A Brave-man's Crown -伝説の勇者の息子-

ビタミンZ

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第一章 「伝説の勇者の息子」

フォーキール②

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スクールという場所には不釣り合いな老人の姿を見たヨエルは、思わず目を疑う。

そんなヨエルを余所に、老人は座禅を組むような姿勢で、ただ沈黙を保ったまま静かに座り込んでいた。

その時、開いていた門は大きな音を立てて再び閉じ、バタンという耳を劈くような大きな音と共に風圧が押し寄せ、ヨエルの髪とマントを靡かせる。

普通であれば、誰もがその音に驚くだろうが、しかし老人はやはり一切の動きを見せなかった。

ここまで一切の反応を示さないこの老人は、果たして何者なのか?

ヨエルがそう思った時、とあることに気付く。


「……寝てやがる…」


よくよく見てみると、老人は決して微動だにしていないわけではなかった。

やや俯かせた頭部はコクリコクリと小刻みに動いており、耳を澄ませばいびきを掻いている音が聞こえる。


何故、老人がこんな場所で居眠りしているのか?

というより、あの耳を劈く程に五月蠅い門の音が鳴っても、ここまで居眠りできるものなのか?

いや、そもそもこの老人は何者なのか?


様々な疑問と思惑が頭の中を一瞬で駆け巡り、ヨエルの思考は追い付かなくなる。

そんな中で唯一できたことは、座ったまま眠り込んでいる老人の下まで歩み寄り、彼を起こす試みだった。


「おい、爺さん。起きてくれよ」


門の音を聞いても起きないことを顧みると、果たして効果があるのかは分からないが、屈んだヨエルは老人の肩を揺すりながら声を掛ける。

このまま起きずに立ち往生する羽目になるのかと思いきや、意外なことに老人は呻き声を上げながらすぐに反応を見せた。


「ん~…、なんじゃい…」


(何じゃいと言われてもな…)


老人は不服そうな声を上げながら、俯かせていた顔を上げる。

坊主のように禿げた頭と、瞼が隠れる程に伸びた白い眉毛、顎と口を隠し、挙げ句胸元まで伸びた白い髭、そして金の装飾が施された道士服が特徴の老人の外見は、まるで仙人のそれを思わせた。


「だれじゃ、おまえは?」


「俺はヨエル」


「よえる?よえるよえる…。ふむふむ…、よえるか…」


老人は顎を撫で、何かを思い出そうとしているように考え始める。

それはさておき、入れ歯が入っていないのか老人の口元はモゴモゴと動いており、言葉も今一つ聞き取りにくい。

先程から、この老人の正体は分からないままであるが、それよりもそちらのことが気になってしまい、老人との会話にヨエルは戸惑いを隠し切れなかった。


「ここのせいとじゃったか?」


「違うっつーの」


「なら、もんをあけてきたということかの」


「そうじゃなかったら、こうしてここにいねえだろ」


こうまで話が噛み合わないとなると、初対面の老人に対して申し訳ないが認知面でも疑惑が出てくる。

だとしたら、尚の事そのような老人がここにいることが分からなくなってくるのも確かであるが。


「なあ、爺さんは何者なんだ?」


「わしか?わしはもんばん…いうなれば、げーときーぱーというやつじゃよ」


途轍もなく聞き取りづらいが、本当に老人がゲートキーパーというのなら、居眠りしていたことは大問題である。

眉毛と髭で表情は読み取れず、そして言葉からして胡散臭さしか感じず、そのような老人の得体の知れなさにヨエルはただ頭の中が混乱していた。


「そんな奴が、ど真ん中で居眠りしてて良いのかよ…」


「かまわんよ。せきゅりてぃがしっかりしとるし、そもそもふつうのにんげんなら、ここにたどりつくことすらできんからな」


確かに、スクールの門を開けることは並大抵の人間では絶対にできず、また外壁を飛び越えることもできはしないだろう。

門に刻んであった通り、力を示すことができる者…即ち、勇者になり得るだけの実力を持った者しか入れず、それができない者は、文字通り門前払いということになる。

それに、老人の言葉から察するに、普通の金属ではないであろう門にも何か仕掛けがあるに違いないとヨエルは察した。

無論、途轍もなく聞き取りづらいが。


「まあ、いずれにしても、じゃ。ここにふみいったということは、じつりょくはあるというわけじゃな」


「そうなるな。ってことは、このまま通っても良いんだよな?」


成程、門を開けるということがスクールの最初の試験みたいなものかと納得したヨエルは、余裕を見せながら立ち上がる。


「なにをいっとる?まだわしじきじきにじつりょくをみとらんぞ?」


だが、老人はそんなヨエルを通そうとはしなかった。


「え?」


「え?」


互いが互いに何を言っているのか分からず、理解ができないことで、二人は顔を見合わせながら同じ言葉で聞き返す。

一瞬の沈黙が、その場に流れた。


「何の為に、俺の実力を見る必要があるんだ?門は自力で開けたんだから、それで良いだろ?」


「いやいや、それはいちじしけんみたいなもんじゃよ。わしとのてあわせがほんばんなんじゃ」


「別に俺はスクールの生徒になるつもりはないよ。ただ、言い付けを果たす為に来ただけなんだって」



スクールに入所するには、門を開けるだけでなく、この老人と手合わせをし、そして認められることが条件のようだった。

しかし、スクールに入所するつもりがなく、あくまでの言い付けを果たす為に来たヨエルにとっては、その課程をこなす必要性がないはずだった。

そう言い返された老人も、どう対処すれば良いのか分かり兼ねるようで、「ふむ」と髭を撫でながら首を傾げる。


「そういわれてものう…。それがわしのしごとなんじゃから、それをはたさないとおこられるんじゃよ」


(さっきまで寝てた奴が言う台詞じゃねえ…!)


そう言い返したい気持ちを抑えながら、ヨエルは老人の答えを待つ。

しばらく考え込んだ後、ゆっくりと立ち上がった老人は口を開いた。


「なんにせよ、ここをとおるものはわしのきょかなくとおることはできん。やっぱり、きまりにしたがってもらうとするかの」


「…何だよ、結局そうなんのか」


散々焦らされた挙げ句、もしかしたらと淡い期待を抱いていたヨエルは、呆れたように溜め息を吐く。

また、手合わせとも言っているが、このような老人がまともに動けるかどうかすら怪しく、寧ろ大丈夫かと気遣う程にその動きは頼りなかった。


「どんなてをつかってきてもかまいやせん。ぶきをつかってもいいし、すきにかかってくるがいい。いっとくが、わしはめちゃくちゃつよいぞ?」


「…本当かよ」


高齢でありながらも杖を使わず、また背中も丸まっていないことから、あくまで自立運動ができるのは見て取れるが、どこか不安定な立ち方をする老人の言葉に信憑性はない。

武器の使用を認められたとしても、マントの中に忍ばせている剣を使う気にはなれなかった。

何か気が抜けるが、それよりもずっと気になっていたことをヨエルは指摘する。


「それよりさ、入れ歯はないのか?さっきから、あんたの言葉が聞き取りづらくてしょうがないんだけど」


「ほう、いればとな?あるにはあるが、いいのか?」


「?何が?」


「わし、いればをいれたらもっとつよくなるんじゃよ」


入れ歯を入れたら強くなる。

そんな馬鹿げたことなど、果たして本当にあるのだろうか。

確かに、適正な入れ歯を装着すれば咬合力が上がり、それによって力の伝達も上手く行くだろう。

生物学的に、また力学的視点で考えれば、言っていることもある意味妥当ではあるが、しかし飛躍的に身体能力が向上するなどとは御伽噺だろう。

御伽噺といえば、ヨエルが持っている剣についても同じことをつい先日言われたばかりだが。


「いればをいれたら、ひとがかわったようになるからてかげんなぞできんぞ?いぜん、おなじことをいったものがけっかとしてはんとしぐらいにゅういんすることになったぐらいにだが…それでもいいのか?」


「嘘か誠か、拝見させてもらいたいもんだね」


「そうか。それなら、しかたあるまい」


老人は、自身の袖の中を弄り、そこから入れ歯を取り出す。

どう見ても何の変哲もない入れ歯であり、また魔法などで強化された形跡なども特に見当たらない物であった。

その入れ歯を自身の口に入れ、モゴモゴと口を動かしながらその位置を調整し始めたかと思うと、その動きもすぐに収まり、ふうと老人は溜め息を吐いた。

たったそれだけ…。

何の変哲もない入れ歯を入れただけにも関わらず、老人の身体からは今まで感じたことがない程に強烈な威圧感が放たれ、それはヨエルの全身を包み込む。

老人の外見には何も変化が起きておらず、細身な肉体はそのままであるのだが、ただ老人から放たれる威圧感は凄まじく、ヨエルは全身に鳥肌が立ったことが嫌でも分かった。


「この感覚…久しぶりだわい」


(嘘だろ…)


今となっては、老人が言ったことは誇張などではなく、寧ろ警告であったことが分かる。

また、はっきりと言葉が聞き取れるようになったが故に、老人は別人のようにさえ感じられた。


「興味本位なのも良いが、好奇心を放し飼いにしているとそれは無謀に変わるぞ、少年。無謀な心が強さを生み出すと考えているのなら、今すぐそれを捨てた方が身の為じゃ」


淡々と言葉を続けるこの老人に、果たして何人もの勇者を目指す者がその夢を打ち砕かれたのだろう。

そしてこの老人は、自身の強さを過信して挑んできた者を何度倒してきたのだろう。

そう思わせる程に、老人の言葉は凄みと重みがあった。

そして、自身の選択を愚かと悟り、老人から逃げ出したいと思った者は何人いたのだろう。

しかし、ヨエルは違った。

こうでなくては面白くないし、そして自分の持つ力を試す絶好の機会になり得ると思ったヨエルに、後悔など微塵もありはしない。

昔から、普通とは全く異なる境遇で育ち、ただ生きること…生の執着だけで生き続けたヨエルは、強くならなければならず、必然的に強くなっていた。

数々の魔人を討ち取ってきた強さが、果たしてどこまで通用するのかを知るには、またとないチャンスであり、それが巡ってきたことが何よりも喜ばしかった。


「…無謀かどうかは、これから分かるさ」


「ほう?退く気はなさそうじゃな」


強い者に出会え、自身の今までの人生を知ることができる喜びに、怯むどころか強い眼差しを向けるヨエルは、老人にとっても意外な存在だった。

今までこの仕事に就いてきたが、恐怖心を振り払って立ち向かう者こそいても、このような瞳をした者など初めてであった老人にとっても、この出会いは喜びを与える。


(たかが試験…。たかが規律…。そう思っていても、様々な出会いがある…。人生とは誠に面白いものじゃな)


そう思った老人は、髭の下の口元を緩めた。


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