A Brave-man's Crown -伝説の勇者の息子-

ビタミンZ

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第一章 「伝説の勇者の息子」

フォーキール③

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「では、始めるとするかの。いつでも掛かってくるがいい」


老人は足を広げ、腰を落として両手を構える。

見たところ、どうやら老人は徒手空拳のような戦闘スタイルのようで、魔法などは使わないようだった。

同じ近接戦闘を行うヨエルにとっては、願ってもいない相手であり、実力を測ることについてはまさに恰好の相手とも言える。


「なら、お言葉に甘えさせてもらうぜ!」


ヨエルは地面を蹴り、一瞬にして老人との距離を詰める。

そのまま飛び膝蹴りを繰り出すが、老人は上半身を軽く反らすだけで、その攻撃をいとも簡単に回避する。

ヨエル自身、動きの速さには自信があり、初撃で相手を怯ませてからの追撃が得意であったが、こんな簡単に避けられたのは初めてであった。

しかし、すぐに頭を切り替えて次の行動に入るべく、ヨエルはすかさず身体を翻し、反対側の足で回し蹴りを繰り出した。

間髪入れずの追撃であるものの、老人は両手をヨエルの足に滑らせ、その攻撃を軽く往なす。

まるで流れる水のような穏やかでありながら、一切の無駄な動きがない老人は初めて戦うタイプであり、頭の中で組み立てていた行動パターンをリセットせざるを得なくなったヨエルは、着地するや否や飛び上がって老人との距離を離した。


「何じゃ、なかなか良い動きをしとるな。判断力も優れておる」


そう言った老人は再び構えるが、その場でゆらゆらと上半身を揺らすだけで近付いてくる気配はない。

動きが読めないとなっては先が読めず、これ程戦いにくいと思わせる相手は初めてだった。


「だが、わしと素手で戦うつもりなら、やめておいた方が良い。自慢ではないが、わしは素手で負けたことは一度もない」


「…本当に何なんだよ、あんたは…」


「わしが認めたら、教えてやろう。ほれ、さっさと腰に納めた剣を取り出さんかい」


挑発とも受け取れる発言だが、今なら老人の言っていることも素直にそれが事実だと受け入れられる。

そうでなくとも、剣術がヨエルの最も得意な戦闘術である為、尚更素手で勝てる相手だとは到底思えなかった。

意地になっても仕方がなく、ヨエルはその言葉に従い、腰のベルトに引っ掛けていた剣をマントの中から取り出した。


「その剣…。「破戒の剣」か」


ベルトが幾重にも巻かれた鞘に納まった剣を目の当たりにした老人は、その剣を破戒の剣と呼ぶ。

剣の名称など知らなかったヨエルは、初めて聞く単語に対して眉間に皺を寄せた。


「破戒…?そんな物騒な名前なのか、これ?」


「何じゃい。自分の持ち物のくせに、知らんのか?」


剣をまじまじと見つめるヨエルに対し、意外そうな顔を浮かべる老人は初めて動きを止める。


「好きで持ってるわけじゃないんでね。ただ、こいつをここに持って来いって言われたから持ってるだけだよ」


「…なるほどな。誠に面白い童じゃ」


破戒の剣と名の通り、普通の剣ではなく、この存在の正体を知れば誰もが望むはずの剣。

しかし、誰もが望んだとしても、誰もが使えるはずのない剣こそが、ヨエルが持つ剣だった。

そしてそんな代物を持つヨエルが、何も知らないということ。

その事実は、剣の正体を知っている老人にとって面白いものであった。


「事情は何であれ、少なくとも今の持ち主はお前なのじゃろ?鞘から抜くことができるかどうかは別として、だがな」


それを聞いたヨエルは、ピタリと動きを止める。

この剣のことを知っているのなら、ことが何を意味するのかを理解していても、何ら不思議ではない。

であればこそ、この剣のことを知っている老人に対する興味は強まった。

この剣があるが故に、自分は今ここにいるのだから。

この剣があるが故に、自分は魔人と戦えるのだから。

この剣が、全ての始まりだったのだから。


「…もし、俺がこの剣を抜けるとしたら…どうする?」


「…何?まさか…」


ヨエルの一言に、老人は初めて顔色を変えて鞘に視線を落とす。

幾重に巻かれたベルトの本数は、当初ヨエルが手にした時よりも減っているのだが、その事実はヨエルしか知らないことだった。

そしてそれは、ヨエルが剣を鞘から抜き取る度に千切れていくということも。

そのことについては、老人もヨエルが言ったことは嘘ではないということを理解しており、小さく首を頷かせた。


「確かに、「禁呪符」の数が減っているな…。……その年齢で、その剣を持っているということだけでも大したものだと思っていたが…まさか、本当にその剣を抜けるとは…」


老人が言った禁呪符とは、魔術師が特殊な呪言と印を記憶させた媒体を用いて、対象の能力を抑制或いは制限する際に使用されるもののことであり、例えば呪われた武具や道具などと言われる、所謂「曰くつき」の代物を封印する為に使用されていた。

主に手軽に記憶させやすい札を用いるのが一般的であるが、全てがそうというわけではなく、根本的に呪言と印を記憶させたものが媒体となる為、ヨエルの剣の鞘に巻かれたベルトもまた例外ではない。

しかし、禁呪符が一つではその効果を発揮できない場合、禁呪符を複数掛け合わせて使用されることもあるのだが、それは抑制する対象の力が強大であることを意味している。

つまり、禁呪符を使用する数が多ければ多い程、対象の秘めたる能力は著しく強大となるわけだが、ヨエルの剣に於いてはそれが数え切れない程に使用されていた。

そのような物を、このような年端もいかない少年が持つなどとは、長い年月を生きてきた老人でさえも聞いたことがない。


「…であれば、尚の事わし相手に剣を抜くことはできんじゃろな。その剣を抜き取ればどうなるか、身を以て経験したことが幾度もあるのなら」


「全部お見通し…ってことかよ」


あくまで脅し…謂わばブラフのつもりで言ったヨエルだったが、老人は全て見抜いていた。

だが、これで老人がこの剣のことを知っているのは間違いないという確証を得ることができただけでも、ヨエルにとっては大きな収穫に違いない。


「なあ、あんたはどうしてこの剣のことを知ってるんだ?」


「さて、何でじゃろな?聞いてみたかったら、わしを認めさせてみろ」


「…結局、それかよ」


聞いたところで素直に答えないこの老人は、飄々と攻撃を受け流す動きと同様に全く喰えない人物であった。

少しは期待したヨエルだったが、あまりの呆気ない返答に肩透かしを食らうだけで、やはりここはどうしても老人を認めさせるしか方法はないだろう。


「まあいいや。そもそも、あんたを倒さなきゃスクールにも入れないんだし」


観念したヨエルは、鞘に納まった状態である剣を構え、老人と対峙する。

抜剣しなくとも、ヨエルにとっては十分戦え、寧ろ殺生をするつもりでなければこの方が戦いやすい。


「その意気や良し。では、続けるとするかの」


「言われなくても!」


そう短く答えたヨエルは、老人の額目掛けて鞘の先端を突き立てるかの如く距離を詰める。

僅か一瞬にして迫る速度と、何の迷いもない攻撃は、確実に急所を捉えるべくして繰り出された一撃であった。

凄まじい速度と上半身の筋肉のバネを活かした、直撃すれば致命傷はまず避けられないであろう突きに対して、老人は躱すことなく掌を開いたまま腕を突き出す。

ヨエルの鞘と老人の掌はぶつかり合ったその刹那、老人の腕の筋肉が盛り上がり、初めは拮抗していた二人の動きも徐々にヨエルが押され始める。


「っ…!?こいつ…!!」


「力比べするまでもなさそうじゃな」


ヨエルは両足を踏ん張らせているが、思いの外老人の力は強く、老人はそのまま上半身を前に倒して鞘を押し出し、それによってヨエルの身体は吹っ飛ばされた。


かろうじて空中で身を翻し、体勢を崩しながら着地するヨエルが前を見た時には、老人が既に眼前に迫ってきており、剰え掌底を繰り出そうとすらしている。

咄嗟にヨエルは剣を横に構えてその攻撃を防ぎ、鞘の金属と老人の骨がぶつかり合う、低く鈍い音だけがその場に響き渡った。


「ほれほれ、どうした?押され気味じゃぞ?」


骨に直撃しては相当な痛みを伴い、或いは骨が粉けても何ら不思議ではないはずなのに、老人は躊躇することなく自らの掌を鞘にぶつけてきた。

加えて顔色を変えるどころか余裕な笑みを髭の下で浮かべ、追い詰めるように腕に力を込めていき、その力に抗えないヨエルの上半身は徐々に反れていく。

とても高齢とは思えない素早さと力強さ、一瞬の隙でさえも見逃さない洞察力、そして一切の無駄がない洗練された動きは、まさに老人が今まで培ってきた経験と修練による賜物ともいえ、そのいずれもが尋常ではない。


(回避も防御も攻撃も、全部が桁外れかよ…!!)


腕には自信があり、そして今まで幾度もの戦いを経験してきたヨエルだったが、ここまで卓越した強さを持った熟練者と戦ったことは未だかつて経験がなかった。

否、あってはならなかった。

このような者がそう易々といては、堪ったものではない。

だからこそ、本来であれば手合わせをするだけでも十分な経験を積めることに繋がるのだが、しかしこの場合は、ほんの一瞬の隙を見せればすかさず負けてしまうことが否応なしに分かる。

ただの手合わせに違いないだろうが、しかし敗北することは下手をすれば死に繋がり兼ねない程に、老人は強かった。


「ほいっと」


気の抜けた声と共に、老人はもう片方の腕を伸ばし、剣の柄を握るヨエルの手に自らの手を重ねたかと思うと、すかさず地面を蹴って片足をヨエルの胸元に押し当てる。

一瞬にして凄まじい衝撃が全身を襲ったかと思うと、そのまま蹴り飛ばされたヨエルの身体は、石畳の上を転がった。


「どあっ!?」


予想外の攻撃に、間抜けな悲鳴を上げたヨエルは、地面に伏せながら老人を睨み付ける。

対する老人は、追撃を繰り出すわけもなく、地面に倒れるヨエルをただ眺めていただけだった。


「ぐっ…!!くそ…!!」


「わしの動きに対応できたことは褒めてやりたいところだが、まだまだ隙があるな。我流にしても、お粗末な戦い方じゃのぉ」


「このじじい…!!人が手加減してりゃ、いい気になりやがって…!!」


ヨエルは剣を突き立て、杖代わりにしながらよろよろと立ち上がる。


「手加減とな?お前に手加減する余裕などあるのか?」


そんな状態になりながらも威勢を張るヨエルに、老人は「ほっほっほ」と全てを見透かしたかのように笑う。

老人が言った通り、確かにヨエルには手加減する余裕などありもするはずがなく、寧ろ逆に手加減されていることが嫌でも分かる。

そのことが、ヨエルには何よりも屈辱的だった。


「威勢だけでは、わしには勝てん。素質もあるのだろうが、それだけでも勝てん。お前がこの先、強くなることは認めよう。しかし、その可能性だけでは現状どうにもならん。さて、どうするかの?」


「どうするも何も、ただあんたをぶっ倒すだけだっての…!!」


「だから、その想いだけでも勝てんと言っとろうが…。まあ、しかし…」


呆れたように頭を掻く老人だったが、戦意を向けるヨエルを見て、彼の中で何かが確実に芽生え、何かが確実に変わろうとしていることに気付く。

それが何なのかは、初めて出会った時から感じられなかったものであり、ある意味ではヨエルに決定的に足りない欠点とも、もしくは弱点とも言えるものであった。

それを見抜いていた老人は、ヨエルがこの僅かな時間の中で成長しているということを実感した。

無論、当の本人は何も気付いていないようではあるが。


(破戒の剣を持ってきた、か…。成程、あいつの中で本来あるはずの、しかし欠けているもの…。そう考えれば、全てが繋がるわけじゃ。まったく、も色々と手回しをするものだ)


老人の思考の中にあるとは、ヨエルが度々口にすると同一人物だった。

その人物を老人が知っているとはヨエルも知らないだろうが、しかし事情を理解しつつある老人にとっては、ヨエルが手の中で踊らされていることに気付いた。

言い換えれば、それは導かれていると言っても良い。

そして、もしも自分がこうして手合わせをすることすら読んでいたとしたのなら、それは老人自身もがの手の中で操られているということにもなる。


(…だとするなら、実に面白い。わしまでも利用するとは、どこまでも喰えぬ男じゃ)


「今すぐその減らず口を叩いてやる…!!覚悟しろよ、じじい!!」


老人の考えなどいざ知らず、ヨエルは腰を落とし、剣を構える。

今までの構えとは違い、そして彼から発せられる気迫もより一層強くなっていた。



「そう思うなら、試してみるんじゃな」


「後悔すんなよ!!」


叫んだヨエルは、地面を蹴って老人へと迫る。

老人の顔面目掛けて、躊躇なく剣を振り下ろそうとした瞬間、一人の女性の声がその場に響き渡った。


「そこまで!!」


凛としたその声に聞き覚えがあったヨエルは、はっと我に返り、今にも振り下ろさんとする両腕に力を込めてその動きを制止する。

動きを止めた鞘は空中で動きを止めており、それはほんの少しでも遅れてしまえば今にも老人に当たるのではという
間隔であったが、老人は微動だにせずその先端をただ見つめていた。

まるで、ヨエルが攻撃を止めるのを読んでいたかのように。

それはつまり、ヨエルよりもその声を聴き、そして彼の反応速度を把握していたからこそできるものであり、分析能力にも長けていることを証明していた。


「何じゃい、良いところだったのに」


老人はつまらなそうに呟き、肩が動く程の大きな溜め息を吐く。

一方のヨエルは、こちらに向かってくる一人の女性に視線を向けており、そしてその女性に見覚えがあった。


「ジュリア…?」


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