私はここから逃れられないのね)
今朝感じた開放感が既に懐かしい。
けれどマリアーヌは目の前の現実を受け止めるしかなかった。
(公爵家の話を子爵家が断ったとなれば、本当に我が家は滅んでしまうわ。お父様はどうでも良いけど、お母様がきっと悲しむ……)
亡くなった母は家族を、この屋敷を、オージェ家を愛していた。
こんな情けない理由で滅んだとなれば、申し訳が立たない。
「分かりました。この縁談、お受けしますわ」
マリアーヌは貴族の娘として、すべてを受け入れた。
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