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第一章
7. 日常
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あれから、早数週間が経った。
あんな心配を他所に、俺はあっという間にこの生活に慣れ始めていた。
家事代行の仕事は順調だ。
戦場のようだった部屋は、本来の姿を取り戻していた。
もともと置かれた家具や小物はシックでセンスが良いものばかりだったのだ。
そのせいで、すっかりモデルルームのように様変わりしてしまい、逆に落ち着かないのはここだけの話である……。
乾燥機付きの洗濯機と初めて対面した時は、感動に震えた。
彼の服が無駄にいいブランドばかりなので洗う時は緊張するが、床に散らかすくらい雑だし「ま、いっか!」と気持ちを奮い立たせて、今日もガンガン回している。
コンシェルジュの綺麗なお姉さんのお出迎えにもすっかり慣れた。
初めこそ戸惑ったが、今は「いってらっしゃいませ」と言われれば俺も「いってきます!」と応えるし、「おかえりなさいませ」と言われれば笑顔で「ただいまっす!」と言えるくらいには元気溌剌だ。
そんな、まぁまぁ順風満帆な日々でも、トラブルは必ず起こる。
それは、やはり絵のモデル方で……
「なぁっ、……っ、はやかわ、さ……」
「ごめんね。もう少し我慢できる?」
優しい声で囁く癖に、その手は無情にも止まらない。ぐっと、体重をかけられた時、もう俺は我慢できなかった。
「ね、きいていい?」
「なぁに?」
「いまっ、かいてるのって、ふ、ふつうの恋愛ものなんだよね?」
「もちろん。普通のBLだよ」
「じゃ、じゃあさ……」
大きく息を吸って叫んだ。
「なんでっ、普通の恋愛ものに亀甲縛りがいるんだよっ!っ痛、ちょ、絞めんな死ぬ死ぬ死ぬぅうっ!!」
床に転がる俺を見下ろす男は、意気揚々と服の上から赤い縄を絞め上げてくる。
「え?だって、もらった資料にかいてあったから」
「どの資料だよっ」
「これ」
顔だけ上に上げれば、目の前にはこれまた恐ろしいタイトルの本があった。
【乱れるほど縛って愛して……獣達の夜】
恍惚とした表情の筋肉隆々な男の裸体は、これでもかと縄を食い込ませていた。
「これっ、絶対普通じゃないやつ!!」
間髪入れずに突っ込めば、早川は「え!?」と驚きの声を上げた。
「ふざけんな!こっちが『え!?』だわっ!!誰だこんな資料寄越したやつ」
「担当だけど」
「担当ぅうううっ!早川先生の神聖な絵になんつーもん描かせようとしてんじゃボケがぁあああっ!!!」
悔しさのあまり床を頭突きした。
そうなのだ。
早川の漫画はこれまで、細い線で繊細に描かれる芸術級の絵が売りだった。故に、王道な純愛系や、感動系の心を揺さぶる作品が多い。
だが、しかしー……
ここ数年新作が出せずに崖っぷちなせいか、担当編集者の無茶振りが半端ない。
一皮剥かせようという魂胆なのだろうが、これでは一皮どころか二皮三皮まで剥けそうな勢いであった。
そうして、送られてくる資料とは名ばかりの本達は、読み込まれた痕跡のあるSMチックなエロ本ばっかりだったのだ。
「絶っ対、担当者の個人的な性癖だろうがっ」
クソが!と縄を自力で解いて起き上がる。
すると、早川は少し残念そうに呟いた。
「もう少しで、BLを掴めそうだったのに……」
「いや、これ絶対普通のBLじゃねぇから。騙されないでよ」
なおも首を傾げる彼に、溜息を吐くしかなかった。
「早川さん。明日時間ある?」
「土曜だっけ。あるよ、どうしたの?」
呑気なヘーゼルの瞳を、呆れながら見つめた。
「付き合ってくれない?」
それは、一緒に暮らし始めてから、初めての誘いだった。
あんな心配を他所に、俺はあっという間にこの生活に慣れ始めていた。
家事代行の仕事は順調だ。
戦場のようだった部屋は、本来の姿を取り戻していた。
もともと置かれた家具や小物はシックでセンスが良いものばかりだったのだ。
そのせいで、すっかりモデルルームのように様変わりしてしまい、逆に落ち着かないのはここだけの話である……。
乾燥機付きの洗濯機と初めて対面した時は、感動に震えた。
彼の服が無駄にいいブランドばかりなので洗う時は緊張するが、床に散らかすくらい雑だし「ま、いっか!」と気持ちを奮い立たせて、今日もガンガン回している。
コンシェルジュの綺麗なお姉さんのお出迎えにもすっかり慣れた。
初めこそ戸惑ったが、今は「いってらっしゃいませ」と言われれば俺も「いってきます!」と応えるし、「おかえりなさいませ」と言われれば笑顔で「ただいまっす!」と言えるくらいには元気溌剌だ。
そんな、まぁまぁ順風満帆な日々でも、トラブルは必ず起こる。
それは、やはり絵のモデル方で……
「なぁっ、……っ、はやかわ、さ……」
「ごめんね。もう少し我慢できる?」
優しい声で囁く癖に、その手は無情にも止まらない。ぐっと、体重をかけられた時、もう俺は我慢できなかった。
「ね、きいていい?」
「なぁに?」
「いまっ、かいてるのって、ふ、ふつうの恋愛ものなんだよね?」
「もちろん。普通のBLだよ」
「じゃ、じゃあさ……」
大きく息を吸って叫んだ。
「なんでっ、普通の恋愛ものに亀甲縛りがいるんだよっ!っ痛、ちょ、絞めんな死ぬ死ぬ死ぬぅうっ!!」
床に転がる俺を見下ろす男は、意気揚々と服の上から赤い縄を絞め上げてくる。
「え?だって、もらった資料にかいてあったから」
「どの資料だよっ」
「これ」
顔だけ上に上げれば、目の前にはこれまた恐ろしいタイトルの本があった。
【乱れるほど縛って愛して……獣達の夜】
恍惚とした表情の筋肉隆々な男の裸体は、これでもかと縄を食い込ませていた。
「これっ、絶対普通じゃないやつ!!」
間髪入れずに突っ込めば、早川は「え!?」と驚きの声を上げた。
「ふざけんな!こっちが『え!?』だわっ!!誰だこんな資料寄越したやつ」
「担当だけど」
「担当ぅうううっ!早川先生の神聖な絵になんつーもん描かせようとしてんじゃボケがぁあああっ!!!」
悔しさのあまり床を頭突きした。
そうなのだ。
早川の漫画はこれまで、細い線で繊細に描かれる芸術級の絵が売りだった。故に、王道な純愛系や、感動系の心を揺さぶる作品が多い。
だが、しかしー……
ここ数年新作が出せずに崖っぷちなせいか、担当編集者の無茶振りが半端ない。
一皮剥かせようという魂胆なのだろうが、これでは一皮どころか二皮三皮まで剥けそうな勢いであった。
そうして、送られてくる資料とは名ばかりの本達は、読み込まれた痕跡のあるSMチックなエロ本ばっかりだったのだ。
「絶っ対、担当者の個人的な性癖だろうがっ」
クソが!と縄を自力で解いて起き上がる。
すると、早川は少し残念そうに呟いた。
「もう少しで、BLを掴めそうだったのに……」
「いや、これ絶対普通のBLじゃねぇから。騙されないでよ」
なおも首を傾げる彼に、溜息を吐くしかなかった。
「早川さん。明日時間ある?」
「土曜だっけ。あるよ、どうしたの?」
呑気なヘーゼルの瞳を、呆れながら見つめた。
「付き合ってくれない?」
それは、一緒に暮らし始めてから、初めての誘いだった。
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