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第6話
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俺は「食事」をする世代ではないし、じーさんばーさんが作ったシンプルな作物は口に入れるのが苦手だったしで、「食事」に関してはあまり関心がない方だ。
しかし、ABCトリオが用意する「食事」に関しては、話が別だった。
簡潔に言ってしまえば、ABCトリオの準備する「食事」は金に糸目がなく、しかも情報通なので、味がものすごく美味なのだ!
それ、どっから仕入れてきたの⁉ と驚くルートで材料を手に入れてきては、俺にふるまってくれる。
だから「食事」自体に興味がなくても、「ABCトリオが準備するもの」には、わくわくとドキドキがあった。
当然高額の税金は取られるが、商品を開発しまくって金持ちのABCトリオにとっては微々たるもので、むしろ「他に使うところがありません」ってくらい、3人は毎日研究ばかりしていた。
俺の分の請求もABCトリオの元へ行っているらしいが、「お任せ下さい、ぼっちゃん!」と言って、むしろ払わせてくれない。
そして、ABCトリオがこの家で食事を作りたい理由は、もう1つあるらしい。
俺の住むこの一軒家は、一人暮らしにはもったいないほどの広さがある。
「たまには食事を作りたい」「人を呼んでもてなしたい」と言ったじーさんばーさんのこだわりで建てた家でもあるので、リビングの横にくっついているキッチンはそこそこ広い。
同時に10人くらいは入って動けるスペースがある。(俺はそんなに人を入れたことがないのであくまで予想だが……)
そんな広さを誇るキッチンには、ABCトリオの開発した食事作成ロボ的なものが複数置いてある。
俺にはよくわからないが……切る用のロボだの、炒める用のロボだの、解凍するためのロボだの、とにかく色々並んでいるのだ。
使っているところを見てみたい気もするが、俺が行って誤作動の原因を作っては申し訳ないので、いつもソファーに座ってじっと待っている。
(……。それにしても暇だな……。この中途半端すぎる時間、何をしようか……)
俺は天井を見上げ、床に伸ばしている足をバタバタと動かした。
キッチンから聞こえる音に耳を澄ませつつ、時々見えるABCトリオの姿を見つつ、、、
とにかくひたすら待つしかなかった。
手持無沙汰とはいえ、さすがに今はモチモチ・ロボには触らない。
これ以上床を水浸しにしたら大変なので、無意識に触らないよう、寝室に置いてきた。
ついでにさっき濡れたはずのベットを確認したら、布団もシーツもすべて取り換えられていて奇麗になっていた。おかげで今夜もゆっくり眠れそうだ!
「「「さぁぼっちゃん! 準備できましたよ~♪」」」
―――――やっとか!!!!!
ABCトリオの言葉に反応し、ほころびそうになった表情を引き締める。
「お、遅かったな!」
バレバレだと思うが、一応「別に待ってないけどな!」風を装った。
そして3人は、同時に親指と人差し指をパチンッ☆ と鳴らし、
「「「さぁみんな~♪ ぼっちゃんの元へレッツゴー☆」」」
その言葉で、皿を乗せた小さなテーブルが「ワーッ」と叫びながら、こちらに向かって沢山走ってきた。その数10や20ではない、多分50くらいはある。
これは、ABCトリオが開発した「テーブル・ロボ幼稚園」だ。
小皿が1つ乗る程度の小さなテーブルに子供の足がついていて、テケテケと走ってくる。
赤・青・黄・緑……。皿は白いがテーブル自体はとにかくカラフルで見た目も楽しい。
テーブル・ロボは、床に座っている俺のところまでやってきて、俺を囲んでワイワイ楽しそうに上下に動く。
「こんにちはー」「美味しいよー」「食べて食べてー」と色々しゃべってくる。
しかもほんとに子供の声だから結構可愛い……。
(食べて、はいいけれど……)
「これ、何だ……?」
皿にあったのは……蒸したであろう米を卓球のボール並に小さく丸めて、その上に食材を乗せてカラフルにデコレートしてあるものだった。
米自体はABCトリオが何度も食事に出すし、映像でもよく見るので知っていた。
米の上に乗っているのは、平ぺったい赤に細くて白い線が入ったものや、もこもこした素材が白とオレンジのストライプになっているもの、あとは黄色に黒い紙みたいなのが乗せてあったり……。
この形、どっかで見たことあるけど、、、何だっけ?
「「「今日の食事は手まり寿司でーす♪ 柔らかいので丸飲みしても大丈夫ですよ~♪♪♪」」」
―――――手まり寿司……‼ SUSHI&テンプーラの寿司か‼
俺はごくっと喉を鳴らし、手まり寿司とやらを素手でつかんで持ち上げた。
―――――やわからすぎて……崩れそうだ……‼
鼻に近づけると、ふんわりと甘~い匂いがただよってくる。
ちょっとツンッとくる香りも混じってる。
(あれ……?)
手まり寿司を観察がてらじっと見つめていて気がついた。
「あ、わかった。米の上に乗ってるのは魚だな!」
間近で見て思い出した。確か以前の食事にもこんなのが出てきた。
その時は、魚のみが薄く切って出てきて、ツーンとする緑色の味と黒い液体につけて口に入れた。
「なあ! 何もつけずにこのまま口に入れたらいいのかー?」
俺の言葉に、ABCトリオは自信満々な声で「「「大丈夫でーす♪」」」と返事した。
つまりこれ自体に既に味がついているということだろう。
「えーと、、、“いただきます”!」
じーさんばーさんから、食事する時に言うよう言われた言葉を思い出し、目の前の手まり寿司を見つめながらつぶやいてみた。
―――――では……!
俺はゆっくり口を開け、親指と人差し指で手まり寿司を口に押し込んだ。
舌にねちょっとした感触が触れる。その次にペトッとした感触。手まり寿司の上に乗っていたものが、口の中で転げ落ちたのがわかった。
やはり甘い。キュッとしてツンッとして、モアッとして……色々な味のハーモニーが口の中で転がったり鼻からフワッと抜けたりを繰り返す。
俺はその感触をしばらく楽しんでから、ごくっと手まり寿司を飲み込んだ。
やわらかいとはいえ一気には飲み込めず、米が喉を少しずつ通過しては落ちていく違和感を楽しんだ。慣れないから胸元が少しざわざわする気もするが。。。
米の上に乗っていた固形が喉を通るときは、さすがに喉が少し窮屈に感じる瞬間もあった。
ツルッとしたものならよいが、ゴワゴワしたものだと緊張する。
「ふぅーっ……」
緩んだ表情と共に自然に口から息が漏れる。
久々すぎて喉もびっくりしたのだろう。食事は多分数か月ぶりだ。
落ち着いた瞬間、てかてかしている指先が気になり、ペロリとなめた。
(味は悪くないけど、毎回手が汚れるな……)
そう思っていると、近くにいるテーブル・ロボの上に、濡らしたタオルが乗っていることに気が付いた。
なるほど。これで手を拭けばいいのか! さすがABCトリオ、ぬかりがない。
「「「さぁぼっちゃん! 次々行きますよ~! いっぱい食べて下さいねー☆」」」
更にテーブル・ロボが走ってきて、リビングがテーブルでどんどん埋まる。
「よし! ジャンジャン口に入れるぞ! お前らも早く来いよ!」
多分、ものすごーくはしゃいでいるであろう俺を見て、
「「「もちろんですー♪♪♪」」」
ABCトリオも、嬉しそうにはしゃいでいた。
その後はただひたすら、身近にある手まり寿司を片っ端から口に入れては飲み込んでいった。
鮮やかな緑の葉の上に細く切った白が乗っているもの、オレンジ色の粒が沢山乗っているもの、何かを花びらのように見立てて切って乗せてあるもの……。
口の中に入れるたびに味と香りが違い、刺激的で面白くて楽しかった。
これは配給されるサプリメントやドリンクでは味わえない感覚だ!
「ではでは我々も」
「そろそろご相伴に」
「預からせて頂きましょう~」
途中からABCトリオもリビングにやってきてどっかり座り込み、俺たちはとにかく口に入れまくった。
葉っぱを乾燥させてから湯を注いだ飲み物も一緒に飲んだ。苦いと感じた。こんな味のドリンクやサプリメントがあることを思い出した。
テーブル・ロボは、仲間たちをすり抜けながら器用にリビングとキッチンを往復しては手まり寿司を持ってきて、俺たちの腹をパンパンにした。
「美味しいけど、そろそろ限界キター」
「これ以上入れるとお腹弾けるねー」
「お腹弾けたら縫うロボ作らないとねー」
ABCトリオが「「「はい! ストップー!」」」と両手を叩いてテーブル・ロボの動きを止めた後は、俺もABCトリオも示し合わせたかのようにリビングに転がった。
座って食べていたので、そのまま後ろに倒れた感じだったけど。
ABCトリオのひとりがパチンッ☆ と指を鳴らし、キッチンを指して「テーブル・ロボ! 冷凍・イン!」と言うと、リビングにいたテーブル・ロボは全てキッチンへ去っていき、俺たちは天井を見上げながら腹を押さえてヒーヒー言った。
腹が弾けるほど何かを口に入れる感触とか、ABCトリオと食事する時しか体験しない。
栄養補給の配給は、常に自分の身体に栄養を行き渡らせるためだけに口に入れるので、腹が膨れて苦しいという感覚が来ることはまずなかった。
「……なぁ、残った手まり寿司はどうするんだ?」
キッチンの方から聞こえるワーワー、カチャカチャという音が気になって俺が質問すると、
「今頃キッチンで瞬間冷凍・ロボに放り込んでるから大丈夫ー」
「その名の通り瞬間冷凍だから、数年持つから大丈夫ー」
「また口に入れたいと思ったら、瞬間解凍・ロボ使うから大丈夫ー」
3人はいつもの解凍……ならぬ回答だった。
俺は「ふーん」とつぶやいた後、腹をさすりながら言った。
「昔の人って、こうやって腹がいっぱいになるまで身体に栄養突っ込んでたのか。身体も重いし大変だなー」
ABCトリオは「いいえ。ぼっちゃん」と言いながら、交互に説明を始めた。
「身体が重くならないように、自分で口に入れる量を調整して食事をすることを推奨されていたんですよー」
「だけど個人が事細かに栄養素を分析できる時代じゃなかったから、だいたいの予想で口に入れてたんですよー」
「しかも栄養素よりも身体に悪い添加物の方が美味しくて中毒性もあったからね、ご飯より食べる人が増えたんですよー」
皆まで言わなくても、配給になった経緯は俺もだいたい知っている。
「……じゃあ、今の時代は、、、俺たちは……恵まれてるのかな……」
ぽつりと言った俺の言葉に、3人はしばらく無言だった。
国の配給により定期的に食事の代わりになるものが届くから、考える必要もなく健康でいられる。
自分に合ったものが自動的に計算されてやってくるおかげか、少なくとも俺は大きな病気をしたことがない。
「「「……ぼっちゃん」」」
珍しく、、、ABCトリオの声は沈んでいた。
「どんなことにも、良い面と悪い面は必ずありますよ。確かに今の時代は栄養素的には恵まれているのでしょう。しかしその裏では、こうして食事をするという楽しみを奪われた人たちもいるわけです」
「配給が当たり前になり、昔のドラマやアニメで観る【食事をしながら家族団らん】というものは、我々の時代にはありません。与えられたものをただただ口に入れ、健康を管理し、自分で身体を造るということをしてません。自分の身体なのに……」
「便利なロボを作っている我々が言う言葉ではないかもしれませんが、この先もっともっと人類は脳みそを使わない、脳が劣化した一族になっていくでしょう。自由な時間と引き換えに、身体はどんどん退化の一途を辿るのですよ……」
意外な言葉に俺は少し驚きつつも、冷静でいるよう努めた。
「……でもお前らは、研究をやめないのな……」
何となく3人を直視できず、天井を見上げていた。
見ていたのは天井なのか、またはその先の彼方だったのか―――――
「「「やめません♪ 楽しいですからー♪♪」」」
いつも通りのABCトリオのノリに戻り、俺はホッとした。責める言葉を吐いたような気がしたからだ。
「ははっ……! お前らも、十分ロボ中毒にかかってるから、昔の添加物を責められないぞ?」
「「「かもしれませんねー♪」」」
ここまでの3人のノリはいつ通りだった。しかし、、、
「だって我々の目的は、宇宙侵略ですからねー」
誰かが低めにつぶやいた言葉に、俺は少しドキリとした。
3人のうち誰が言ったかはわからない。見ていなかったから。
声も少し機械音声的で、誰だかわからないように……あえて隠したような印象を受けた。
ABCトリオの方を見ると、3人とも天井を見上げていて、「今のは誰……?」とも聞けない雰囲気だった。
冗談か本心かはわからない。何故俺に聞かせたのかも……わからない。
だけどABCトリオにはきっと、それすらも可能にしてしまう能力がある。
だからいつか、俺の元からいなくなってしまうかもしれない。
その日を、、、覚悟しなくてはならないのかもしれない……。
―――――あれ……?
ちょっと意識が飛んでいたようだ。
俺は天井を見上げたまま、まだ夢の世界にいるような感覚で、ぼんやりしていた。
(なんだ……?)
電気で明るかったはずの視界が、急に暗くなる。
そして「何か」が、俺の口元を押さえるようにつかんだ。
つづく。
しかし、ABCトリオが用意する「食事」に関しては、話が別だった。
簡潔に言ってしまえば、ABCトリオの準備する「食事」は金に糸目がなく、しかも情報通なので、味がものすごく美味なのだ!
それ、どっから仕入れてきたの⁉ と驚くルートで材料を手に入れてきては、俺にふるまってくれる。
だから「食事」自体に興味がなくても、「ABCトリオが準備するもの」には、わくわくとドキドキがあった。
当然高額の税金は取られるが、商品を開発しまくって金持ちのABCトリオにとっては微々たるもので、むしろ「他に使うところがありません」ってくらい、3人は毎日研究ばかりしていた。
俺の分の請求もABCトリオの元へ行っているらしいが、「お任せ下さい、ぼっちゃん!」と言って、むしろ払わせてくれない。
そして、ABCトリオがこの家で食事を作りたい理由は、もう1つあるらしい。
俺の住むこの一軒家は、一人暮らしにはもったいないほどの広さがある。
「たまには食事を作りたい」「人を呼んでもてなしたい」と言ったじーさんばーさんのこだわりで建てた家でもあるので、リビングの横にくっついているキッチンはそこそこ広い。
同時に10人くらいは入って動けるスペースがある。(俺はそんなに人を入れたことがないのであくまで予想だが……)
そんな広さを誇るキッチンには、ABCトリオの開発した食事作成ロボ的なものが複数置いてある。
俺にはよくわからないが……切る用のロボだの、炒める用のロボだの、解凍するためのロボだの、とにかく色々並んでいるのだ。
使っているところを見てみたい気もするが、俺が行って誤作動の原因を作っては申し訳ないので、いつもソファーに座ってじっと待っている。
(……。それにしても暇だな……。この中途半端すぎる時間、何をしようか……)
俺は天井を見上げ、床に伸ばしている足をバタバタと動かした。
キッチンから聞こえる音に耳を澄ませつつ、時々見えるABCトリオの姿を見つつ、、、
とにかくひたすら待つしかなかった。
手持無沙汰とはいえ、さすがに今はモチモチ・ロボには触らない。
これ以上床を水浸しにしたら大変なので、無意識に触らないよう、寝室に置いてきた。
ついでにさっき濡れたはずのベットを確認したら、布団もシーツもすべて取り換えられていて奇麗になっていた。おかげで今夜もゆっくり眠れそうだ!
「「「さぁぼっちゃん! 準備できましたよ~♪」」」
―――――やっとか!!!!!
ABCトリオの言葉に反応し、ほころびそうになった表情を引き締める。
「お、遅かったな!」
バレバレだと思うが、一応「別に待ってないけどな!」風を装った。
そして3人は、同時に親指と人差し指をパチンッ☆ と鳴らし、
「「「さぁみんな~♪ ぼっちゃんの元へレッツゴー☆」」」
その言葉で、皿を乗せた小さなテーブルが「ワーッ」と叫びながら、こちらに向かって沢山走ってきた。その数10や20ではない、多分50くらいはある。
これは、ABCトリオが開発した「テーブル・ロボ幼稚園」だ。
小皿が1つ乗る程度の小さなテーブルに子供の足がついていて、テケテケと走ってくる。
赤・青・黄・緑……。皿は白いがテーブル自体はとにかくカラフルで見た目も楽しい。
テーブル・ロボは、床に座っている俺のところまでやってきて、俺を囲んでワイワイ楽しそうに上下に動く。
「こんにちはー」「美味しいよー」「食べて食べてー」と色々しゃべってくる。
しかもほんとに子供の声だから結構可愛い……。
(食べて、はいいけれど……)
「これ、何だ……?」
皿にあったのは……蒸したであろう米を卓球のボール並に小さく丸めて、その上に食材を乗せてカラフルにデコレートしてあるものだった。
米自体はABCトリオが何度も食事に出すし、映像でもよく見るので知っていた。
米の上に乗っているのは、平ぺったい赤に細くて白い線が入ったものや、もこもこした素材が白とオレンジのストライプになっているもの、あとは黄色に黒い紙みたいなのが乗せてあったり……。
この形、どっかで見たことあるけど、、、何だっけ?
「「「今日の食事は手まり寿司でーす♪ 柔らかいので丸飲みしても大丈夫ですよ~♪♪♪」」」
―――――手まり寿司……‼ SUSHI&テンプーラの寿司か‼
俺はごくっと喉を鳴らし、手まり寿司とやらを素手でつかんで持ち上げた。
―――――やわからすぎて……崩れそうだ……‼
鼻に近づけると、ふんわりと甘~い匂いがただよってくる。
ちょっとツンッとくる香りも混じってる。
(あれ……?)
手まり寿司を観察がてらじっと見つめていて気がついた。
「あ、わかった。米の上に乗ってるのは魚だな!」
間近で見て思い出した。確か以前の食事にもこんなのが出てきた。
その時は、魚のみが薄く切って出てきて、ツーンとする緑色の味と黒い液体につけて口に入れた。
「なあ! 何もつけずにこのまま口に入れたらいいのかー?」
俺の言葉に、ABCトリオは自信満々な声で「「「大丈夫でーす♪」」」と返事した。
つまりこれ自体に既に味がついているということだろう。
「えーと、、、“いただきます”!」
じーさんばーさんから、食事する時に言うよう言われた言葉を思い出し、目の前の手まり寿司を見つめながらつぶやいてみた。
―――――では……!
俺はゆっくり口を開け、親指と人差し指で手まり寿司を口に押し込んだ。
舌にねちょっとした感触が触れる。その次にペトッとした感触。手まり寿司の上に乗っていたものが、口の中で転げ落ちたのがわかった。
やはり甘い。キュッとしてツンッとして、モアッとして……色々な味のハーモニーが口の中で転がったり鼻からフワッと抜けたりを繰り返す。
俺はその感触をしばらく楽しんでから、ごくっと手まり寿司を飲み込んだ。
やわらかいとはいえ一気には飲み込めず、米が喉を少しずつ通過しては落ちていく違和感を楽しんだ。慣れないから胸元が少しざわざわする気もするが。。。
米の上に乗っていた固形が喉を通るときは、さすがに喉が少し窮屈に感じる瞬間もあった。
ツルッとしたものならよいが、ゴワゴワしたものだと緊張する。
「ふぅーっ……」
緩んだ表情と共に自然に口から息が漏れる。
久々すぎて喉もびっくりしたのだろう。食事は多分数か月ぶりだ。
落ち着いた瞬間、てかてかしている指先が気になり、ペロリとなめた。
(味は悪くないけど、毎回手が汚れるな……)
そう思っていると、近くにいるテーブル・ロボの上に、濡らしたタオルが乗っていることに気が付いた。
なるほど。これで手を拭けばいいのか! さすがABCトリオ、ぬかりがない。
「「「さぁぼっちゃん! 次々行きますよ~! いっぱい食べて下さいねー☆」」」
更にテーブル・ロボが走ってきて、リビングがテーブルでどんどん埋まる。
「よし! ジャンジャン口に入れるぞ! お前らも早く来いよ!」
多分、ものすごーくはしゃいでいるであろう俺を見て、
「「「もちろんですー♪♪♪」」」
ABCトリオも、嬉しそうにはしゃいでいた。
その後はただひたすら、身近にある手まり寿司を片っ端から口に入れては飲み込んでいった。
鮮やかな緑の葉の上に細く切った白が乗っているもの、オレンジ色の粒が沢山乗っているもの、何かを花びらのように見立てて切って乗せてあるもの……。
口の中に入れるたびに味と香りが違い、刺激的で面白くて楽しかった。
これは配給されるサプリメントやドリンクでは味わえない感覚だ!
「ではでは我々も」
「そろそろご相伴に」
「預からせて頂きましょう~」
途中からABCトリオもリビングにやってきてどっかり座り込み、俺たちはとにかく口に入れまくった。
葉っぱを乾燥させてから湯を注いだ飲み物も一緒に飲んだ。苦いと感じた。こんな味のドリンクやサプリメントがあることを思い出した。
テーブル・ロボは、仲間たちをすり抜けながら器用にリビングとキッチンを往復しては手まり寿司を持ってきて、俺たちの腹をパンパンにした。
「美味しいけど、そろそろ限界キター」
「これ以上入れるとお腹弾けるねー」
「お腹弾けたら縫うロボ作らないとねー」
ABCトリオが「「「はい! ストップー!」」」と両手を叩いてテーブル・ロボの動きを止めた後は、俺もABCトリオも示し合わせたかのようにリビングに転がった。
座って食べていたので、そのまま後ろに倒れた感じだったけど。
ABCトリオのひとりがパチンッ☆ と指を鳴らし、キッチンを指して「テーブル・ロボ! 冷凍・イン!」と言うと、リビングにいたテーブル・ロボは全てキッチンへ去っていき、俺たちは天井を見上げながら腹を押さえてヒーヒー言った。
腹が弾けるほど何かを口に入れる感触とか、ABCトリオと食事する時しか体験しない。
栄養補給の配給は、常に自分の身体に栄養を行き渡らせるためだけに口に入れるので、腹が膨れて苦しいという感覚が来ることはまずなかった。
「……なぁ、残った手まり寿司はどうするんだ?」
キッチンの方から聞こえるワーワー、カチャカチャという音が気になって俺が質問すると、
「今頃キッチンで瞬間冷凍・ロボに放り込んでるから大丈夫ー」
「その名の通り瞬間冷凍だから、数年持つから大丈夫ー」
「また口に入れたいと思ったら、瞬間解凍・ロボ使うから大丈夫ー」
3人はいつもの解凍……ならぬ回答だった。
俺は「ふーん」とつぶやいた後、腹をさすりながら言った。
「昔の人って、こうやって腹がいっぱいになるまで身体に栄養突っ込んでたのか。身体も重いし大変だなー」
ABCトリオは「いいえ。ぼっちゃん」と言いながら、交互に説明を始めた。
「身体が重くならないように、自分で口に入れる量を調整して食事をすることを推奨されていたんですよー」
「だけど個人が事細かに栄養素を分析できる時代じゃなかったから、だいたいの予想で口に入れてたんですよー」
「しかも栄養素よりも身体に悪い添加物の方が美味しくて中毒性もあったからね、ご飯より食べる人が増えたんですよー」
皆まで言わなくても、配給になった経緯は俺もだいたい知っている。
「……じゃあ、今の時代は、、、俺たちは……恵まれてるのかな……」
ぽつりと言った俺の言葉に、3人はしばらく無言だった。
国の配給により定期的に食事の代わりになるものが届くから、考える必要もなく健康でいられる。
自分に合ったものが自動的に計算されてやってくるおかげか、少なくとも俺は大きな病気をしたことがない。
「「「……ぼっちゃん」」」
珍しく、、、ABCトリオの声は沈んでいた。
「どんなことにも、良い面と悪い面は必ずありますよ。確かに今の時代は栄養素的には恵まれているのでしょう。しかしその裏では、こうして食事をするという楽しみを奪われた人たちもいるわけです」
「配給が当たり前になり、昔のドラマやアニメで観る【食事をしながら家族団らん】というものは、我々の時代にはありません。与えられたものをただただ口に入れ、健康を管理し、自分で身体を造るということをしてません。自分の身体なのに……」
「便利なロボを作っている我々が言う言葉ではないかもしれませんが、この先もっともっと人類は脳みそを使わない、脳が劣化した一族になっていくでしょう。自由な時間と引き換えに、身体はどんどん退化の一途を辿るのですよ……」
意外な言葉に俺は少し驚きつつも、冷静でいるよう努めた。
「……でもお前らは、研究をやめないのな……」
何となく3人を直視できず、天井を見上げていた。
見ていたのは天井なのか、またはその先の彼方だったのか―――――
「「「やめません♪ 楽しいですからー♪♪」」」
いつも通りのABCトリオのノリに戻り、俺はホッとした。責める言葉を吐いたような気がしたからだ。
「ははっ……! お前らも、十分ロボ中毒にかかってるから、昔の添加物を責められないぞ?」
「「「かもしれませんねー♪」」」
ここまでの3人のノリはいつ通りだった。しかし、、、
「だって我々の目的は、宇宙侵略ですからねー」
誰かが低めにつぶやいた言葉に、俺は少しドキリとした。
3人のうち誰が言ったかはわからない。見ていなかったから。
声も少し機械音声的で、誰だかわからないように……あえて隠したような印象を受けた。
ABCトリオの方を見ると、3人とも天井を見上げていて、「今のは誰……?」とも聞けない雰囲気だった。
冗談か本心かはわからない。何故俺に聞かせたのかも……わからない。
だけどABCトリオにはきっと、それすらも可能にしてしまう能力がある。
だからいつか、俺の元からいなくなってしまうかもしれない。
その日を、、、覚悟しなくてはならないのかもしれない……。
―――――あれ……?
ちょっと意識が飛んでいたようだ。
俺は天井を見上げたまま、まだ夢の世界にいるような感覚で、ぼんやりしていた。
(なんだ……?)
電気で明るかったはずの視界が、急に暗くなる。
そして「何か」が、俺の口元を押さえるようにつかんだ。
つづく。
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